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調査・報告 香川県 畜産の情報 2025年5月号

高いインプットと高いアウトプットの酪農経営の展開 〜香川県高松市の有限会社赤松牧場を対象に〜

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広島大学大学院 統合生命科学研究科 研究員(岡山大学 名誉教授) 横溝 功

【要約】

 昨今の酪農経営を取り巻く環境は厳しい。酪農経営が取り得る経営戦略は、「高いインプット(投入)と高いアウトプット(産出)」または「低いインプットと低いアウトプット」の二つになることを整理し、多くの酪農経営が前者であることに言及した。前者の中で、その差額(利益)を確保して経営を展開している香川県高松市の有限会社赤松牧場を取り上げ、生産要素(労働力、資本、土地)、原材料(飼料)、情報(技術、ノウハウ)の視点から整序を行った。その結果、経営者の「基礎を大切にコツコツとした努力」という経営理念が極めて大切であることを明らかにした。

1 はじめに

 酪農経営を取り巻く環境は極めて厳しい。酪農経営において主要なインプット(投入)が飼料であり、主要なアウトプット(産出)が生乳である。図では、アウトプットの要素である生乳価格と、インプットの要素である配合飼料価格の推移を示した。
折れ線は、前者の価格を後者の価格で割った交易条件を表している(生乳価格÷配合飼料価格×100)。この交易条件の値は、大きいほど酪農経営に有利になり、小さいほど不利になる。
 酪農経営の交易条件は、平成14〜20年にかけて悪化し、21年に改善している。22〜25年にかけて悪化するが、令和2年にかけて改善している。その後、2〜4年にかけて右肩下がりに大きく悪化していることが分かる。特に、4年に大きく落ち込んでいる。5年は生乳価格の上昇もあって、やや持ち直している。しかし、依然として低位にあることが分かる。
 4年の交易条件の悪化は、図からも分かるように、配合飼料価格の高騰が大きく影響している。周知の通り、(1)新型コロナウイルス感染症拡大による国際的な物流への影響(2)ロシアのウクライナ侵攻などに伴う穀物供給の減少(3)急激な円安―が、配合飼料価格高騰の主要な要因になっている。
 このような厳しい状況下で、酪農経営がいかに持続的に展開できるかが大きな課題になっている。

2 酪農における経営戦略の整理

 インプットとアウトプットから、酪農における経営戦略を整理したものが表1である。インプットには、前述の飼料のような原材料以外に、光熱水費、生産要素(労働力、資本、土地)、情報(技術、ノウハウ)も含まれる。アウトプットには、生乳以外に、子牛や堆肥などの副産物収入も含まれる。
 表1では、インプットが相対的に高いケースと低いケースの2ケースに分け、同様にアウトプットも相対的に高いケースと低いケースの2ケースに分け、4区分で次の通り経営戦略の指標を掲げた。

 
 
Tは、インプットもアウトプットも高いケースである。
Uは、インプットが高く、アウトプットが低いケースである。
Vは、インプットもアウトプットも低いケースである。
Wは、インプットが低く、アウトプットが高いケースである。
 
Uは経営効率が悪く、経営戦略としては成り立たない。また、Wは理想的ではあるが、こちらも経営戦略として実現するのは難しい。従って、現実的な経営戦略は、TかVということになる。Vの代表としては放牧酪農を挙げることができる。しかし、放牧酪農は北海道の一部では散見されるものの、都府県ではごくわずかである。そのため、わが国では酪農における経営戦略はTのケースが多いということになる。
 ただし、持続的な酪農経営を実現するためには、金額で評価したアウトプット(収益)が、金額で評価したインプット(費用)を上回る必要がある。また、個人経営では差額の農業所得が家計費や負債の元金償還額を上回ること、法人経営では差額の利益が負債の元金償還額を上回ることが求められる(支払利息は費用に含む)。
 本稿では、区分Tに該当する優良事例として、香川県高松市の有限会社赤松牧場(以下「赤松牧場」という)を取り上げ、そこから得られる知見や教訓を導出する。なお、経営形態は有限会社である。

3 赤松牧場の経営概要 〜インプットの中の生産要素〜

 まず、赤松牧場の経営概況を把握しておくことにする。インプットの生産要素(労働力、資本、土地)から見ることにする。取材は令和6年11月に同牧場の取締役会長である赤松省一氏(以下「省一氏」という)に対して行った(写真1)。
 なお、赤松牧場は農林水産省による畜産クラスター事業の中心的経営体であり、多くの労働力を雇用する大規模な法人経営でもある。本稿は雇用型の大規模酪農経営を対象とした。

 
 

