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海外特集 畜産の情報 2024年3月号

ウクライナ情勢を踏まえたEU産農畜産物の生産基盤強化に向けた動き

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調査情報部

【要約】

 EUでは近年グリーン・ディール政策の下、持続可能性に配慮した農業へと農業政策のウエートをシフトしている。さらに、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、輸入依存度の高い飼料原料などの自給率の向上、生物多様性保全のための用地確保義務の緩和など生産基盤の強化に向けた動きが見られる。また、農業経営を若い世代へ引き継ぐための政策も実施されている。このような中で24年6月には欧州議会選挙が予定されており、選挙の結果が今後の農業政策の方向性にどのような影響を与えるのかが注目される。

1 はじめに

 EUは食料の輸出地域であり、現行の共通農業政策(CAP)では環境に親和する農業に誘導するための措置に重点が置かれている。
 しかし、ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)により、EUのアキレス腱とも言える輸入依存度の高い大豆かすなど家畜飼料向け植物性タンパク質の生産について、域内自給率の向上に向けた動きが高まっている。加えて、侵攻によって生じた国際的な農畜産物需給の混乱や生産コストの上昇に伴う域内の物価上昇に対応するため、生産を支援するためのさまざまな対策が講じられた。併せて、生産基盤の維持に不可欠な農業経営者の世代交代を円滑に図るための取り組みも行われている。
 本稿では、このようなウクライナ情勢を踏まえたEU産農畜産物の生産基盤強化に向けた動きについて報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2024年1月末TTS相場の1ユーロ=161.47円を使用した。

2 EUで生産基盤強化対策が目立たない理由

 EUでは1960年代以降、第2次世界大戦中の食料不足の反省を受け、CAPの下で農業生産拡大を誘導するため、価格支持およびそれに伴う介入・買入が実施されてきた。また、それに伴う余剰農産物は、輸出補助金により域外に輸出されていた。しかし、財政負担や過剰在庫問題、WTO交渉の進展などもあり、92年から継続した改革が実施され、支持価格の引き下げや輸出補助金の削減、過去の支払実績に基づく直接支払いの導入、環境・気候変動への対応をより重視する制度の見直しなどが実施された。
 現行のCAP(実施期間:2023〜27年)では、直接支払いを中心とする価格・所得政策(第1の柱)と条件不利地域支払い、青年農業者支払いなどを中心とする農村振興政策(第2の柱)による枠組みで成り立っている。これに環境・気候変動への取り組みを実施する農業者に対する上乗せ支援措置として、エコ・スキームが導入されるなど、より一層環境対策・持続可能性の向上する方向に重点が置かれている。
 EUの主要農畜産物別の需給を見ると、小麦や食肉、バターは自給率が100%を超えている一方で、家畜飼料やでん粉原料に利用されることの多いトウモロコシや主として搾油用に利用される大豆は、その多くを輸入に頼っている。つまり、食用に向けられるような高付加価値の農畜産物は純輸出地域と位置付けられるが、それらの原料や飼料として利用される原料農産物は輸入を行う構造となっている(表1)。
 EUではこのように、過去に苦しんだ農畜産物の過剰生産が再発しないよう、生産を刺激するような政策を避けてきた経緯がある。ただし、原料や飼料用農産物供給を大きく輸入に頼る構造について、関係業界からは懸念の声も上げられてきた。

(参考)『畜産の情報』2023年3月号「欧州グリーン・ディール下で進められる農業・畜産業に影響する各種政策」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002628.html

3 ロシアのウクライナ侵攻による生産コスト上昇などに対する対策

 2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID−19)のパンデミックはEU経済に大きな影響を及ぼしたが、その後の収束に伴う経済活動の再開や個人消費の持ち直しなどから、EU経済は21年第2四半期(4〜6月)にプラス成長へと転じ、農産物需要も回復に向かった。しかし、22年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を契機に、エネルギーや食品など幅広い品目の価格が大幅に上昇するなど、急激なインフレは家計を圧迫することとなった。今回、聞き取りを行った現地農業団体の言葉を借りるならば、「欧州の消費者が家計を心配することなく、品質の良い食品を安価に入手できるという日常は、もはや当たり前ではないということに気付き始めた」という状況と言える。
 

