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でん粉を原料としたオイルゲル化剤の開発とアスファルト改質剤への応用

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最終更新日:2023年5月10日

でん粉を原料としたオイルゲル化剤の開発とアスファルト改質剤への応用

2023年5月

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門
岩浦 里愛、今場 司朗

【要約】

 でん粉から酵素合成と発酵によって得られる1,5-アンヒドロ-D-グルシトール(AG)と脂肪酸を連結した新規オイルゲル化剤C-AGを開発した。C-AGは多種多様な有機溶媒をゲル化する機能をもつ。さらにアスファルトにも低温で溶解・分散し、冷めるとアスファルト中で自発的に繊維構造を形成して、アスファルトの耐流動性を改善する効果を示す。

はじめに

 でん粉は、イモやトウモロコシ、米などに豊富に含まれる重要な栄養源であることは言うまでも無いが、近年では再生可能資源として非常に注目されている。なぜなら、でん粉は再生可能資源の中でも生分解性、一般性(世界中のさまざまな場所で生産できる)、再利用性、コストの点で有利である上、木材などと比べると再生産サイクルが非常に短い資源だからである1)、2)。これまでにも、日本のでん粉需要量の約8%が食用以外の工業製品の原料として利用されているが3)、でん粉需要の喚起やでん粉産業から持続可能な社会の実現に貢献するためには、でん粉を利用した工業製品や産業用素材のさらなる開発が必要である。

 本稿では、でん粉から得られる1,5-アンヒドロ-D-グルシトール(以下「AG」という)と脂肪酸から合成した、環状ポリオール誘導体C-AGの製造、オイルゲル化剤としての機能とそのメカニズムを述べ、さらに産業素材としてアスファルト改質剤への応用を検討した例について紹介する。

1.オイルゲル化剤

 ゲル化剤は液体に粘度をつけたり固めたりするために使われる物質で、ところてんやゼリーの製造で使われる寒天やゼラチンなど、私たちの生活にもなじみ深いものである。ところてんやゼリーなど食品で使われるゲル化剤は、ほとんどが水系の溶液をゲル化するハイドロゲル化剤に分類され、食品用途以外にもさまざまな種類が存在する。一方、油などの有機溶媒をゲル化させるオイルゲル化剤(オルガノゲル化剤)も、医薬、化粧品、塗料などさまざまな分野で利用される基盤的な産業素材である4)、5)。しかし、オイルゲル化剤に関して、まだ多くの開発課題がある。例えば、オイルゲル化剤はハイドロゲル化剤と比べると圧倒的に種類が少ないため、選択肢を増やすためには新規オイルゲル化剤の創製が必要である。また、有機溶媒は高極性(注1)のものから低極性のものまで多種多様であり、それらを網羅してゲル化することのできるオイルゲル化剤は存在しない。すなわち、1種類のオイルゲル化剤が対象とする有機溶媒の種類が少ないため利用範囲が広がりづらく、実用化が困難である。さらに、SDGsが叫ばれる昨今、石油由来でない再生可能資源を原料としたオイルゲル化剤や、製造工程のエネルギーコストが低いオイルゲル化剤の開発が求められている。

(注1)溶媒は大別すると「高極性溶媒(親水性)」と「低極性溶媒(疎水性)」とに区分でき、高極性溶媒の代表例は水やエタノールなど、低極性溶媒にはヘキサンやトルエンなどがあげられる。

2.オイルゲル化剤C-AGの製造

 上記で述べたような背景のもと、われわれは1,5-アンヒドロ-D-グルシトール(AG)と脂肪酸をカップリングして得られるAG系脂肪酸エステル誘導体(以下「C-AG」という)(図1(a))が、さまざまな有機溶媒をゲル化できる優れたオイルゲル化剤であることを見いだした。AGは、株式会社サナスがでん粉から酵素合成と発酵により大量製造することに成功した、環状ポリオール(注2)である6)、7)。1位の水酸基がないため、一般的なグルコースなどの糖と異なりpHや熱によって変化しないという特徴があり、例えば200度で加熱してもカラメル化しない安定な化合物である(図1(b))。

 われわれはこのAGの水酸基と各種脂肪酸をエステル結合を介して連結し、側鎖の脂肪酸の炭素数が8から18、および22のC-AG誘導体群を定量的に高収率で合成した。C-AG誘導体群の合成は簡便であり、側鎖にパルミチン酸を連結したAGのパルミチン酸エステル誘導体(C16AG)は、ラボスケールで1キログラム以上の製造も可能である(図1(c))。