(1) 労働力

 赤松牧場の労働力の構成は、表2の通りである。省一氏には3人の子供(二男一女)がおり、次男の勲氏(45歳)が代表取締役社長を務める。勲氏は、民間企業で8年間営業職を経験した後、平成21年に就農した。省一氏は、勲氏から就農の相談を受けた当時、酪農経営の厳しさや難しさを伝えたが、勲氏の就農意思は揺らぐことはなかった。また、勲氏の夫人が就農に賛成したことも大きな後押しとなった。勲氏の就農に当たっては、相当な覚悟をもって臨んだと話す。



 
 長男の龍氏は、20年間酪農に従事している。赤松牧場は六次産業化にも取り組んでおり、22年から牧場近くにジェラートショップ「ROYAL FARM AKAMATSU(ロイヤルファーム アカマツ)」を展開している(写真2)。現在は龍氏がその店舗を担当し、自家の生乳を使ったジェラートやチーズなどの乳製品を店舗で製造・販売し、好評を得ている。

 
 令和4年まで、長女がジェラートショップを担当していたが、さらなる研さんを積むため、現在はイタリアのフィレンツェに留学し、現地の料理学校で修行中である。長女は、昔から料理が好きで、北海道江別市の酪農学園大学(4年間)で栄養学を勉強した後、兵庫県神戸市の専門学校に進み、その後、六次産業化を見越して北海道ニセコ町のニセコ高橋牧場で1年間実習を経験しジェラート作りなどのノウハウを学んだ。こうした経験が功を奏して、国際的ジェラートコンテストで3位と4位を獲得するなど、目覚ましい成績を上げている。今後、帰国した際の赤松牧場でのさらなる活躍が期待される。
 赤松牧場の労働力は12〜13人(うち正社員は10人)である。労務管理は社長が行っており、勤務形態はシフト制を採用し、常に2〜3人は休む体制になっている。
 また、団体監理型でカンボジアから2人の男性の技能実習生を受け入れている。いずれも高松市内のアパートを借り、通勤している。なお、監理団体は香川県善通寺市にある一般監理団体(優良基準適合)のファーマーズ協同組合である。
 作業は、朝6〜11時まで、11〜15時の昼休みを挟み、夕方15〜19時の計9時間である。搾乳時間は朝夕それぞれ3時間程度で、生乳生産量は、1日当たり約9トンである。
 また、福利厚生のための施設を整備して、休憩スペースの拡充やシャワー設備の導入を行っており、いずれも自由に利用できるようにしている(写真3)。こうした働きやすい労働環境により、雇用労働の定着率が非常に高い。
 

 
 加えて、増頭に伴う規模拡大によってさらなる労働力を確保するために、さまざまな求人サイト(はたらいく、ワクサポかがわ、公益財団法人香川県農地機構、TOWN WORK、求人ボックス、Indeedなど)に求人情報を掲載している。
 研修に関しては、香川県立農業大学校や香川県内の農業高校から2〜3週間の期間で受け入れている。こうした研修生の中から赤松牧場に就職するケースもある。さらには、農林水産省からの依頼を受けて1カ月間、同省二年目職員を対象とした研修生も受け入れている。
 また、社会貢献活動の一環として、近隣の小中学校から、家畜防疫に最大の留意を払いつつ、課外授業などの社会科見学を積極的に受け入れている。
 

(2) 資本

ア 牧場設備
 赤松牧場は畜産クラスター協議会である「香川地域高品質牛乳生産協議会」の中心的な経営体でもある。畜産クラスター事業を活用して、平成28年度に搾乳牛舎(250頭、フリーストール)、29年度にミルキングパーラーを建設した。
 特に、暑熱対策として牛舎の屋根は、高コストになるがダブル折板せっぱん方式(注1)を導入している(写真4〜6)。同方式の屋根には、二重構造による空気層ができ、断熱性が向上する。
 周知の通り、地球温暖化などの影響により夏季の暑熱が年々厳しくなっている。ダブル折板方式による断熱性の向上は、乳牛にとって大きな恩恵をもたらすことになる。このような牛舎を選択したのは、後述の芦沢あしざわ博道氏の勧めによって省一氏が米国のウィスコンシン州の酪農経営を視察したことが大きい。同州は酪農が盛んで、牛舎構造における換気の専門家が存在していることに、省一氏は大きな感銘を受けた。そして、専門家からの助言により省一氏は、直下型換気扇が床面に向かって風を送ることにより、(1)飼料の残さ(2)家畜排せつ物(3)敷料―の微粒子が舞い上がり、牛の呼吸器系に悪影響を及ぼすことに気付いた。このため、赤松牧場では大型扇風機「サイクロン」12機と換気扇16機を配置し、暑熱、湿度、アンモニア対策を行っている。同牧場の敷地は、北に高松市内を見下ろせる小高い丘に立地し、南から北に向けてなだらかな下りになっており、風が南北に抜けるよう設計されていることから、それに沿うようにこれらを設置している。
 以上により、省一氏は乳牛にとって快適な飼養環境を提供しようとしている。また、この取り組みには、乳牛にだけではなく、そこで働くスタッフにとっても快適な作業環境を提供することにもつながっている。