(1)欧州委員会の基本的な見解

 ロシアとウクライナのGDP(国内総生産)が世界経済に占める割合はわずかであるが、化石燃料や穀物の生産については、世界の生産量に占める両国の割合は大きいものとなる。欧州でのCOVID−19のパンデミック後、消費回復に伴うエネルギーや食料品の価格上昇、供給網の混乱は、ロシアのウクライナ侵攻により加速することになった。
 しかし、欧州委員会は、現行の環境・気象変動対策を重視する政策の見直しについて、慎重な立場を崩していない。
 2022年4月9日、欧州議会議員から欧州委員会に対し「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」(F2F戦略)で求める農薬や化学肥料の使用削減や有機農業の拡大は、農産物生産量の減少につながる可能性があるとして、ウクライナ情勢下でF2F戦略の目標と欧州の食料安全保障をどのように調和させるのかとの質問がなされた。
 これに対して欧州委員会のヴォイチェホフスキ農業・農村開発担当委員は、EUは多くの農畜産物を自給しており、食料安全保障上のリスクはないとの認識を示した。その上で、長期的な食料供給システムの強じん性を確保するためには、環境的、社会的、経済的な持続可能性を確保することが重要であり、この侵攻によって明らかになった飼料原料など原料農産物を輸入に依存するといった弱点については、引き続き、F2F戦略や生物多様性戦略、持続可能性に配慮した新しいCAPなどにより改善を続けるとして、大きな政策転換を否定している。
 

(2)ウクライナ侵攻後、欧州委員会により実施された生産支援対策

 その一方、欧州委員会は、ロシアのウクライナ侵攻による世界規模の食料安全保障への懸念に対応するため、2022年3月23日付で以下(ア〜ウ)の生産支援対策の実施を発表した。
 この発表の中でも、ウクライナ情勢はEU域内の食料安全保障に対して差し迫った脅威にはならないとしつつも、EUが飼料用タンパク質、ヒマワリ油、肥料などの輸入地域であることから、食品サプライチェーン全体のコスト増加として影響が表れているとし、消費者物価の上昇に対応する必要性について配慮を示し、必要な対策を行うとした。
 
ア 休耕・輪作義務の緩和
 旧CAP(2014〜22年)下の22年に義務付けられた休耕、新CAP(23〜27年)で義務付けられた直接支払いなどの受給要件である輪作と休耕を免除する。同措置は、CAPの直接支払いを受けるため「良好な農業環境基準」(GAEC)で課せられる義務の一部を免除するものであり、23年までは作物を輪作する義務および生物多様性保全のための休耕地を設定する義務 (注1)が一時的に免除される。
 
(注1)2022年までの旧CAPでは、15ヘクタール以上を作付する生産者は農地の5%を休耕地とする義務を負い、23年からの新CAPではすべての生産者が同4%を休耕地とする義務を負う。
 
イ CAPの直接支払い前渡金を増額
 生産者の資金繰りを改善するため、加盟国が直接支払いの前渡金を50%から70%に、一部の農村開発事業の前渡金を75%から85%に増加させることを認める。
 
ウ CAPの危機対応準備金を活用した支援パッケージなど
 ロシアのウクライナ侵攻で大きな影響を受けた生産者に直接支援を提供するため、最大5億ユーロ(807億3500万円)の支援パッケージを加盟国に提供する。
 この資金には、これまで使用されたことのなかったCAPの危機準備金から拠出される3億5000万ユーロ(565億1450万円)が含まれる。加盟国はEUからの資金に対して2倍の資金を併せて支給することが可能であり、これを含めると最大で15億ユーロ(2422億500万円)の規模となる。デンマークのように直接支払いに上乗せしてすべての対象生産者に配分した国もあれば、家きん、乳製品、豚肉、温室作物、農産物など特定の品目の生産者に配分した国もあった。
 また、新たに一時的危機枠組み(TCF)を採択した。対象はエネルギー価格の高騰により大きく生産コストが上昇した生産者や、肥料メーカーなどである。これにより、加盟国は電気やガス料金、肥料価格の上昇による影響を緩和するため、一時金支払いや税控除の措置により支援を行った。本枠組みは、2022年12月で終了する予定であったが、欧州委員会は3度の延長を実施し、その後23年3月には新しい枠組みとして一時的危機および移行枠組み(TCTF)に移行した。
 その他、以下の生産支援対策も実施された。
 
