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海外情報 韓国牛肉 畜産の情報 2025年11月号

最近の韓国における韓牛の需給動向

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調査情報部 伊澤 昌栄、山ア 葵

【要約】

 韓国において韓牛肉は、高級牛肉としての地位を確立してきたが、長期化する景気停滞のため家計消費需要は伸びていない。さらに、韓牛肉の需要の伸び悩みによる卸売価格の下落と生産コストの上昇により、韓牛生産者の収益率が著しく低下したことで小規模経営を中心に離農が進行している。そのような中、韓牛肉は安価な輸入牛肉との価格競争にさらされている。
 韓国における韓牛を取り巻く情勢は、わが国の肉用牛生産と同様に、生産者の高齢化や、人口減少による市場縮小、近年では物価高による需要低迷といった諸課題を抱えている。
 このため韓国では、経営対策などの生産者支援とともに、販売促進などの流通対策を実施し、韓牛生産の安定と韓牛肉の需要拡大を目指している。

1 はじめに

 韓国では、2001年に牛肉輸入が自由化されることを見越し、国産牛肉の市場の確保を目指して各産地が韓牛肉のブランド化を進めた。これにより韓牛肉は、高級牛肉としての地位を確立し、堅調な韓牛肉価格を背景に生産者の増頭意欲は高まった。しかし、22年には新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の拡大による景気停滞などから消費者の購買力が低下し、韓牛肉需要の減少により価格は低下した。このため、生産者の収益性が著しく低下し、小規模経営を中心に離農が進行していることから、その改善は喫緊の課題となっている。
 本稿では、最近の韓牛肉の需給動向、政府の対応策などについて報告する。
 なお、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2025年9月末TTS相場の1ウォン=0.1083円を使用した。

2 韓牛の飼養動向

(1)韓牛とは

 韓牛は、モンゴル、中央アジアの牛が起源という説が有力とされ、紀元前2000年頃から農業や輸送のために役用として飼養されてきた韓国の在来種である。朝鮮戦争後から、プルコギをはじめとして牛肉料理が一般家庭にも広まったことや、農業機械の普及などにより、役用から食肉用として飼養されるようになった。
 現在、韓牛は毛色で褐色(ファンウ)、濃茶色に黒縞(チュクソ)、黒色(フクウ)、白色(ぺクウ)の4種に大別され、韓牛の大部分はファンウである(写真1)。
 



 

(2)大規模化が進む韓牛飼養農場

 韓牛の飼養農場数の推移を見ると、2004年の18万3982農場から、24年には7万7910農場(04年比で57.7%減)と半数以下にまで減少した。一方、飼養頭数の推移を見ると、1農場当たりの飼養規模の拡大などにより04年の147万2947頭から24年の328万7549頭(同2.2倍)と2倍以上に増加した(図1)。
 



 
地域別の飼養頭数を見ると、最も多いのは慶尚北道けいしょうほくどうの73万頭、次いで全羅南道ぜんらなんどうの62万頭である(図2)。
 



 
 25年第1四半期末(3月末時点)の肥育農場1農場当たりの飼養規模を見ると、20頭未満の小規模飼養農場が全体の46.5%と半数近くを占めているが、韓牛飼養頭数全体では8.9%に過ぎない(表1)。一方、100頭以上の大規模飼養農場は全体の10.2%であるが、韓牛飼養頭数全体の42.8%を占めるなど、大規模農場が大宗を占めている。
 



 
 韓国では2001年の牛肉輸入自由化以降、韓牛肉に比べて安価な輸入牛肉が広く出回るようになったことに加え、1997年の通貨危機(注1)の影響による為替安で輸入原料を多用する飼料の価格が高騰したことを受け、小規模農場を中心に廃業が進んだ。国際通貨基金(IMF)による支援体制から脱却した02年以降も引き続き小規模飼養農場を中心に廃業は進んだが、後述する国内の牛肉消費量の伸長により、新たな企業の参入や経営体力のある大規模飼養農場を中心に規模の拡大が進行している。
 
(注1)1997年1月の財閥系企業の倒産に端を発し、国債格付の低下、さらに関連した外貨引き上げによる中央銀行の外貨準備高不足に至り、韓国は同年11月に国際通貨基金(IMF)に救済を要請。韓国は、同年12月にIMFからの資金支援覚書を締結したことで、2001年までIMF支援体制下に入った。
 

