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長崎県五島市におけるICTなどを活用した鳥獣被害対策について

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最終更新日:2019年7月10日

2019年7月

五島市 農業振興課 畜産・鳥獣対策班

【要約】

 長崎県五島市では、近年イノシシなどによる農作物への被害や、生活環境被害が増加し、その対策の一つとして情報通信技術(ICT)を活用した鳥獣被害対策システムを導入した。これにより被害状況をリアルタイムに地図上で可視化できるようになり、大幅な捕獲効率の向上などの成果につながっている。

はじめに

 全国の野生鳥獣による農作物被害額は近年、年間200億円前後で推移し、営農意欲の減退、耕作放棄・離農の増加や、野生鳥獣の生活圏への出没による市民への影響や車両との衝突事故など、被害額として数字に表れる以上に農山漁村において深刻な問題となっている。被害の広域化・深刻化を受けて平成19年に成立した鳥獣被害防止特措法では、現場に最も近い行政機関である市町村が中心となって、さまざまな被害防止のための総合的な取り組みを主体的に行うことに対して支援することとしている。


 長崎県五島市においても、イノシシやシカなどによる農作物被害、石垣の崩落などの生活環境被害が深刻化している。市では、捕獲対策、防護対策、環境整備などの従来からの対策を着実に実施していくとともに、鳥獣被害の見える化、捕獲の効率化などを目指し、ICTを活用した鳥獣害対策システムを導入した。以下にその概要を紹介したい。

1.五島市の概況

 五島市は、九州の最西端、長崎県の西方海上約100キロメートルに位置し、大小152の島々からなる五島列島の南西部の11の有人島および52の無人島で構成されている(図1)。総面積は約420平方キロメートルで、最も大きい(ふく)()島の西側の海岸は、東シナ海の荒波を受け(かい)(しょく)(がい)が連なり、島全体の景観は非常に美しく、その大部分が西海国立公園に指定されている。平成30年7月には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として、「()()島の()(がみ)集落」、「(ひさ)()島の集落」が世界遺産に登録され注目を集めている。気候は対馬暖流の影響を受け比較的温暖で、年間平均気温は17度、年間降水量は約2800ミリメートルである。

  

 農業生産は畜産と畑作が中心で、肉用牛や野菜などの主幹作物の他、葉たばこなどの工芸作物の生産も盛んである(図2)。また、いも類も生産されており、かんしょから作られる「かんころもち」が特産品として有名である(写真1)。

  

 

2.鳥獣被害の現状

 五島市の鳥獣による農作物被害は、イノシシ、シカ、カラスによるものが主で、近年の被害額は年間800〜900万円で推移している(図3、4)。平成2年ごろからシカによる水稲や飼料作物、大豆などの農作物被害、道路脇からの飛び出しによる自動車との接触事故が増え始め、22年ごろからはイノシシによる山野での掘り起こし、石垣の崩落、家庭菜園などへの生活環境被害が多発している。27年度になると、被害は水稲やかんしょなどの農作物にも及び、拡大傾向にある他、市街地への出没も確認されており、緊急時の対応が課題となっている(写真2)。イノシシはもともと戦前までに絶えたとされていたが、10年ほど前に福江島で再び目撃情報が届き始めた。60年以上目撃されず、もともといた個体の子孫が生き残っていたとは考えにくいため、近年のイノシシによる被害の増加は海を渡って侵入してきた個体が増加、生息域を拡大してきたことが原因ではないかと推測される。

 

 

 

3.鳥獣被害対策について

(1)これまでの取り組み

〜捕獲対策、防護対策、環境整備〜

 このような鳥獣被害に対して、市では以下の捕獲対策、防護対策、環境整備の3対策をしっかりと行っていくことで、被害を最小限に抑えるべく取り組んでいる。

ア 捕獲対策
 
市では、猟友会、専門業者、実施隊(注1)、捕獲隊(注2)らによる有害鳥獣の捕獲に対し支援を行っている。捕獲体制整備のため、平成24年度から、新規狩猟免許取得者の免許試験手数料、医師の診断書料、狩猟者登録手数料、狩猟税、損害保険料、猟友会費に係る経費補助を行い、狩猟免許取得の負担軽減を図っている(図5)。狩猟免許取得者は年々増加しているものの、有害鳥獣捕獲者は微増にとどまり、イノシシやシカの増加率に追いついていない状況である。また、捕獲者の高齢化が進みイノシシやシカなど獣類の捕獲者が少ないために徹底捕獲ができない状況であり、捕獲従事者のさらなる育成と確保が急務となっている。また、箱わな、囲いわな、くくりわななどのわなによる捕獲にも力を入れ、有害鳥獣捕獲許可を受け捕獲活動を行う者に箱わなの無償貸与を行っている。
 

(注1)「鳥獣被害防止特措法」により、市町村が策定した「被害防止計画」に基づく被害防止施策を適切に実施するために設置する組織。

(注2)国の制度(1303特区(免許なし特区)、有害鳥獣捕獲における狩猟免許を有しない従事者容認事業(環境省)を活用したもので、多くの場合、狩猟免許を持つ「リーダー」とリーダーの捕獲作業の補助を行う「補助員」で構成される。平成24年からは、この特区制度が全国展開されたため、特区認定を受けなくても、各都道府県が定める「第11次鳥獣保護事業計画」に基づき、捕獲隊の整備が可能となった。

 

 