・豚肉部門への支援として、民間在庫補助を実施
 欧州委員会は2022年4月、豚肉の民間在庫補助(PSA)を認めると発表した。同措置はCOVID−19やドイツなどでのアフリカ豚熱の発生による域内需給の混乱に加え、ロシアによるウクライナ侵攻がさらなる市場の混乱を引き起こしたとして、市場に出回る豚肉の供給量を抑え、需給バランスを改善させることを目的としたものである。22年4月に申請を受け付け合計4万7541トンが対象とされたが、その半数以上は60日以内、最長でも150日の保管期間であり、同時期に豚肉市況が回復したことから、22年11月にはPSAの対象とされたすべての在庫は解消した。
 
・州農業農村振興基金を活用した一時金の支給
 2022年6月、欧州農業農村振興基金(EAFRD)の資金を利用した新たな農村開発対策として、農産物の加工、販売、商品開発に取り組む生産者および中小企業に一時金が支給された。

4 EUタンパク質戦略

 欧州議会は2023年10月19日、EUタンパク質戦略に関する決議を採択し、欧州委員会に対し、域内での植物性タンパク質生産を促進させるよう求めた。同決議案では、EUでは域内の植物性タンパク質供給を第三国からのタンパク質作物の輸入に依存しているため、COVID−19のパンデミックやロシアのウクライナ侵攻のような事態の発生時に、域内の植物性タンパク質供給能力が脆弱ぜいじゃくであったことを指摘し、持続可能なタンパク質戦略を策定するように求めている。
 これを受けて欧州委員会は、EUの食料安全保障の強化や食料価格の引き下げの手段として、24年に包括的なEUタンパク質戦略を発表する予定である。
 現時点では、同戦略の内容や対象となる活動などは不明であるが、フランスではCOVID−19のパンデミックによる経済状況の悪化に対する経済対策の中で、同様の対策となる植物性タンパク質国家戦略を策定して実施している。
 フランスは、家畜飼料原料となる大豆かすのような植物性タンパク質の4分の1を第三国から輸入しており、同戦略では第三国からの輸入植物性タンパク質への依存を減らし、家畜飼料に対する自給率を向上させること、また、自国産の植物性タンパク質の消費量を増やすことを目的としている。実施に当たっては、21年からの2年間で1億ユーロ(161億4700万円)の予算が割り当てられており、約100万ヘクタールにとどまるタンパク質作物の作付面積を、30年までに2倍、同国の農地面積の8%を占める規模まで拡大することを目指している。同タンパク質戦略の支援対象は、(1)輪作にタンパク質作物を導入する生産者(2)畜産生産者のうちタンパク質作物を自ら生産するために必要な設備の取得を行う生産者および農業関係団体(3)タンパク質作物の利用促進のための設備投資や新製品の販売促進活動を行う食品サプライチェーン内の企業や研究機関(4)植物性タンパク質を利用した新規メニューを開発・提供するレストランの経営者やシェフ−などとされている。

5 就農支援対策

 日本と同様に欧州でも、農業生産者の高齢化が深刻な問題とされており、生産基盤の維持・強化を図るため若年農業者への世代交代の推進が求められている。
 

(1)現状

 2020年のデータでは、農業経営者全体に占める39歳以下(若年農業者)の割合は11%にとどまる一方、65歳以上は3分の1を占めている(図)。
 欧州委員会は、若年就農者にとっての参入障壁として、(1)農地を見つけることが難しく、見つけることができても土地価格が高いため入手が困難であること(2)農業の収益性が低いこと(3)資金調達に際して信用度が低いこと(4)経営者およびその家族にとって水資源や通信・インターネット環境、医療といった社会的インフラが整っていないこと−を挙げている。
 また、農業団体への聞き取りによれば、若い世代が就農を希望しても経営を継承してもらえない問題もあるとの意見も聞かれた。
 そのため、参入障壁を取り払うための各種支援対策が実施されている。

 

