(1)政策的な支援
フランス政府が実施している農家の経営安定のための主な取り組みは、EUの共通農業政策(CAP)を通じた所得支援とエガリム法による生産者への支払い価格の公正化に大別できる。
ア 共通農業政策(CAP)
CAPは、1)農業者の所得を保障するための「所得・価格政策」(第1の柱)、2)各加盟国が農業部門の構造改革や農業環境施策などの農村振興プログラムを実施する「農村振興政策」(第2の柱)−の2本の柱から成る(図8)。CAPの基本枠組みはEU加盟27カ国共通となっているが、詳細な運用は、加盟国が自らの農業・農村課題に対応する上で必要な措置を特定した「CAP戦略計画」で決定されるため、支援額などは加盟国間で異なる。
図6で生産コストと収益の推移を示したが、補助金による収入に注目して整理したものが図9である。収益全体に占める補助金の割合は約1割である。このことは、補助金による収入が経営安定に一定の役割を果たしていることも示している。ただし、インフレが進む中(注2)においても支援水準に変更はなく、絶対額が変わっていないため、収益および所得に占める補助金の割合は低下傾向にある(図9)。
なお、EUでは、2028年以降のCAPの提案が欧州委員会からなされ、加盟国や欧州議会で審議が行われている。農業団体はインフレ分を考慮した農業予算の増額を求めていたが、25年12月現在の提案では予算額の積み増しは行われておらず、農業団体の納得は得られていない。
(注2)ここ最近のフランスのインフレ率は、21年2.1%、22年5.9%、23年5.7%、24年2.3%と、24年以外は日本を上回っている(図10)。
また、CAPの課題として、中小規模生産者への的確な支援が挙げられる。現行のCAPでは、再分配所得支持という仕組みが設定されており、加盟国は直接支払い予算のうち、10%以上を中小規模の農家への所得支援として予算措置することが義務付けられている。具体的な例としてフランスでは、農地が100ヘクタール以下の中小規模農家に対して、最大52ヘクタール分の追加支給を行っている。
図11は、2024年のCAPでの交付額と受給者数の累積分布である。実線は実績を、点線は交付額と受給者数の割合が一致する場合(例えば交付額の50%を交付対象者の50%が受給)をそれぞれ示している。下位75%の受給者が受け取った補助金は総額の約4割にとどまる一方、上位10%の受給者は総額の3分の1以上を受給した。
フランスのみならずEU全体として、農家の高齢化と世代交代への対応が課題となっており、若手農業者や新規就農者への支援強化が方針として掲げられている。これらの者は中小規模農家であることも多い。このため、28年からの次期CAPでは、直接支払いに累進的な減額や上限を設け、余剰となった資金を若手、小規模経営、条件不利地域の支援に再配分することなどが提案されている。
イ エガリム法
(ア) エガリム法の立法経緯と内容
フランスの食品小売市場は、大手小売業者6者が90%以上のシェアを占める寡占市場であり、付加価値が農業者に適正に還元されていないとの認識から、小売業者などの間の価格競争を規制すべきとの議論が開始された。
その結果、2018年に農業者と取引相手との適正な取引関係(原価割れ販売の禁止の強化など)を定めた「農業および食料分野における商業関係の均衡ならびに健康で持続可能で誰もがアクセスできる食料のための法律」(エガリム〈EGalim〉法)が公布された(図12)。21年にエガリム法を改善する「農家の報酬保護のための法」(エガリムU法)が公布され、価格交渉の際の生産コスト指標の作成や書面契約締結の義務化などが定められた。23年には供給側の保護をさらに強化(交渉が期限までに不成立の場合、供給業者が取引関係の終了を通知できるなど)するため、エガリムV法が公布されている。
これら一連の立法措置は、サプライチェーン上の生産者の立場を強化し、生産者への公平かつ適正な価格の支払い確保を目的としたものである。
(イ) エガリム法による効果はあったのか
エガリム法が公布されて以降の乳価の推移を見ると、2018年11月の1キログラム当たり36.7セント(68円)から、25年11月に同49.7セント(92円)となり、上昇傾向で推移している。ただし、この乳価の上昇におけるエガリム法の寄与度の測定は難しいというのが、一般的な見解である。