 
イ 乳牛飼養頭数等 〜自家育成による後継牛確保〜
 次に、乳牛について見ていく。畜産クラスター事業の計画では、経産牛飼養頭数270頭、未経産牛170頭に増頭することを目標値としていた。現在の飼養頭数は表3の通りである。経産牛飼養頭数はほぼ目標値に近づいている。未経産牛は、目標値を大きく超えていることが分かる。
 




 
 赤松牧場で未経産牛を多数飼養しているのは、すべて自家育成で増頭していることが根底にある。そのため、赤松牧場では、乳牛の外部導入は一切行っていない。
 未経産牛には性選別精液を用いて後継牛の確保を目指してきた(写真7)。しかし、目標の増頭を達成したので、今後は経産牛には和牛の精液を利用して、交雑種(F1)の生産も行っていくとのことであった。
 こうした取り組みは、省一氏の経営理念が礎にある。省一氏は、農業において健康な土づくりを何よりも大切にしている。その上で、健康な牛を生産することができ、自家で乳牛を育成するところに、酪農経営の醍醐味があると説いている。もちろん、この理念は勲氏にも伝承され共通理念となっている。赤松牧場では、これまでも後継牛の自家育成を前提として経営を行ってきた。増頭に対応するために、平成30年度に育成牛舎と家畜排せつ物処理施設を支援事業に頼らず独自に建設し、牛舎の収容率を上げてきた(写真8)。
 畜産クラスター事業で大規模な牛舎の投資をして、外部導入に依存することなく乳牛を増頭できたことは、一つの優良なモデルケースになり得る。これらの実現には、隣接する土地を買収し広大な畜舎の敷地をさらに拡張できたことが挙げられ、その背景には牧場周辺の地域住民に対し丁寧な説明を行い、理解を得られたことが大きい。
 
(注1) 金属製の二重の折板を組み合わせて強度や耐久性を向上させる工法。
 
 

 (3) 土地

 当該地区の耕畜連携(香川地区WCS(ホールクロップサイレージ)生産組合)の取り組みは、農林水産省のウェブサイトによると次の通りである。
 
○平成27年に高松市香南地区の酪農家2戸と耕種農家11戸が稲WCSの生産・利用を目的とし、香川地区WCS生産組合を設立し、稲WCS生産を開始。
○組合の耕種農家がWCS用稲の作付・栽培管理を行い、収穫・調製作業は県外のコントラクター等へ委託。組合の酪農家は稲WCSを給与した乳牛由来の堆肥を稲WCS生産圃場ほじょうに還元する資源循環型農業に取り組む。
○地域で生産された自給飼料を給与することで、酪農家の購入飼料費低減につながっており、平成30年からは飼料用トウモロコシの作付けを開始するなど、飼料作物作付面積の拡大を促進。
 
 赤松牧場は前述の2戸の酪農家の中の1戸である。赤松牧場は平成27年から耕畜連携で稲WCSを飼料として利用していることになる。稲WCSの利用状況は表4の通りである。作付面積は20ヘクタール規模であり、年間500トンを超える収穫量を確保している。稲WCSを作付けしている稲作農家は21戸であり、1戸当たりの作付面積は約1ヘクタールということになる。


 
 収穫・調製は、当初、岡山県岡山市のコントラクター(有限会社カーライフフジサワ)に県外委託していたが、現在は地域の若手稲作農家の後継者(20歳)に一括して依頼している。委託先を変更した理由として、離農や耕作放棄地に歯止めがかからない中、現在の委託先の生産者が後継者として意欲的に取り組みたいと要望を受けたためである。なお、当該コントラクターが収穫・調製する総作付面積は40ヘクタールにも上っているが、約半分を赤松牧場が利用していることになる。
 令和5年に畜産クラスター事業で稲WCS収穫・調製の機械や暗渠あんきょ施設を導入し、6年から稼働している。稲WCSは、稲微裁断の機械で整形し、1ロール当たりの重量が330〜340キログラム、購入価格は同5000円である。1キログラム当たりで換算すると、約15円ということになる。
 なお、使用される稲の品種は、8割が専用品種であり、作付け当初は、専用品種「たちすずか」を用いていたが、現在はイネ縞葉枯病しまはかれびょう(注2)に強い「つきすずか」を用いている。
 一方で、飼料価格高騰や飼料の国産化に向けて飼料用トウモロコシに着目し、平成30年から栽培を試みたが、栽培管理の難しさ(雑草の防除)や土壌特性(水田由来であることから水はけが悪い土壌)を理由に伸長はしていない。
 
