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海外情報 豪州 畜産の情報 2026年11月号

変化する豪州の食料安全保障 〜供給網の強靱化と持続可能な食料システムへの挑戦〜

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調査情報部

【要約】

 豪州は、広大な農地と高い農業生産力と輸出余力を有する農畜産物純輸出国である。一方、近年の大規模洪水災害などを通じて、有事における食料サプライチェーンの脆弱性が顕在化したことから、食料安全保障の強化に向けた取り組みが進められており、その動向が注目されている。

1 はじめに

 豪州は、生産した農畜産物の約7割を輸出する世界有数の純輸出国であり、日本にとって牛肉などさまざまな農畜産物の重要な供給国となっている(図1)。高い農業生産力と輸出余力を背景に、豪州は長らく食料安全保障上の懸念が少ない国と考えられてきた。しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や、22年の大規模洪水災害を契機として、有事における食料サプライチェーンの脆弱性が顕在化したことで、この前提には疑問が呈されるようになった。23年には、豪州連邦議会の下院農業常任委員会が豪州の食料安全保障に関する調査結果を公表し、栄養安全保障を含む包括的な「National Food Plan」の策定を勧告している。そして25年3月、連邦政府は国家食料安全保障戦略の策定を正式に発表した。現在、同戦略は公開協議の期間を終え、豪州農林水産省(DAFF)による文書の起草が進められており、27年半ばの公表が予定されている。
 本稿では、豪州における食料安全保障の現状と課題を整理するとともに、食料サプライチェーンの強靱化に向けた官民の最新の取り組みを紹介する。また、現在策定が進められている国家食料安全保障戦略の方向性を踏まえ、今後の農業生産や貿易への影響について考察する。
 なお、本稿中特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月、為替レートは1豪ドル=116.65円(注1)を使用した。
 
(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2026年9月末TTS相場。


 

2 豪州の食料安全保障を取り巻く環境

■(1)豪州の食料生産基盤
 豪州農業の最大の特徴は、広大な農地と多様な気候帯を生かした大規模・輸出志向型生産である。北部・内陸部では肉用牛・羊、南東部では酪農や園芸、西部・南部では小麦や菜種、北東部沿岸ではサトウキビの生産が盛んで、国内需要を上回る生産力は、自由貿易の推進や厳格な検疫制度、品目別の研究開発体制によって支えられている(図2)。その生産基盤は畜種・品目によって差があるものの、特に穀物・油糧種子・豆類や食肉類は生産を伸ばしており、2025/26年度の生産量はそれぞれ7372万トン、592万トンと、ともに過去最高水準となっている(図3)。




 豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)によると、豪州の食料システムは、国内人口約2700万人に加え、輸出を通じて世界全体で約1億人分の食料供給を支えていると試算されている(注2)。食料供給能力の指標の一つである農林水産業従事者1人当たりの付加価値額を見ると、豪州は比較対象国の中でカナダに次いで第2位であり、農林水産業における労働生産性の高さがうかがえる(図4)。
 
(注2)この数字は主に生産量・カロリー供給量を人数換算した概算であり、食品ロス、栄養バランス、食料への経済的・地理的アクセスなどを包括的に勘案したものではない点に留意が必要。


 一方、主要穀物である小麦の単収を見ると、豪州は主産国の中で必ずしも高い水準にはない。小麦の生育条件やかんがい利用率、用途構成などが国ごとに異なるため単純比較には留意が必要であるが、土地生産性の観点からは、豪州の単収は他の主産国より低い水準にある(図5)。