図13で、フランスとEU主要4生乳生産国の12年以降の乳価の推移を比較した。18年11月のエガリム法導入以降の乳価を比較すると、フランスだけでなく、他の主要生産国も同様に上昇傾向で推移している。そのため、乳価の上昇についてはEU全体の傾向と見ることもできる。
また、エガリム法の施行とほぼ同時期に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID−19)による食品サプライチェーンへの影響や、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーコストなどの大幅増による記録的なインフレの影響は無視できず、乳価の上昇をこれらと切り離して考えることは難しい。こうした状況を踏まえ、25年2月にフランス議会の経済委員会が公表したエガリムU法の影響に関する調査では、「同法が、掲げた目標達成に寄与したかどうかを断定的に述べることは不可能」と結論付けている。
ただし、酪農関係団体からは、従来のように大手小売り・流通企業が価格を決めるような状況を変え、価値の配分が適切に行われるようになったとエガリム法を評価する声が聞かれる。また、同団体への聞き取りによると、エガリム法には、乳価上昇効果よりも、生産コストを指標とすることで、乳価に下げ圧力がかかった際の下落幅を抑える効果が期待できるという見方も示された。折しも本稿執筆時点の26年1月では乳製品の国際価格が下落基調となっており、これに伴い今後のEUの乳価下落を多くの関係者が予測している。仮に乳価が下落した場合にフランスの乳価が他国と比較してどう推移するのか、エガリム法の効果を測定する機会となる可能性がある。
(2)乳業や生産者の取り組み
フランスでは、経営安定のために乳価をいかに高くするか、という取り組みがなされている。以下にその概要を紹介する。
ア 「原産地呼称保護」制度
EU産チーズが評価される点として、その特性や品質が挙げられるが、それらの一部には地理的表示(GI:Geographical Indication)制度により保証されているものがある。GI制度の代表的なものには、規則(EU)1151/2012に基づく原産地呼称保護(PDO)と地理的表示保護(PGI)がある(表1)。GI制度で保護を受けるためには、生産者団体などが各加盟国の政府を通じて欧州委員会に申請し、欧州委員会により要件に適合していると認証される必要がある。
この制度は、製品の評判が模倣品との混同によって希薄化されるのを防ぎ、製品差別化を図り、ブランド価値を高めるものである。結果として、生産者の収入の保護にも寄与する。
EUのGI制度は1992年から開始されているが、フランスでは独自の原産地呼称統制制度(Appellation d’Origine Contrôlée、AOC)を1935年から実施していることもあり、多数のフランス産PDO、PGI登録製品がある。26年1月時点で、EUで登録されている製品数約3600品目のうち、フランス産は約800品目を占める。
このうちフランス産の乳製品(牛のほかヤギ、羊由来の乳製品を含む)は、63のチーズ、バター、クリームが登録されており(24年)、うち57がコンテ、ルブロションなどのチーズである。24年は、牛由来生乳の13%がこれらGI乳製品に仕向けられた。
地理的表示の認証を受けたチーズ(GIチーズ)の販売数量は増加傾向で推移しており、24年のPDOチーズ(牛由来、28製品)の販売数量は17万7000トンと、14年比6.7%増となった。また、PGIチーズ(牛由来、10製品)の24年の販売数量は3万2000トンと、17年比31.7%増となっている。
地理的表示の認証を受けたチーズ(GIチーズ)生乳生産の経済性は、おおむね従来品を上回るとされている。フランス政府が22年に公表した調査結果では、産地によってばらつきがあるものの、GIチーズ向け生乳を生産する経営の労働単位当たりの税引き前純利益は、非GIチーズのそれよりも9000ユーロ(166万3740円)高いと結論付けている(図14)。
