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〜JAこしみずの取り組み〜

ジャガイモシストセンチュウの密度低減に向けて
〜JAこしみずの取り組み〜

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最終更新日:2016年3月10日

ジャガイモシストセンチュウの密度低減に向けて
〜JAこしみずの取り組み〜

2016年3月

札幌事務所 坂上 大樹

【要約】

 JAこしみずではジャガイモシストセンチュウの密度を把握するため、平成22年から土壌検診の方法としてカップ検診法を採用し、生産者自ら土壌検診を行う体制を整備した。そして、得られた結果を営農指導に生かしながら、ジャガイモシストセンチュウの密度低減に向けた取り組みを進めている。

はじめに

 ジャガイモシストセンチュウ(注)(以下「センチュウ」という)の防除対策の基本は、早期発見と早期対策である。万一、センチュウが発生した場合は、輪作の励行と抵抗性品種の作付けを対策の柱としつつ、個々のほ場や地域の実情に応じて適切かつ効果的な対策を講じるための正確な実態の把握が欠かせない。

 センチュウの検診方法としては「植物検診法」と「土壌検診法」がある。植物検診法は最も効率的で簡便な方法で、栽培中のばれいしょを抜き取り、根にシストが付着しているかどうかによって発生の有無を判定する方法である。発生の事実をその場で確認できるため、早期発見という観点では有効な手法である。しかし、根に寄生するメス成虫を肉眼で確認できる時期が7月中旬から1カ月程度と限られていることから、JAなどの現場検査員がこの期間内に地域の全ほ場の中から生育異常がある検体を抜き取って検診を行うことは容易ではない。また、あくまで発生の有無を確認するにすぎず、その密度までは測定できない。

 土壌検診法は、発生の密度を測定する方法であるが、直径1ミリメートルにも満たない小さなシストを観察するためには顕微鏡が必要であり、また、遊離物にはダイズセンチュウや植物種子などが含まれるため、センチュウのシストのみを選り分けるには現場検査員の熟練の技と労力が必要となる。北海道が策定した「北海道ジャガイモシストセンチュウ防除対策基本方針」では、土壌検診法によりセンチュウの発生実態を把握することが定められているが、現場検査員に労力がかかるなどの理由から、全ばれいしょ作付けほ場数に占める実施割合は、決して高いとは言えない状況にあった。

 こうした中、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター(以下「北農研」という)と地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部北見農業試験場(以下「北見農試」という)は、従来の土壌検診法に替えて利用が期待される簡便なカップ検診法を開発した。

 本稿では、カップ検診法を活用し、生産者が自ら検診を実践している小清水町農業協同組合(以下「JAこしみず」という)の取り組みを紹介する。

(注)ばれいしょに寄生する線虫で、根の内部に寄生した幼虫が養分を吸収することにより収量が著しく低下する。一旦ほ場に侵入すると、根絶は非常に困難であると言われている。なお、この線虫は人畜には無害で、当該線虫が付着したばれいしょを食べても健康を害することはない。

1. カップ検診法の概要

 カップ検診法は、センチュウ抵抗性品種を育成するため、センチュウ抵抗性を簡便に評価するための検定方法として北農研により開発された。北農研は、これを土壌検診への応用、普及を図ることを目的として、平成17年度から北見農試と共同研究を進め、19年度に誰でも簡単にセンチュウの有無と精度の高い密度推定が可能な現在の方法を確立した。

 北農研が19年度に公表した北海道農業研究成果情報によると、カップ検診法と従来の土壌検診法の判定結果は、86.0%という高い一致率を示している(表1)。土壌検診法のみが検出したサンプルは、死亡している卵も「検出」と判定されてしまう可能性があることから、カップ検診法は、土壌検診法の検診精度と比べて遜色ないか、それよりも優れていると言える。

 カップ検診法の実施手順は、まず始めに、収穫後の11〜12月ごろに検診対象のほ場から採取した土壌と、男爵やメークインなどのセンチュウの感受性が高い品種の小いもを入れた透明カップを4つ用意し、室温14〜22度の暗所にて5週間以上培養する(図1)。ただし、土壌が過湿または過乾燥状態では根が伸長しないため、培養中、適度に給水する必要がある。

