HPAIウイルスから農場を守るため、われわれは疾病の発生で得られたウイルスの特徴を明らかにしている。ウイルスの全ゲノム解析を行うことで、(1)いつどのような経路で国外からウイルスが運ばれてきたのかの推定(2)人を含む哺乳動物への感染の可能性や薬剤耐性の検討(3)鶏やカモ類に感染した際の病原性やそれら宿主でのウイルス感染動態の解析によるその後のHPAI防疫対策に役立つ情報の提供8) ―を行っている。また、国内での発生は、国外のウイルスとの関連性が高いことから、各国との共同研究によりウイルスやその情報の交換も行っている。家きん飼養施設での発生に備えて、感染拡大を防ぐための早期発見が可能な診断系の開発や国外からのウイルスを用いた既存診断系の有用性の検討も行っている9)。現在国内ではAIに対するワクチンは原則として行っておらず、緊急時に使用するワクチンを備蓄している状況である。現状の備蓄ワクチンは各個体に注射する方法であることから、より効率的に投与できる方法の開発や、その投与法に則した新たなワクチンの開発も行っている。また、ウイルスの変異に伴うワクチン効果の低減は、新たなウイルスを用いた効果の高いワクチンの再度の作製を余儀なくされ、さらにその新たに作製したワクチンを投与し直す必要も生じることから、更新の必要性が低く効果の高いワクチンの開発を行うため、病原性ウイルスのゲノム情報などからサイバー空間上でワクチンを設計・シミュレーションする次世代技術の開発も進めている。
世界でのHPAIウイルスのまん延やこれまでなかった牛などの哺乳動物への多数の感染事例が報告されるなど、20年前とはHPAIウイルスの感染状況やウイルスの性質が異なってきている。今後もウイルスの性状が変わり、それによって感染状況が変化する可能性もあることから、HPAIウイルスに関する国外からの情報収集を引き続き行い、防疫に資する研究成果が実証できるようにする必要がある。家きん飼養施設へのウイルスの侵入を防ぐ方法は、自律的に行うことが出来る部分であることから、引き続き飼養衛生管理を徹底することも重要である。
【プロフィール】
内田 裕子(うちだ ゆうこ)
平成13年3月 日本獣医畜産大学 獣医畜産学部 獣医学科 卒業
13年4月〜17年3月 日本獣医畜産大学大学院 獣医学研究科博士課程 修了
17年4月〜18年3月 農林水産省消費・安全局
18年4月〜21年3月 農研機構動物衛生研究所人獣感染症研究チーム 研究員
21年4月〜29年3月 農研機構動物衛生研究所人獣感染症研究チーム 主任研究員
29年4月〜現在 農研機構動物衛生研究部門人獣共通感染症研究領域 新興ウイルスグループ長
参考文献
3)Tanikawa T, Fujii K, Sugie Y, Tsunekuni R, Nakayama M, Kobayashi S.Comparative susceptibility of mallard (Anas platyrhynchos) to infection with high pathogenicity avian influenza virus strains (Gs/Gd lineage) isolated in Japan in 2004-2017. Vet Microbiol. 2022 Sep;272:109496. doi:10.1016/j.vetmic.2022.109496. Epub 2022 Jun 28. PMID: 35797928.
4)Tanikawa T, Sakuma S, Yoshida E, Tsunekuni R, Nakayama M, Kobayashi S.Comparative susceptibility of the common teal (Anas crecca) to infection with high pathogenic avian influenza virus strains isolated in Japan in 2004-2017. Vet Microbiol. 2021 Dec;263:109266. doi: 10.1016/j.vetmic.2021.109266. Epub 2021 Oct 21. PMID: 34739966.
5)Saito T, Tanikawa T, Uchida Y, Takemae N, Kanehira K, Tsunekuni R.Intracontinental and intercontinental dissemination of Asian H5 highly pathogenic avian influenza virus (clade 2.3.4.4) in the winter of 2014-2015. Rev Med Virol. 2015 Nov;25(6): 388-405. doi: 10.1002/rmv.1857. Epub 2015 Oct 13.PMID: 26458727.
7)農林水産省(2024),2023年〜2024年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書
8)農研機構(2024),プレスリリース
(研究成果) 2023年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2024年9月24日
(研究成果) 2023年10月北海道のカラスから検出されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2023年11月1日
(研究成果) 2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスは遺伝的に多様である − 3グループ17遺伝子型に分類 様々な野鳥のウイルスに由来 −,2023年10月10日
(研究成果) 2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザ ウイルスの遺伝的特徴 − 3つの遺伝子グループが早期から同時期・広範囲に国内侵入 −,2023年2月9日
(研究成果) 2022年9月神奈川県のハヤブサから検出されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2022年11月1日
(研究成果) 2021年シーズン国内発生高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2022年9月20日
(研究成果) 今季国内の高病原性鳥インフルエンザウイルスの遺伝的多様性,2021年3月10日
(研究成果) 今季国内初発の高病原性鳥インフルエンザウイルスの病原性解析,2020年12月14日
(研究成果) 大陸を渡ったH5N8亜型 高病原性鳥インフルエンザウイルス,2020年11月25日
9)農研機構(2024),プレスリリース
(研究成果) 誤操作リスクを減らし、迅速に高病原性鳥インフルエンザを判定する遺伝子検査法の開発−検査の省力化と迅速な防疫措置に期待−,2024年10月4日