(3)高騰する飼料価格と下落する韓牛肉価格で悪化する経営収支

 韓牛飼養農場の経営に占める直接費割合を見ると、もと畜費と飼料費で全体の9割弱を占めており、2022年以降は飼料費がもと畜費を上回って推移している(表2)。韓国では飼料向けを含む穀物を9割程度、輸入に依存していることもあり、肥育経営における直接費の中で飼料価格が占める割合が最も大きい。飼料価格は19年までは1キログラム当たり380ウォン(41円)前後であったものが、20年に入ると、中国の旺盛な飼料穀物需要および高温や干ばつによる米国産大豆の作柄悪化などにより、同412ウォン(45円)に上昇した(図3)。その後、22年のロシアによるウクライナ侵攻の影響による穀物流通の停滞と為替安により、同561ウォン(61円)まで高騰した。23年も為替安が継続したことから578ウォン(63円)と続伸し、24年は飼料穀物相場の下落から533ウォン(58円)に下がったものの、依然として500ウォン(54円)台と高値で推移している。
 





 
 
 一方、収入となる韓牛肉の全等級平均価格を見ると、17年の1キログラム当たり1万6052ウォン(1738円)から21年には同1万9609ウォン(2124円)まで上昇したが、その後下落に転じ、24年は1万4954ウォン(1620円)となった(図4)。この要因として、1)豪州との自由貿易協定(FTA)により豪州産牛肉の関税率が段階的に削減され輸入量が増加していること、2)と畜頭数の増加により需要を上回る流通量となった韓牛肉のうち、特に2等級以下の下位等級が豪州産との価格競争にさらされたこと―が挙げられる。
 等級ごとの価格変動を見ると、最上位等級である「1++」は24年まで17年時の価格を下回ることはなかったが、他の等級、特に家計消費としての購入が多い「2」以下の価格は、22年以降、17年を下回っている(表3)。現地関係者によると、上位等級は高級食材として贈答品需要などに支えられて価格は比較的安定しているものの、学校給食や比較的安価な外食向けとなる下位等級は、前述の通り、競合する輸入牛肉の価格推移に影響されやすいとされている(写真2)。
 








 
 
 このように、生産コストが増加している中で収入が減少していることから、韓牛肥育経営の収支は悪化している。17年に韓牛出荷1頭当たり13万3000ウォン(1万4404円)の黒字であった収益は、韓牛肉価格高により21年に29万2000ウォン(3万1624円)と黒字幅が拡大した(表4)。しかし、23年には飼料価格高と韓牛肉価格安から同142万6000ウォン(15万4436円)の大幅赤字になり、24年には161万4000ウォン(17万4796円)と赤字幅が拡大している。
 



 
 肥育経営の収支の悪化は、繁殖経営にも影響が及んでいる。17年に子牛の出荷(6〜7カ月齢)1頭当たりの収益は23万4000ウォン(2万5342円)であり、21年には、韓牛肉価格高で飼養農場のもと牛導入意欲が高まったことから、同56万3000ウォン(6万973円)に拡大した(表5)。しかし、22年には飼料価格高に加え、韓牛価格の低下に伴う肥育経営のもと牛導入意欲の低下や小規模飼養農場の廃業などで子牛価格が下落し、同127万6000ウォン(13万8191円)の赤字となった(表6)。24年の子牛価格は持ち直したものの、依然として低い水準にあったことで、同111万5000ウォン(12万755円)の赤字となった。
 





 
 
 現地関係者によると、経営収支の悪化による小規模飼養農場の離農は、経営体力が弱く、資金繰りが困難になったことなどが主な要因とされている。今後も飼料価格高と韓牛肉価格安が継続した場合、離農が加速する恐れがあるとされる。さらに、小規模飼養農場の離農は韓牛だけではなく、韓豚、肉用鶏、採卵鶏および酪農といったすべての畜産経営に当てはまるとされている。このため、韓牛を含むすべての畜産経営は、資金力や体力のある大規模飼養農場や飼料メーカー、食品製造企業など農業への新規参入企業へ集約される傾向にあり、今後、さらにこうした動きが加速するとみられる。