(注2)葉や葉鞘(ようしょう)に黄緑色、黄白色の縞状の病斑を発生させる。発病すると分げつが少なくなり、生育も不良となって、その後、枯れていく。

4 飼養管理のポイント ―インプットの工夫―

(1)疾病対策と高品質なアウトプット

 省一氏によると、酪農の生産過程においては、観察がすべてとのことである。酪農において、いかに乳房炎の発生を抑制するかを大切にしている。発生の抑制については、牛舎を清潔に保つことが基本であり、最大の予防策であると考えている。これらは単純なことではあるが、一番難しいことでもある。赤松牧場では、1日当たり2回の除ふん作業を実施して、牛床には戻し堆肥を入れている(写真9)。こうした手間は、多くの労働力を投入(インプット)することになるが、乳房炎発生のリスクを軽減し、高品質かつ高泌乳な生乳生産(アウトプット)につながることになる。
 また、乳房炎対策では、前述の換気を考慮した畜舎が大きく貢献することになる。すなわち、暑熱、湿度、アンモニア対策が乳房炎の発生リスクを抑えることにもなるのである。
 

 

(2)飼料の調達

 前述のように、赤松牧場では稲WCSを活用している。ただし、稲WCSを給与しているのは、未経産牛や乾乳牛であり、搾乳牛には給与していない。搾乳牛には、輸入の牧乾草を給与している。牧乾草の購入数量は表5の通りである。
 


 
 牧乾草の中では、アルファルファの給与量が多いことが分かる。赤松牧場では粗タンパク質(CP)含量20%のプレミアムを購入している。価格は普通の牧乾草よりも高価であるが、搾乳量の確保および健康の維持を考慮して給与している。なお、イタリアンライグラスは主として乾乳牛に用いている。
以上のように、赤松牧場ではコストは高くなるが、高品質の牧乾草を搾乳牛に給与している。高品質の海外産牧草を給与することで、コストは追加で発生してしまうが、それ以上に高泌乳という高いアウトプットを実現することにより収益を確保している。
 ちなみに、赤松牧場の経産牛1頭当たりの年間産乳量は令和4年度が1万1194キログラム、5年度が1万1391キログラムと高泌乳を実現している。
 ただし、赤松牧場では、飼料の調達に当たっては入札を実施して、コスト削減を図っている。入札に当たっては、配合飼料では5〜6社、牧乾草では2〜3社から応札がある。このような仕入れの工夫がコスト削減において重要と言える。
 



 

(3)情報(技術、ノウハウ)の活用

 赤松牧場では、10年程前から外部コンサルティングを導入し、毎月、指導を受けている。依頼先は、有限会社ROMデーリーアシスト(群馬県高崎市)代表の芦沢博道氏である。芦沢氏は毎月、自ら牧場に足を運び、搾乳牛の管理、飼料の設計、育成などの飼養管理から経営面まで確認し、現場情報、牛群検定データ、飼料分析のデータを用いてコンサルティングを行っている。赤松牧場では、牛群管理にデラバル社のシステムを活用している他に、牛群検定も行っているが、芦沢氏が両者を組み合わせて分析を行っている点が強みである。コンサルティングの結果は、牧場内でスタッフのミーティング時に共有して改善を図るなど真摯に受け止め、忠実に日々の作業に反映している。
 なお、赤松牧場が芦沢氏を知ったきっかけは、香川県まんのう町の大規模酪農経営体である有限会社森末牧場(以下「森末牧場」という)の代表取締役森末雅美氏からの紹介であった。香川県の酪農経営は、生産者同士の横のつながりが非常に強い。有用な情報を入手する上で、このようなつながりは大切である。
 省一氏によると、雇用型の大規模な酪農経営は、自己流の経験や感覚的な経営では限界があり、専門分野に長けている外部専門家の知恵を惜しむことなく取り入れることが、健全な酪農経営には必要と考えている。当然のことながら、コンサルティングは有料であるが、コストを上回るベネフィットがあるとのことである。
 赤松牧場では、牧場自身としてはゲノミック評価に取り組んでいない。現在、精液は一般社団法人ジェネティクス北海道(以下「ジェネティクス」という)から購入している。当初は、乳量の追求を第一の目標として精液をジェネティクスに注文していた。現在は、搾乳作業のしやすい個体を重視して、(1)乳頭がまっすぐな形(2)体型が大型化しない遺伝子―を求めている。すなわち、ジェネティクスに冷凍精液の選択を一任しているのである。これまでの経験からジェネティクスは赤松牧場の牛群を熟知しており、的確な精液の提供が可能になっているのである。
 省一氏によると、スムーズな搾乳作業を行う上で、乳頭の配置は極めて重要な要素であると話す。また、体型が大き過ぎると、飼養管理や搾乳作業に支障を来すとのことであった。従って、高泌乳を目的とした輸入精液は利用していないのである。
 以上のことから、専門家に任すべきところは任せるという経営行動を貫いていることになる。

