まず、赤松牧場の経営概況を把握しておくことにする。インプットの生産要素(労働力、資本、土地)から見ることにする。取材は令和6年11月に同牧場の取締役会長である赤松省一氏(以下「省一氏」という)に対して行った(写真1)。
なお、赤松牧場は農林水産省による畜産クラスター事業の中心的経営体であり、多くの労働力を雇用する大規模な法人経営でもある。本稿は雇用型の大規模酪農経営を対象とした。
(1) 労働力
赤松牧場の労働力の構成は、表2の通りである。省一氏には3人の子供(二男一女)がおり、次男の勲氏(45歳)が代表取締役社長を務める。勲氏は、民間企業で8年間営業職を経験した後、平成21年に就農した。省一氏は、勲氏から就農の相談を受けた当時、酪農経営の厳しさや難しさを伝えたが、勲氏の就農意思は揺らぐことはなかった。また、勲氏の夫人が就農に賛成したことも大きな後押しとなった。勲氏の就農に当たっては、相当な覚悟をもって臨んだと話す。
長男の龍氏は、20年間酪農に従事している。赤松牧場は六次産業化にも取り組んでおり、22年から牧場近くにジェラートショップ「ROYAL FARM AKAMATSU(ロイヤルファーム アカマツ)」を展開している(写真2)。現在は龍氏がその店舗を担当し、自家の生乳を使ったジェラートやチーズなどの乳製品を店舗で製造・販売し、好評を得ている。
令和4年まで、長女がジェラートショップを担当していたが、さらなる研さんを積むため、現在はイタリアのフィレンツェに留学し、現地の料理学校で修行中である。長女は、昔から料理が好きで、北海道江別市の酪農学園大学(4年間)で栄養学を勉強した後、兵庫県神戸市の専門学校に進み、その後、六次産業化を見越して北海道ニセコ町のニセコ高橋牧場で1年間実習を経験しジェラート作りなどのノウハウを学んだ。こうした経験が功を奏して、国際的ジェラートコンテストで3位と4位を獲得するなど、目覚ましい成績を上げている。今後、帰国した際の赤松牧場でのさらなる活躍が期待される。
赤松牧場の労働力は12〜13人(うち正社員は10人)である。労務管理は社長が行っており、勤務形態はシフト制を採用し、常に2〜3人は休む体制になっている。
また、団体監理型でカンボジアから2人の男性の技能実習生を受け入れている。いずれも高松市内のアパートを借り、通勤している。なお、監理団体は香川県善通寺市にある一般監理団体(優良基準適合)のファーマーズ協同組合である。
作業は、朝6〜11時まで、11〜15時の昼休みを挟み、夕方15〜19時の計9時間である。搾乳時間は朝夕それぞれ3時間程度で、生乳生産量は、1日当たり約9トンである。
また、福利厚生のための施設を整備して、休憩スペースの拡充やシャワー設備の導入を行っており、いずれも自由に利用できるようにしている(写真3)。こうした働きやすい労働環境により、雇用労働の定着率が非常に高い。
加えて、増頭に伴う規模拡大によってさらなる労働力を確保するために、さまざまな求人サイト(はたらいく、ワクサポかがわ、公益財団法人香川県農地機構、TOWN WORK、求人ボックス、Indeedなど)に求人情報を掲載している。
研修に関しては、香川県立農業大学校や香川県内の農業高校から2〜3週間の期間で受け入れている。こうした研修生の中から赤松牧場に就職するケースもある。さらには、農林水産省からの依頼を受けて1カ月間、同省二年目職員を対象とした研修生も受け入れている。
また、社会貢献活動の一環として、近隣の小中学校から、家畜防疫に最大の留意を払いつつ、課外授業などの社会科見学を積極的に受け入れている。
(2) 資本
ア 牧場設備
赤松牧場は畜産クラスター協議会である「香川地域高品質牛乳生産協議会」の中心的な経営体でもある。畜産クラスター事業を活用して、平成28年度に搾乳牛舎(250頭、フリーストール)、29年度にミルキングパーラーを建設した。
特に、暑熱対策として牛舎の屋根は、高コストになるがダブル折板方式(注1)を導入している(写真4〜6)。同方式の屋根には、二重構造による空気層ができ、断熱性が向上する。
周知の通り、地球温暖化などの影響により夏季の暑熱が年々厳しくなっている。ダブル折板方式による断熱性の向上は、乳牛にとって大きな恩恵をもたらすことになる。このような牛舎を選択したのは、後述の芦沢博道氏の勧めによって省一氏が米国のウィスコンシン州の酪農経営を視察したことが大きい。同州は酪農が盛んで、牛舎構造における換気の専門家が存在していることに、省一氏は大きな感銘を受けた。そして、専門家からの助言により省一氏は、直下型換気扇が床面に向かって風を送ることにより、(1)飼料の残さ(2)家畜排せつ物(3)敷料―の微粒子が舞い上がり、牛の呼吸器系に悪影響を及ぼすことに気付いた。このため、赤松牧場では大型扇風機「サイクロン」12機と換気扇16機を配置し、暑熱、湿度、アンモニア対策を行っている。同牧場の敷地は、北に高松市内を見下ろせる小高い丘に立地し、南から北に向けてなだらかな下りになっており、風が南北に抜けるよう設計されていることから、それに沿うようにこれらを設置している。
