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ブドウ糖・蔗糖が記憶機能に与える効果

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最終更新日:2015年7月10日

ブドウ糖・蔗糖が記憶機能に与える効果

2015年7月

日本学術振興会特別研究員、同志社大学大学院心理学研究科 篠原 恵介
同志社大学心理学部 教授 畑  敏道
浜松医科大学名誉教授、NPO法人「食と健康プロジェクト」理事長 高田 明和

【要約】

 本研究ではラットを対象にMorris型水迷路課題を用いて、蔗糖の摂取が空間位置に関する記憶の固定化を促進するかどうかを検討した。初めに実験1としてブドウ糖 (グルコース)の末梢投与による記憶の促進効果を確かめた。次に実験2で蔗糖(スクロース溶液)または人工甘味料(スクラロース溶液)の摂取による効果を検討したところ、蔗糖の摂取による有意な記憶の促進効果が見られた。

はじめに

 脳の活動にはブドウ糖(グルコース)が必要であることは多くの研究で示されており、記憶を促進させることも良く知られている。齧歯(げっし)類(ラット、マウス)対象の実験では、スコポラミン(ムスカリン受容体拮抗薬であり、投与による記憶の抑制効果が確かめられている)の投与、あるいは加齢や摂食制限によって生じる記憶課題成績の悪化が、末梢へのブドウ糖投与によって改善されることを示唆する結果が報告されている1)〜3)。また、特定の脳部位に局所的に投与することで、その部位に依存する記憶課題を促進させる効果があることも分かっている4)。人間を対象とした研究においても、ブドウ糖の摂取がアルツハイマー病患者の記憶を改善させることが示されている5)

 砂糖の主成分である蔗糖(スクロース)は、ブドウ糖と果糖(フルクトース)が結合した多糖類であるので、ブドウ糖と同様、摂取による記憶促進の効果が期待される。実際、マウスに蔗糖を経口摂取させると、空間記憶課題の成績が促進されるという結果も報告されている6)

 しかしながら、ブドウ糖の実験と蔗糖の実験では、用いた記憶課題や訓練の度合い、投与や摂取の時期など、手続きが大きく異なるため、これらの効果を比較することは難しい。そのため、蔗糖の摂取によってブドウ糖投与と同じような記憶促進の効果が得られるかについて明確にするためには、ブドウ糖と蔗糖が記憶機能に与える効果を類似した手続きを用いて検討する必要があると考えた。

1. 記憶の成立過程

 さて、記憶に与える影響を論じる際には、その段階について把握しなければならない。記憶はその成立過程によって複数の段階に分けられる。物事を覚える「記銘」、覚えた記憶を蓄える「保持」、それを思い出す段階「想起・再生」である。これらに加えて、記銘時の直後から数時間程度は、特に「固定化(consolidation)」の段階とされている。「固定化」は記銘された記憶がより長期的に保持されるために重要な鍵となる段階である7)。筆者らは特に、記憶の「固定化」に着目し、この段階に対してブドウ糖や蔗糖が与える影響について検討した。

2. 齧歯類(ラット・マウス)を対象とした記憶課題 ― Morris型水迷路

 筆者らはラットの記憶機能を測るための課題として、Morris型水迷路を採用した8)。この課題は、空間記憶を測る課題の中でも代表的であり、齧歯類を対象とした記憶機能の研究において広く利用されている。

 水を張った円形プール内に表面の高さが水面下となるプラットホームを設置し、ラットをプール縁に入れてからプラットホームにたどり着くまでに要した時間・距離(逃避潜時・遊泳距離)を測定する。典型的な実験では、プラットホーム位置は常に一定であるが、出発位置が毎回異なる条件で、このような訓練試行を繰り返す。初めの数試行では、ラットはプール内の広い範囲を探索し、結果として逃避潜時や遊泳距離が長くなる。しかしながら試行を経るごとに、より直線的な軌跡をたどってプラットホームに到達し、短い逃避潜時や遊泳距離を示すようになる。海馬を損傷されたラット(あるいはマウス)は、このような逃避潜時や遊泳距離の低減が生じにくくなることがさまざまな研究で示されている9)

