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話題 畜産の情報 2024年12月号

高病原性鳥インフルエンザについて〜動向と対策〜

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国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
動物衛生研究部門人獣共通感染症研究領域 新興ウイルスグループ長 内田 裕子

1 高病原性鳥インフルエンザ

 鳥インフルエンザ(AI)は、自然宿主である野生の水鳥類の間でそれらウイルスが症状を示すことなく感染を繰り返すことで保持されている。AIウイルスがアヒル、鶏、ウズラなどの家きんに感染し、それらの間で感染を繰り返し、鶏に対して高い病原性を示すようになったウイルスが高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)である。HPAIに感染した鶏の病態は急性で死亡し、また沈うつ、肉冠にくかん肉垂にくすいのチアノーゼ、浮腫などが伴う場合もある。AIは、ウイルスの表面にある赤血球凝集素タンパク(HA)16種類とノイラミニダーゼ(NA)9種類の組み合わせにより亜型が分類され、H5N1亜型、H5N8亜型のように記される。日本で2023/2024年シーズン(2023年の秋から2024年春を指す。以下「23/24シーズン」という)に確認されたH5亜型HPAIは、1996年に中国の広東かんとん省のガチョウから検出されたウイルスを起源とし、20年以上経った今もなおオセアニアを除く全世界で同起源のウイルスの感染が確認されている1)。このH5亜型HPAIは、当初アジア地域の家きんで見られる疾病であったが、2005年以降渡り鳥への感染に伴ってヨーロッパやアフリカ大陸、14年以降北米大陸、22年11月まで報告がなかった南米大陸にもHPAIが感染拡大し、日本国内消費の3〜4割を占める鶏肉輸入国のブラジルでも発生が報告され、世界での食料供給にも影響をもたらした。20年以降、環境中のウイルス濃度が高くなり野生鳥類や哺乳類などへの感染拡大も見られている。また、24年3月にはこれまで自然感染が認められていなかった牛へのHPAI感染が米国で報告され、感染牛の移動や搾乳機器を介する機械的な伝播でんぱにより米国15州の牛に感染が広がっている(11月15日時点)。また、牛から人への感染、牛の感染によるウイルス環境濃度の高まりにより、家きん農場へのウイルス伝播も起きている。なお、内閣府食品安全委員会によると、AIが熱や酸に弱いこと、鳥由来ウイルスは人の細胞に結合しにくいことから、家きんの肉や卵を食べることにより、人がAIウイルスに感染する可能性はないと考えられている2)
 日本で初めてこのH5亜型HPAIウイルスによる発生が確認されたのは2004年で、それ以降も数年に一度の頻度で農場での発生が確認されていたが、2020/2021年シーズン(2020年秋から2021年春を指す。以下「20/21シーズン」という)以降、それらの発生が4年連続して起きている。そのような事象は世界中での環境中のウイルス濃度が高くなっていることに起因すると考えられる。HPAIは鶏には高病原性であるが、野鳥の中には感染しても死亡することなくウイルスを排せつする種類もおり3)4)、そのような野鳥が渡り鳥として大陸間を移動することで、世界中でHPAIの感染を拡大させていると考えられている(図1)。これらの渡り鳥は、冬季には越冬のために南下して世界各地に飛び、夏季の繁殖期には各地の越冬先からシベリアやアラスカなどに集合する飛行経路をたどる5)。日本へはシベリアから越冬のための渡り鳥の南下、春先のシベリアへの北帰行に伴ってウイルスも移動すると考えられており、家きん飼養施設におけるHPAIの発生は渡り鳥が日本に渡る秋から帰路につく春までの期間と一致している。