(2)CAPによる若年農業者の支援対策

 現行CAPでは、若年農業者を対象とした支援策が定められている。
 まず直接支払いについて、直接支払予算額の少なくとも3%を若年農業者の支援に充てる必要がある。この支援には、若年農業者の所得支援や投資支援、起業支援が含まれている。また、若手新規就農者への支援として、補完的所得支援(CISYF)と呼ばれるスキームも存在する。CISYFはアイルランドの例では、最長5年間、最大で50ヘクタールまでを対象に1ヘクタール当たり平均で175ユーロ(2万8257円)が40歳以下の就農者に支払われるスキームである。
 さらに、現行CAPでは加盟国がそれぞれの国の実情に応じたCAPの執行計画である国家戦略を策定することとされており、その中で若年農業者の支援対策が定められている。
 欧州委員会が想定する国家戦略による支援の内容は、土地取得支援や後継者法制の整備、税制優遇制度、農業者年金制度、融資制度、土地の賃借・購入・相続に関する規制措置などが挙げられている。
 また、CAPの第二の柱と呼ばれる農村開発資金を利用して行うことが可能な内容として、若年農業者、新規就農者、農村ビジネスの立ち上げへの支援や、生産者組織の設立や加入、農村での事業展開についての助言活動が含まれる。その他、新旧CAPの下、EUの公的機関や加盟国による支援が実施されている(表2)。
 例えばドイツでは国家戦略の中で、(1)家族内・家族外参入者への農場や農業関連ビジネスの継承支援(2)土地と資本を利用できる農業の若年農業者や新たな農場の設立者への支援(3)若年農業者に対する適切な収入の確保(4)農業ビジネスと収入の多様化に向けた支援−などが定められている。具体的な例としては、直接支払いを通じた若年農業者に対する支援金の計算の基となる1戸当たりの対象面積が最大90ヘクタールから120ヘクタールに拡大され、最大1万6000ユーロ(258万3520円)の支援を受けることができるといった内容が含まれている。

 

(3)農業者団体による呼びかけ

 欧州農業協同組合委員会(Cogeca)は2023年12月18日、欧州の農村が直面している世代交代の問題に対して農業協同組合が果たすべき役割についての文書「タラゴナ宣言」を発表した。同宣言は、同年11月にスペインのタラゴナで若手農業従事者や組合員らが参加して行った討論会を基に作られ、次世代の農業従事者を支援するための23の提言を掲げている(表3)。
 提言内容は、(1)収益の改善(2)就農時の財政支援や農地確保の必要性(3)助言サービスへのアクセス(4)地域の組織の中で責任ある立場に就き意思決定などに参加する必要性(5)ベテラン生産者との協調など−現場実感に基づく提言内容となっている。

6 ベルギー北部酪農家の事例

 生産コストの上昇や農業経営の継承といった生産基盤の存続に関わる問題について、欧州の生産者がどのように対応しているのか、ベルギー北部の酪農家の状況を紹介する。
 

(1)経営概況

 オランダ最大の乳業であるフリースランド・カンピーナ社に生乳を出荷する家族経営の酪農家であり、現在、4代目となる経営者(50代)夫婦のほか、経営を譲渡した父親とインターン生が働いている。
 飼養する搾乳牛は150頭(ホルスタイン種)で年間150万リットルの生産規模である(写真1)。1日1台当たり60頭の搾乳が可能な搾乳ロボットを3台導入し、集乳は3日に1度である。乳脂肪分は4.6%、乳タンパク質は3.65%を実現している。
 飼料用の場として自家所有地21ヘクタール、借地50ヘクタールで牧草、トウモロコシ(4月終わりに播種はしゅ、10月に収穫)を生産している。牧草は6月から冬になるまでに5回収穫できるという。また、人工授精を行っているが、性選別精液は利用していない。生まれてくる雄牛は農場内で20〜28週代用乳を与え、子牛肉用として出荷される。
 
 

(2)経営継承について

ア 酪農経営への参加について
 2008年に父親が所有する法人株の半分を購入して共同経営者の形で参加した。21年には父親が所有する残りの株式を買い取り、単独の経営者となった。共同経営者となった際に父親と契約書を取り交わしており、この中でそれぞれの労働条件や父親が所有する農地の借り入れ条件に関する取り決めも行った。
 経営を継承した現在でも、父親に報酬を支払うことにより、冬場は週10〜20時間、繁忙期である春〜夏にかけては週50〜70時間手伝ってもらっている。また父親が所有する農地については、相場よりも安い借地料で利用させてもらっている。こういった父親からの支援がなければ市場価格で農場を引き継ぐことになり、採算がまったく取れなかっただろうという。
 