 背景には、広大な農地を活用しながら投入コストを抑制し、単収の最大化ではなく、農場全体の収益性の確保を重視する広域土地利用型の経営形態があると考えられる。しかし、こうした経営上の特徴を踏まえても、類似した経営形態の米国やカナダ、ロシアより豪州の単収は低い水準にある。その要因として、降水量の変動の大きさや干ばつリスクの高さなどが影響していると考えられ、気候変動への対応は豪州農業の重要な課題の一つとなっている。
 次に、食料供給の関連指標の推移を見ると、1995/96年度に比べて2025/26年度は、農畜産物・水産物生産額、食品輸出額は、いずれも人口増を大きく上回って拡大している。食品輸入額も大幅に増加しており、国内食品市場の国際化が進展していることがうかがえる。それでもなお、食品輸出額が輸入額を大きく上回っており、豪州は食料純輸出国としての地位を維持しているといえる。また、食品の消費者物価指数は140%上昇したものの、1人当たりの可処分所得の伸びがこれを上回り、消費支出に占める食費の割合は低下した。このことから、国民全体の平均的な購買力の観点では、食料への経済的アクセスが改善している可能性がある(表1)。
 次節では、視点を食料生産から食料サプライチェーン全体へと広げ、その構造と特徴について概説する。


■(2)食料サプライチェーンの構造と特徴
 豪州の食料生産地帯は広域に分散している一方で、人口、加工施設、物流拠点、港湾などは東部および南西部の沿岸地域に集中している(図6)。このため、生産地と消費地の距離が長く、サプライチェーン上の各段階でボトルネックが発生した場合、供給の遅延が生じ、その回復に時間を要する可能性がある。
 

 豪州の食料・農業関連貨物が全貨物に占める年間輸送重量の割合は15.0%であるのに対し、同輸送車両使用数は42.0%、同総輸送コストは28.5%と大きい。これは、食料サプライチェーンが小口・多頻度かつ長距離輸送を前提としており、鉄鉱石などのバルク貨物に比べて輸送資源と物流コストをより多く必要とする構造にあることを示している(図7)。


 こうした特徴は、食料・農業分野の中でも品目によって大きな差が見られる。例として、園芸作物の年間輸送量は耕種作物より少ないものの、輸送費は1トン当たり111.7豪ドル(1万2506円)と、耕種作物(21.1豪ドル(2362円))の5倍以上となっている。また、飲料類、冷蔵食品および常温保存食品の平均輸送距離は400〜550キロメートル程度と長く、加工・流通拠点の集中と、生産地および消費地の広域分散という豪州の地理的条件を反映している(図8)。


 2020年以降、豪州は、COVID-19の拡大や地域紛争などの外部要因に加え、山火事などの自然災害の影響も受け、複合的な供給障害に直面してきた。これらの影響により、一部の食品では供給不足や品薄状態が生じたが、多くの場合、その影響は地域的かつ短期間で収束している。こうした経験は、豪州の食料サプライチェーンが一定の強靱性を備えていることを示しているが、「ジャストインタイム」方式(注3)に依存した食料供給体制への懸念や、遠隔地でのフードデザート問題(注4)といった構造的課題も改めて認識されるようになった。次章からは、豪州の食料安全保障における課題について整理する。
 
(注3)必要な物資を必要な時に必要な量だけ供給・在庫管理する方式。在庫コストを抑えられる一方で、物流の停滞や供給網の混乱が生じた場合には品不足を招きやすい傾向がある。
(注4)生鮮食品などを販売する店舗へのアクセスが困難な地域で生じる食料入手問題。高齢化、人口減少、交通手段の不足などを背景に、遠隔地や都市部の一部で問題となっている。
 

3 豪州食料システムの脆弱性とリスク要因

■(1)生産資材の海外依存
 豪州の食料安全保障における主要な課題の一つは、生産資材の安定供給である。中でも燃料および肥料は輸入依存度が高く、中東情勢の不安定化に伴うサプライチェーンの寸断リスクは、これら資材の供給体制の脆弱性を改めて浮き彫りにした。
 燃料について整理すると、農場内のエネルギー消費の90%以上が軽油由来とされ、流通分野も軽油に依存しているなど、幅広い分野で不可欠な役割を果たしている。加えて、農場経営費に占める燃料費の割合は上昇傾向にあり、燃料価格の高騰が経営に与える影響は年々高まっている(図9)。