(注2)2個以上の水酸基(-OH)をもつ脂肪族化合物で多価アルコールともいわれる。

 

3.オイルゲル化剤C-AGのゲル化能

 上記で合成したC-AG誘導体群のうち、炭素数11から18、および22の誘導体は流動パラフィン(注3)をゲル化する機能を有するが、炭素数が12から18のC-AG誘導体は2%以下の濃度で、炭素数16のC16AGではわずか0.5%の低濃度でゲル化能を発揮することを見いだした。

 そこで次に、さまざまな有機溶媒を用いてC16AGのゲル化能を評価した。C16AGを各溶媒へ加熱溶解したのち室温で放置し、その後容器を逆さまにして、内容物が落ちてこないものをゲルと判定した。ゲル化の工程は非常に簡便である。例えば流動パラフィンでは、スターラーで撹拌(かく はん)しながら70〜80度に加熱し、ここへC16AGを加えると直ちに溶解した。これを室温に放置すると30分程度でわずかに白濁したゲルを形成した。同様の手順でゲル化した有機溶媒の種類と、その時の最小ゲル化濃度を表に示す。また、Hansenの溶解度パラメータ(HSP)を用いて、C16AGのゲル化能を三角図にプロットしたものを図2に示す8)。HSPは物質同士の溶解性や親和性を判断するのに使われる指標である。例えば、水のHSPは分散項(δd)が15.5MPa1/2、水素結合項(δh)が42.3MPa1/2、双極子間力項(δp)が16.0MPa1/2であり、それぞれの項の割合を計算して三角図上にプロットすると図2に示した点になる。水と近い位置にエチレングリコールのプロットがあるが、C-AGはどちらの溶媒にも溶解しない。同様に、C-AGがゲル化することのできる溶媒についてプロットすると、図2中に黄色線で囲んだように広い領域を形成する。表および図2に示されるとおり、C16AGは高極性から低極性まで、非常に多種類の有機溶媒に対してゲル化能を示し9)、現在市販されているオイルゲル化剤でゲル化しにくいと言われているアルコール類やシリコン系オイルもゲル化可能である。

 また、オイルゲル化剤ではしばしば、ゲル化の工程でゲル化剤を溶かすために100度以上の高温が必要であったり、均一に溶解させるために長時間の撹拌が必要であったりする場合があるが、C-AGシリーズは、100度以下の温度で容易に溶けることも特徴の一つである。

(注3)精製された無味、無臭、無色透明の液体の石油製品で、化粧品の原料や精密機械の潤滑油、軟膏の基剤などに用いられている。

 
 

 

4.ゲルの構造とゲル化のメカニズム

 C16AGのゲルの構造を調べるため、C16AGで流動パラフィンをゲル化させ、アセトンで流動パラフィンを取り除いた後乾燥させ、キセロゲル(注4)とし、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で観察した。その結果、図3に示されるようにC16AGは流動パラフィン中で幅200ナノメートル程度の繊維状構造を作り、これらの繊維が絡み合ってネットワークを形成していることが明らかとなった。したがって、この繊維のネットワークの隙間に流動パラフィンを保持しゲル化が起こっていると考えられた。

(注4)溶媒を含んだゲルを乾燥などにより溶媒を除き、構造だけになったものをキセロゲルという。乾燥した寒天などが一つの例。

 

 次にC16AGのキセロゲルのX線回折測定を行った結果(図4)、このキセロゲルは5.40ナノメートルの長周期構造をもつことが分かった。また、5.40、2.77、1.88、1.40、1.10ナノメートルの5次までの明瞭な回折ピークが観察されたことから、ラメラ(層)を形成してファイバー(繊維)を作っているものと考えられた。図5(a)に示すC16AG分子の空間充填モデル(CPK)の通り、C16AGの分子長は炭素鎖が伸びきった状態で分子の長軸が4.9ナノメートル、短軸が2.6ナノメートルである。X線回折で得られた長周期5.40ナノメートルは、分子の短軸を2倍した値よりやや大きいことから、2分子のC16AGが会合してディスク状のダイマーとなり、繊維中で分子パッキングしているものと推察した(図5(b))。
 

 
 

 

