(1)養豚産業の歴史
ブラジルの養豚産業は、20世紀半ば以降、養豚の文化を持ったイタリア系やドイツ系の移民がサンタカタリーナ州に移り住んだことで拡大していった1)。
当時、養豚の主な目的はラードの製造であった。これは冷蔵設備が十分に普及されていなかった時代に、食肉をラードで覆って保存することで、腐敗を防いでいたからである。このため、豚肉は産業界から副産物として扱われ、食肉加工場の近くの精肉店でしか販売されていなかった。その後、時代の流れとともに電力が普及し、食肉の保存目的でのラードの重要性は低下した。これを機に、豚の品種改良が進み、以前よりも脂肪層が大幅に少ない豚が誕生したことで、豚肉は健康的で風味豊かなたんぱく質の一つとして認識されるようになった。このため、1人当たりの年間豚肉消費量は、1997年(統計を取り始めた年)に約9キログラムであったが、2024年には約20キログラムまで伸びた。
(2)生産体制
ブラジル地理統計院(IBGE)が公表している2017年農業センサス(注1)を基に、ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)が行った分析によると、17年の豚飼養戸数は約147万1270戸とされ、このうちのわずか1.2%の生産者によって、豚販売頭数全体の9割強が占められている2)(表1)。豚肉市場への影響力が強いとみられるこれらの生産者は、飼養頭数が201頭以上の経営規模を有しており、EMBRAPAの同分析では、商業的養豚生産者と定義している。また、同年の飼養頭数は全体で3934万6000頭であるが、その73.1%が商業的養豚生産者により飼養されている。
(注1)IBGE「Censo Agropecuário 2017」
豚の飼養段階は、繁殖、育成、肥育があるが、育成と肥育を併せて行っている場合もあれば、繁殖から肥育までを一貫して行っている場合もある。いずれにせよ、多くの生産者は川上から川下までを垂直統合したインテグレーターの傘下に入っている。EMBRAPAによると、母豚数の約7割がインテグレーター傘下の生産者によって飼養されているとされる。また、インテグレーターの傘下に入っていない独立系の生産者であっても、一部では自ら食肉加工場を所有し、輸出も行うなど、部分的に垂直統合した経営を行っているところもあるとされている。
インテグレーターは2種類に分けることができるが、今回取材を行ったJBSおよびBRF(注2)は企業系、Frimesaは組合系に区分される。どちらの種類のインテグレーターも、傘下の生産者に対して、生体豚、飼料および動物用医薬品などの生産資材を供給している(注3)。また、インテグレーターの技術者や獣医師が定期的に生産現場に赴き飼養状況を管理している。さらに、豚を出荷する際のトラックの管理もインテグレーターが行う。これらの整った環境により、生産者は生産資材について、インフレーションや為替相場などの影響を意識することなく、生産に注力することができる。
(注2)2025年9月22日付けで、BRFとMarfrig Global Foodsが合併し、MBRF Global Foods Companyが設立された。ただし、本稿では取材時点の社名を使用する。
飼養されている親豚の主な品種は、雌系がランドレース種と大ヨークシャー種、雄系がデュロック種とピエトレン種であり、これらを掛け合わせたものが肥育されており、国内向けと輸出向けで品種が異なることはない。育種改良はEMBRAPAによって行われ、それらの交配はインテグレーターが独自に種豚企業と連携して行っている。大多数の生産者は飼料効率や増体性などの肥育成績、年間分娩回数や産子数などの繁殖成績を重視した生産を行っており(表2)、生産された豚肉の約9割がハムやソーセージなどの加工品に使われている。また、一部の小規模な独立系の生産者は、地域内流通向けの筋内脂肪量を重視した生産も行っているとされる(写真1)。
なお、同国産豚肉の筋内脂肪量は1.7%程度であるが、EMBRAPAによると、ブラジル政府は、加工品のみならず、生鮮食品としての豚肉の国内消費拡大を図っているため、これを増加させる改良も進めていきたいとの考えから、同数値が6%を超える日本のデュロック種にも関心を示している。
(3)需給動向
IBGEによると、2024年のブラジルの豚肉生産量は、堅調な国内外の需要に後押しされ約533万トンと11年連続で増加している(図2)。ブラジルの豚肉生産量は、養豚業拡大の起源であるサンタカタリーナ州を筆頭に、同じく南部のパラナ州およびリオグランデ・ド・スル州に集中しており、この3州で同国全体の約7割を占めている。現地の業界関係者によると、南部の飼養頭数は飽和状態にあるため、今後は飼料用穀物の主要生産地である中西部のマットグロッソ州などで投資が進み、豚肉生産量の増加が見込まれるとされている。
