米国の酪農経営において、生産コストの増加は長年の問題とされてきた。近年では、飼料価格の変動といった従来型の要因に加え、労働力不足や設備投資負担、さらには環境規制やAWへの対応など、複数の要素が重なり合いながら経営に影響を及ぼしている。こうした中、各農場は、大規模化や生産効率の向上を目指すものと、高付加価値・ニッチなマーケットでの販売を目指すものに分かれている。本章では、こうしたコスト構造の変化を生産動向、コスト要因、対応策の観点から整理する。
(1)生産動向
生乳生産量は飼養頭数と1頭当たり乳量の増加により拡大しているが、同時に乳脂肪分やたんぱく質の含有量も上昇している。ただし、乳成分別に見た需給状況が異なることから、製品別の収益性に差が生じている。
米国で生産される生乳に含まれる乳脂肪分については、2024年時点で4.24%となっており、14年(3.74%)と比較して13.4%(0.5ポイント)増加した(図2、3)。一方、無脂乳固形分については、24年時点で9.08%となっており、14年(8.87%)と比較すると2.4%(0.21ポイント)の増加にとどまっている。このため、現在米国においては乳脂肪分から製造されるバターやクリームの供給量が増加しており、需要の伸びが追い付かず供給過多となっている。こうした状況を反映し、25年11月のバターの卸売価格は1ポンド当たり1.49米ドル(1キログラム当たり508円)であり、前年同月比42.5%の大幅な下落となっている。
一方で、たんぱく質については需要が好調であることから、米国農務省農業マーケティング局(USDA/AMS)によると、25年11月のホエイパウダーの卸売価格は1ポンド当たり0.747米ドル(同255円)と、同1.2%の上昇となっている。
なお、乳脂肪分については、これまで米国においては、連邦政府による学校給食プログラムなどの栄養政策上避けられる傾向にあり、低脂肪・無脂肪牛乳などが多く活用されるような内容が組まれていた。一方で、25年末には学校給食プログラムにおける全乳の活用(注3)を認める法案が連邦議会で可決されたほか、26年1月に発表された米国人のための食生活指針において、食事には乳脂肪分を除去しない全乳などを取り入れることが認められた。このような施策は今後、牛乳・乳製品の需給に一定の影響を及ぼしていくと考えられる。
(2)生産コスト増の要因
近年の米国酪農では、飼料費や燃料費が落ち着きを見せる一方、労働力不足や設備投資負担、環境・AW対応に伴う支出が増加し、生産コストの中身が大きく変化している。
USDA/ERSによると、米国酪農生産の主要なコストについては飼料費(飼料生産費を含む)や機械・設備の資本回収、雇用労働費が大きなウェイトを占めている(表1)。それぞれの項目のうち、2022年から24年の3年間の主要コストの比較において、飼料費と燃料費は下落したものの、獣医療費や修繕費、そして、労働コストとなる雇用労働費や自家労働に対する機会費用は上昇している。収入については、生乳販売の利益は22年と24年を比較すると減少している一方で、生体牛の出荷による販売収入は増加している。
また、規模別の統計を見ると、小規模農場においては、生乳販売や生体牛販売などの収入割合が高い一方、機械・設備の資本回収費の支出割合も高くなっている(表2)。これは小規模農場にとっては、設備投資へのコストが相対的に大きくなっているということであり、逆に言えば、十分な設備投資を実施するためには、例えば1農場当たり500〜1000頭程度以上の規模でなければ、生乳販売、生体牛販売などによる収入のうち2割以上を機械・設備の資本回収費が占めるなど、設備投資負担を吸収しにくい構造であることになる。
さらに、生産コストは州によっても差がある。これについて説明するため、まず、現在の米国国内の酪農家について、大まかな収支状況を把握する指標としてUSDA農業サービス局(FSA)が公表する酪農マージンについて説明する。
これは、米国の全国平均乳価と飼料価格(トウモロコシ全国平均価格、アルファルファ全国平均価格、大豆かすイリノイ州中部価格)の差をマージン(粗収入)として示す指標である。連邦政府においては、この酪農マージンを確保するためのプログラムとして酪農マージン保障プログラム(DMC)を運用し、100ポンド当たり4.00〜9.50米ドル(1キログラム当たり13.6〜32.4円)の間で決定できる保障の基準(保障水準)を割り込んだ場合に、事前に申請した保障率に一定の方法で算出される生産履歴を乗じた補 塡対象数量を基礎として、差額の一部を補 塡している。生産者は保障水準と保障率に応じた掛け金を支払うことで、急激な市場価格の変化によって乳価が暴落した際の収入を確保している(注4)。DMC以外にも酪農経営収益保険(LGM)というプログラムも存在しており、こちらも予想収入について先物取引価格を使用して算出し、掛け金に応じて実際の収入額を保障するものである。