 さらに、温度を変化させながらC16AGのキセロゲルのフーリエ変換赤外吸収スペクトル(FT-IR)測定を行ったところ、C16AGのカルボニルの伸縮振動に相当する吸収は、融解温度以上(>79度)では1753cm-1(毎センチメートル)をピークとするブロードなバンドが観察されたのに対し、25度(繊維を形成している温度)では1729cm-1および1743cm-1をピークとするバンドがあらわれ、高温の時よりバンド全体が低波数にシフトした(図6)。このことは、C16AGの繊維形成においてカルボニル部位が水素結合していることを強く示唆する。

 以上から、C16AGから自発的に形成される繊維は、パルミチン酸鎖の疎溶媒効果によって集まったディスク状のC16AGダイマーがさらにカルボニル部位の水素結合により一次元的に並び(図5(b))、これがラメラを形成して構成されているものと考察した10)

 

5.アスファルト舗装とその課題

 アスファルトは原油を蒸留した残渣(ざん さ)から製造され、安価で化学的にも安定性が高い材料である。また、アスファルトは熱可塑性(そ せい)を示し、高温にすると軟らかくなって混合性や加工性が高くなり、冷えると固まり強度を持たせることができるため、道路舗装で骨材(石や砂)を接着するバインダとして使われている。その一方、この熱可塑性のため、日本の夏に路面温度が60度程度まで上昇するとアスファルトは軟らかくなり、流動性が高まる。そこを車が通ると路面に凸凹のわだち掘れができ、道路の修繕が必要となってしまう。つまり、夏季の路面温度付近でアスファルトの耐流動性を改善することは、道路を長寿命化するために重要な課題となっている。

 そこでアスファルトの耐流動性を改善するために、石油由来のポリマーをアスファルトに加えたポリマー改質アスファルトが開発されてきた11)。図7に示すように、アスファルトを入れた容器を逆さまにし、60度に置くとゆっくりと流動し垂れてくるが、ポリマー改質アスファルトはしっかりと形を保つことができ、アスファルトの耐流動性が高くなっていることがわかる。

 しかし、ポリマー改質アスファルトにも問題点が指摘されている。例えば、製造時にポリマーをアスファルト中に分散させたり、ポリマー改質アスファルトで道路を施工したりするためには、180度前後の高温を長時間維持する必要があるため、アスファルト自体の劣化や、多量のエネルギー消費とそれに伴うCO2をはじめとする温室効果ガスの排出が問題となっている。さらに、高温で長時間の作業は、作業者にとって過酷な環境であることも指摘されている。また、アスファルト舗装に関わる資材は石油由来の物質が多いため、再生可能資源を利用した道路舗装技術の開発も土木分野でのニーズが非常に高い。このような背景のもと、われわれはC-AGの実用化分野の一つとして、アスファルトの耐流動性を改善するための改質剤への適用を検討した。

 

6.C-AGのアスファルト改質剤への応用12)

 まずC-AGを添加したC-AG添加アスファルト(以下「C-AG/StA」という)を製造した。ストレートアスファルト(以下「StA」という)とC-AGを入れた容器を130度のオーブンに30分置き、スパチュラでかき混ぜると、C-AGとStAは容易に混ざった。これを室温で一晩静置しサンプルとした。いったん混合したC-AG/StAは、時間が経過してもC-AGとStAが分離することはなく、C-AG/StAは低温かつ短時間で製造できることがわかった。

 StAおよびC-AG/StAを、原子間力顕微鏡(AFM)によって観察した像を図8に示す。AFMは、数ナノメートル(1nm=10-9m)の分解能で構造情報を得ることができ、微小な構造の観察に適した顕微鏡手法である。観察の結果、StAの表面は平坦でStA特有のビー構造と言われる縞模様が見られた。C-AG/StAの表面はStAとは異なり比較的凹凸があり、さらに繊維状の構造体がアスファルト中に分散している様子が確認でき、StAとは全く異なる構造を形成していることがわかった。
 

 

 次に、StAとC-AG/StAのレオロジー(粘弾性)測定を行い、温度に対して損失正接tanδをプロットしたものを図9に示す。tanδは損失弾性率G”と貯蔵弾性率G’の比であり、値が大きいほど流動的であることを示す。StAは、温度の上昇とともにtanδの値も上昇し、60度では図7の様に逆さまにすると垂れる程度の流動性があるが、この時のtanδは約15である。C-AG/StAの場合、0〜30度の範囲ではStA同様、tanδ値は温度の上昇とともにゆるやかに上昇するが、30〜60度付近では2〜2.5程度の範囲で大きく変化せず平坦な領域を示した。さらに60度を超えると急激にtanδ値は上昇し、80度付近ではStAと同程度の値となった。