 ただし、訓練時における逃避潜時や遊泳距離の低減だけでは、ラットがこの課題で何を覚えたかについて明確ではない。それは、空間位置(プラットホーム位置)を覚えていなくてもラットが他の方略を取れば解決できる可能性があるからである。例えば、プールのより内側の領域を環状に速く泳げば、正確な位置を把握していなくてもプラットホームまで短い時間で直線的にたどり着くことができる。そのため典型的には、ラットがプラットホーム位置をどの程度正確に覚えているかを確認するための試験として、訓練終了後にプローブテストが行われる。このテストでは、プラットホームが取り除かれたプール内を60秒間ラットに自由探索させ、プラットホーム位置付近を探索した時間や距離を空間記憶の指標として分析の対象とする。訓練試行時と同様に、海馬損傷ラットではプローブテストでの成績も悪化することが分かっている。

3. ブドウ糖(グルコース)の末梢投与が記憶の固定化に与える効果

 本章および次章では、筆者らが行った実験について紹介する。まず実験1として、ブドウ糖(グルコース)の末梢投与が記憶の固定化に与える影響を検討した。実験1では初めに、自由摂食下で飼育した成体ラット(Wistar系アルビノ、オス、10週齢、21匹)に一定の獲得基準に到達するまで、Morris型水迷路課題の訓練を続けた(図1)。獲得基準は連続した3試行の平均逃避潜時が15秒を下回ることであり、いずれのラットも同日中に6〜12試行の間に達成した。この訓練が終了した直後に、11匹のラットにはブドウ糖(2g/8ml/kg、蒸留水で溶解)を、残り10匹には対照群として蒸留水(8ml/kg)を腹腔内に投与した。

 そして訓練から24時間経った後に、ラットの空間記憶保持の程度を検討するためのプローブテストを行った結果、ブドウ糖の投与による改善効果が見いだされた(図2)。本実験では、プラットホーム位置付近の探索量を示す指標として「目標象限滞在距離の割合」を測定した。目標象限とは、訓練時にプラットホームがあった位置を中心とする4分領域である。ラットがプラットホーム位置に関する記憶を強く保持していれば、他の4分領域と比べて目標象限をより多く探索すると仮定される。このような探索傾向の偏りが生じたか否かを明確にするために、プール全体の探索距離に対する目標象限の滞在距離の割合を算出し、チャンスレベル(以下「CL」という)と比較した。CLとは、ラットがプール全体を偏りなく探索した場合に想定される当該領域の探索量(割合)である。4分領域である目標象限の場合は全体の25%がCLとされ、目標象限滞在距離の割合が25%を上回ることは、ラットがこの領域を多く探索したことを意味している。ブドウ糖投与群の平均値は有意傾向ではあるものの、CLを上回っていた一方で、対照群の平均値ではCLと同程度であるという結果が見いだされた。

 また、「プラットホーム位置との近接性」の指標においてもブドウ糖投与群において高い成績が示された。この指標は、探索中のラットがいる位置とプラットホーム位置との間の距離を1秒ごとに測定してそれを平均した値であり、この値が短いことはラットがプラットホーム位置付近を多く探索したことを意味している。群間で比較したところ、有意傾向ではあるものの、ブドウ糖投与群の近接性は対照群と比較して短かったのである。

 このような実験1での結果は、訓練で獲得した空間記憶が固定化される段階が、ブドウ糖(グルコース)の末梢投与によって促進されることを示唆している。このことは、摂食制限のない条件で通常の成体ラットの空間記憶においても、ブドウ糖による記憶固定化の促進効果が示されたことを意味する。
 
 

4. 蔗糖(スクロース)の経口摂取が記憶の固定化に与える効果

 次に実験2として、蔗糖の経口摂取においてもブドウ糖の投与と同様に記憶固定の促進が見られるか否かについて検討した。蔗糖の摂取方法はさまざまであるが、筆者らは飲料による摂取を選択した。また、甘味の摂取による効果を検討するため、人工甘味料スクラロースを摂取させる条件も設定した。

 実験2では、実験1と同様の水迷路課題訓練を行った30匹のラットを3群(各10匹)に配分し、訓練後24時間にわたって群ごとに異なる種類の溶液が入ったボトルを飼育ケージに設置した。蔗糖摂取群ではスクロース溶液(10%)、人工甘味料摂取群ではスクラロース溶液(0.015%)、そして対照群では蒸留水であった。