イ ローンについて
 共同経営者となった当時、銀行からローンを借りることに困難はなかった。酪農家は土地を所有しており、銀行はその土地を担保にすることができるからである。しかし近年は、畜産経営による窒素過剰対策として酪農を行うための免許制度が導入され、免許の有効期限が過ぎた後、更新されるかどうか見通しが立てづらくなっている。このため、銀行は酪農経営に対してお金を貸し渋るようになった。
 
ウ 政府・公的機関やフリースランド・カンピーナ社からの支援について
 まず、欧州委員会は若年就農者を支援する農業基金を設置し、投資や融資に対する補助金がある。ベルギー北部のフランダース地域ではフランダース農業投資基金を通じて支給されている。生乳の出荷先であるフリースランド・カンピーナ社も、リスクをとって就農してもローンの完済に長期間かかる現状では、生産者が廃業してしまうと引き継ぐ者がほとんどいないとの危機感を持っており、若年就農者に対する技術支援や資金提供スキームを提供している。
 ベルギーのフランダース政府からの支援であれば投資額の10%が補助金として支払われるのが一般的であり、持続可能性を高めるための取り組みに対しては同20%まで上限が引き上げられる。
 経営主は2008年に就農した時、牛舎を増築するための費用について、フリースランド・カンピーナ社から増築費の10%を貸し出してもらった上、銀行ローンの利息の一部を補助してもらうことができた。また、牛のふれあい活動用施設を建築した時には、同社だけでなくフランダース政府からの資金提供を受けることができた。
 

(3)生産基盤を揺るがしかねない懸念について

 生産基盤を揺るがしかねない近年の懸念として、飼料価格の高騰と借地料の上昇が挙げられる。一部の飼料原料価格は2年前と比較して、およそ2倍(2023年夏時点)となっている。
 また、経営主は、農業生産者が都市住民から非難を受けている現状について強い危機感を持っていると話す。例えば、生産者は牛に思いやりを持つことなく、非人道的な環境で飼育しているという批判や、乳牛の飼料として重要なトウモロコシの生産については、現地で人気のあるサイクリングを行う市民にとって、背の高いトウモロコシにより、景色を楽しむ権利が妨害されるとして反対する意見があるという。
 

(4)飼料高騰および借地コスト対応

 飼料価格の高騰への対策として、飼料は自給飼料として栽培している牧草やトウモロコシ、飼料用てん菜の他、近隣の食品工場から排出されるオレンジの搾りかす、ウイスキーの蒸留残渣ざんさ(大麦麦芽の糖化かすなど)、チョコレート工場からの食品残渣を利用して、購入する飼料の削減を行っている。
 オレンジの搾りかすに関しては、以前は供給元が乾燥させて他に販売していたが、昨今のエネルギー価格高騰により乾燥工程を行わず、水分を含んだまま引き取ることが可能なところとして、同農場に仕向け先が変更されたものである。これにより、大量のエネルギーを節約し、二酸化炭素の排出を防ぐことができるようになった。また、ウイスキーの蒸留残渣はタンパク質を多く含んでいるため、購入飼料に頼ることが多いタンパク質を補う貴重な飼料原料である。
 その他の対策としては、未利用地を活用してクローバーやアルファルファなどのマメ科牧草を栽培している。農場の周りは森林や近隣生産者が利用している農地であり、圃場拡大の余地はなかった。そこで、未利用の土地を所有している非生産者や他産業の事業者に声をかけて、それらの土地でマメ科牧草を栽培して飼料として利用している。これにより飼料用タンパク質原料の大豆かすの購入量を減らすことができたという。この土地で収穫を行う際は、収穫を2回に分け、その区画の半分のみを先に収穫し、そこで生息している生物の生息場所を一気に消失しないように気をつけている。これにより土地の所有者はコストや労力をかけず環境保全に貢献でき、当農場は借地料の支払いを増やすことなく、購入飼料を削減することに成功した。
 

(5)生産者へのイメージ改善に向けての取り組み

 この農場では、生産者に対する環境問題やアニマルウェルフェアに関連した否定的なイメージを払拭ふっしょくするため、非生産者とコミュニケーションを試みている。その取り組みの一環として、牛との触れ合い体験を行うなど、農場を開放して訪問者を受け入れている。農業に縁のない都市住民は、生産者がどのように牛を扱っているかを知らず、農畜産業に対する否定的なイメージを持っていることもあることから、非生産者からの質問に丁寧に回答するよう心掛けているという。農場に来てくれた人から正しい知識が順々に広がっていくことを期待していると経営主は話す。
 