イ 防護対策

 防護対策として、農家による侵入防止柵への経費補助に加え、イノシシの生息高密度地域からの拡散を防止するための広範囲の仕切り柵も設置している。設置を行った柵の中でも徹底捕獲を行っているが、低密度状態を保持するためには、さらなる捕獲体制の強化が求められている。

ウ 環境整備

 捕獲対策、防護対策に加え、イノシシが嫌がる環境づくりを行い、人と獣のすみ分けを行っていくことも重要である。農家の高齢化や担い手不足に起因する耕作放棄地の増加も有害鳥獣の活動拡大につながりかねず、耕作放棄地解消に向けた取り組みも併せて行っていくことが必要である。

(2)ICTを活用した鳥獣被害対策システム

 上記対策の推進により被害の拡大を食い止めているものの、近隣の島に生息しているイノシシの海からの侵入を防げず、さらに島を占める森林および耕作放棄地面積が広いことから、いったん侵入し繁殖を繰り返すイノシシを適正頭数に抑え込むことが難しい状況にあった。

 このような中で、これまでに取り組んできた対策、被害の原因、生息域の動きなどの現状を誰が見ても分かりやすい形で示すことことができるような良い方法はないか模索する中で、総務省の平成28年度補正予算「ICTまち・ひと・しごと創生推進事業」を活用し、ICTを活用した鳥獣被害対策システムの導入を決めた(実施年度は29年度)。

ア システムの概要

 上記事業を活用し、五島市福江島の奥浦地区(図6)においてクラウド型地理情報システム(GIS)を活用した鳥獣被害対策システムの整備および通知機能付きわな監視装置10基、監視カメラ10基(写真3)の設置を行った。これら装置の出没検知センサーおよび捕獲検知センサーをGISと連携させ、野生鳥獣の出没や捕獲などの状況をリアルタイムで通知・可視化することができる(図7)。活用している技術の具体的特長は以下の通り。
 

(ア)出没検知センサー/捕獲検知センサー

 野生鳥獣の出没や、わなの作動をセンサーが検知すると、自動的に写真撮影を行い、宛先に登録した捕獲員にメールを送信することから、捕獲員は現場の状況を迅速に把握することが可能になる。
 

(イ)鳥獣被害対策用GIS

 出没検知センサーおよび捕獲検知センサーの情報をリアルタイムに収集し、地図上に可視化することができる。また、わなや柵など対策設備の情報を登録することで、鳥獣被害対策に関わる情報を一元的に管理することができる。

 

  

 

 

イ 導入による効果

 実態調査データ(延べ445頭の出没)を基に、猟友会員に出没の多い場所の情報提供を行うとともに、出没の多い場所へくくりわな、箱わな(計10基)を設置するなどして捕獲対策を強化した。この結果、事業実施地区のイノシシ捕獲頭数は平成28年度の47頭から29年度には134頭に増加した(うち、事業で設置したわなの捕獲頭数は15頭)。福江島全体でも導入後のイノシシの捕獲頭数は導入前の3〜4倍で推移している(図8)。

 

 さらに侵入防止柵の設置について、地区内の被害農家へ実態調査データを基にイノシシの出没場所、時間帯、頭数、サイズなどを周知し、柵の設置の重要性や、設置の際の掘り起こし防止などの指導を行い、防護対策を強化した。また、29年度のイノシシと車との衝突事故は0件に抑えることができた。


 以前に設置されていたセンサーカメラでは、現場へ行ってメモリーカードを抜き取り、事務所に戻り撮影されているかどうかを確認しなければいけなかったが、本システムの導入により、現地まで行かなくてよくなったことから、大幅な労力の軽減となった。さらに、捕獲されているわなが事前に把握できることから、1日の行動計画を無駄なく立てることができるため、業務の効率化にもつながっている。

 また、イノシシの生息域に対して、どこにどの程度の対策を施しているかがシステム上で管理できることから、感覚ではなく理論的に次の対策が立てやすくなった他、被害対策の説明会などで被害や出没、対策の状況などを口頭で説明するだけでなく、マップ化したものでより分かりやすく説明ができるようになったことなどの効果も得られている。

おわりに

 これまでの鳥獣被害対策では、出没地域や、わなの設置場所の選定など、ベテラン猟師の方々の知識や経験に頼る部分が大きく、高齢化が進む中でこれらの知識や経験、技術を継承した担い手の不足が課題となっていた。今回、ICTを活用した鳥獣被害対策システムを導入したことにより、被害や出没の実態に基づいたデータの集積、管理が可能となり、これまでの知識や経験に頼っていた部分を補い、大きな成果を得ることができた。本システムは、これから鳥獣被害対策に取り組む担い手にとって、強力な手助けとなるだろう。


 今後の運用に当たっては、現地に設置する出没検知センサーや捕獲検知センサーの経常的な通信費が課題となるが、導入後短期間で目に見える成果を得られたことから、今後さらなるわな監視装置などの増設を検討しているところである。


 また、被害状況の見える化によって対策の効率や精度の向上につながるだけでなく、農家や地域住民へ現状をより分かりやすく伝えることが可能となり、理解醸成や被害防止の意識の向上も期待できる。今後もこのようなデータを活用して、農家や市民への普及啓発を行っていきたい。


 市では、今回導入したシステムを上手に活用しながら、これまでに講じてきた捕獲、防護、環境整備という鳥獣被害への基本的な対策を強化・推進し、市民の協力も得ながら、鳥獣被害の防止対策に努めていきたい。


参考文献

農林水産省農村振興局『鳥獣被害の現状と対策』(平成31年4月)

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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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