(1)韓牛とは
韓牛は、モンゴル、中央アジアの牛が起源という説が有力とされ、紀元前2000年頃から農業や輸送のために役用として飼養されてきた韓国の在来種である。朝鮮戦争後から、プルコギをはじめとして牛肉料理が一般家庭にも広まったことや、農業機械の普及などにより、役用から食肉用として飼養されるようになった。
現在、韓牛は毛色で褐色(ファンウ)、濃茶色に黒縞(チュクソ)、黒色(フクウ)、白色(ぺクウ)の4種に大別され、韓牛の大部分はファンウである(写真1)。
(2)大規模化が進む韓牛飼養農場
韓牛の飼養農場数の推移を見ると、2004年の18万3982農場から、24年には7万7910農場(04年比で57.7%減)と半数以下にまで減少した。一方、飼養頭数の推移を見ると、1農場当たりの飼養規模の拡大などにより04年の147万2947頭から24年の328万7549頭(同2.2倍)と2倍以上に増加した(図1)。
地域別の飼養頭数を見ると、最も多いのは慶尚北道の73万頭、次いで全羅南道の62万頭である(図2)。
25年第1四半期末(3月末時点)の肥育農場1農場当たりの飼養規模を見ると、20頭未満の小規模飼養農場が全体の46.5%と半数近くを占めているが、韓牛飼養頭数全体では8.9%に過ぎない(表1)。一方、100頭以上の大規模飼養農場は全体の10.2%であるが、韓牛飼養頭数全体の42.8%を占めるなど、大規模農場が大宗を占めている。
韓国では2001年の牛肉輸入自由化以降、韓牛肉に比べて安価な輸入牛肉が広く出回るようになったことに加え、1997年の通貨危機(注1)の影響による為替安で輸入原料を多用する飼料の価格が高騰したことを受け、小規模農場を中心に廃業が進んだ。国際通貨基金(IMF)による支援体制から脱却した02年以降も引き続き小規模飼養農場を中心に廃業は進んだが、後述する国内の牛肉消費量の伸長により、新たな企業の参入や経営体力のある大規模飼養農場を中心に規模の拡大が進行している。
(注1)1997年1月の財閥系企業の倒産に端を発し、国債格付の低下、さらに関連した外貨引き上げによる中央銀行の外貨準備高不足に至り、韓国は同年11月に国際通貨基金(IMF)に救済を要請。韓国は、同年12月にIMFからの資金支援覚書を締結したことで、2001年までIMF支援体制下に入った。
(3)高騰する飼料価格と下落する韓牛肉価格で悪化する経営収支
韓牛飼養農場の経営に占める直接費割合を見ると、もと畜費と飼料費で全体の9割弱を占めており、2022年以降は飼料費がもと畜費を上回って推移している(表2)。韓国では飼料向けを含む穀物を9割程度、輸入に依存していることもあり、肥育経営における直接費の中で飼料価格が占める割合が最も大きい。飼料価格は19年までは1キログラム当たり380ウォン(41円)前後であったものが、20年に入ると、中国の旺盛な飼料穀物需要および高温や干ばつによる米国産大豆の作柄悪化などにより、同412ウォン(45円)に上昇した(図3)。その後、22年のロシアによるウクライナ侵攻の影響による穀物流通の停滞と為替安により、同561ウォン(61円)まで高騰した。23年も為替安が継続したことから578ウォン(63円)と続伸し、24年は飼料穀物相場の下落から533ウォン(58円)に下がったものの、依然として500ウォン(54円)台と高値で推移している。
一方、収入となる韓牛肉の全等級平均価格を見ると、17年の1キログラム当たり1万6052ウォン(1738円)から21年には同1万9609ウォン(2124円)まで上昇したが、その後下落に転じ、24年は1万4954ウォン(1620円)となった(図4)。この要因として、1)豪州との自由貿易協定(FTA)により豪州産牛肉の関税率が段階的に削減され輸入量が増加していること、2)と畜頭数の増加により需要を上回る流通量となった韓牛肉のうち、特に2等級以下の下位等級が豪州産との価格競争にさらされたこと―が挙げられる。
等級ごとの価格変動を見ると、最上位等級である「1++」は24年まで17年時の価格を下回ることはなかったが、他の等級、特に家計消費としての購入が多い「2」以下の価格は、22年以降、17年を下回っている(表3)。現地関係者によると、上位等級は高級食材として贈答品需要などに支えられて価格は比較的安定しているものの、学校給食や比較的安価な外食向けとなる下位等級は、前述の通り、競合する輸入牛肉の価格推移に影響されやすいとされている(写真2)。
このように、生産コストが増加している中で収入が減少していることから、韓牛肥育経営の収支は悪化している。17年に韓牛出荷1頭当たり13万3000ウォン(1万4404円)の黒字であった収益は、韓牛肉価格高により21年に29万2000ウォン(3万1624円)と黒字幅が拡大した(表4)。しかし、23年には飼料価格高と韓牛肉価格安から同142万6000ウォン(15万4436円)の大幅赤字になり、24年には161万4000ウォン(17万4796円)と赤字幅が拡大している。
肥育経営の収支の悪化は、繁殖経営にも影響が及んでいる。17年に子牛の出荷(6〜7カ月齢)1頭当たりの収益は23万4000ウォン(2万5342円)であり、21年には、韓牛肉価格高で飼養農場のもと牛導入意欲が高まったことから、同56万3000ウォン(6万973円)に拡大した(表5)。しかし、22年には飼料価格高に加え、韓牛価格の低下に伴う肥育経営のもと牛導入意欲の低下や小規模飼養農場の廃業などで子牛価格が下落し、同127万6000ウォン(13万8191円)の赤字となった(表6)。24年の子牛価格は持ち直したものの、依然として低い水準にあったことで、同111万5000ウォン(12万755円)の赤字となった。
現地関係者によると、経営収支の悪化による小規模飼養農場の離農は、経営体力が弱く、資金繰りが困難になったことなどが主な要因とされている。今後も飼料価格高と韓牛肉価格安が継続した場合、離農が加速する恐れがあるとされる。さらに、小規模飼養農場の離農は韓牛だけではなく、韓豚、肉用鶏、採卵鶏および酪農といったすべての畜産経営に当てはまるとされている。このため、韓牛を含むすべての畜産経営は、資金力や体力のある大規模飼養農場や飼料メーカー、食品製造企業など農業への新規参入企業へ集約される傾向にあり、今後、さらにこうした動きが加速するとみられる。