新たな基本方針では、「家畜排せつ物の適正管理」、「国内肥料資源としての有効利用」、「家畜排せつ物のエネルギー利用」、「環境規制への適切な対応」、「地球温暖化対策」を大きな柱として、家畜排せつ物の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に実施することを目指している。以下に、そのポイントを紹介する。
(1)家畜排せつ物の適正管理
家畜排せつ物は、畜産業に伴って生じた廃棄物である場合、廃棄物の処理及び清掃に関する法律上の産業廃棄物に該当し、畜産農家自らの責任において適正に処理するというのが基本的な考え方である。平成11年に家畜排せつ物法が成立し、16年に本格施行されたが、この間、堆肥舎等の整備を進めた結果、現在、99%以上の畜産農家において家畜排せつ物の適正な管理が実施されている(図1)。
他方で、法施行から20年が経過し、法施行までの5年間の猶予期間で整備した堆肥舎等の老朽化や規模拡大による処理能力不足が原因で、家畜排せつ物の適正処理が困難になる恐れが生じており、喫緊の課題となっている。本来、こうした施設の修繕や更新に必要な費用は、畜産農家が計画的に積み立てて備えることが基本である。しかしながら、飼料をはじめとする生産資材価格の高止まりなど、経営環境が依然として厳しい中にある畜産農家にとっては、施設更新にかかる負担が大きい。従って、経済的負担を軽減しつつ、施設の維持管理や更新をするためには、補助事業やリース事業、低利融資の活用を積極的に検討することが重要である。
(2)国内肥料資源の有効利用
ア 堆肥の適切な生産・利用
家畜排せつ物は全国で年間8000万トン発生しており、その約8割が堆肥等として農地に還元されてきた(図2)。堆肥の土壌への散布は、土壌の物理的(透水性、保水性緻密度)、化学的(養分補給・保持力)、生物的(土壌生物の多様性)性質の改善といった土づくりや土壌の炭素貯留につながることから、経営内での自給飼料生産や、地域内において堆肥と稲わらを交換する耕畜連携の取り組みが進められてきた。
しかしながら、近年、為替変動や世界情勢の変化等による食料安全保障上のリスクの高まりを受け、肥料原料や生産資材等の国産化が課題となっている。こうした背景の下、みどり戦略では2050年までに輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減する目標を設定し、食料安全保障強化政策大綱においても、30年までに堆肥の利用量を倍増させ肥料の国産割合を向上させる目標を掲げている(図3)。
これらの目標達成に向け、国や地方公共団体は、みどりの食料システム法に基づく計画認定者に対し、税制優遇や低利融資、国庫補助の優先採択などの支援措置を周知し、畜産農家及び耕種農家に対して積極的な堆肥利用と認定取得を促している。
なお、前述した通り、現在、家畜排せつ物の8割が堆肥等として利用されているものの、その一部には、適正な施肥量を超えて農地に還元されているケースも含まれていると考えられる。このため、国内の肥料資源を最大限に効率的かつ有効に活用するには、土壌診断や堆肥の成分分析を実施し、施肥の最適化を図るとともに、発生した余剰堆肥を適切に活用していくことが重要である。
イ 堆肥等の円滑な流通
家畜排せつ物の発生量や農地面積には地域差があり(図4)、自家圃場や地域内での堆肥利用を推進しても、依然として堆肥の余剰感が生じている地域もある一方、入手が困難な地域も存在している。こうした地域間の需給調整を図るため、堆肥の高品質化やペレット化、化学肥料との混合等による流通の円滑化が進められており、各地域での取り組みも拡大しつつある。
しかしながら、ペレット化には機械の導入・維持費用や水分調整等の技術的課題が伴い、中小規模農家が単独で対応するには限界がある。このため、堆肥センターの積極的な活用や肥料メーカーとの連携なども含めて、地域の課題として検討していく必要がある。
また、堆肥の大半を占めるバラ堆肥の散布には専用機械が必要で、耕種農家が保有していない場合が多いことから、労力とコストの分担について地域全体での検討が必要である。さらに、スラリー散布においては近隣住民等からの苦情発生を防ぐため、臭気対策も重要な課題である。
このような堆肥等の流通における課題への対応方向について、(ア)地域内流通 (イ)広域流通―の二つの視点から解説する。
(ア) 地域内流通(市町村やJA単位)
堆肥は、まず耕畜連携等により市町村やJA等単位での地域内での流通により、利用拡大を図ることが基本である。堆肥の余剰が見られる地域では、未利用農家の開拓に向け、地方公共団体等が耕種農家への堆肥の有用性の周知や、畜産農家への品質向上の指導、マッチング体制の整備を通じて、主導的に需給調整を進めることが求められる。なお、地域内でのマッチングを実現するには、地方公共団体等が管内の畜産農家が生産する堆肥の供給可能量や価格などを把握し、リスト化しつつ、簡単に情報にアクセスできるような環境を整備することが望ましい。そのほか、堆肥の利用促進には、散布機械の導入や散布組織の育成、ペレット化や化学肥料との混合による利便性向上、保管施設の整備などの環境整備も必要である。