また、フランス畜産研究所(IDELE)による別の研究では、09年から17年のデータを用い、酪農経営を次の三つのカテゴリーに分類し、その利益性を比較した。カテゴリーは、1)GI製品向け生乳や有機生乳など付加価値を重視する経営(付加価値重視型)、2)乳量より生産コスト低減を重視する経営(コスト重視型)、3)高コストでも乳量を重視する経営(生産量重視型)である。研究結果は、それぞれの経営型の利益性の優位さは年によってばらつきがあるものの、付加価値重視型の推移は安定していた(図15)。特に乳価が急落した15〜16年時(注3)にこの傾向が顕著に見られた。これは、GI制度による製品差別化がコモディティ化を抑制し、生産者に経済的安定をもたらす効果的な手段であると見ることもできる。
(注3)2015年の生乳生産量の割当制度(クォータ制度)の廃止による供給過剰に国際乳製品市場の低迷なども相まって、15年から16年の乳価は生産コストを下回る水準まで低迷した。
今回、PDOチーズの一つであるマロワール(Maroilles)の産地を訪問する機会を得た。マロワールはフランス北部で生産され、24年の販売数量は、地元からの根強い需要などを反映し、4500トンと14年比9.0%の伸びを見せている(図16、写真1)。マロワール向けに生乳を供給する酪農家は、通常乳価にプラスされるプレミアムが比較的安定していることを評価する一方で、放牧要件や飼料要件をクリアするための生産コスト増を課題として挙げた。放牧要件や飼料要件を満たすハードルは、所有する農地の状況や従来から放牧を取り入れていたかなどの乳牛の飼養方法に左右されるとのことであった。
イ 消費者へのコスト負担の訴求の取り組み
生産コストの負担を消費者へ訴求する取り組みとして、生産者主導で立ち上げたブランド「C’est qui le patron?(誰がボス?)」がある。
このブランドは2015年から16年にかけての乳価大幅下落時に設立された。ブランドを運営する酪農協同組合サン・ドニ・ド・ロテル(LSDH)は、一般消費者を組合員として迎え入れ、乳価についてアンケートを実施した。アンケートの手法は、まず1リットルの牛乳の標準価格を設定し、「産地はどこがよいか」、「飼料はGMO(遺伝子組み換え)でもよいか」、「飼料の産地はどこがよいか」、「酪農家が手にする報酬はどのくらいがよいか」などの設問に解答する。選択肢を選ぶと、その条件に見合った分だけ価格が上昇する。「飼料はフランス産」など厳しい条件を選ぶと価格は高くなる。消費者はネット画面上で自分の選んだ選択肢が価格をいくら上昇させるかを確認しながら、条件を選んで投票した。
結果として現在まで「乳牛は最低4カ月間放牧」、「牧草は産地から100キロメートル以内で生産」、「飼料はGMOが0.9%未満でパーム油不使用」が採用され、パッケージにはその条件と生産者への支払い乳価など小売価格を構成する内訳が明記されている(図17)。
これはフランス人の消費行動ともマッチし、また草の根プロモーション活動も功を奏し、市場平均よりも高価であったが、販売量は急速に拡大した。24年時点で、設立10年未満ながらフランス国内で販売される全牛乳の約3%を占める規模に成長している。
FNPLが公表した24年の企業別乳価において、フランス平均1リットル当たり43.5セント(80円)に対し、LSDHの平均の乳価は48.0セント(89円)と1割上回り、最も高かった。現在、このブランドの取り扱いは飲用乳だけでなくヨーグルトやバター、さらに卵や野菜などにも拡大している。
ウ 有機生乳の生産
高付加価値化の方法として、有機生乳の取り組みも挙げられる。EUは欧州グリーンディールの中で2030年までに有機農業面積を全体の25%まで引き上げる目標を掲げており、フランスも27年までに同面積18%までの引き上げを目指している。
こうした政策的な支援と環境に親和的な有機農業への需要増が相まって、有機生乳は慣行生乳よりも高い乳価を得てきた。有機生乳への価格プレミアは、22年まではおおむね1キログラム当たり10セント(18円)以上を維持してきた。しかしながら、コロナ禍後の物価高が経済に影響を与え始めた22年以降、慣行生乳乳価の上昇幅が有機生乳のそれを大幅に上回ったため、価格プレミアは大幅に減少し、直近3年間では、プレミアは同2セント(4円)程度まで落ち込んでいる(図18)。これは物価高により消費者の節約志向が強まり、有機製品への需要が減少したことが要因であると考えられる。
乳価動向を反映して、有機生乳の全体に占める生産量の割合は、14年の約2%から22年にまで堅調に推移し約6%まで増加したものの、22年以降は減速している(図19)。