 また、燃料の調達面を見ると、2025/26年度の精製石油製品販売量が約626億リットルであるのに対し、輸入量は約546億リットルとなっており、販売量の約87%に相当する。中でも軽油は、販売量が約338億リットルに対して輸入量が約318億リットルと約94%を占めており、より海外への依存度が高い(注5)。その多くはアジアから輸入されているが、アジアの各国も原油は中東から輸入していることから、中東情勢の不安定化が豪州の農業に与える影響は大きい(図10)。
 
(注5)販売量に占める輸入量の割合は、輸出、在庫変動、国内精製品の動きが反映されないため、厳密な輸入依存度ではなく参考値。


 燃料安全保障の確保は、農業分野にとどまらず国家政策上の最重要課題の一つとして、国家備蓄体制の強化やバイオエネルギー生産の拡大による輸入依存度の低減を目指し、各方面で政策的な検討が進められている。DAFFは2026年8月26日、国家バイオエネルギー原料戦略を発表し、バイオエネルギー生産に用いる国内原料産業の育成方針を示した。同戦略では、サトウキビなどの農林業由来原料の供給拡大に向け、投資判断の基盤となるデータ整備や技術革新の促進などを進めるとしており、燃料安全保障への貢献や地域経済における新たな成長機会の創出が期待されている。

 燃料に次いで安定供給が懸念されているのは肥料である。豪州は肥料の三要素(窒素、リン酸、加里)のいずれも輸入に依存しており、25年の主な肥料製品の輸入量は752万トンと、この約20年間で3倍以上に増加した。また、輸入先としては中東諸国への依存度が高く、中東情勢の不安定化は肥料供給リスクを高める要因となっている(図11)。


 特に窒素と加里の輸入依存度は高い。リン酸は約3分の1が国内生産であるのに対し、主要な窒素である尿素および加里は、ほぼ100%を輸入に依存している。とりわけ、耕種作物の作付面積の拡大や単収向上を背景に窒素の需要は増加傾向にあり、尿素輸入の約6割を中東諸国が占めることから、窒素の安定調達は豪州農業における重要な課題となっている(図12)。


 豪州連邦政府は、肥料供給不安への対応として、26年3月末に「肥料サプライチェーンワーキンググループ」を設置した。同グループは、豪州輸出金融公社(注6)が輸入事業者の価格下落リスクを一部負担する仕組みを通じて、尿素の追加輸入を支援した。この結果、約30万トンの尿素が追加調達され、短期的には国内需要に見合う供給量が確保されたと報告している。一方で、調達先の多様化や緊急時における官民連携体制の強化など、中長期的な課題は依然として残されているため、同ワーキンググループは解散せず、必要に応じて会合を開催する方針としている。
 
(注6)豪州政府系の輸出信用機関。融資や保証などの金融支援を通じて、豪州企業の輸出促進や重要物資の安定確保を支援している。

■(2)気候変動・バイオセキュリティリスクの高まり
 第一次産業は、その活動の大部分を自然資本へのアクセスに依存しているため、気候変動の影響を強く受ける。こうした影響は広範囲におよび、各部門だけでなく地域社会全体に対しても大きな経済的影響を及ぼすと見込まれている(表2)。


 食料安全保障の確保に向けては、気候変動による農業生産性の低下が大きな懸念事項となっている。広域土地利用型農業(注7)の全要素生産性(TFP)(注8)の推移について、実績値と気候調整値を比較すると、降雨、気温などの気候条件の変動および長期的変化が生産性に大きく影響していることが確認されている(図13)。
 
(注7)広い土地を使って行う大規模で粗放的な農業を指し、小麦栽培や肉用牛・羊の放牧などが該当する。
(注8)労働、資本、土地および中間投入財などの総投入量に対する総生産量(生乳、牛肉など)の比率であり、投入要素全体の利用効率を示す指標。


 また、バイオセキュリティリスクへの対応も重要な課題となっている。気候変動や国際的な人・モノの移動の活発化などにより、病害虫の侵入・まん延リスクは高まっている(注9)。こうした病害虫被害は、農業生産性の低下や食料供給の減少、食品価格の高騰を招き、食料安全保障に影響を及ぼす可能性がある。実際に、2024年から25年にかけて採卵鶏農場で発生した高病原性鳥インフルエンザは、採卵鶏の淘汰(とうた)により鶏卵供給の急激な減少を招き、鶏卵価格上昇の一因となった。鶏卵の消費者物価指数は、23年第1四半期から25年第4四半期までに25.4%上昇した(図14)。
 