図4を見ると、連邦政府として全米単位で酪農マージンが算出されていることが確認される。一方で、生産者における生産コストは州によって異なっており、例えば、カリフォルニア州は他の州や地域と比較しても雇用労働者当たりの時間単位での給与額が高い傾向があるだけでなく、州独自の規制を多く設けており、カリフォルニア州法第12号(Prop12)によるAWに関する規制への生産現場での対応、温室効果ガス(GHG)排出抑制のためのメタンガス発酵槽(堆肥を発酵させながらメタンを大気中に放出するのではなく、回収して利用するための装置)の設置、節水や排水規制への対応などが求められる。特にメタンガスの発酵槽は、1基導入するために約500万〜1000万米ドル(約7億7000万〜15億5000万円)の費用が必要とされている。また、節水や排水規制に対応するための水源使用料金の支払いや新たな水再利用システム、水質検査の実施などが課せられるため、相応の設備投資が必要となってくる。このように、地域条件が経営コストに与える影響は、無視できないものとなっている。
(注4)DMCの詳細については、海外情報「酪農マージン保障プログラムの補完的措置と飼料費算出方法の改善を発表(米国)」をご参照ください。
(3)生産コスト増への対応
こうした生産コスト構造の変化に対し、生産者は複数の手段を組み合わせる形で対応を進めている。
生産コストの増大に対して各農場では、主に大規模化が進められている。また、酪農業界における見解としては、1日当たりの搾乳回数増加(1日2回から3回への増加)などによる生産効率の向上も、搾乳ロボットの導入の有無にかかわらず行われているとされている。なお、大規模化のみならず、小規模な農場においては、より付加価値の高い商品の開発・販売、生体牛の販売といった収入源の多角化も図られている。生産効率の向上に向けては、カリフォルニア州のように1人当たりの雇用労働費が高額な地域においては、搾乳ロボットなどの導入も進んでいる(写真2)。
機械を導入する理由については、単純に従業員を雇い続けたときのコストと機械の導入・維持コストを比較した際にメリットがあるという場合もあるが、大規模な農場においては、雇用する従業員の数も増えるため、特に深夜から早朝にかけて搾乳などの準備や清掃作業などを行う際には事故が発生しやすくなる。そのため、農場の中には従業員の安全性の確保や事業継続性の観点で機械導入を判断した事例もあるという。
また、農家を対象にコンサルティング業務などを実施している事業者によれば、雇用した従業員が複数名のシフトを組んで搾乳を実施しているような場合、搾乳者ごとに手技の差がある上、搾乳作業中に大音量でラップミュージックなどを流している場合などは乳用牛に対してストレスを与えることにつながるとのことである。そのため、機械導入のメリットの一つとして、安定した操作が継続して行われることから、乳用牛にとってより規則的な飼養環境が整備され、ストレスの低減や生産性の向上を図ることができるとみられている。
また、収入源の多角化に向けた高付加価値商品の開発・販売について、すでに主要な企業が販売を行っている品目や商品を、中小規模の農場が開発・販売することは困難と考えられている。
このため、例えばニューハンプシャー州に所在する農場においては、ジャージー牛のみを70頭程度飼養しており、生乳の品質についてアピールするとともに、生産された生乳を用いたプリンを製造・販売している。同農場においては、事前にアイスクリームやヨーグルトの開発も検討していたが、すでにスーパーマーケットなどにおいて大量生産された商品が販売されていたことから、開発・販売を断念したという。また、消費者向けにプロモーションを行う中で、農場におけるAWに関する民間団体による認証である「Certified Humane」を獲得していることをアピールしている。
さらに、別の農場における事例では、酪農場で発生する堆肥を原料にした生分解性の植木鉢(注5)を開発し、インターネット上で販売を行っている。
(注5)植木鉢を外さずそのまま直接庭などに埋めることで、時間とともに土中で分解するため、植物の生育を損なわず、かつ簡単に植えることができるとするもの。
米国の酪農場においては、近年アンガス牛などの肉用牛を乳用牛に種付けする農場も増加しており、酪農場における肥育用の交雑種の生産割合も上昇傾向にある(写真3)。この背景には、現在肉牛の飼養頭数が約70年ぶりの低水準で推移しており、肥育用のもと牛についても市場においては高値で推移していることがある(図5)。肉用牛の牛群再構築が進展しない中、酪農家にとっては、生体牛の販売は重要な収入源となっている。酪農関係者への聞き取りの中では、最近乳用牛の併用年数を延長する傾向が見られており、1頭当たりの乳量が多少落ちたとしても、産子数を増加させて生乳生産を継続する動きがあるとのことである。
このほか、酪農場が所在する地域により、特に中西部においては年間を通じて晴れが多く、敷地内に太陽光発電パネルを設置する例もある。米国においては、ICT(情報通信技術)産業向けのデータセンターの設置などにより電力需要は増加しており、電気料金も高騰している。そのため、酪農場によっては、使用する電力を賄うだけではなく、売電を行うことによって収入を得ている例もある。
そのほかにも、農場における生産コストの把握や収益性向上のため、米国では反すう動物農場システム(RuFas)というツールが開発されており、コーネル大学をはじめとするUSDAなどとの共同開発グループや各生産者団体を通じて無料で農場に提供されている。また、RuFasについては、酪農を中心とした生産コストなどの集計のみならず、農場で発生するGHGの予測にも活用できる。