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ハードデータが語る大作物キャッサバとその育種の道程

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最終更新日:2010年8月4日

ハードデータが語る大作物キャッサバとその育種の道程

2010年8月

国際熱帯農業研究センター(CIAT)名誉所員(Emeritus)・元神戸大学教授 河野 和男

 一般向け科学誌としては世界で最も影響力の大きいものの一つと思われる「Scientific American」の最新号2010年5月にキャッサバの報文が出ていた。内容はキャッサバは8億人以上もの人々の食生活を支えている知られざる大作物であり、そのポテンシャルも最大級で、今後ますます社会の関心と研究の重要度が高まるべきものであるとする妥当なものであったが、驚いたのは記事のヘッドラインにもなっている“カロリー生産高で世界第3位の作物”という記述であった。
 
 キャッサバの育種でキャリアを築いた私には本当であってほしい記述であるが、どのような統計を参照しても世界第3位という数字にはならず、コムギ、トウモロコシ、イネ、サトウキビ、それに最近生産量の伸びが著しいダイズに次ぐ、世界第6位の作物というのが順当のようであるが、知られざる大作物という記述に偽りはない。
 
 キャッサバの農学的特性は痩せ地と乾燥に強い事と低温と湿潤過多に弱い事であるが、これがこの作物の栽培がほぼ熱帯と亜熱帯に限られ、熱帯でも商品価値の高い作物が栽培される土壌肥沃な恵まれた地域ではなく痩せ地で潅漑もない貧困地帯に栽培の主力がある事の理由である。温帯圏先進国に栽培が無い事と、熱帯諸国においてもキャッサバは小農・貧農が栽培し貧困層が利用する作物として扱われ、半世紀前までは世の注目を集める事は殆んどなかった。
 
 50年前に始まるコムギとイネのいわゆる“緑の革命”に触発されて熱帯農業研究の社会的重要性が認識されはじめると共に、40年前には世界を対象とするキャッサバ研究プログラムがコロンビアの国際熱帯農業研究センター(CIAT)に、アフリカを対象とするプログラムがナイジェリアの国際熱帯農業研究所(IITA)に設立された。
 
 これらの研究機関で研究が進むと共に、20世紀を代表するアメリカの農学者Jack Harlan(故人)の名著「Crops and Man」の1992年の大改訂ではキャッサバの記述が大幅に増加したり、CIATキャッサバプログラム設立の盟友James Cockが「Science」誌をはじめ有力学術メディアにキャッサバのポテンシャルに関する多数の論説を発表したり、小なりといえども私も「Crop Science」誌等を中心に多数の論文を発表して、この作物の重要度と可能性は徐々に認識されるに至っていると思いたい。
 
 FAOの作物生産統計に懐疑的な人もいるかもしれないが、世界レベルの統計を扱う唯一の公的機関であり、単一国、単年度の数字はともかく、数十年単位、作物毎、大陸間の統計は世界の大きな動きを反映するかなり信用できるデータであるとは我々の経験則である。
 
 それによると、1978年から2008年までの30年間でキャッサバの世界総生産量は1.23億トンから2.33億トンへ90%近く増加しており、これはダイズ(206%)、サトウキビ(125%)、トウモロコシ(109%)に次ぐ第4位で、コメ(78%)やコムギ(55%)を凌いでいる。これらの作物はこの30年間、社会経済と研究開発の注目を大きく集めたものである事を考えると、このキャッサバの躍進はこの作物本来の実力とポテンシャルによるものと考えて誤りはない。
 
 この比較をイモ類の中で三大作物とされるジャガイモ、サツマイモ、キャッサバに進めると更に驚くべき事実が見えてくる。世界の総収穫面積はこの30年間でジャガイモは微減(−5.2%)、サツマイモは大幅減(−36.1%)であるのに反してキャッサバは大幅増(+36.7%、2008年度1,864万ha)、生産量はジャガイモで微増(+7.9%)、サツマイモは大幅減(−24.8%)であるのに反してキャッサバは大幅増(+88.9%)であり、単位面積当たり収量ではジャガイモで微増(+13.8%)、サツマイモも微増(+11.3%)であるのに比べてキャッサバは大幅増(+38.9%、同12.5トン/ha)である。
 
 まさにキャッサバの一人勝ちの様相で、先の「Scientific American」の記述も、著者たちのラテン的・アラブ的乗りと誇張の産物であると一笑に付すべきでないかもしれない。私自身もキャッサバの論文を書くに当たり(始めの頃にはキャッサバなんかやっていて「Crop Science」に論文が書けるのかと実際に言った者がいた)、自分の仕事の正当化とこの作物の過小評価を覆したいとの気負いが常にあったが、もはや事態はそういう次元ではなく、この作物の真価を理解しないのは国家的損失であるとするべきであろう。
 
 キャッサバの大陸間比較では、この30年間アフリカの重要度が高まり、現在では総生産量の51%をアフリカが占め、アジアは34%、原産地のアメリカは15%となっている。一般の感覚とは異なって、これはむしろ作物の栽培生産は原産地大陸よりも移出先の大陸で盛んになる原理的傾向に忠実である。
 
 生産量はアフリカで148%の超大幅増、アジアで79%の大幅増、アメリカでは13%の微増であった。栽培面積はアフリカで69%、アジアで11%の増加を見たが、アメリカでは逆に3%の減少となっている。収量はアフリカで46%の増加を見たが、これは元々の収量が低い(1978年度6.7トン/ha)ので実際は同3.1トン/haの増加で、このうちどれだけが技術の改良によるものかは論議の余地がある。アジアの収量は69%の大幅な増加を記録しているが、こちらは1978年度の収量が同11.7トン/haと元々かなり高く、この間に主力品種が多収性品種に置き換わった事を考えると、この収量増の大きな部分が新品種導入を柱とした技術の革新にあったと考えられる。アメリカでの収量増は12%の小幅に止まっている。
 
