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調査・報告 中山間放牧 畜産の情報 2026年10月号

中山間放牧地における雌牛の発情行動の解明と繁殖管理の実態調査

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学校法人北里研究所 北里大学獣医学部動物資源科学科 動物飼育管理学研究室
鍋西 久、大金 里名

【要約】

 放牧は、自給粗飼料の利用拡大や飼養管理の省力化に資する重要な飼養形態であるが、広大な放牧地では、発情発見が困難であることが繁殖管理上の大きな課題となっている。本研究では、放牧条件下における雌牛の発情行動の特性を明らかにするとともに、公共牧場における繁殖管理の実態を把握することを目的とした。肉用繁殖雌牛および乳用育成牛を対象にスタンディング発情を解析した結果、発情行動は発情開始直後に多く発現し、夕方から翌朝にかけて集中する傾向が認められた。また、スタンディング開始から13〜24時間で人工授精を行った場合に最も高い受胎率が得られた。一方、全国の公共牧場を対象とした実態調査では、発情観察の多くが目視によって1日1〜2回程度実施されており、観察時間外に発現する発情行動を見逃している可能性が示唆された。以上の結果から、放牧地における繁殖管理の改善には、スタンディング行動を継続的に把握できる技術の導入が有効であり、発情発見効率の向上および繁殖成績の改善に寄与する可能性が示された。

1 はじめに

 わが国の畜産業は、食料の安定供給を担う基幹産業である一方、環境負荷の低減と持続的発展の両立が求められている。近年、食料・農林水産業は「みどりの食料システム戦略」に基づき環境調和型生産体系への転換が進められており、畜産分野においても、飼料自給率の向上や地域資源の活用が重要課題となっている。特に輸入飼料価格の高騰や国際情勢の不安定化を背景に、自給飼料基盤に立脚した畜産経営の確立は、経営安定と食料安全保障の観点からも重要性が高まっている。
 このような状況の下、放牧は、自給粗飼料の利用拡大や飼養管理の省力化、生産コスト削減に資する有効な手段として期待されている。中山間地域を中心に全国に点在する公共放牧地は、潜在的価値の高い資源であり、適切に活用することで飼料費削減や牛の健康増進など多面的効果が見込まれる。しかし、放牧の普及には繁殖管理、とりわけ発情発見の困難さが大きな課題となっている。広大な放牧地では目視観察の機会が限られ、牛舎内で普及している情報通信技術(ICT)も、電源や通信環境の制約により導入が難しい。また、公共牧場では、少人数で広い放牧地を管理している場合が多く、発情観察に十分な時間を確保することが困難である。
 発情発見において最も信頼性の高い指標は、雌牛が他個体の乗駕(じょうが)を許容するスタンディング(乗駕許容)行動である。本研究では、この行動を直接検知するスタンディング検知システムを用いた。十字部(左右の腰角を結んだ線と脊柱の交差部)に装着した小型センサー端末の圧力スイッチで乗駕刺激を検知し、LPWA(Low Power, Wide Area)通信によりデータを送信する方式であり、大規模な通信設備を必要とせず、放牧地でも導入しやすい特徴を有する。
 本研究では、本システムを用いて中山間放牧地における雌牛の発情行動を昼夜連続的に解析するとともに、全国の公共牧場を対象として繁殖管理実態のアンケート調査を実施した。その結果、スタンディング行動は夕方から翌朝に多く発現する傾向が確認され、現行の発情観察体制では多くの発情行動が見逃されている可能性が示唆された。また、公共牧場では少人数体制の下、発情観察頻度や観察時間が限られている実態が明らかとなった。
 本研究は、放牧地における発情行動の特性と繁殖管理の実態を明らかにし、スタンディング行動を活用した発情検知技術の有効性を示すものである。これらの知見は、放牧地における繁殖管理の効率化と繁殖成績の改善を通じて放牧利用の拡大に寄与し、自給飼料基盤型畜産の推進と持続可能な畜産生産体系の構築に資するものと考えられる。