コラム1 韓牛肉の格付け

1 韓牛肉を含む韓国の牛肉は、枝肉重量(歩留まり)がA〜Cの3等級、品質が脂肪交雑基準(BMS)に応じて「1++」〜「3」の5等級に分けられ、これらの組み合わせで15等級に格付けされる(格付け基準未満は等外、最上級の「1++」は日本の格付けの4等級相当で、5等級相当の格付けはない)(コラム1−表1、写真)。
 




 
2 2024年(総と畜頭数:99万412頭)の格付け等級別構成比を見ると、肉質は1等級以上(「1++」、「1+」および「1」)が76.7%、うち最上位の「1++」が占める割合は26.9%、肉量はA等級の割合が30.5%に対してBは50.1%であることから、韓牛はB1中心であることがうかがえる(コラム1−表2、表3)。





 

3 韓牛肉の流通・消費動向

(1)韓牛肉の流通経路

 飼養農場から出荷され、と畜された後の韓牛肉の流通は、中間流通段階を経て消費者へと届く(図5)。韓国農林畜産食品部(MAFRA)によると、現在の流通経路では飼養農場が1頭当たり960万ウォン(103万9680円、1キログラム当たり1万6000ウォン〈1733円〉)で出荷した韓牛(1+)が消費者に届くときには、最も高い百貨店での販売額は同7万7250ウォン(8366円)、大型量販店などを含めた小売平均では同5万75ウォン(5423円)になるとしている。
 


 
 中間流通を経て消費者の手元に届く価格が農場出荷価格の2〜3倍になる理由として、韓牛肉(精肉)の生体に対する歩留まり率が約4割であることに加え、流通販売付帯費用と各段階での利益の上乗せが挙げられる。現地関係者によると、中間流通の各段階で仕入価格に利益率を乗じることから、韓牛出荷価格(韓牛肉卸売価格)が下がっても小売価格に反映されにくいとされている。消費者から韓牛肉は高級食材と認識されているため、量販店などのうち、百貨店や高所得者層が顧客層となる精肉店などでは、卸売価格が下がっても小売価格は変更しない傾向がある(写真3)。
 



 

(2)韓牛肉の消費動向

 韓国における韓牛肉を含む牛肉消費量は、国民所得の向上や食の多様化などにより1970年以降増加しており、2023年の1人当たり消費量は14.7キログラムと、日本(同6.1キログラム)の2.4倍となった(図6)。現地関係者によると、韓国では辛味や濃い味付けの料理が中心となるが、食の多様化による西洋料理の普及に加え、牛肉本来の味を楽しむ調理方法などに変化してきたことで牛肉消費が増加したとされている。



 
 韓牛肉消費量が増加した理由として、秋夕チュソク(注2)や旧正月といった季節行事でMAFRAや農協(NH)、チェックオフ組織である韓牛チェックオフ管理委員会(HB)(注3)、生産者団体の韓牛協会(HA)などが量販店などと連携し、消費者が購入しやすい割引販売のための支援を積極的に行ってきたことが挙げられる。韓牛肉販売支援の財源は、HBのチェックオフ資金のほか、農協などによる販売支援金が充てられており、このうちHBによる支援対象は農協系を含む大型量販店、電子商取引(EC)サイトなどで販売される韓牛肉となっている。HBはこのような販売支援とともに、周年でメディア広告や消費促進イベントを積極的に実施することで消費拡大に寄与している。なお、韓国では主要品目ごとにチェックオフ(注4)組織があり、韓牛ではHBが国内外で積極的に宣伝広告を実施している(図7)。
 



 
 消費者にとって韓牛肉は、贈答品やハレの日に食べる高級食材という認識であったが、HBなどの販売支援を活用した割引販売により家庭内での消費意欲も高まり、韓牛肉消費の裾野が広がった。
 HBによる2023年の韓牛肉割引販売イベントを見ると、2月上中旬、4月中下旬、6月および10月上中旬を除くほとんどの時期で実施されている(表7)。販売実績を見ると、「韓国が韓牛肉を食べる日(注5)(10月26日〜11月5日)」(以下「韓牛肉の日」)が124億300万ウォン(13億4324万4900円)と最も高かった(図8)。他のイベントは、旧正月や秋夕といった長期休暇で贈答品需要が高まるシーズンに開催されるが、韓牛肉の日がある11月は、贈答品需要が高まる祝日や大きなイベントがないため、韓牛肉の家庭消費需要が喚起され、より多くの消費者が韓牛肉を購入したとみられる。

