青森県の八甲田山麓に位置する田代平牧場(総面積38ヘクタール〈ha〉)を試験場所とした(図2)。放牧地全域でのセンサーの通信を確保するため、放牧地の2カ所(水飲み場)にソーラー発電で動作する受信機を設置した(写真)。試験期間は、同牧場の開牧時期である2025年6月6日から10月28日までとした。供試牛は、人工授精実施予定の肉用繁殖雌牛73頭とした。
小型スイッチセンサーは、ポリプロピレン製の専用ケースに挿入し、接着剤を塗布した後に供試牛の十字部付近に接着した(図3)。スタンディングによってスイッチが押下された場合に、Sigfox通信でこれをクラウド上に記録させ、蓄積されるデータを解析に供した。
評価項目は、小型スイッチセンサーで得られるスタンディング回数および持続時間、初回発情から1時間ごとのスタンディング回数とした。また、各時間帯におけるスタンディング回数から、小型スイッチセンサーを用いた場合の発情発見率をそれぞれ算出した。
さらに、人工授精を実施した場合におけるスタンディング開始からの経過時間と受胎率の関係についても解析するとともに、環境要因(平均気温、最低気温、最高気温)とスタンディング回数との関連についても評価した。なお、解析においては、小型スイッチセンサーのスイッチの押下をスタンディングと定義した。
肉用牛におけるスタンディング発情の概要を表1に示した。供試牛における1発情当たりのスタンディング回数は平均21.7±2.7回であり、最小1回から最大132回まで大きな個体差が認められた。また、スタンディング持続時間の平均は7.1±0.8時間であり、最短0時間、最長43.9時間であった。
乳牛を対象とした先行研究では、発情期間中のスタンディング回数は平均8〜20回、発情持続時間は7〜10時間程度と報告されている(Hurnik et al., 1975;Dransfield et al., 1998)。本研究で得られた平均値は、これらの報告とおおむね一致しており、放牧条件下の肉用牛においても、スタンディング行動が発情を示す重要な行動指標であることが確認された。一方で、本研究では、スタンディング回数および持続時間に大きな個体差が認められた。発情行動の個体差は、栄養状態、社会順位、群構成、環境条件など複数の要因の影響を受けることが知られており(Diskin and Sreenan, 2000;Orihuela, 2000)、放牧条件下では、群行動や移動距離の増加により行動表現のばらつきが大きくなる可能性がある。
初回スタンディングから1時間ごとの平均スタンディング回数の推移を図4に示した。スタンディング回数は、初回スタンディングから1時間以内に最も多く、その後は時間の経過とともに減少する傾向が認められた。発情期の牛では、エストラジオール濃度が発情開始直前に上昇し、発情開始後に最も活発な乗駕行動が観察されることが知られている(Roelofs et al., 2010)。Dransfieldら(1998)も、スタンディング行動の多くが発情開始後の比較的早い段階に集中することを報告しており、本研究結果はこれらの知見と一致する。従って、初回スタンディングを正確に把握することは、発情進行の把握および適期授精判断において重要であると考えられる。
各時間帯におけるスタンディング回数の内訳を図5に示した。スタンディング行動は、日中よりも夕方から翌朝にかけて多く発現していた。また、この放牧場において管理者が発情観察を実施している時間帯(9〜10時、14〜15時)におけるスタンディング発現率は9%にとどまり、残りの91%は夜間または発情観察時間外に発現していた(図6)。
牛の発情行動は、夜間または早朝に多く発現することが知られており(Hurnik et al., 1975;Phillips and Schofield, 1990)、この理由は、高温や人為的活動の影響を受けにくい時間帯に社会行動が活発化するためと考えられている(Orihuela, 2000)。本研究においても同様の傾向が確認され、昼間の短時間観察のみでは、発情行動の大部分を把握できない可能性が示唆された。この結果は、広大な放牧地における繁殖管理において、連続的な自動検知システムの有用性を示すものと考えられる。
スタンディング開始から人工授精までの経過時間と受胎率との関係を図7に示した。スタンディング開始から人工授精までの経過時間が0〜12時間の場合の受胎率は50%、13〜24時間では80%、25〜36時間では53.8%であり、13〜24時間の区間で有意に高い受胎率が認められた(P<0.05)。牛ではスタンディング発情開始から約24〜32時間後に排卵が起こることが報告されており(Roelofs et al., 2010)、人工授精の実施は発情開始から12〜24時間後が適期とされている(Trimberger, 1948;Diskin and Sreenan, 2000)。本研究の結果もこれらの知見と一致しており、スタンディング開始を基準とした授精タイミングの有効性が、放牧条件下の肉用牛においても確認された。
月別のスタンディング回数を図8に示した。平均気温が高い7月および8月において、スタンディング回数が減少する傾向が認められた。
また、日最高気温とスタンディング回数との関係を図9に示したところ、日最高気温が15℃以下および26℃以上の条件下でスタンディング回数が有意に減少した。暑熱ストレスは、牛の発情行動を抑制することが知られており、活動量の低下や乗駕行動の減少を引き起こすことが報告されている(Wolfenson et al., 2000;Hansen, 2007)。高温環境下では、体温上昇を回避するため運動行動が抑制されることがその要因と考えられる。一方、低温条件においても、エネルギー消費の増加や行動活性の低下により、発情行動が弱まる可能性が指摘されている(Diskin and Kenny, 2016)。本研究で観察されたスタンディング回数の減少は、これらの環境ストレスの影響を反映している可能性がある。
本研究により、放牧条件下の肉用牛におけるスタンディング発情の発現様式が明らかとなった。スタンディング行動は発情開始直後に多く発現し、主に夕方から翌朝までに集中する傾向が認められた。また、スタンディング開始から13〜24時間後に人工授精を実施した場合に最も高い受胎率が得られ、既報の繁殖生理学的知見と一致する結果となった。さらに、スタンディング行動は、季節および気温条件の影響を受けることが示唆された。
これらの結果は、広大な放牧地において発情を確実に把握するためには、昼間の目視観察のみでは不十分であり、スタンディング行動を連続的に検知できる技術の活用が有効であることを示している。本研究で用いたスタンディング検知システムは、放牧条件下において発情行動の客観的把握を可能にする手法として、繁殖管理の効率化および受胎率向上に寄与することが期待される。