5 環境対策

 赤松牧場では、敷料の水分調整におが粉を用いている。そして、おが粉と発酵堆肥を1対1で混合している。すなわち、敷料として戻し堆肥を用いているのである。前述のように、良質な堆肥の生産の重要性に気付いたことが理由である。
 良質な堆肥は、前述の耕畜連携によって稲WCSの圃場に還元されている。省一氏は、このような圃場への堆肥の投入(インプット)が土作りに肝要であるとしている。「健土健民」というキーワードを用いている。
 「健土健民」は、北海道酪農義塾(現在の酪農学園大学)の創設者である黒澤酉蔵とりぞう氏が提唱した造語である。北海道の土作りのベースは酪農であり、堆肥を土に還元することによって、北海道の耕種部門も発展したのは周知の通りである。
 また、土作りには長期的なビジョンが必要であり、省一氏が香川県議会に紹介して、香川県議会の主催で、東京農業大学名誉教授の後藤逸男氏を招聘しょうへいした。その講演会に省一氏も参加し、新たな知見や情報を入手している。なお、後藤氏は農家のための土と肥料の研究会「全国土の会」の会長でもあり、東京農業大学発「株式会社全国土の会」の代表取締役も務めている。
 家畜由来の堆肥で、日本の農地に必要なリン酸(P)とカリ(K)の資源を賄うことができること、化学肥料では土中の微生物が育たないこと、すなわち、堆肥の有機物が微生物のエサになることを強調している。
 

6 おわりに

 赤松牧場の省一氏は、(1)酪農において「基礎が大切」(2)「コツコツとした努力」が強靱な酪農経営につながる―という経営理念を持っている。そのぶれない経営理念に基づいて経営行動を取ってきたのである。
 (1)においては、耕畜連携による土作り、育成牛の自家育成という経営戦略を挙げることができる。(2)においては、乳牛に快適な環境を提供するための1日当たり2回の除ふん作業の実施が挙げられる。
 (2)の「コツコツとした努力」が実を結ぶためには、専門家に任せるところは任せるという省一氏の発想が優れている。
 こうした柔軟な発想は、自身が18歳の時に他産業に就職し、本格的に酪農に力を入れたのが45歳という遅咲きであったことも大きい。試行錯誤した結果、既成概念に縛られず、専門家の知恵を有効に活かそうという発想になったものと推察できる。
 前述のように、香川県の酪農経営の横のつながりを築いたのも、省一氏である。その後を森末牧場が継いでいる。さらに、香川県の畜種を越えた異業種交流を構築しようとしている。
 以上のような省一氏の経営行動から、多くの教訓を得ることができる。「基礎を大切にコツコツとした努力」が、結果として持続可能な酪農経営の展開につながるのである。
 省一氏は、次代にバトンを渡すことに余念が無い。前述のように3人の後継者がいるが、次男は第1次産業、長女は第2次産業、長男は第3次産業での活躍を期待している。第3次産業の商売は難しいことではあるが、さらなる発展を目指して果敢に挑戦して欲しいと願っている。
 今後、省一氏はジェラートやチーズなどの乳製品だけでなく、地域の野菜を活かした地産地消のレストランの建設を目指している。こうした場を作ることによって、生産者と消費者の対話ができることを望んでいる。
 
引用文献
[1]菊川洋一・横溝 功・吉田宣夫「香川地域高品質牛乳生産協議会」『畜産クラスター事例調査報告書』公益社団法人中央畜産会、令和2年3月
[2]【耕畜連携】(香川県高松市 香川地区WCS生産組合)
 
謝辞
 本稿を取りまとめるに当たって、有限会社赤松牧場の取締役会長の赤松省一様から懇切なご指導を賜りました。ここに深甚なる謝意を表します。