2 本研究で活用したスタンディング検知システムについて

 雌牛の放牧では、繁殖管理として発情発見が重要な課題である。牛舎内やパドックといった舎飼いにおける畜産ICTのゴールドスタンダードである発情発見装置(活動量計)の活用では、活動量の増加によって高い確率で発情を検知することが可能となる。しかしながら、放牧においては、飼養面積の広さ、牧区の移動による行動の概日リズムの多様性などの要因により、活動量によって発情を検出することは困難となる。さらに、一般的な無線通信方式では、受信エリアの制限によって電波を受信することすらできないことがある。大規模な中継基地局の設置などが解決策となるが、初期投資が高額になるため、広く普及させることはできない。これまで、広大な放牧地において、雌牛の発情行動を的確に検知できる技術は確立されていなかった。
 われわれは、放牧における雌牛の発情発見を、よりシンプルで普及性の高い手法によって実現した。雌牛の真の発情行動であるスタンディング行動を発情発見の指標に設定することで、確実に発情を検出できるものである(図1)。この手法では、雌牛の十字部に装着したセンサー端末上のスイッチが乗駕によって圧迫されたことを検知する方式を採用している。さらに、大掛かりな設備に依存しない通信方式として、新しい無線技術であるLPWA通信規格のSigfox(低速・低消費電力で長距離通信が可能なLPWAの一つ)を用いることにより、センサー端末のみでデータをクラウド上に展開でき、手持ちのスマートフォンなどで、どこからでもスタンディング行動(スタンディング時間、回数)の状況を把握することができるようになる。これまでに報告されてきた加速度センサーやWi-Fi、全地球測位システム(GPS)や中継基地局といった大掛かりな設備は一切不要であり、十字部に装着する小型センサー端末のみで放牧牛の発情行動を検知できる画期的な仕組みとして、2023年に特許出願したところである。このシステムによって、これまで不可能だった放牧地における発情発現、行動の詳細を明らかにすることが可能となる。


3 小型スイッチセンサーによる肉用牛の発情行動解析


 青森県の八甲田山麓に位置する田代平牧場(総面積38ヘクタール〈ha〉)を試験場所とした(図2)。放牧地全域でのセンサーの通信を確保するため、放牧地の2カ所(水飲み場)にソーラー発電で動作する受信機を設置した(写真)。試験期間は、同牧場の開牧時期である2025年6月6日から10月28日までとした。供試牛は、人工授精実施予定の肉用繁殖雌牛73頭とした。
 



 
 小型スイッチセンサーは、ポリプロピレン製の専用ケースに挿入し、接着剤を塗布した後に供試牛の十字部付近に接着した(図3)。スタンディングによってスイッチが押下された場合に、Sigfox通信でこれをクラウド上に記録させ、蓄積されるデータを解析に供した。
 

 
 評価項目は、小型スイッチセンサーで得られるスタンディング回数および持続時間、初回発情から1時間ごとのスタンディング回数とした。また、各時間帯におけるスタンディング回数から、小型スイッチセンサーを用いた場合の発情発見率をそれぞれ算出した。
 さらに、人工授精を実施した場合におけるスタンディング開始からの経過時間と受胎率の関係についても解析するとともに、環境要因(平均気温、最低気温、最高気温)とスタンディング回数との関連についても評価した。なお、解析においては、小型スイッチセンサーのスイッチの押下をスタンディングと定義した。
 肉用牛におけるスタンディング発情の概要を表1に示した。供試牛における1発情当たりのスタンディング回数は平均21.7±2.7回であり、最小1回から最大132回まで大きな個体差が認められた。また、スタンディング持続時間の平均は7.1±0.8時間であり、最短0時間、最長43.9時間であった。
 


 
 乳牛を対象とした先行研究では、発情期間中のスタンディング回数は平均8〜20回、発情持続時間は7〜10時間程度と報告されている(Hurnik et al., 1975;Dransfield et al., 1998)。本研究で得られた平均値は、これらの報告とおおむね一致しており、放牧条件下の肉用牛においても、スタンディング行動が発情を示す重要な行動指標であることが確認された。一方で、本研究では、スタンディング回数および持続時間に大きな個体差が認められた。発情行動の個体差は、栄養状態、社会順位、群構成、環境条件など複数の要因の影響を受けることが知られており(Diskin and Sreenan, 2000;Orihuela, 2000)、放牧条件下では、群行動や移動距離の増加により行動表現のばらつきが大きくなる可能性がある。
 初回スタンディングから1時間ごとの平均スタンディング回数の推移を図4に示した。スタンディング回数は、初回スタンディングから1時間以内に最も多く、その後は時間の経過とともに減少する傾向が認められた。発情期の牛では、エストラジオール濃度が発情開始直前に上昇し、発情開始後に最も活発な乗駕行動が観察されることが知られている(Roelofs et al., 2010)。Dransfieldら(1998)も、スタンディング行動の多くが発情開始後の比較的早い段階に集中することを報告しており、本研究結果はこれらの知見と一致する。従って、初回スタンディングを正確に把握することは、発情進行の把握および適期授精判断において重要であると考えられる。
 