今後、畜産農家等の高齢化がさらに進展する中で、堆肥の生産や散布作業の負担増加が見込まれることから、複数農家分の堆肥化・販売等を行う堆肥センターやコントラクター等の農業支援サービス事業体が果たす役割は一層重要となる。
一方で、各地の堆肥センターでも人員不足や施設の老朽化、さらには赤字経営が深刻な課題となっており、持続可能性を踏まえた今後のあり方について、ハード・ソフトの両面から検討していくことも重要である。
(イ) 広域流通(都道府県の域内・域外)
地域内での調整が困難な場合は、県域や県外への段階的な広域流通に展開することが必要である。その際は都道府県等による農家へのマッチング支援体制の整備が望まれる。広域流通においては、ペレット化等による輸送効率の向上や品質確保が求められる一方、コスト面での課題もあるため、バラ堆肥との使い分けや価格設定にも留意する必要がある。今後は肥料メーカー等との連携を強化し、国内資源の有効活用とともに、原料の受け入れ多様化を含めた対応が重要である。
(3)家畜排せつ物のエネルギー利用
家畜排せつ物のエネルギー利用は、みどり戦略に基づき、環境負荷軽減と資源循環の観点から推進されており、FIT/FIP制度(注1)等の活用のもと、メタン発酵や炭化・焼却による再生可能エネルギーの導入が進められている。バイオマス発電等は、密閉状態で処理することで臭気低減につながるほか、カーボンニュートラルへの貢献も期待できる。加えて、処理後の副産物である消化液や焼却灰も肥料資源として活用可能であるが、散布先となる農地面積の十分な確保、貯留施設の整備などが課題である。
施設整備に当たっては、原料供給、収益性、地域の熱・電力需要、電力系統との接続状況等を総合的に検討する必要がある。さらに、地域内での熱や電力の利用を通じて循環経済を創出し、地方公共団体や関係団体の関与のもとで持続可能な仕組みの整備が求められる。
なお、現在、FIT制度から市場連動型のFIP制度への移行が段階的に進められていることにも留意が必要である。
(注1)FIT制度は、再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が固定価格で一定期間買い取る制度。FIP制度は、再生エネルギーの売電価格に対し一定の「プレミアム(補助額)」を上乗せし、電力市場に統合しながら導入を促進する仕組み。
(4)環境規制への適切な対応
家畜排せつ物に関する悪臭や水質汚濁の問題は、環境規制や住環境の変化により地域住民からの苦情が深刻化しており、持続可能な畜産経営の実現には個別の状況に応じた対応が求められている。
悪臭対策では、畜舎や堆肥舎など発生源ごとに適切な脱臭装置の導入や清掃の徹底、風向きへの配慮など、複数の対策を組み合わせることが有効であり、また、ニオイセンサーやGPSロガーを活用した「臭気の見える化」により、原因特定と効果検証を図ることができる。
水質対策では、暫定排水基準から一般排水基準への移行を見据え(図5)、処理能力の高い施設整備とともに、ばっ気量や汚泥濃度の調整など日常の適切な管理が不可欠である。畜産農家自身で十分な調整が難しい場合には、汚水処理の専門業者や浄化処理施設のメーカーによるメンテナンス等により定期的に排水の汚染状態の確認や機器の調整等を行うことが望ましい。
さらに、農業・畜産分野における窒素管理については、過剰施肥や家畜排せつ物などに起因する硝酸性窒素等による地下水汚染等が課題であることから、令和6年9月に策定された「持続可能な窒素管理に関する行動計画」に基づき、窒素の排出抑制に向けた取り組みを推進する。
なお、これらの環境問題の指導を行う地方公共団体では、畜産部局と環境部局が苦情の現地調査に同行する、お互いの指導内容を確実に共有するなど、円滑な連携体制を確立しておくことが望ましい。
(5)地球温暖化対策
パリ協定を受け、我が国でも農林水産業分野において温室効果ガスの削減が求められており、政府の地球温暖化対策計画等を踏まえた農林水産省地球温暖化対策計画に基づき、取り組みが進められている。畜産分野では家畜の消化管内発酵に由来するメタン及び家畜排せつ物管理に由来するメタン・一酸化二窒素の排出が課題となっており、これらは、我が国全体の排出量の約1%、農林水産分野の約3割を占める(図6)。
現状では、温室効果ガス削減の取り組みは畜産農家の直接的な利益につながりにくく、意識の向上と実施の促進には農家にとってのメリット提示が不可欠である。そのため、アミノ酸バランス改善飼料や家畜排せつ物の管理方法の見直しなどの温室効果ガス削減技術の普及に加え、J−クレジット制度(注2)の活用が進められており、特にプログラム型プロジェクトにより全国団体や民間企業が複数の農家の削減活動を取りまとめることで、農家の負担軽減を図ることができる。
(注2)省エネルギー機器の導入や森林経営などの取り組みによる、CO2などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。
今後は、家畜排せつ物の管理方法の変更による堆肥の高品質化、アミノ酸バランス改善飼料による飼料効率の向上など温室効果ガス排出削減への取組における副次的な利点も農家に示しつつ、消費者への理解醸成や貢献度の「見える化」を進めることが重要である。