 
(注2)日本のお盆のように、家族が一堂に会して先祖の霊を弔う日。秋夕の前後を含む3日間が祝日となっている。
(注3)「畜産生産者基金の創設および運営に関する法律」に基づき、韓牛の安全性向上や消費促進など、韓国の韓牛肉産業の発展を促進するために国内畜産農家が韓牛肉出荷販売時に拠出した資金を財源に運営されている。
(注4)各品目における国内外での消費推進活動費用について、その費用の一部を生産者から拠出金として集める制度。
(注5)韓牛協会などが2008年、韓牛肉の消費拡大推進を目的に毎年11月1日を韓国が韓牛肉を食べる日と制定(「牛」の文字に「1」が三つ入っていることに着目し、11月1日とした)。






 
 
 畜産物品質評価院(KAPE)が24年9月に公表した「消費者パネル調査」によると、秋夕の部位別需要として、ステーキ・グリル向けの部位は増加したものの、韓国料理向け部位が減少したとされる(表8)。ステーキ・グリル向け部位が増加した理由は、MAFRA、農協、HBなどが実施した韓牛肉割引販売でこれらの部位が安価に購入できたことなどが挙げられる。
 



 
 消費者がどのように韓牛肉を購入したかを見ると、家庭消費向けは上位順に精肉店(24.2%)、農協や産地直売所(22.5%)、大型量販店(19.7%)であり、贈答向けは同じく精肉店(35.8%)、ECサイト(22.6%)、農協や産地直売所(19.9%)の順となった。贈答品向けがECサイトの購入率が高い要因については、韓国の高いインターネット普及率(注6)を背景としたキャッシュレス決済比率の高さ(注7)が挙げられる。
 
(注6)2022年の韓国のインターネット普及率は97.2%(国際電気通信連合通信標準化部門(ITU−T)調べ。同年の日本の同普及率は84.9%)。
(注7)2021年の韓国のキャッシュレス決済比率は95.3%((一般社団法人)キャッシュレス推進協議会(PJ)調べ。同年の日本の同普及率は32.5%)。

コラム2 韓国における部位別流通の始まり

 1970年代まで、韓国では牛肉、豚肉ともに部位別の活用という考え方に乏しく、部位別にカットされた精肉はその部位に関係なく同一の価格で販売されていた。しかし、牛肉消費量の増加とともに部位別のメニュー提案などがされるようになり、当時の農林水産部(現在のMAFRA)は90年に部位別の差別化販売を許可し、部位別の流通が始まった。
 部位別の流通ニーズが高まってきた80年代、韓国畜産協同組合連合会(以下「韓畜連」という)は、日本の公益社団法人全国食肉学校に職員を派遣して食肉加工技術者の育成を図ってきたが、食肉業界からは新たな国内食肉加工研修施設の設置が求められた。これを受けて韓畜連は94年、ソウル市の可楽洞からくどん畜産市場に食肉加工技術学校を開設し、精肉店、流通事業者、韓牛生産者などに対してカット技術研修を実施した。同校開設後の95年、農林水産部によりカット技術に対する資格認証である「食肉加工技術者」が創設された。
 部位別の流通が確立されたことで、部位による差別化が図られ、特に韓牛では焼肉やステーキ向けの部位が他の部位に比べて高価となり、脂肪交雑に優れた上位等級は高級食材としての地位を確立した。

4 下位等級の韓牛肉と競合する輸入牛肉の動向

 2001年の牛肉輸入自由化以降、国内の牛肉需要の増加に合わせて牛肉輸入量も増加してきた。
 現在、韓国の牛肉輸入は約8割が冷凍品、約2割が冷蔵品であり、主な輸入先は米国および豪州となっている(表9)。17年に34万4721トンであった輸入量は、18年以降40万トン台に到達し、24年は44万5728トンと前年を1.8%下回ったものの、17年比では29.5%増と大幅に増加した。
 



 
 23年以降、現地相場高に加えて米ドルに対してウォン安で推移する為替相場の影響から割高な米国産牛肉の輸入量が減少し、米国産に比べて安価な豪州産の輸入量が増加している。輸入牛肉の用途は、主に加工製品、調理済製品、外食向けであるが、近年は牛肉需要の高まりからステーキ用などを中心に家庭消費向けも増加している(写真4)。
 