 従ってアフリカの収穫量増加の一番の原因は栽培面積の増加であり、アジアのそれは単位面積当たりの収量の増加が一番の要因であった。アフリカのキャッサバはほぼ全量が人間の食料であり、これは増加するアフリカの人口を支えているのはトウモロコシと共にキャッサバである事を物語っている。
 
 アジアでも半世紀前まではキャッサバはサツマイモ同様人々の主食・副食として小規模栽培・小規模消費のマイナーな作物であったが、1960年代のタイに始まりその後インドネシア、ベトナム、中国等に拡大していった家畜の飼料および工場加工でん粉の原材料としての用途が加速し、栽培の主力はあくまでも小農であるが、彼等の貴重な現金収入の手段としての地位を獲得して新品種、新技術への需要が高まった事がアジアでのキャッサバの躍進の背景にある。
 
 
 
 
 
 この間のキャッサバ生産増加を最も大規模に実現したのはタイであるが、最も短時間に最も効率的、最も目に見える形で実現したのはベトナムである。昨年の12月に、NHK番組の収録でベトナムの現地を12年ぶりに再訪する機会があった。それは私が中心となって開発したキャッサバの多収性・高澱粉性の新品種群を21年前に導入した事が引き起こした人々の生活向上の様子を、南から北へと訪ね歩く旅であった。
 
 よく知られているように、この間ベトナムは日本で言えば昭和20、30年代を一気に駆け抜けるような急速な経済発展を遂げ、キャッサバは小農が人間の食べ物として細々と作る作物から、家畜の飼料、澱粉の原材料として、栽培者の小農家に貴重な現金収入をもたらす作物へと変身を遂げた。私が最初にベトナムを訪れた1988年時には全国キャッサバ栽培面積28万ha、平均収量8.4トン/haであったのが、2007年には56万ha(公称:実際は65万ha程度といわれ、研究の重点は土壌管理、環境保全に移りつつある)、平均収量15.9トンの大作物に出世し、ベトナムはキャッサバ加工品の輸出でタイに次ぐ世界第2位に躍進した。
 
 その過程で中心的な役割を果たしたのが、新品種の導入、普及であったとされ、今回の旅では、小農から出発して家を建て中農、富農となった多数の人々、村の澱粉加工所の親父だったのが大工場のオーナーや実業家となっている幾人もの成功者、そして殆んど名前だけの研究員であったのが今や試験場長、大学教授、副学長になっている昔の仲間達を訪ね歩いた。その殆んどの人が私との再会を喜んでくれて、口々に新しいキャッサバ品種のおかげで自分達の生活と境遇が革命的に良くなったと話してくれた。
 
 人生の後半に育種家冥利に尽きる経験ができたわけであるが、それでは一体どうしてこのような事が可能になったのであろうか?
 
 この結果をもたらした育種事業は、約40年前南米コロンビアに設立されたCIATに、世界で名のある大学の博士号取りたての若者を集め、世界的視野のキャッサバ研究プログラムが立ち上った際、1973年に私が育種研究室長として赴任した事に始まる。かくてキャッサバの進化・分化の中心地ラテンアメリカ全域から集めた2000以上の在来品種からなる巨大な遺伝変異を含む集団を使った育種が始まった。コロンビアの最初の10年間で基礎の育種を成し遂げ、キャッサバ品種改良・普及の効果が最も期待できるのはアジアであるとの見通しのもと、1983年にキャッサバ大国であるタイにCIATの支所をもうけ、私はそこに原産地アメリカ大陸からの育種材料を大量に持ち込み、タイの政府研究機関と共同で15年間育種を進める事となる。
 
 このCIAT起源の材料とタイの材料を交配する事を軸とした育種は大成功を収め、数々の多収性品種が育成され、現在ではタイ キャッサバ栽培面積115万ヘクタール強の97%が私達が手がけた新品種に置き換わっている。その間有望系統のタイからインドネシア、フィリピン、中国、ベトナム等への移出を行ったが、それが今ではベトナムだけでキャッサバによる年間2億ドル規模の付加経済効果につながり、百万戸単位の小農の現金収入増を生み出している。
 
 時の運、人の運に恵まれ、ほぼ全てが順調に進んだ私のキャッサバ育種であるが、唯一迂闊であったと思うのは、高でん粉性育種の重要性に気付くのが少し遅かった事だろう。目線が常に生産者である小農の方に行っていて、また初期にはでん粉含有率に従って正当な買い上げ価格を工場側が設定していなかった事もあって、生重の収量を上げる事に集中しすぎた嫌いがある。加工業者側、また国レベルでのキャッサバ産業にとって、同じ量のでん粉を、低でん粉率の品種よりも高でん粉率の品種で生産する方が圧倒的に有利であるのは自明の理である。タイでん粉工業からの助言もあって、早い時期に軌道修正できたのは幸いであった。
 
 学術的にも社会経済的にも個人としてのAccountabilityは充分に果たせたと思うが、キャッサバの将来を考えると多々問題があるのはもちろんである。紙数が無いので、それらを羅列するに止めたい。
 
・土地を荒らす作物というキャッサバの汚名。
・今後の病虫害問題。
・バイオエタノール生産原料としてのキャッサバ。
・伝統的育種法とバイオテクノロジーの兼ね合い。
 
既に発表した、発表された論文、論説をも参照の上、論議が進んでゆく事を期待したい。
 
 
 
 
 
 
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