(注9)詳細については、『畜産の情報』2025年10月号「「清浄国」を守る国家戦略:豪州のバイオセキュリティ政策とその進化」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003933.html)をご参照ください。


 豪州の第一次産業が長期的な持続可能性を確保するためには、気候変動やバイオセキュリティリスクの高まりに適応し、その影響を軽減するための戦略的な取り組みが不可欠である。豪州連邦政府が25年に公表した「豪州国家気候リスク評価」では、気候変動がもたらす将来の課題に、現在の生産性向上策が十分に対応できるかは不透明であると指摘しており、さらなる適応・強靱化対策の推進が求められている。次章では、こうした複合的なリスクに対応するため、官民が進める食料システムの強靱化に向けた取り組みを概観する。

コラム 豪州におけるバイオエネルギー産業の可能性

 食料安全保障と並び、バイオエネルギー産業の育成に向けた政府の動向が注目されている。中東地域の紛争を背景に燃料の海外依存が改めて課題となる中、政府はバイオ燃料の生産拡大を後押ししている。その中でもサトウキビは、有望な原料として注目を集めている。今回、豪州のサトウキビ生産者団体であるCANEGROWERSのダン・ガリガンCEOおよびアーサー・マーシャル経済・産業顧問に対し、生産者団体目線からの現状認識やバイオエネルギー産業の発展に向けた展望についてお話をうかがった。
 
1 バイオ燃料とは何か
 バイオ燃料にはさまざまな種類があり、サトウキビやトウモロコシから生産されるバイオエタノールは第1世代と呼ばれ、主にガソリンの代替として用いられる。また、油糧種子(大豆、菜種など)や廃食用油などから精製されるバイオディーゼルは、軽油の代替となる。加えて、植物残渣などに含まれるリグノセルロースからもバイオエタノールの生産が可能となっており、これらは第2世代バイオエタノールと呼ばれている。この他にも、有機廃棄物などからはバイオメタンを生産することができる(コラム−図)。今回の調査では、サトウキビ由来のバイオ燃料を主なテーマとしている。


2 バイオエネルギー産業の可能性
 ガリガン氏によると、豪州連邦政府が最初のバイオエネルギー産業に関するロードマップを2021年に発表してからすでに5年が経つが、CANEGROWERSは一貫して国内のバイオエネルギー産業の確立を支持しているという。業界の推計では、現在、年間3000万トンのサトウキビが製糖加工されており、これらのバイオマス(コラム−注1)を活用した場合、22億リットル以上のバイオエタノールを生産できる可能性があるという。これは、豪州の年間ガソリン需要の約14%に相当する。また、持続可能な航空燃料(SAF)や再生可能ディーゼルといった次世代燃料の開発を原料供給面で支えることができるとしている。業界最大手のウィルマー社は、国内生産量の約6割に相当する年間約200万トンの粗糖と50万トンの糖蜜(コラム−注2)を生産し、糖蜜由来のバイオエタノールを年間約6000万リットル製造している。一方で、飼料用糖蜜の需要拡大に伴う生産コストの上昇や、国内のバイオエタノール需要の不透明感などから、事業の持続可能性には懸念が生じているとされている。
 
(コラム−注1)動植物などの生物に由来する再生可能な有機性資源を指す。
(コラム−注2)サトウキビから粗糖を作り出す過程で生じる粘性の高い副産物。糖分のほか、ミネラルや有機成分を含み、発酵原料としてアルコールや酵母の製造、家畜飼料などに広く利用される。