 
 各時間帯におけるスタンディング回数の内訳を図5に示した。スタンディング行動は、日中よりも夕方から翌朝にかけて多く発現していた。また、この放牧場において管理者が発情観察を実施している時間帯(9〜10時、14〜15時)におけるスタンディング発現率は9%にとどまり、残りの91%は夜間または発情観察時間外に発現していた(図6)。




 
 
 牛の発情行動は、夜間または早朝に多く発現することが知られており(Hurnik et al., 1975;Phillips and Schofield, 1990)、この理由は、高温や人為的活動の影響を受けにくい時間帯に社会行動が活発化するためと考えられている(Orihuela, 2000)。本研究においても同様の傾向が確認され、昼間の短時間観察のみでは、発情行動の大部分を把握できない可能性が示唆された。この結果は、広大な放牧地における繁殖管理において、連続的な自動検知システムの有用性を示すものと考えられる。
 スタンディング開始から人工授精までの経過時間と受胎率との関係を図7に示した。スタンディング開始から人工授精までの経過時間が0〜12時間の場合の受胎率は50%、13〜24時間では80%、25〜36時間では53.8%であり、13〜24時間の区間で有意に高い受胎率が認められた(P<0.05)。牛ではスタンディング発情開始から約24〜32時間後に排卵が起こることが報告されており(Roelofs et al., 2010)、人工授精の実施は発情開始から12〜24時間後が適期とされている(Trimberger, 1948;Diskin and Sreenan, 2000)。本研究の結果もこれらの知見と一致しており、スタンディング開始を基準とした授精タイミングの有効性が、放牧条件下の肉用牛においても確認された。

 
 月別のスタンディング回数を図8に示した。平均気温が高い7月および8月において、スタンディング回数が減少する傾向が認められた。
 



 
 また、日最高気温とスタンディング回数との関係を図9に示したところ、日最高気温が15℃以下および26℃以上の条件下でスタンディング回数が有意に減少した。暑熱ストレスは、牛の発情行動を抑制することが知られており、活動量の低下や乗駕行動の減少を引き起こすことが報告されている(Wolfenson et al., 2000;Hansen, 2007)。高温環境下では、体温上昇を回避するため運動行動が抑制されることがその要因と考えられる。一方、低温条件においても、エネルギー消費の増加や行動活性の低下により、発情行動が弱まる可能性が指摘されている(Diskin and Kenny, 2016)。本研究で観察されたスタンディング回数の減少は、これらの環境ストレスの影響を反映している可能性がある。
 
 
 
 本研究により、放牧条件下の肉用牛におけるスタンディング発情の発現様式が明らかとなった。スタンディング行動は発情開始直後に多く発現し、主に夕方から翌朝までに集中する傾向が認められた。また、スタンディング開始から13〜24時間後に人工授精を実施した場合に最も高い受胎率が得られ、既報の繁殖生理学的知見と一致する結果となった。さらに、スタンディング行動は、季節および気温条件の影響を受けることが示唆された。
 これらの結果は、広大な放牧地において発情を確実に把握するためには、昼間の目視観察のみでは不十分であり、スタンディング行動を連続的に検知できる技術の活用が有効であることを示している。本研究で用いたスタンディング検知システムは、放牧条件下において発情行動の客観的把握を可能にする手法として、繁殖管理の効率化および受胎率向上に寄与することが期待される。

4 全国の公共牧場における繁殖管理の実態調査(アンケート)

 全国の公共牧場における繁殖管理の実態を把握するため、北海道から九州までの公共牧場約52カ所を対象にアンケート調査を実施した。調査は、オンラインアンケートツール(Googleフォーム)を用いて実施し、各牧場の管理担当者に回答を依頼した。調査対象は主として繁殖雌牛を放牧する公共牧場とし、地域特性や運営形態の違いを含めて広く実態を把握することを目的とした。
 アンケート調査では、牧場の基本情報および繁殖管理の実施状況を把握するため、以下の項目について回答を求めた。
・放牧地の所在地(都道府県)
・牧場の運用形態(公共牧場、組合管理等)
・放牧対象牛の区分(肉用牛、乳用牛、育成牛等)
・常時飼養管理頭数
・常時従事者数
・繁殖(種付け)の実施の有無
・発情観察の方法(目視、行動観察、その他)
・発情観察の頻度
・1日当たりの発情観察時間
・発情観察を実施する時間帯
・人工授精実施率
・人工授精受胎率
・自由記述(繁殖管理に関する課題や意見等)

