(1)偏在化が進む豪州の生乳生産と輸入乳製品の台頭
豪州の酪農家戸数は一貫して減少しており、2024/25年度の酪農家戸数は3772戸と過去最低を更新した。同時に、1戸当たり経産牛頭数は344.6頭と過去最高となり、規模拡大は着実に進展している(図1)。
1999/2000年度以降から加速した酪農家の減少傾向は、00/01年度の規制緩和や「ミレニアム干ばつ」と呼ばれる90年代後半から2000年代前半までに複数回観測された大規模干ばつの影響が大きいとされている。規制緩和の効果を踏まえれば、小規模酪農家が撤退し、大規模化が進展する業界の構造変化は予想通りとも言えるが、飼料コストの高騰や牛肉市場の好況、小売・乳業部門の統合による競争環境の変化など不確実性の高まりも背景に、現在までこの傾向は継続している。この結果、既存酪農家の経営規模拡大や1頭当たり乳量の向上では追いつかず、生乳生産量は減少を続け、24/25年度は856万トンと01/02年度から26.2%の減少となっている(図2)。
一方、地域別に見ると、変化の度合いにはばらつきが見られる。飲用向け生乳の生産比率が高いクイーンズランド(QLD)州は減少幅が最も大きく同63.0%減、タスマニア(TAS)州のみが同34.3%増と増産を達成している。TAS州の増産は、気候変動や異常気象の影響を受けにくい地理的要因を背景とした、放牧ベースの低コスト生産体制の継続が要因とされている。シェアの約6割を占める最大の生乳生産地域であるビクトリア(VIC)州は同28.9%減となるが、シェア第2位のニューサウスウェールズ(NSW)州は同20.3%減と他州と比較して減少幅が小さく、相対的にシェアが高まっている(図3)。
その結果、QLD州は飲用向け生乳が自給できない状況となっており、NSW州およびVIC州からのバルク生乳の州間転送に依存している(図4)。
また、NSW州でも季節的な不足が発生した場合はVIC州から供給されているが、この供給体制は生乳生産が高まる季節(ピークは10月)は特に問題とならない。生乳の大半が飲用向けのQLD州やNSW州に比べ、加工向けが多いVIC州は生産者支払乳価の水準が低いことから、輸送コストを加味しても経済性が確保されるためである。一方、干ばつなどで生乳供給がひっ迫する局面では、州間転送では間に合わず、乳業メーカーは工場の稼働率を維持するため、同業他社から高額で生乳を買い取る必要性が生じる。このことからも、生乳生産の偏在化はサプライチェーン上の問題として認識されている。また、この20年間で生乳生産量の減少(17.9%減)および人口増による飲用需要の増加(31.3%増)などに伴い、加工用生乳は減少した(30.2%減)(図5)。チーズなどの高付加価値製品に優先して生乳を振り向けるなど、その用途別仕向け割合は変化している。
その結果、国内需要の不足を補う形で乳製品の輸入量は過去20年で約3倍に増加しており、国内市場の競争が激化している(図6)。次節からは、業界の構造変化に伴う生産者支払乳価の動向について整理する。
(2)史上最高水準の乳価がもたらす影響
生乳不足などを背景に、生産者支払乳価は過去数年で高騰しており、2022/23年度には乳量1リットル当たり74.8豪セント(82円)と史上最高値を記録した。24/25年度も71.7豪セント(79円)と高水準を維持しており、歴史的に見れば酪農家に有利な価格環境となっている(図7)。もう一つの価格体系である乳固形分(注3)1キログラム当たりの乳価も同様の傾向を示しており、同単価を決定する生乳の乳脂肪と乳たんぱく質含有率は年々上昇する傾向にある(図8)。
(注3)乳固形分とは、乳脂肪分および無脂乳固形分(たんぱく質、ミネラルなど)を指す。豪州の乳固形分ベースの価格体系では、乳固形分のうち乳脂肪と乳たんぱく質の含有率によって単価が決定する。
乳価について整理すると、豪州では飲用仕向けが多い地域では乳量ベース、加工用仕向けが多い地域では乳固形分ベースでの支払いが多い。これらの基本単価に加え、生乳の品質や複数年契約および独占供給契約に基づく価格プレミアムなど、乳業メーカーによってさまざまなインセンティブ・ペナルティが措置されている(表1)。
乳価の上昇に伴い、生乳生産量の減少傾向は22/23年度を底に持ち直しており、増産シグナルとして働いているように見える。一方、乳業メーカーは原料コストの上昇による豪州産乳製品の輸出競争力低下を懸念している。乳製品の輸出量は長期的に減少傾向で推移しており、特に22/23年度に落ち込んだ以降は停滞している。飲用乳輸出(主にUHT牛乳(注4))は大きく伸びた一方で、主力の輸出品目であるチーズは伸び悩みを見せている(図9)。
(注4)超高温瞬間殺菌法(Ultra High Temperature:UHT)と呼ばれる135〜140℃で3〜5秒加熱する方法で殺菌された牛乳を指す。賞味期限は3〜9カ月とされている。
乳業界は現在、酪農家への適正なインセンティブの維持と、自社の製品競争力確保とのバランスを慎重に模索している状況と言える。次節からは国内消費と小売の動向について整理する。
(3)堅調な国内市場と小売業界の動向
過去20年間で飲用乳の国内需要は、人口増を背景に堅調に推移している。直近では植物性ミルクの影響もあり一人当たりの消費量は減少しているが、国内の飲用向けの生乳仕向け量は着実に増加した。対照的に、海外用の加工向けの生乳仕向け量は減少を続け、2024/25年度では314万トン(04/05年度比39.3%減)、生乳供給全体の約4割となっている(図10)。
生乳の約6割が国内向けに供給される現状を踏まえれば、国内市場の動向が生産者・乳業メーカー双方に与える影響力は高まっていると言える。
小売業界に目を向けると、小売大手がプライベートブランド(PB)で展開する低価格牛乳は、長らく批判の対象とされてきた。10/11年度から各小売大手で販売が始まった「1リットル1豪ドル牛乳」は、段階的な値上げが行われているものの、乳業メーカーのナショナルブランド(NB)牛乳との価格差はいまだに大きい。販売量シェアもPB牛乳は着実に販売を伸ばしており、24/25年度では約6割と推計されている(図11)。
国内市場の重要性が高まる中、この小売業界の戦略はサプライチェーン全体の利益を毀損しているとして、同業界の寡占化による市場支配力の拡大という根本的な問題への対応が求められている。豪州競争・消費者委員会(ACCC)(注5)は25年1月、競争・消費者法に基づく新たな食品・食料品行動規範を施行した。大手小売は同規範の順守が義務付けられ、サプライヤーとの交渉・契約プロセスの具体化やACCCによる執行権限と罰則の強化などが行われた(注6)。牛乳小売価格への影響は不透明ではあるものの、市場の不均衡の是正への効果が注目されている。次章からは酪農経営の動向と生産性向上対策について概説する。
(注5)消費者の権利と事業を保護し、違法な反競争的行動を防止することを目的とした組織。日本の公正取引委員会に相当する機能を有する。