以上により、省一氏は乳牛にとって快適な飼養環境を提供しようとしている。また、この取り組みには、乳牛にだけではなく、そこで働くスタッフにとっても快適な作業環境を提供することにもつながっている。
イ 乳牛飼養頭数等 〜自家育成による後継牛確保〜
次に、乳牛について見ていく。畜産クラスター事業の計画では、経産牛飼養頭数270頭、未経産牛170頭に増頭することを目標値としていた。現在の飼養頭数は表3の通りである。経産牛飼養頭数はほぼ目標値に近づいている。未経産牛は、目標値を大きく超えていることが分かる。
赤松牧場で未経産牛を多数飼養しているのは、すべて自家育成で増頭していることが根底にある。そのため、赤松牧場では、乳牛の外部導入は一切行っていない。
未経産牛には性選別精液を用いて後継牛の確保を目指してきた(写真7)。しかし、目標の増頭を達成したので、今後は経産牛には和牛の精液を利用して、交雑種(F1)の生産も行っていくとのことであった。
こうした取り組みは、省一氏の経営理念が礎にある。省一氏は、農業において健康な土づくりを何よりも大切にしている。その上で、健康な牛を生産することができ、自家で乳牛を育成するところに、酪農経営の醍醐味があると説いている。もちろん、この理念は勲氏にも伝承され共通理念となっている。赤松牧場では、これまでも後継牛の自家育成を前提として経営を行ってきた。増頭に対応するために、平成30年度に育成牛舎と家畜排せつ物処理施設を支援事業に頼らず独自に建設し、牛舎の収容率を上げてきた(写真8)。
畜産クラスター事業で大規模な牛舎の投資をして、外部導入に依存することなく乳牛を増頭できたことは、一つの優良なモデルケースになり得る。これらの実現には、隣接する土地を買収し広大な畜舎の敷地をさらに拡張できたことが挙げられ、その背景には牧場周辺の地域住民に対し丁寧な説明を行い、理解を得られたことが大きい。
(注1) 金属製の二重の折板を組み合わせて強度や耐久性を向上させる工法。
(3) 土地
当該地区の耕畜連携(香川地区WCS(ホールクロップサイレージ)生産組合)の取り組みは、農林水産省のウェブサイトによると次の通りである。
○平成27年に高松市香南地区の酪農家2戸と耕種農家11戸が稲WCSの生産・利用を目的とし、香川地区WCS生産組合を設立し、稲WCS生産を開始。
○組合の耕種農家がWCS用稲の作付・栽培管理を行い、収穫・調製作業は県外のコントラクター等へ委託。組合の酪農家は稲WCSを給与した乳牛由来の堆肥を稲WCS生産圃場に還元する資源循環型農業に取り組む。
○地域で生産された自給飼料を給与することで、酪農家の購入飼料費低減につながっており、平成30年からは飼料用トウモロコシの作付けを開始するなど、飼料作物作付面積の拡大を促進。
赤松牧場は前述の2戸の酪農家の中の1戸である。赤松牧場は平成27年から耕畜連携で稲WCSを飼料として利用していることになる。稲WCSの利用状況は表4の通りである。作付面積は20ヘクタール規模であり、年間500トンを超える収穫量を確保している。稲WCSを作付けしている稲作農家は21戸であり、1戸当たりの作付面積は約1ヘクタールということになる。
収穫・調製は、当初、岡山県岡山市のコントラクター(有限会社カーライフフジサワ)に県外委託していたが、現在は地域の若手稲作農家の後継者(20歳)に一括して依頼している。委託先を変更した理由として、離農や耕作放棄地に歯止めがかからない中、現在の委託先の生産者が後継者として意欲的に取り組みたいと要望を受けたためである。なお、当該コントラクターが収穫・調製する総作付面積は40ヘクタールにも上っているが、約半分を赤松牧場が利用していることになる。
令和5年に畜産クラスター事業で稲WCS収穫・調製の機械や暗渠施設を導入し、6年から稼働している。稲WCSは、稲微裁断の機械で整形し、1ロール当たりの重量が330〜340キログラム、購入価格は同5000円である。1キログラム当たりで換算すると、約15円ということになる。
なお、使用される稲の品種は、8割が専用品種であり、作付け当初は、専用品種「たちすずか」を用いていたが、現在はイネ縞葉枯病(注2)に強い「つきすずか」を用いている。
一方で、飼料価格高騰や飼料の国産化に向けて飼料用トウモロコシに着目し、平成30年から栽培を試みたが、栽培管理の難しさ(雑草の防除)や土壌特性(水田由来であることから水はけが悪い土壌)を理由に伸長はしていない。
(注2)葉や葉鞘(ようしょう)に黄緑色、黄白色の縞状の病斑を発生させる。発病すると分げつが少なくなり、生育も不良となって、その後、枯れていく。