 訓練終了の24時間後に行ったプローブテストの結果を見てみると、蔗糖摂取群では目標象限滞在距離の割合がCLを有意に上回っていた一方で、対照群ではCLと同程度であり、蔗糖の摂取による成績の改善効果が示された(図3)。

 しかしながら、人工甘味料摂取群においても有意傾向ではあるものの、CLを上回っていたことから、成績改善の原因として甘味の摂取による効果の可能性は否定できない。また、近接性の指標においては群による違いは示されず、ブドウ糖の投与ほど頑健な改善効果は見られなかった。またこの実験ではテスト直前まで蔗糖の摂取が可能であったことから、記憶の「想起・再生」の段階に効いた可能性も残っており、摂取期間を限定した条件での検討が必要であると考える。

 このように数々の問題は残っているものの、訓練で獲得した空間記憶の固定化が蔗糖の経口摂取によって促進されるという結果が見いだされた。
 

おわりに

 これまでの研究では、ブドウ糖や蔗糖による記憶促進の効果についてはそれぞれ別々の実験で示唆されてきたが、これらの促進効果は類似した手続きによる実験で検討されていなかった。筆者らの実験から得られた結果は、蔗糖(スクロース溶液)もまたブドウ糖と同様に記憶促進の効果を持つ可能性を支持するものであった。

 しかしながら他の研究では、蔗糖の長期的な摂取がその後の記憶形成を抑制させることも分かっている。例えば、約1カ月間にわたって高濃度の砂糖飲料を摂取し続けたラットでは、水迷路課題の成績を悪化させるという結果も報告されている10)

 すなわち、蔗糖がもたらす効果には二面性があるということであろう。蔗糖は記憶が固定化される段階に摂取すると促進効果が得られるが、長期にわたって過剰に摂取し続けると反対に記憶を悪化させる。このように、同じ蔗糖でも摂取の時期や方法が異なると記憶機能に対して相反する効果を及ぼし得るのだから、蔗糖の摂取が記憶に対して単純に良いか悪いかを議論することにはあまり意味が無いと筆者らは考えている。蔗糖がどのような条件で摂取すれば記憶を促進し、どのような条件であれば反対に悪化させるかについて、それぞれ明らかにすることが重要であろう。将来的には蔗糖の適切な摂取方法について、記憶に対する影響の観点から提言できるよう、今後さらなる研究を進めていく必要があると考えている。

参考文献
1)Messier, C. (2004). European Journal of Pharmacology, 490, 33-57
2)Okaichi, Y., & Okaichi, H. (2000). Neurobiology of Learning and Memory, 74, 65-79
3)Yanai, S., Okaichi, Y., & Okaichi, H. (2004). Neurobiology of Aging, 25, 325-332.
4)Dash, P. K., Orsi, S. A., & Moore, A. N. (2006). Journal of Neuroscience, 26, 8048-8056.
5)Gold, P. E. (1986). Behavioral and Neural Biology, 45, 342-349.
6)Dalm, S., Schwabe, L., Schachinger, H., & Oitzl, M. S. (2009). Behavioural Brain Research, 198, 98-104.
7)McGaugh, J. L. (2000). Science, 287, 248-251.
8)Morris, R. (1984). Journal of Neuroscience Methods, 11, 47-60.
9)Morris, R. G., Garrud, P., Rawlins, J. N., & O'Keefe, J. (1982). Nature, 297, 681-683.
10)Kendig, M. D. (2014). Appetite, 80, 41-54.
Doshisha University, Graduate School of Psychology, Keisuke Shinohara
Doshisha University, Faculty of Psychology, Toshimichi Hata
NPO "International projects on food and health", Akikazu Takada
Does the consumption of glucose or sugar (sucrose) facilitate the spatial memory consolidation in rats? The finding in our first experiment confirmed that a post-training glucose injection augmented the memory consolidation in the Morris water maze task. Next, we investigated the effects of the intake of sugar (sucrose solution) or artificial sweetener (sucralose one) on the memory consolidation. We found that the sucrose solution significantly enhanced the memory consolidation.
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