 得られた回答データを基に、公共牧場における労働負担および繁殖管理体制の特徴を把握するため、以下の指標を算出した。
・常時従事者数と1日当たりの発情観察時間との関係
・常時従事者数と発情観察頻度との関係
・1人当たりの飼養管理頭数(飼養頭数÷従事者数)と発情観察頻度との関係
・1人当たりの飼養管理頭数と発情観察時間との関係
・人工授精受胎率と発情観察時間との関係
・人工授精受胎率と発情観察頻度との関係

 これらの指標を用いることで、公共牧場における労働体制と発情観察の実施状況、ならびに繁殖成績との関連について分析を行った。本調査により、公共牧場における繁殖管理の労働実態と発情観察体制を定量的に把握し、放牧条件下における繁殖管理上の課題を明らかにすることを目的とした。
 調査対象とした公共牧場の概要として、放牧場所在地、放牧場の運用形態、対象牛、常時飼養管理頭数および常時従事者数を図10〜14に示した。調査対象は、北海道から九州まで全国に分布しており、肉用繁殖雌牛および乳用育成牛を対象とした放牧場が多くを占めていた。常時従事者数は少人数体制の牧場が多く、広い放牧地を限られた人員で管理している実態が確認された。
 公共牧場は、地域の畜産振興において重要な役割を担う一方で、近年は人手不足や管理作業の負担増加が指摘されており、繁殖管理の効率化が課題となっていると報告されている(農林水産省畜産統計など)。本調査の結果も、こうした労働制約下で繁殖管理が行われている実態を示すものとなった。
 













 
 調査対象の公共牧場における繁殖対象牛の発情観察方法を図15に示した。ほとんどの放牧場(35カ所)において、管理者による目視観察が主な方法として用いられていた。次いでヒートマウントディテクター(注1)(7カ所)、テールペイント(注2)(4カ所)が用いられていた。

(注1)雌牛の尾の付け根付近に貼り付け、スタンディングを許容すると圧力で中のカラーインクが出たり変色したりして発情を知らせる器具をいう。
(注2)雌牛の尾の付け根から腰部に塗料(専用塗料を用いることが多い)でマーキングすることで、乗駕を許容すると塗布部分が剥がれたり広がったりする。発情以外にも、色分けにより授精予定や授精済み、妊娠中など管理用のマーキングに用いられることがある。


 牛の発情発見には、スタンディング行動などの発情特異的行動を直接確認する方法が古くから用いられてきた(Hurnik et al., 1975)。しかし、広大な放牧地では、個体の位置や行動を常時確認することが困難であり、目視観察のみでは発情発見効率が低下することが指摘されている(Diskin and Sreenan, 2000)。本調査でも、多くの牧場で依然として目視観察が主体となっていることが判明し、繁殖管理の効率化に向けた技術導入の余地があると考えられた。
 

 
 同じく公共牧場における1日当たりの発情観察頻度を図16に、発情観察にかけている時間を図17に、発情観察を行っている時間帯を図18に示した。発情観察頻度は、1日1回または2回が全体の86%を占めた。発情観察時間は1日2時間以内が全体の80%を占め、発情観察の時間帯は朝・夕または午前のみが77%であった。
 
 



 
 本研究における肉用繁殖雌牛および乳用育成牛の行動解析では、スタンディング発情の多くが夕方から翌朝にかけて発現することが明らかとなっている。特に肉用牛では、管理者が発情観察を行っている時間帯に確認されたスタンディング行動は全体の約9%に過ぎず、多くの発情行動が観察時間外に発現していた。このことから、公共牧場における現在の観察体制では、発情行動の大部分が把握されていない可能性が示唆される。牛の発情行動が夜間や早朝に多く観察されることは既報でも指摘されており(Phillips and Schofield, 1990)、放牧条件下では発情観察の時間的制約が発情発見効率に大きく影響すると考えられる。
 調査対象公共牧場の繁殖対象牛における人工授精実施率を図19に示した。放牧期間中における人工授精実施率は、63%の牧場で80%以上と比較的高い水準であったが、23%の牧場では60%未満であった。人工授精受胎率を図20に示した。受胎率80%以上の牧場は21%、60〜80%は37%であった一方、42%の牧場では受胎率が60%以下であった。牛の繁殖成績は発情発見精度に強く依存することが知られており(Diskin and Sreenan, 2000)、発情発見率の低下は、授精機会の逸失や適期授精の遅れにつながる。本研究の結果からも、公共牧場では人工授精実施率および受胎率の改善余地が残されている可能性が示唆された。
 




