(1)高病原性鳥インフルエンザ
2025年6月、ビクトリア(VIC)州農業局は、同年2月にVIC州の養鶏場で発生したH7N8亜型の高病原性鳥インフルエンザ(以下「HPAI」という)の根絶に成功したことを発表した。近年、豪州では世界で猛威を振るうH5亜型ではないものの、継続的にHPAIが発生しており、警戒感が高まっている状況にある(表5)。
24年、連邦政府はHPAI対策の強化を図るため、累計1億豪ドル(97億9800万円)を超える追加予算を講じた。国内農業の保護という観点に加え、豪州の自然環境における生物多様性の維持、人間への健康被害を想定した備えなど、農業部門を超えた国家の課題として、対応強化に向けた動きが加速している(図10)。また、野生動物による豪州へのHPAI(H5N1亜型)の侵入を想定した大規模防疫演習「エクササイズ・ヴォラーレ」が開催され、三つのシナリオに基づく演習と議論を通じて、国全体のHPAI対応の有効性について検証が行われた。DAFFは同演習で明らかになった課題への対応として、HPAIに関するすべての情報を一元管理する公開可能なダッシュボードの開発や、家きんおよび野生動物の安全で大規模対応が可能な死体処理の方法に関するガイドラインの策定などを進めている。
HPAIに対する業界団体の対応について、採卵鶏の業界団体である鶏卵生産者協会(Egg Farmers of Association)および肉用鶏の業界団体である豪州鶏肉連盟(Australian Chicken Meat Federation)の担当者に話を伺ったところ、鶏の処分方法が共通の課題として挙げられた。飼養規模が大きい豪州の養鶏産業では、日本で主に採用されている手作業で鶏をコンテナに詰め込んで炭酸ガス(CO2)を注入する方法ではなく、鶏舎を密閉してそこにCO2を注入する方法が取られていた。しかし、州内でHPAIの発生が連続した場合などは、鶏舎を満たすCO2の確保が難しくなり、防疫措置が遅れるという課題があったことから、現在は、CO2に代わり窒素を用いた処分方法の導入に向けた試験が行われているという。また、死亡畜埋却時の地下水汚染を防ぐため、連邦・州政府と連携しながら死亡畜の堆肥化試験も実施中ということだった。このように業界サイドでもHPAI発生時の対応強化が進められており、BSに対する高い意識が感じられた。
(2)アフリカ豚熱(ASF)
豪州国内では、これまでASFの発生はなく、清浄国のステータスを保っているが、2018年以降にアジアを中心に世界的に広がったASFは、国内養豚産業に対する最大の脅威とみなされている。そこで連邦政府・州政府はASFの侵入防止を最優先課題と位置付け、国境措置の強化と緊急時対応の強化に集中した投資を行ってきた。19年から21年にかけては、4回にわたり防疫演習を実施し、発生時の経済影響分析や移動制限措置のシナリオ検討、産業界との調整事項の洗い出しなどが行われた。また、DAFFは州政府や大学と連携し、ASF伝播シミュレーションモデルの開発も行った。このモデルは、ASFが豪州に侵入した場合どのように広がるのか、野生豚による拡散効果や地域的・季節的な変動要因を考慮して予測されており、これらの取り組みから得られた知見は、AUSVETPLANをはじめとする業界の各種マニュアルに反映されている。
養豚業界団体であるAPL(Australian Pork Limited)は、AHAと協力しながら生産者が農場BS計画を策定するためのガイダンスを提供している。また、APLが運営している豪州豚肉品質保証プログラム(APIQ)(注10)の中で、野生豚対策などASF対応に特化した追加の選択要件を設定することで、BSレベルが高い豚肉生産を促している。APLの担当者によると、22年に開始したこの取り組みは、まだ認証数自体は少ないものの、業界における認知は拡大しており、生産者が認証を取得するためには精液の供給先(種豚場)が要件を満たす必要があることから、種豚場の認証取得を優先的に支援しているとされている。
この他、APLの特徴的な取り組みとして、「国家野生豚行動計画(NFPAP)2021−31」がある。同計画は、野生豚が豪州の農業や自然環境に与える負の影響を軽減するために策定された国家的枠組みとなっており、APLがその運営調整を担っている(図11)。野生豚経由によるASFの侵入リスクなどを可能な限り軽減することを目的として、1)26年までにより効果的な野生豚管理手法の開発、2)野生豚の積極的な管理を促すインセンティブ制度の導入、3)31年までに野性豚の低個体数の維持および持続可能な投資モデルの確立−を目指す計画となっている。野生豚の対策として農場での侵入防止だけではなく、自然環境における個体数管理に養豚業界団体が強く関与するのは、興味深いアプローチといえる。
(注10)養豚生産者向けの品質保証プログラム。農場管理、食品安全、動物福祉、バイオセキュリティ、追跡可能性などの項目ごとに基準があり、これらの基準を満たすことで認証ラベルの利用が可能となる。