3 サトウキビ業界が目指す将来像
 ガリガン氏、マーシャル氏によると、業界にとって最善の取り組みは、バイオエタノール生産の拡大からはじめ、SAFの製造へと発展させていくことだという。製糖企業が自ら製糖工場をエタノール製造工場に転換させるのではなく、製糖工場は従来通り操業を継続しつつ、パートナー企業が隣接地にエタノール製造工場を建設し、相補的な役割を担う協業モデルの実現可能性が高いとしている。製糖工場は既存の操業体制を維持しつつ効率性を向上させることで余剰バイオマスを創出し、それを隣接するエタノール工場の原料やエネルギー源として活用する構想であり、最初のパイロットプロジェクトは今後5年以内に運用が開始される可能性があるという。また、サトウキビの茎葉残渣(バガス)のペレット化も現在開発が進められており、バイオ燃料として発電などに利用する構想が示された(コラム−写真1、2)。


 これらの動向から、豪州のサトウキビ産業が短期間のうちにバイオ燃料生産へ大きく転換する可能性は低いと考えられるものの、バイオ燃料産業の拡大に向けた機運は着実に高まっている。連邦政府は8月18日、バイオエタノールを含む低炭素液体燃料(LCLF)(コラム−注3)に関する需要喚起策(供給義務の設定など)の協議を開始した。安定的な需要の創出は、投資拡大を促す上で不可欠な要素として認識されている。CANEGROWERSを含む業界関係者は8月20日、豪州の首都キャンベラに集まり、今回の政府の取り組みを評価する一方で、29年に導入が提案されている需要喚起策の前倒しを強く求めた(コラム−写真3)。日本でも30年度から大手の航空燃料供給事業者に対し、燃料供給量の1%をSAFで賄うことを義務化する案が公表されており、豪州の今後の動向が注目される。
 
(コラム−注3)バイオマス資源を活用したバイオ燃料、再エネ由来の水素と回収したCO2から製造する合成燃料など、従来の液体燃料と比べ炭素排出の少ない燃料を指す。
 
 

4 食料システムの強靱化に向けた官民の取り組み

 豪州連邦政府は、2025/26年度予算において350万豪ドル(約3億9186万円)を措置し、国家食料安全保障戦略の策定作業を進めている。同戦略の討議文書では、1)強靱なサプライチェーン、2)生産性・技術革新・経済成長、3)食品市場の競争と生活費−の三つを優先領域として提示している。また、これら全ての領域に関係する横断的な考慮事項として、1)気候変動・持続可能性、2)食料アクセス、3)健康・栄養、4)貿易・市場アクセス、5)国家および地域安全保障−の五つを掲げている(図15)。


 「強靱なサプライチェーン」では、燃料、肥料などの生産資材の安定調達に加え、輸送・加工能力やバイオセキュリティ、緊急時対応が検討の対象となる。「生産性・技術革新・経済成長」では、気候変動への適応や食品製造および生産資材の国内供給能力の向上が焦点となる。「食品市場の競争と生活費」では、食品の価格形成の透明性向上に加え、低所得者や遠隔地域の住民への食料アクセスの確保が主要な論点となる。
 国家食料安全保障戦略の策定過程において、これまでの議論で寄せられた意見では、労働力不足への対応や食料へのアクセス格差の是正、競争環境の透明性の向上などが特に重要な課題として挙げられた。また、長期的な視点を維持しつつも、短期および中期における具体的な行動計画や成果目標を伴う実効性の確保が求められた。最終戦略は27年半ばに公表が予定されており、各施策の実施主体や成果指標、資金負担などがどこまで具体化されるかが焦点となっている。
 また、食料システムの強靱化には、連邦レベルの戦略だけでなく、業界団体や州政府レベルでの具体的な取り組みが不可欠である。その一例として、25年に公表された「クイーンズランド(QLD)州集約型畜産業ロードマップ2025〜35」が挙げられる。同ロードマップは、QLD州の主要な業界団体であるQLD州農民連盟を中心として、各業界団体やQLD州政府などが参画して策定された業界主導の計画となっている。ロードマップでは、フィードロットなどの集約型畜産業を、効率的なたんぱく質供給を通じて次世代の食料安全保障を支える重要産業と位置付け、その持続的な発展に向けた四つの重点分野を掲げている(図16)。
 

