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サツマイモでん粉の特性育種の展開

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最終更新日:2015年3月10日

サツマイモでん粉の特性育種の展開

2015年3月

鹿児島大学農学部生物資源化学科 教授 北原 兼文

はじめに

 サツマイモは、火山灰土壌の痩せ地で台風の常襲地域である南九州地域に適合した作物であり、その結果、焼酎産業やでん粉産業が根付き、地域にとって重要な経済作物となっている。言うまでもなく、これらの糖質資源としての対象はでん粉であり、古くからでん粉をたくさん採るための育種改良が目標とされてきた。サツマイモでん粉の用途としては、約7割が糖化製品用で、約2割が菓子や麺類などの食品用途となっている。しかし、大部分を占める糖化製品用はでん粉の種類によらないため、サツマイモでん粉の用途を拡大するためには、でん粉の固有特性を生かした食品用途を広める必要がある。このような観点から、近年では他のでん粉と差別化された性質を持つサツマイモでん粉の育種も重要な目標となってきている。本稿では、サツマイモでん粉の特性に着目した育種状況について概説する。

1.サツマイモでん粉の多様性と新形質でん粉の発見

 でん粉は植物種により固有の特性を持つ。サツマイモでん粉をトウモロコシでん粉やバレイショでん粉と比較すると、粒子の大きさ、糊液の粘度や透明度、ゲルの粘弾性など、サツマイモでん粉の性質は概して中間的な位置付けとなる。また、サツマイモの塊根は果皮色や肉色の異なる系統が存在し、育種的にも数多くの系統が生み出されているにもかかわらず、昭和時代に育成された品種のでん粉は物性や分子構造の多様性に乏しいようである。これは、植物学的にはサツマイモの自家受精能の欠落および交雑可能な組み合わせの制約により、遺伝的変異の機会が制限されるため、生化学的にはでん粉の生合成酵素群が質・量的に類似するためであろうが、一方では、過去の育種選抜の視点が多収・高でん粉にとどまり、積極的なでん粉の特性検索が行われていなかったことにも起因すると思われる。中間的で画一的なサツマイモでん粉は平凡に利用できる一面もあるが、一方では食品用途で前進することなく足踏みしている要因でもある。

 筆者は、サツマイモでん粉の多様性に興味を持ち、サツマイモの近縁野生種のでん粉、緑葉の同化でん粉(光合成により葉緑体中に形成されるでん粉)、培養細胞のでん粉、用途別育成系統のでん粉など、さまざまなサツマイモ由来のでん粉を調べてきた。この過程で、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター(以下「九沖農研センター」という)と連携して、1996年に低アミロース性でん粉、1999年に低温糊化性でん粉を発表した。このような発見が契機となり、サツマイモのでん粉の特性に着目した育種が展開した。

2.低温糊化性サツマイモでん粉

 九沖農研センターの当時の所長であった山川理先生から「蒸すと非常に甘くて、冷蔵庫で冷やしてもようかんみたいにおいしい芋があるんだ」との話を受けて、早速、でん粉の性質を調べた。その結果、このでん粉は従来のサツマイモでん粉より約10℃低い温度で糊化することが分かり、また構造解析により、アミロペクチンを構成する側鎖に重合度6〜10の短い単位鎖が多いことを明らかにした。

  その後、2002年につくばの農研機構作物研究所から、さらに低温糊化性を示す関東116号(現クイックスイート)が報告された。低温糊化性でん粉は、低温かつ低エネルギーで糊化し、糊液やゲルが老化しにくく、また酸や酵素による分解性が高いなどの利用上のメリットを持つことが明らかにされた。残念ながらクイックスイートは青果用で、でん粉原料用としては収量性とでん粉含量が不十分であったため、低温糊化性でん粉を有する原料用品種の開発プロジェクトが発足し、2010年に「こなみずき」が発表された。現在では、こなみずきでん粉は商業レベルで製造されて、菓子や麺類、パン、餅などに利用されつつある。また、低温糊化性でん粉系統は収量性や白度、他品種との識別マーカーの付与などさらなる改善が求められており、今なお育種開発が進み、後継の有望系統が見いだされている。

3.アミロース含量変異系統でん粉

 アミロースを含まないモチ種から高アミロース種まで存在するトウモロコシなどの穀類でん粉に比べて、根菜類でん粉はアミロース含量の変動幅が狭い。しかし、アミロースを含まないモチ種でん粉についてはバレイショ、キャッサバ、ヤムイモで見いだされており、サツマイモは後れを取っている。1996年に発表したサツマイモの低アミロース性でん粉はアミロース含量が約11%であり、その後の探索においてもこれより低いものは見いだされていない。サツマイモは生存に必要な最小限の遺伝子セットを6個も持っており、ある遺伝子の機能を全て働かないようにすることは極めて困難である。アミロース合成に関わる遺伝子の働きを止めてモチ種のサツマイモでん粉を作るためには、突然変異誘発処理や品種間交雑、近親交配などを駆使する必要があろう。

 一方、特筆すべきは、近年になり糊化後の粘度上昇が緩慢なでん粉や、加熱してもほとんど粘性を示さないでん粉が見いだされ、これらのでん粉が高アミロース性でん粉であったことである。これらのアミロース含量は30〜60%の範囲にあり、根菜類における高アミロースでん粉は初めてとなる。未発表のため詳細は省くが、高アミロースでん粉はアミロペクチンの分子構造にも特殊性が見いだされ、また利用面においても特殊な機能が期待されている。

 アミロース含量変異でん粉については、既に穀類でん粉で存在することになるが、穀類と根菜類でん粉とではでん粉の基本構造が明らかに異なるため、サツマイモについても固有の利用特性が発揮されると期待している。実際に、石川県立大学との共同研究により、遺伝子組換え技術を用いてアミロース含量が0〜67%のものを創製して性質を調べた結果、でん粉粒の形状やでん粉糊液の粘度や透明度、ゲル形成能などは明らかにトウモロコシでん粉とは異なり、サツマイモのアミロース変異でん粉の特殊性と有用性を認めている。

おわりに

 筆者の所属する研究室は、昭和41年に澱粉利用学講座と称し、全国初のでん粉を専門とする研究室として発足した。現在では応用糖質化学研究室と称しているが、発足から半世紀の伝統を継承し、今後も地域に根差した研究を進めたいと考えている。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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