2 2020年以降の日本国内でのHPAI発生状況と防疫対策について

 20/21シーズンの家きん飼養施設での発生は2020年11月5日から21年3月13日まで、H5N8亜型HPAIウイルスによる発生が18県52事例確認され、同シーズンの野鳥からの同亜型HPAIウイルスの検出は18道県58事例報告された6)。同シーズンの特徴は、家きん飼養施設での発生において、それ以前には見られなかった事例数の多さ、最速の発生確認時期、そして同県内での続発事例が複数件認められたことであった。家きん由来HPAIウイルスの遺伝子解析を行うと、HA遺伝子については前年のシーズンおよび同年シーズン内に欧州で報告されたウイルスグループであるG1グループ、G2グループと近縁であることから、渡り鳥による移動に伴いウイルスが日本国内に侵入したことが推察された。A型インフルエンザに含まれる8本の遺伝子分節の組み合わせにより遺伝子型を決定しているが(図2)、G1グループで4種類、G2グループで1種類(G2a−1)に分類された(図3)7)
 翌2021/2022年シーズン(2021年秋から2022年春を指す。)の家きん飼養施設での発生は21年11月10日から22年5月14日まで、12道県25事例が確認され、その事例数は前シーズンの半数程度である一方で、野鳥からの検出は8道府県で107事例が報告された。同シーズンの特徴は、(1)11月初めから翌5月中旬までと期間が長かったこと(2)H5N1亜型およびH5N8亜型HPAIという複数亜型のウイルスによる発生が初めて同シーズンで確認されたこと(3)東北、北海道地域でのカラス類の感染事例が多発したこと―である。本シーズンの家きん由来ウイルスは、前シーズンにも見つかった遺伝子型G2a−1(H5N8亜型)に加え、新たな遺伝子型としてH5N1亜型であるG2b−1、G2b−2およびG2d−0の計4種類の遺伝子型が検出された。
 また、2022/2023年シーズン(2022年の秋から2023年春を指す。以下「22/23シーズン」という)は、家きん飼養施設では22年10月28日から23年4月7日まで26道県84事例、野鳥では22年9月25日から23年4月20日まで28道県242事例と過去最多の発生事例数を記録した。家きん飼養施設での発生は過去最速で、また過去最大の発生数により、約1771万羽が殺処分の対象となった。そのうち対象となった採卵鶏の数は、全国で飼育される数の1割を超えたことから、卵の価格高騰にもつながり、多大なる経済的な被害をもたらした。野鳥でも22年9月25日という最も早い時期に、捕食者であるハヤブサでの感染事例が見られ、感染した動物の捕食による伝播と推測され、その時期にすでに感染した動物の存在が示唆された。野鳥の感染事例では、前シーズンと同様に東北、北海道地域のカラス類、九州地域のツル類の大量死が特徴的であった。22/23シーズンの家きん飼養施設での発生要因ウイルスの亜型はH5N1亜型およびH5N2亜型の2種類が確認された。ウイルスの遺伝子型は17種類と最多数を記録し、特に初めて日本に入ってきたG2cグループのウイルスで遺伝子型の多様性が認められた。
 23/24シーズンは、野鳥では28都道府県156事例と20年以降2番目に多かった一方で、家きん飼養施設では23年11月23日から24年4月29日まで発生が認められ、10県11事例とその数は20年以降最も少なかった。野鳥での感染は比較的早期に検出された一方で、家きん飼養施設での発生は1カ月半以上も間隔が空いた。家きんの発生で検出されたウイルスの亜型はH5N1亜型とH5N6亜型であったが、野鳥ではその2種類に加え、H5N5亜型のウイルスも検出された。ウイルスの遺伝子型は、家きん由来ウイルスで2種類、野鳥由来ウイルスでは、その他に2種類に分類され、全部で4種類の遺伝子型のウイルスが23/24シーズンに日本に入っていたことが明らかになった。
 このような毎年の連続した発生、発生数の増加傾向および検出されるウイルスの多様性が見られている要因は、(1)近年、世界中で野鳥への多様なウイルス感染が増加したこと(2)多様なウイルスが野鳥に複数感染することで新たなウイルスが誕生していること(3)さらにウイルスを伴った状態で渡り鳥が繁殖地と越冬地の南北の移動を繰り返すこと―によるものと考えられる。昨今の状況からHPAIウイルスは今後も渡り鳥によって日本国内に運ばれてくる可能性がかなり高く、環境中からウイルスが家きん飼養施設などに侵入するリスクは依然として高い状態にある。家きん飼養施設にウイルスが侵入する要因としては、渡り鳥との生活域を共有する野生哺乳動物、カラスやスズメなどの季節ごとに移動しない留鳥および靴底、車両などについた環境中のウイルスが施設内に持ち込まれることが挙げられる。これらの対策として、飼養衛生管理基準に基づき適切な衛生管理区域の設定、ウイルスを施設内に持ち込まない動線管理および消毒薬などの適切な使用、着衣・長靴などの適切な場所での更衣およびその管理、野外の動物を家きん飼養舎内に侵入させないように防鳥ネットの設置など物理的な隙間を作らないことが重要である。家きん飼養施設では、渡り鳥飛来と共に常に環境中にウイルスがいることを念頭に置き、防疫対策をする必要がある。