 
 
 同じく公共牧場の常時従事者数と発情観察頻度との関係を図21に、1日当たりの発情観察時間との関係を図22に示した。従事者数が少ない放牧場では、発情観察の頻度および観察時間が少ない傾向が認められた。また、1人当たりの飼養管理頭数と発情観察頻度および発情観察時間との関係を図23および図24に示した。1人当たりの管理頭数が多い場合、発情観察頻度および観察時間が減少する傾向が認められた。これらの結果は、公共牧場において労働力不足が繁殖管理に直接的な影響を及ぼしている可能性を示している。放牧地では、個体の探索や巡回に時間を要するため、管理頭数が増加すると発情観察に割ける時間が減少し、結果として発情発見率の低下につながったと考えられる。
 






 
 同じく公共牧場の1日当たりの発情観察頻度と人工授精受胎率との関係を図25に、発情観察時間と受胎率との関係を図26に示した。発情観察頻度および観察時間が少ない場合に、受胎率が低くなる傾向が認められた。牛の人工授精では、発情開始から一定時間内に授精を行うことが受胎率向上に重要であることが知られている(Roelofs et al., 2010)。本研究の行動解析でも、スタンディング開始から13〜24時間の授精が最も高い受胎率を示しており、発情発見の遅れは受胎率低下につながる可能性がある。従って、観察頻度や観察時間が限られる環境では、発情の見逃しや授精適期の逸失が生じやすいと考えられる。
 



 
 アンケートの自由記述欄には、20件の回答が寄せられた(表2)。そのうち5件は発情検知に関するものであり、作業管理時間外の発情検知、発情兆候が弱い牛への対応、発情発見の簡易化、スマート技術導入への期待などが挙げられた。また、人手不足に関する意見も5件あり、作業員不足による発情発見の低下などが課題として指摘された。その他には、温暖化対策、安価なGPSタグの開発、野生動物対策などが挙げられ、放牧地運営における多様な課題が示された。
 本調査により、公共牧場における繁殖管理は少人数体制の下で実施されており、発情観察頻度および観察時間が限られている実態が明らかとなった。また、発情観察の多くは目視によって行われているが、本研究の行動解析結果を踏まえると、発情行動の多くが観察時間外に発現している可能性が高い。さらに、発情観察の頻度や時間が少ない場合には、受胎率が低くなる傾向も認められた。これらの結果から、公共放牧地における繁殖管理の改善には、発情行動を継続的に把握できる技術の導入が有効であると考えられる。特に、スタンディング行動を直接検知する技術は、発情発見効率の向上と適期授精の実現に寄与する可能性があり、労働負担の軽減と繁殖成績の改善の両立に貢献すると期待される。


5 おわりに

 本研究では、放牧条件下における雌牛の発情行動をスタンディング検知システムにより解析するとともに、全国の公共牧場を対象としたアンケート調査により繁殖管理の実態を把握し、放牧地における発情管理の課題について検討した。行動解析の結果、肉用繁殖雌牛および乳用育成牛のいずれにおいてもスタンディング発情は発情開始直後に多く発現し、時間の経過とともに減少する傾向が認められた。また、発情行動は日中よりも夕方から翌朝にかけて多く発現することが確認された。さらに、スタンディング開始から13〜24時間で人工授精を行った場合に最も高い受胎率が得られた。一方、公共牧場の調査では、発情観察の多くが目視に依存しており、観察頻度は1日1〜2回、観察時間も2時間以内が大半であった。従事者数が少ない牧場や1人当たりの管理頭数が多い牧場では、発情観察頻度および観察時間が減少する傾向が見られ、現在の観察体制では多くの発情行動が把握されていない可能性が示唆された。これらの結果から、スタンディング行動を自動的に検知する技術の導入は、放牧地における発情発見効率の向上と繁殖管理の省力化に寄与する可能性が示された。