(6)家畜排せつ物問題対応

 飼育ペンの下に家畜排せつ物タンクがあるが、火山岩を原料とするアンモニアの吸着剤を加えることにより、アンモニアを吸着してアンモニアの放出量を減らすだけでなく、窒素成分が残留することにより肥料としての価値を高めることに成功したため、化学肥料の購入量を減らすことができ、大幅な経費削減につながった。
 タンクから出した家畜排せつ物はコンクリートバンカーの上で、近隣の森林で採集した土と混ぜ合わせて肥料にしている。この肥料を経営主は日本語を使って「ボカシ」肥料と表現していた。この牛ふんを利用した肥料を使用して栽培しているトウモロコシと、化学肥料を使用して栽培したトウモロコシを比較すると、土地条件の違いを超えてトウモロコシの実入りが大きく改善され、生産量が増加したという。
 このように家畜排せつ物を利用することで、購入肥料の削減による自家飼料の生産コストを削減するだけでなく、生産量の改善により購入飼料の削減にもつなげることができた。
 また、家畜排せつ物のメタン発酵を活用したバイオガス発電を希望しており、許可を得るための申請を行っているところである。
 

(7)総括

 世代交代による生産基盤の強化という点を見ると、経営継承がうまくできた理由は、まず家族間継承のため、父親の農地や施設を利用できた点に加え、親子の間でも契約書を作成し、農地借地料や労働条件について明確に定めたことが大きな要因であると思われる。さらに、新規参入に当たって問題となる資金の借り入れについて、長く営農してきた父親の信用と資産を基に、取引先である乳業による支援もあって銀行から必要な額を借入できたこと、さらに利子の軽減が図られたことで十分な額を過大な負担なく手当することができた。
 生産基盤を揺るがしかねない懸念として、飼料価格の高騰、借地料の上昇が挙げられていたが、近隣の食品工場から発生する副産物の利用、他者所有の未利用地を有効に活用した牧草栽培の拡大、家畜排せつ物の肥料利用による生産費軽減により対応している。また、農場を開放することで近隣住民や一般消費者からのイメージ改善にも取り組み、酪農経営に対する理解を高める工夫も凝らしている。
 経営主は、飼育している牛は単なる頭数で表される家畜ではなく、1頭1頭に名前が付けられた大事な家族であるとの信念をもって営農を行っている。経営主はすべての牛の名前と性格を把握しており、単なる雌牛ではなくレディであるとして、大切に育てている。非生産者住民の理解を得るためだけでなく、周辺の生物多様性や環境を保全することは大切であるとの意識をもって、引き続き取り組みを進めていくとしている(写真2)。

7 おわりに

 欧州委員会は、持続可能性や環境に配慮した農業・食料システムの移行を目標としており、その原則は一貫している。
 一方、ロシアによるウクライナ侵攻後の農産物の需給情勢の変化、特に生産コスト上昇を背景とした物価上昇に配慮して、近年あまり見られることのなかった生産基盤の維持・強化を図る動きとして、時限的な措置であるものの、休耕・輪作義務の緩和や、危機対応準備金あるいは欧州農業農村振興基金を活用した支援パッケージが実施された。また、EUで不足している家畜飼料原料などに向けられる植物性タンパク質の生産基盤強化に向けた戦略を策定予定である。
 同じく生産基盤の維持・強化に欠かすことのできない農業経営の世代交代の促進については、長期的なスパンで対応策が講じられているものの、農業に対するイメージや収入が多くない点などで若年層の参入者は多くなく、日本と同様の悩みを抱えている。
 2024年6月には欧州議会選挙が予定されており、選挙を経て当選した議員が欧州委員会委員長を選出することになる。その選挙結果によってEUにおける現在の持続可能性や環境に配慮した政策が継続・強化されるのか、より生産基盤の維持・強化に力点を置いた軌道に修正されるのか、注目されるところである。新しい体制で欧州委員会が動き出すのは秋以降になるとみられている。
 
(平石 康久(JETROブリュッセル))