 
 一般的な豪州産牛肉は安いもので100グラム当たり3000ウォン台(325円台)と値ごろ感のある価格で販売されているが、同じ豪州産でもWagyuは差別化した輸入牛肉として韓牛肉の上位等級(1++:10000ウォン台〈1083円〉〜)に迫る価格(同7000ウォン台〈758円〉〜)で販売されている。現地関係者によると、豪州産Wagyuが輸入された当初は、一般的な豪州産牛肉と比べて肉質に大きな差がなかったものの、近年は脂肪交雑の違いが鮮明になっているとされている。これまで消費者にとって豪州産Wagyuと上位等級韓牛肉は、同じ高級牛肉でも購買目的などが異なっており、また、消費者の国産志向が高かったことから競合するものではなかった。しかし、購入者層が重複していることに加え、積極的な豪州産Wagyuの販売促進(写真5)などにより、今後は豪州産Wagyuが上位等級韓牛肉にとって脅威になることが危惧されている。
 



 
 韓国は現在、メルコスール(注8)ともFTA交渉を進めている。HBによると、メルコスールとのFTA締結により、韓国の牛肉輸入量が10〜30%増加した場合、韓牛を含む肉用牛経営の収益は韓国全体で6170億ウォン(668億2110万円)〜8858億ウォン(959億3214万円)減少すると試算されており、これらに対する減収対策が急務となっている。
 
(注8)南米南部共同市場:アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラが加盟(ただしベネズエラは現在資格停止中)

5 韓牛をめぐる課題と政府などの対応

(1)韓牛をめぐる課題

ア 生産農場の経営悪化
 2022年のCOVID−19拡大による景気停滞などから韓牛肉の需要は減少し、価格の低下により韓牛生産者の収入も減少した。また、同年のロシアによるウクライナ侵攻や為替安などの影響で飼料価格が高騰し、さらに飼養中の韓牛は子牛価格が高い時に導入していたことから収益率は著しく低下し、経営体力の弱い小規模飼養農場を中心に離農が進行した。
 販売現場においても、22年後半からの銀行貸出金利の上昇により、経営体力が低い食肉加工業、精肉店、飲食店などの経営が悪化した。
 
イ 深刻な後継者不足
 韓牛などの家畜生産者は、畜産法に基づく畜産業許可を得る必要がある。現在、繁殖経営を含む韓牛生産者は60代が中心であり、今後の継続的生産のためには後継者の育成、確保が欠かせない。しかし、経営継承時の相続税負担が大きいこと、また、若者の高学歴化などによる都市部での就業志向などで親族内の経営継承が難しくなってきている。さらに、畜産環境対策など、韓牛生産への参入障壁が高いため、他の農業品目に比べて新規就農における若手の確保が困難になっている。
 
ウ ESGへの対応
 世界的なESG(注9)の流れに韓牛生産や関連産業も対応を迫られており、このうち環境対策は喫緊の課題となっている。
 MAFRAによると、家畜排せつ物の約半分が有機肥料化、残りは農地に還元されているが、宅地開発や離農などにより農地面積が減少していることから、農地還元は限界に近いとされている。また、環境部による「2050年カーボンニュートラルシナリオ」、「2030年国家温室効果ガス削減目標」は、2030年までに畜産部門では、18年に二酸化炭素換算で2470万トン排出されている温室効果ガスについて、27.1%削減することが必要としている。
 
(注9)環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の3要素。企業経営などではこの3要素を意識した持続可能な経営が投資家から求められている。
 
エ 景気後退に起因する消費低迷と上位等級の需要減少
 現地報道によると、韓国では急激な少子高齢化や不動産を中心とした物価上昇などに加え、2025年に入ってからは政治的混乱や不透明な国際情勢などで景気が後退している。このため、暮らし向きが悪化していると感じる消費者が増加しているとされる。
 景気後退は、韓牛肉の消費にも影響を及ぼしている。贈答品向け需要に支えられている上位等級の需要が大幅に減少し、25年3月に入り「1++」等級サーロインの小売価格が同年1月比7.8%安の6万8000ウォン(7364円)まで値下がりした。しかし、消費者の購買力が低下していることから、この小売価格でも売れないとみられている。これに対して、消費者の節約志向により、比較的値ごろ感がありユッケなどに使用されるモモなどの赤身の多い部位は、家庭内消費としての需要が高まっているとされる(写真6)。現地報道では、韓牛肉はロイン系をはじめとしたステーキなどの焼き物向けが価格をけん引していることから、これらの部位の需要が回復しないと小売業界の販売環境は厳しくなると指摘されている。これに加え、景気後退で内需が冷え込んでいることで、外食事業者が多くを占める20万人もの自営業者が廃業しており、韓牛肉の主要な消費基盤が崩壊の危機に立たされているとしている。
 



