■(1)生産資材の海外依存
豪州の食料安全保障における主要な課題の一つは、生産資材の安定供給である。中でも燃料および肥料は輸入依存度が高く、中東情勢の不安定化に伴うサプライチェーンの寸断リスクは、これら資材の供給体制の脆弱性を改めて浮き彫りにした。
燃料について整理すると、農場内のエネルギー消費の90%以上が軽油由来とされ、流通分野も軽油に依存しているなど、幅広い分野で不可欠な役割を果たしている。加えて、農場経営費に占める燃料費の割合は上昇傾向にあり、燃料価格の高騰が経営に与える影響は年々高まっている(図9)。
また、燃料の調達面を見ると、2025/26年度の精製石油製品販売量が約626億リットルであるのに対し、輸入量は約546億リットルとなっており、販売量の約87%に相当する。中でも軽油は、販売量が約338億リットルに対して輸入量が約318億リットルと約94%を占めており、より海外への依存度が高い(注5)。その多くはアジアから輸入されているが、アジアの各国も原油は中東から輸入していることから、中東情勢の不安定化が豪州の農業に与える影響は大きい(図10)。
(注5)販売量に占める輸入量の割合は、輸出、在庫変動、国内精製品の動きが反映されないため、厳密な輸入依存度ではなく参考値。
燃料安全保障の確保は、農業分野にとどまらず国家政策上の最重要課題の一つとして、国家備蓄体制の強化やバイオエネルギー生産の拡大による輸入依存度の低減を目指し、各方面で政策的な検討が進められている。DAFFは2026年8月26日、国家バイオエネルギー原料戦略を発表し、バイオエネルギー生産に用いる国内原料産業の育成方針を示した。同戦略では、サトウキビなどの農林業由来原料の供給拡大に向け、投資判断の基盤となるデータ整備や技術革新の促進などを進めるとしており、燃料安全保障への貢献や地域経済における新たな成長機会の創出が期待されている。
燃料に次いで安定供給が懸念されているのは肥料である。豪州は肥料の三要素(窒素、リン酸、加里)のいずれも輸入に依存しており、25年の主な肥料製品の輸入量は752万トンと、この約20年間で3倍以上に増加した。また、輸入先としては中東諸国への依存度が高く、中東情勢の不安定化は肥料供給リスクを高める要因となっている(図11)。
特に窒素と加里の輸入依存度は高い。リン酸は約3分の1が国内生産であるのに対し、主要な窒素である尿素および加里は、ほぼ100%を輸入に依存している。とりわけ、耕種作物の作付面積の拡大や単収向上を背景に窒素の需要は増加傾向にあり、尿素輸入の約6割を中東諸国が占めることから、窒素の安定調達は豪州農業における重要な課題となっている(図12)。
豪州連邦政府は、肥料供給不安への対応として、26年3月末に「肥料サプライチェーンワーキンググループ」を設置した。同グループは、豪州輸出金融公社(注6)が輸入事業者の価格下落リスクを一部負担する仕組みを通じて、尿素の追加輸入を支援した。この結果、約30万トンの尿素が追加調達され、短期的には国内需要に見合う供給量が確保されたと報告している。一方で、調達先の多様化や緊急時における官民連携体制の強化など、中長期的な課題は依然として残されているため、同ワーキンググループは解散せず、必要に応じて会合を開催する方針としている。
(注6)豪州政府系の輸出信用機関。融資や保証などの金融支援を通じて、豪州企業の輸出促進や重要物資の安定確保を支援している。
■(2)気候変動・バイオセキュリティリスクの高まり
第一次産業は、その活動の大部分を自然資本へのアクセスに依存しているため、気候変動の影響を強く受ける。こうした影響は広範囲におよび、各部門だけでなく地域社会全体に対しても大きな経済的影響を及ぼすと見込まれている(表2)。
食料安全保障の確保に向けては、気候変動による農業生産性の低下が大きな懸念事項となっている。広域土地利用型農業(注7)の全要素生産性(TFP)(注8)の推移について、実績値と気候調整値を比較すると、降雨、気温などの気候条件の変動および長期的変化が生産性に大きく影響していることが確認されている(図13)。
(注7)広い土地を使って行う大規模で粗放的な農業を指し、小麦栽培や肉用牛・羊の放牧などが該当する。
(注8)労働、資本、土地および中間投入財などの総投入量に対する総生産量(生乳、牛肉など)の比率であり、投入要素全体の利用効率を示す指標。
また、バイオセキュリティリスクへの対応も重要な課題となっている。気候変動や国際的な人・モノの移動の活発化などにより、病害虫の侵入・まん延リスクは高まっている(注9)。こうした病害虫被害は、農業生産性の低下や食料供給の減少、食品価格の高騰を招き、食料安全保障に影響を及ぼす可能性がある。実際に、2024年から25年にかけて採卵鶏農場で発生した高病原性鳥インフルエンザは、採卵鶏の淘汰により鶏卵供給の急激な減少を招き、鶏卵価格上昇の一因となった。鶏卵の消費者物価指数は、23年第1四半期から25年第4四半期までに25.4%上昇した(図14)。
(注9)詳細については、『畜産の情報』2025年10月号「「清浄国」を守る国家戦略:豪州のバイオセキュリティ政策とその進化」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003933.html)をご参照ください。
豪州の第一次産業が長期的な持続可能性を確保するためには、気候変動やバイオセキュリティリスクの高まりに適応し、その影響を軽減するための戦略的な取り組みが不可欠である。豪州連邦政府が25年に公表した「豪州国家気候リスク評価」では、気候変動がもたらす将来の課題に、現在の生産性向上策が十分に対応できるかは不透明であると指摘しており、さらなる適応・強靱化対策の推進が求められている。次章では、こうした複合的なリスクに対応するため、官民が進める食料システムの強靱化に向けた取り組みを概観する。