 例えばフィードロット部門では、将来の干ばつに備えた飼料輸入手順の整備、動物福祉向上に資する暑熱対策としての日陰環境の整備の推進などが優先課題として位置付けられている。従来、豪州の畜産業は広大な土地を活用した粗放的な生産体系を特徴としてきた。しかし、動物性たんぱく質を効率的に供給する手段として、集約型畜産への期待が高まっている。一方で、飼料の安定供給や疾病のまん延リスクへの対応など、克服すべき課題も少なくない。QLD州の取り組みがどこまで食料供給の強化につながり、豪州の食料安全保障の確保に貢献できるのか、今後の展開が注目される。
 次章では、これらの取り組みを踏まえた豪州の食料安全保障の展望について考察する。
 

5 豪州の食料安全保障の展望

 豪州統計局(ABS)の予測によると、豪州の人口は、2022年の2600万人を基準として、71年までに約3430万〜4590万人に増加すると予測されている。人口増加によって国内需要は拡大するものの、人口規模だけみれば、豪州が直ちに食料の純輸入国に転じるとは考えにくい。人口と生産量の単純な比較だけではなく、品目別の過不足、地域間のアクセス格差、飼料・燃料用途との競合なども考慮する必要がある。CSIROが24年に公表した50年の農林水産業の将来予測では、1)大規模農業地域の発展、2)土地・自然資本管理、3)気候変動下での存続、4)農業システムの衰退−という四つのシナリオが示されている(表3)。
 

 この中で、「大規模農業地域の発展」シナリオでは、生産集約と技術投資により生産性が大きく向上する見通しであり、QLD州のロードマップが目指す方向性の一部と共通する。「土地・自然資本管理」シナリオでは、生産性向上に加え、土壌や水資源など自然資本の改善を通じて高付加価値輸出と持続可能な国内供給が実現する。一方、「気候変動下での存続」シナリオや「農業システムの衰退」シナリオでは、生産性向上が停滞し、供給不足や価格上昇、輸出競争力の低下が懸念される見通しとなっている。
 また、将来シナリオで示された変化要因に加え、現時点で顕在化している構造的な課題への対応も不可欠である。燃料・肥料の海外依存やバイオセキュリティリスクへの対応を怠れば、食料供給に懸念が生じる恐れがある。
 さらに、小売市場の集中による競争環境の停滞や輸送コストの上昇により、低所得世帯や地方・遠隔地域の住民が栄養価の高い食品へ十分にアクセスできなければ、真の食料安全保障は実現されない。従って、豪州が将来まで食料安全保障を確保するためには、生産資材供給の多角化および国内製造能力の確保、気候変動型農業や物流・バイオセキュリティの強化、人材育成などへの継続的な投資が必要と考えられる。国家食料安全保障戦略は、こうした取り組みを食料システム全体で統合・調整する役割が期待されるが、その実効性を確保できるかが成否の鍵となるだろう。

6 おわりに

 豪州は、広大な農地と高い生産・輸出力を背景に、日本を含むインド太平洋地域の食料供給を支える重要な農業国である。一方で、生産資材の海外依存、長距離・集中型の物流網、気候変動、バイオセキュリティなどの課題を抱えている。将来にわたり輸出余力を維持するためには、生産拡大に加え、気候変動に対応した持続可能な農業の推進や、生産資材供給の多角化・国内生産能力の強化などを進める必要がある。そして、日本にとって豪州は単なる農畜産物の調達先ではなく、両国の食料安全保障を強化する戦略的パートナーになり得る。生産資材の安定供給や気候変動に対応した新技術、加工・物流の高度化などに関する共同投資や技術実証を連携して進めることで、日本の安定調達と豪州の生産基盤の強靱化を同時に実現し、両国の食料安全保障を相互補完的に強化できる可能性がある。豪州の食料安全保障に関する本報告が、日本の業界にとって有益な事例となり、日本の畜産振興の一助となれば幸いである。
 
渡部 卓人(JETROシドニー)