 植え付けから5週目を経過すると、地上部の茎はほとんど伸長せず、カップの側面および底面越しから根が伸長している様子を観察することができ、採取した土壌中にシストの状態の生きたセンチュウがあれば、伸長した根に白色または黄色のメス成虫が付着している様子も観察することができる。

 判定方法は、植え付けから8週目を目安に、根に付着したセンチュウを肉眼で確認し、4つのカップのうち最も付着しているカップのセンチュウの個体数を数え、その数によって密度の程度を分類する。個体数が0の場合は非検出、20以下は低密度、21以上100以下は中密度、101以上は高密度と分類される。

 結果が判明するまで2カ月程度の期間を要するものの、事前準備から判定まで1サンプル当たりに要する実作業時間は数分程度であるため、従来の検診法と比べて簡便な方法であると言える。
 
 

2. JAこしみずの取り組み

(1)導入の経緯

 小清水町は、オホーツク海に面した北海道の東部に位置し(図2)、ばれいしょの作付面積が全作付面積の約20%を占め、ばれいしょが主要な作物となっている。昭和52年にセンチュウが確認され、現在、オホーツク地域で唯一、全地区が発生地域となっている(注)。このため現在、ばれいしょの生産に必要な種いもの半数近くを町外の種いも産地から調達せざるを得ない状況となっている。しかしながら、これまで全町的な土壌検診が実施されず、発生密度の実態が不明のままであったことから、新たに発生ほ場が確認されるたびに殺菌剤で抑制するなど、対応が後手に回っていた傾向があり、迅速かつ有効な対策を講じることが求められていた。

 そのような折、北農研と北見農試(以下これらを総称して「北農研など」という)が開発したカップ検診法をJAこしみずの担当者が知り、管内での活用と実用化への貢献ができればと考え、平成22年度、北農研などの協力を得て、JAこしみず管内への導入が始まった。

(注)センチュウの発生地域は、農林水産省が市町村の字や行政区などの単位で指定する。
 

(2)取り組み内容

 JAこしみずでの取り組みは、発生密度の実態などを効率的に把握するとともに、これを契機としてセンチュウ対策に対する意識向上や判定結果に対する自覚を生産者に求める観点から、生産者自ら検診を行う仕組みとなっている。そのため、生産者が継続して取り組みを行えるよう、北農研などが開発したカップ検診法(以下「従来法」という)と判定結果に差異が生じない範囲で実施手順を大幅に簡素化し、作業負担の軽減を図っている(表2)。

 また、従来法は、専用の種いも、試験研究用の資材を用いて実施されていたが、JAこしみずは、種いも産地から規格外の安価な種いもを調達し、その他の資材をスーパーなどで販売されている商品で代用するなどによって、調達経費を従来法の5分の1に抑えた。
 
 一方、土壌の採取法は、従来法と同様8歩幅法を採用している(図3)。この方法は単純作業であるものの、1ヘクタール当たり約270地点、約3キログラムの土壌を採取する必要があるため、一人で行った場合、同30分程度の時間を要する。町平均のばれいしょ作付面積は、約7ヘクタールであることを考えると、単純計算で3〜4時間を要し、距離に換算すると10キロメートル以上歩く計算となる。

 JAこしみずは、多大な時間と労力を要することは十分承知していたが、ほ場全体から満遍なく土壌を採取することが正確な結果を得るために不可欠であると判断し、この方法で実行するよう指導することを決めた。
 
 初年度(平成22年度)は、希望により集まった65人の生産者で取り組みが始まった。実技講習会などを複数回にわたり開催し、8歩幅法による土壌採取法、カップの処理の仕方などの基本的な知識・技能をじっくりと時間をかけて習得させ、処理したカップを生産者が自宅に持ち帰った後は、JAこしみずの職員などが定期的に巡回して経過観察するとともに、給水や温度管理について細かく指導を行ったという。また、指導するに当たっては、JAこしみずの職員は、あくまで指導、助言する立場に徹し、すべての作業を生産者自ら進めていくように心掛けたという。