3 インフルエンザウイルスの研究と今後の展望

 HPAIウイルスから農場を守るため、われわれは疾病の発生で得られたウイルスの特徴を明らかにしている。ウイルスの全ゲノム解析を行うことで、(1)いつどのような経路で国外からウイルスが運ばれてきたのかの推定(2)人を含む哺乳動物への感染の可能性や薬剤耐性の検討(3)鶏やカモ類に感染した際の病原性やそれら宿主でのウイルス感染動態の解析によるその後のHPAI防疫対策に役立つ情報の提供8) ―を行っている。また、国内での発生は、国外のウイルスとの関連性が高いことから、各国との共同研究によりウイルスやその情報の交換も行っている。家きん飼養施設での発生に備えて、感染拡大を防ぐための早期発見が可能な診断系の開発や国外からのウイルスを用いた既存診断系の有用性の検討も行っている9)。現在国内ではAIに対するワクチンは原則として行っておらず、緊急時に使用するワクチンを備蓄している状況である。現状の備蓄ワクチンは各個体に注射する方法であることから、より効率的に投与できる方法の開発や、その投与法に則した新たなワクチンの開発も行っている。また、ウイルスの変異に伴うワクチン効果の低減は、新たなウイルスを用いた効果の高いワクチンの再度の作製を余儀なくされ、さらにその新たに作製したワクチンを投与し直す必要も生じることから、更新の必要性が低く効果の高いワクチンの開発を行うため、病原性ウイルスのゲノム情報などからサイバー空間上でワクチンを設計・シミュレーションする次世代技術の開発も進めている。
 世界でのHPAIウイルスのまん延やこれまでなかった牛などの哺乳動物への多数の感染事例が報告されるなど、20年前とはHPAIウイルスの感染状況やウイルスの性質が異なってきている。今後もウイルスの性状が変わり、それによって感染状況が変化する可能性もあることから、HPAIウイルスに関する国外からの情報収集を引き続き行い、防疫に資する研究成果が実証できるようにする必要がある。家きん飼養施設へのウイルスの侵入を防ぐ方法は、自律的に行うことが出来る部分であることから、引き続き飼養衛生管理を徹底することも重要である。
 
【プロフィール】
内田 裕子(うちだ ゆうこ)
平成13年3月 日本獣医畜産大学 獣医畜産学部 獣医学科 卒業
13年4月〜17年3月 日本獣医畜産大学大学院 獣医学研究科博士課程 修了
17年4月〜18年3月 農林水産省消費・安全局
18年4月〜21年3月 農研機構動物衛生研究所人獣感染症研究チーム 研究員
21年4月〜29年3月 農研機構動物衛生研究所人獣感染症研究チーム 主任研究員
29年4月〜現在 農研機構動物衛生研究部門人獣共通感染症研究領域 新興ウイルスグループ長
 
参考文献
1)国際獣疫事務局World Organisation for Animal Health (2024),Animal Influenza https://www.woah.org/en/disease/avian-influenza/#ui-id-2
2)内閣府 食品安全委員会 (2024),鳥インフルエンザについて https://www.fsc.go.jp/sonota/tori/tori_infl_ah7n9.html
3)Tanikawa T, Fujii K, Sugie Y, Tsunekuni R, Nakayama M, Kobayashi S.Comparative susceptibility of mallard (Anas platyrhynchos) to infection with high pathogenicity avian influenza virus strains (Gs/Gd lineage) isolated in Japan in 2004-2017. Vet Microbiol. 2022 Sep;272:109496. doi:10.1016/j.vetmic.2022.109496. Epub 2022 Jun 28. PMID: 35797928.
4)Tanikawa T, Sakuma S, Yoshida E, Tsunekuni R, Nakayama M, Kobayashi S.Comparative susceptibility of the common teal (Anas crecca) to infection with high pathogenic avian influenza virus strains isolated in Japan in 2004-2017. Vet Microbiol. 2021 Dec;263:109266. doi: 10.1016/j.vetmic.2021.109266. Epub 2021 Oct 21. PMID: 34739966.
5)Saito T, Tanikawa T, Uchida Y, Takemae N, Kanehira K, Tsunekuni R.Intracontinental and intercontinental dissemination of Asian H5 highly pathogenic avian influenza virus (clade 2.3.4.4) in the winter of 2014-2015. Rev Med Virol. 2015 Nov;25(6): 388-405. doi: 10.1002/rmv.1857. Epub 2015 Oct 13.PMID: 26458727.
6)農林水産省(2024),鳥インフルエンザに関する情報 https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/
7)農林水産省(2024),2023年〜2024年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書 
8)農研機構(2024),プレスリリース
(研究成果) 2023年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2024年9月24日
(研究成果) 2023年10月北海道のカラスから検出されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2023年11月1日
(研究成果) 2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザウイルスは遺伝的に多様である − 3グループ17遺伝子型に分類 様々な野鳥のウイルスに由来 −,2023年10月10日
(研究成果) 2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザ ウイルスの遺伝的特徴 − 3つの遺伝子グループが早期から同時期・広範囲に国内侵入 −,2023年2月9日
(研究成果) 2022年9月神奈川県のハヤブサから検出されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2022年11月1日
(研究成果) 2021年シーズン国内発生高病原性鳥インフルエンザウイルスの特徴,2022年9月20日
(研究成果) 今季国内の高病原性鳥インフルエンザウイルスの遺伝的多様性,2021年3月10日
(研究成果) 今季国内初発の高病原性鳥インフルエンザウイルスの病原性解析,2020年12月14日
(研究成果) 大陸を渡ったH5N8亜型 高病原性鳥インフルエンザウイルス,2020年11月25日
9)農研機構(2024),プレスリリース
(研究成果) 誤操作リスクを減らし、迅速に高病原性鳥インフルエンザを判定する遺伝子検査法の開発−検査の省力化と迅速な防疫措置に期待−,2024年10月4日