 比較として同様の測定を市販のポリマー改質アスファルトについて行った結果を図9中に示した。ポリマー改質アスファルトのtanδ値は30度から120度付近まで約2で一定で、さらに高温領域でもわずかずつ上昇するものの低い値を維持した。この挙動は、ポリマー改質アスファルトが60度付近で高い耐流動性を示す一方で、さらに高温でも粘度が下がらず、非常に高い温度にしなければ混合性や施工性が得られないことを意味する。一方、C-AG/StAは60度付近まではポリマー改質アスファルトと同程度のtanδ値を示し、80度ではStAと同程度までtanδ値が上昇することから、アスファルト単体と比べて耐流動性が改善され(<60度)、かつポリマー改質アスファルトに比べ加工性が高い(>80度)材料であると考えられた。

 

 最後に、C-AG/StAの骨材接着に関する簡易的な実験を行った。C-AG/StAを130度に加熱して軟らかくし、これを骨材と同じ材質のガラス玉表面にまんべんなくコーティングした。このガラス玉四つを図10(a)のようにピラミッド状にしてそのまま室温で冷やし、接着した。同様に、StAでコーティング、接着したピラミッドも作成し、これらのピラミッドを60度に設定したホットプレート上に静置して挙動を観察した。その結果、StAで接着したピラミッドは、アスファルトが軟らかくなり、15分経過後には徐々にガラス玉が動き出して、40分後には崩壊してしまった。しかし、C-AG/StAで接着したピラミッドは接着したままピラミッドの形状を保つことができたことから(図10(b))、C-AG/StAは骨材接着においても耐流動性が向上したものと考えられた。

 

まとめ

 でん粉を原料とした新規オイルゲル化剤C-AGを開発した。C-AGは有機溶媒に低温で容易に溶解し、その後放置するとゲル化を引き起こすため、オイルゲル製造の工程は低エネルギープロセスで簡便である。また、C-AGは多種類の有機溶媒に対してゲル化能を発揮するが、ゲル化は疎溶媒効果や水素結合によってC-AG分子が自発的に集まり、有機溶媒中で繊維のネットワーク構造を形成することによって起こっているものと考えられた。さらには、アスファルトにも容易に分散してアスファルト中でも繊維を形成し、アスファルトの耐流動性を改善する機能をもつことが明らかとなった。

 でん粉はこれまでにも、製紙や繊維製品の原料として工業製品にも利用されているが、今後は環境や持続可能性に配慮した新しいアスファルト改質剤の原料として土木分野へも展開され、でん粉産業、土木産業の活性化につながることを期待したい。
参考文献・資料
1)James BeMiller, Roy Whistler「Starch: Chemistry and Technology 3rd Ed.」 Elsevier.
2)Yachuan Zhang et al「Thermoplastic Starch (Chapter 16) in Innovation in Food Packaging 2nd Ed.」Elsevier.
3)農林水産省「令和4年度でん粉の需給見通し(2月)」<https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/kansho/attach/pdf/denpun-5.pdf>(2023年3月15日アクセス)
4)英謙二(2015)「ゲル化剤や増粘剤の開発とその特徴」『高分子論文集』72巻8号pp.491-504.
5)Masahiro Suzuki, Kenji Hanabusa(2010)「Chem. Soc. Rev.」39, pp.455.
6)泉千代子ら(2019)「天然糖1,5-アンヒドログルシトールの調製と甘味特性及び物理化学的特性の評価」『応用糖質科学』9巻3号pp.195-199.
7)1,5-D-アンヒドログルシトールの製造法,特許第6073585号,日本澱粉工業株式会社
8)安東倫朗,岡田拓矢,井上隆典,伊藤和明(2017)「低分子ゲルのゲル化挙動と溶媒効果」『オレオサイエンス』17巻12号pp.615-622.
9)Takahito Kajiki, Shiro Komba(2019)「J. Appl. Glycosci.」66, pp.103.
10)Takahito Kajiki, Shiro Komba, Rika Iwaura(2020)「ChemPlusChem」 85, pp.701.
11)一般社団法人日本改質アスファルト協会<https://www.jmaa.jp/index.html>(2023年3月15日アクセス)
12)Rika Iwaura, Shiro Komba(2022)「ACS Sus. Chem. Eng.」10, pp.7447.
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