(3)生産者の反応

 参加した生産者の1人で、JAこしみずのばれいしょ部会の副部会長を務める更科浩司氏(48歳)は、カップ検診法の導入により、これまでの経験則に基づくものではなく、客観的な事実に基づき作付けの可否を判断できるようになったことを実感している。

 更科氏のほ場は、10年以上前に父親から経営を引き継いだときにはセンチュウが発生していた。そのため、当時の単収は、町の平均単収を下回る水準であったという。そこで、センチュウ対策として、麦、てん菜、ばれいしょの3品に、新たに野菜(ニンジン、カボチャなど)を加えた4年輪作へ移行することにより、ばれいしょの作付け間隔を長くした。ただし、野菜生産は、畑作3品に比べ手作業で行う工程が多い。そのため、各品目が順次収穫を迎える8月から11月までの間は、今まで以上に忙しく、朝から晩まで作業に追われることとなった。

 作付け間隔を3年から4年に延長したことで、ばれいしょの単収は向上したが、一方で、それに比例して作業負担も増えるというジレンマにさらされ、年を重ねていくにつれ、この先も体力的に続けていけるのだろうかという不安が残った。そうした中、JAこしみずからの呼び掛けに応じて参加したカップ検診法は、そうしたジレンマからの脱却の糸口となった。

 今まで漠然と把握していた発生密度が可視化され、労働力の制約などで3年輪作となったほ場でも発生密度の低減に一定の効果があることを実感したという。これにより、翌年度からは、野菜を優先的かつ重点的に作付けするほ場を絞り込むことができるようになった。そして、経営の主軸を畑作3品の3年輪作に戻し、経営を補完するものとして野菜生産を位置付けることで作業負担の軽減につながった。

 また、対策が功を奏し、一部のほ場(品種:コナフブキ)では、10アール当たり約6トンの収量も実現した。更科氏は、「カップ検診法によって収量が低い原因をはっきりと目の前に突きつけられた」と言い、「収量が低い原因は、ときに、センチュウ以外の病害虫や土壌の養分に問題があるのかよく分からないことが多い。それにより、思うような収量が得られず、自身の技術に疑心暗鬼になっている生産者もいる。そのような生産者にとっては、原因が1つでも明確に分かれば、今後の対応の手掛かりをつかめるのではないか」と語り、「ばれいしょ生産に対する不安感を拭い去るためにもカップ検診法を積極的に活用すべき」と強調した。
 

(4)現在の取り組み状況

 JAこしみずは、カップ検診法の実技講習会を定期的に開催し、これまでに管内でばれいしょを作付けする生産者の9割がカップ検診法による土壌検診を実施した。

 ほ場ごとの判定結果は、JAこしみずが取りまとめ、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターが開発した営農情報管理システム「FARMS」に登録し、発生密度を視覚的に把握できる仕組みとなっている。この結果、低密度以下と判定されたほ場が検診ほ場全体の約3分の2を占め、高密度のほ場がパッチワーク状に点在していることが分かっている。これについて、JAこしみずの担当者は、「取り組みを始めた当初はセンチュウ発生が確認されてから30年余りが経過していたため、全町的に甚大な被害状況も覚悟していたが、そのレベルではないことが分かって安心した。全体的に厳しい状況であることは変わらないが、対策を講じる余地が十分ある」と話し、今後も意欲的に対策を講じていく前向きな姿勢を示した。現在、判定結果を参考にしながら、抵抗性品種の種いもの配分に関わる優先順位の決定や、生産者に対する防除体系と品目選択の提案などを行っており、営農指導業務の効率化にも大いに役立っている。