豚肉生産量のうち、約25%が輸出、約75%が国内消費となっており、国内の流通経路は、3分の2が食肉加工業者から需要者への直接販売、3分の1が卸売業者に販売される。ただし、主要な肉類の1人当たり年間消費量を見ると、鶏肉の49キログラム、牛肉の36キログラムに対して、豚肉は20キログラムと最も少ない。しかしながら、長年の研究による品種改良の結果、脂肪含有割合が減少し、肉の臭みも抑えられたことで消費者にも受け入れられるようになり、1人当たり消費量は増加傾向にある。また、インフレが続いている同国では、牛肉価格が長期的に上昇傾向にあり、その影響で比較的安価な豚肉や鶏肉の需要が増えている。
(4)肥育豚生産費
ブラジルはトウモロコシと大豆の主要生産国であるため、他国と比較しても飼料調達面で優位性があり、肥育豚生産費を低く抑えられている(図3)。同国の肥育豚生産費の約7割を占める飼料について、構成重量の内訳は、約73%がトウモロコシ、約13%が大豆油かす、残りの約14%がその他(飼料添加物などを含む)となっており、特にトウモロコシの需給が飼料価格に大きく影響することとなる。それ故、州別では、穀物生産が盛んな中西部のマットグロッソ州の肥育豚生産費が一番低い。
ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)によると、同国の2024/25穀物年度のトウモロコシ生産量(24年9月〜25年8月に播種されたもの)は、1億3970万トン(前年度比20.9%増)と、前年度を大幅に上回り、過去最大になると見込まれ、その生産量の6割を占めるのが中西部である(図4)。現地のトウモロコシ価格はシカゴ相場に連動するため、州によって大きな価格差はないとされるが、中西部ではトウモロコシの輸送費用が他州と比べて安価というメリットがある。養豚業が盛んな南部でもトウモロコシが栽培されており、そのほとんどは飼料用であるが、養鶏業が盛んな地域でもあることから引き合いが強く、十分な量を確保できない状況にある。このため、その不足分は約1000キロメートル離れた中西部などから調達しているが、近年は輸送用燃料としてバイオエタノールの輸出需要が高まっているため、中西部の生産量のうち、南部に供給できるのは10〜15%程度となっている。そこで、もう一つの調達手段として、パラグアイなどからの輸入がある。飼料調達に関して有利な中西部であっても、輸入資材の調達や海上輸出という観点で見た場合、港までの輸送費がかかる点については南部よりも不利といえる。
また、同国ではASF、FMDに加え、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)などの疾病が発生していないことも、生産費を低く抑えられる要因の一つと考えられる。
(5)輸出動向
ブラジル開発商工サービス省貿易局(SECEX)によると、2024年の豚肉輸出量は118万トンであり、前述の南部3州で全体の約9割を占めている(図5)。輸出先第1位の中国向けは22万トン(前年比40.0%減)と、前年比で大幅に減少した。これは、中国国内の豚肉生産がやや供給過多にあることが要因とみられている。一方で、フィリピン向けは21万8000トン(同2.1倍)と、前年比で大幅に増加した。これは、フィリピン国内で発生したASFにより減少した豚肉生産量を補うためとみられている。
24年の米国向けは1万8000万トンと、ブラジルにとっては世界第14位の輸出先となっており、主要な輸出国であるとは言い難い。しかしながら、米国のトランプ政権が実施した関税政策により、それまでは世界貿易機関(WTO)の最恵国待遇で0%であった同国産豚肉の関税は、25年4月5日に相互関税として10%が追加され、さらに、同年8月6日に追加関税として40%が加算されたことにより、合計50%と大幅に増加した。現地の食肉加工業者は、この関税の影響は大きいとしている。統計上でもその影響が表れており、SECEXによると、25年のブラジルから米国への豚肉輸出量は、3月以降毎月、前年同月を下回っており、特に7月および8月は前年同月比で80%近くの減少率となっている。
今後の輸出戦略について現地の食肉加工業者は、世界的な豚肉需要が増加する中、ブラジルは生産コストが低いという特性を生かし、既存の輸出先への輸出量を維持・拡大するとともに、リスクヘッジの観点から、カリブ海諸国やアジアなど新たな輸出先を開拓することで、輸出の多角化を図っていきたいとしている。こうした企業にとって、WOAHが25年5月に開催した総会の中で、同国をワクチン非接種での口蹄疫清浄国として認定したことは、さらなる輸出拡大のための強みとなっている。