 
 韓国は、高い大学進学率に起因する学習塾などの私的教育コストの高さに対し、大学卒業後の就職市場が狭き門になっていることで、若年失業率がわが国以上に高くなっており、所得格差も増大している。加えて、わが国以上に少子高齢化が進んでいることなどから、内需の縮小傾向は景気などで一時的な回復が見られたとしても、長期的には継続するものとみられる。このため、韓牛肉の継続的生産および販売には、1)値ごろ感を訴求した価格でも生産コスト低減により一定の収益を確保できるようにすること、また、2)上位部位の高付加価値販売を目的とした海外市場を開拓すること―が求められる。

 

(2)政府などの対応

ア 経営改善に向けての政府の対応
 MAFRAは2024年9月、韓牛および韓牛肉需給の安定を目的に「韓牛産業発展のための方策」(以下「韓牛方策」という)を発表した。韓牛方策は、短期対策と中長期対策に大別され、短期対策は需給安定と経営安定の2対策、中長期対策は需給安定化、生産システム革新、物流コスト削減および新規市場の創出の4対策に細分化されている(表10)。
 



 
 25年に入り、景気後退などによる上位等級の小売価格低落と消費低迷は解決すべき喫緊の課題となっており、韓牛飼養では、食品製造副産物の活用などによる飼料コストの引き下げや長期肥育管理の改善といった生産コスト低減に向けた取り組みが急務となっている。
 
イ 環境課題に向けた農協による対応
 韓国の農協は2021年、製鉄企業と連携して化石燃料の代替として牛ふんの固形燃料化を実証(固形燃料1トン当たり二酸化炭素換算で1万5000キロの温室効果ガスを削減可能)し、家畜排せつ物の有効活用と二酸化炭素排出量の削減に着手している。また、農協の飼料販売メーカーである農協飼料は24年10月、飼養中の韓牛から排出されるメタンガス排出量削減のため、韓国初のメタン排出削減飼料(注10)を販売開始した。
 
(注10)有効成分は3−NOP(3-ニトロオキシプロパノール)で、日本では24年3月の農水省農業資材審議会を経て同年11月に飼料添加物へ指定された化学物質。

6 おわりに

 既述の通り、韓牛は、消費者の購買力低下、下位等級と輸入牛肉の競合、生産コスト上昇などにより生産者の収益性が著しく低下している。このため、小規模経営を中心とした離農はもちろん、その影響は食肉加工業などの関連産業にも波及していることから、その改善は喫緊の課題となっている。また、韓牛肉卸売価格が低迷しても小売価格に反映されにくく、贈答品以外への広まりに欠けている。
 一方、消費者の食の多様化により牛肉消費量は増加しており、本来であれば卸売価格が安価な下位等級の韓牛肉への需要が高まるところであるが、小売価格に反映されにくいことから、安価な輸入牛肉がその需要の受け皿となっている。
 このような中、MAFRAや生産者団体などが販売促進などを積極的に実施してきたことで家庭消費意欲が高まったことに加え、ECサイトでの販売などにより韓牛肉消費の裾野は広がったとされる。
 韓国の牛肉需要を見ると、1人当たり牛肉消費量はわが国の2.4倍となるが、人口はわが国の半分以下である。供給に目を向けると、韓牛飼養農場および飼養頭数とも、わが国の肉用牛のそれよりも多い。また、国内消費市場は、景気後退による購買力低下や、わが国以上に進展する少子高齢化による縮小が見込まれている。これら韓国における韓牛を取り巻く課題は、わが国の和牛など肉用牛生産における生産者の高齢化、人口減少と物価上昇による消費市場の縮小といった諸課題と同じであり、特に、人口減少や所得格差はわが国よりも厳しい状況に立たされている。
 韓牛肉は韓国が誇る高級牛肉であり、生産者や食に携わる人々のプライドなどはわが国と共通するものがある。韓牛をめぐる課題に対する生産者や政府などの今後の対応について注視したい。