 生産者からは、「思ったより簡単だった」「今後も続けたい」などといったおおむね好意的な意見が多い一方で、土壌採取に対して改善を求める意見も見られる。これを受け、JAこしみずは、土壌採取の受託サービス(1ヘクタール当たり1800〜2000円)を提供している。平成23年度から25年度までは北海道の地域づくり総合交付金事業を活用し、この受託サービスに係る経費の一部を北海道が負担していたことから3分の2の生産者が土壌採取を委託していたものの、現在は全額自己負担となったことから、自ら実施する生産者の方が若干多いという。

 生産者にとって朗報と言える動きとして、27年度に北農研などが土壌採取の労力軽減を目指し、発生地域向けに「ジグザグ法」という新しい土壌採取法を考案した。この方法は、従来の8歩幅法と比べて、採取地点が3分の1で1ヘクタール当たり約100地点、歩行距離が4分の1の同約400メートルと大幅に省力化されているにもかかわらず、発生密度の分類判定は、9割以上の高い一致率を示している。JAこしみずでは、今後、この方法が採用されていくものと考えられる。
 

(5)今後の課題

 判定結果は、前述の通り、JAこしみず内部の営農指導業務で活用されているものの、生産者間の情報共有には至っていない。これに対し、判定結果を防除に役立てたい一部の生産者から、他の生産者の判定結果の公表を望む声が寄せられているという。しかし、判定結果の公表に対して、これまでの経緯や、土壌検診法による検診を定める「北海道ジャガイモシストセンチュウ防除対策基本方針」と整合性が取れないなどとして、多くの生産者の間には慎重論が根強くある。

 一方で、センチュウの伝搬の要因は、主に人やモノの移動によるものとされる。輪作体系の一部である小麦の生産は、収穫作業などを共同で行っていることから、コンバインなどを介した伝搬のリスクに常にさらされている。このことを前提として、センチュウの発生情報に基づき、人、モノの移動順路をコントロールするなどして拡散防止の手だてを講じることが大切である。しかし、生産者がその情報を持ち合わせていなければ、その対応は難しいのも事実である。

 判定結果の情報共有については生産者の心情などを考慮し、慎重に対応せざるを得ない一方で、センチュウ対策は個人の努力だけでは限界がある。カップ検診法を単なる個人個人の土壌検診のツールとしてではなく、継続的な取り組みとその情報の活用について地域全体の課題として議論していくことが重要である。

おわりに

 カップ検診法は、理論的には北海道に限らず、ばれいしょ産地におけるセンチュウ発生の有無、発生密度を簡便に検診することが可能である。また、その技術は、昨年8月に国内で初めて確認されたジャガイモシロシストセンチュウの発生範囲の特定、抵抗性品種の開発などのために活用されている。
 本稿で紹介した事例が、ばれいしょ産地での普及の一助になれば幸いである。

 最後に、今回の取材にご協力いただいた更科浩司様および小清水町農業協同組合、地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部上川農業試験場など関係者の皆さまに、改めて御礼申し上げます。
【参考文献】
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター、地方独立行政法人北海道立総合研究機構北見農業試験場「畑に潜むジャガイモシストセンチュウが一目瞭然!誰でもできる新検診法」
地方独立行政法人北海道立総合研究機構北見農業試験場「成績概要書 ジャガイモシストセンチュウの簡易検出・密度推定が可能なプラスチックカップ土壌検診法」
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「北海道農業研究成果情報 プラスチックカップを用いたジャガイモシストセンチュウの簡易検出・密度推定法
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター「プラスチックカップによるジャガイモシストセンチュウ抵抗性の新検定法」
古川勝弘「北海道におけるジャガイモシストセンチュウの発生状況と生産者による検診法の取り組み」『年報』第39号 日本植物病理学会北海道部会
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター「平成24年度農政課題解決研修 ジャガイモなどの土壌センチュウ、ウイルス病の同定・診断・防除技術」
地方独立行政法人北海道立総合研究機構北見農業試験場「平成27年度成績概要書 ジャガイモシストセンチュウ発生ほ場における密度推定のための省力的な土壌サンプリング法」
北海道農政部「北海道ジャガイモシストセンチュウ防除対策基本方針」
北海道農政部「北海道ジャガイモシストセンチュウの防除対策基本方針の推進について」
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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