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フランスのばれいしょでん粉生産とその動向〜生産状況の変化と生産維持に向けた動き〜

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最終更新日:2025年5月9日

フランスのばれいしょでん粉生産とその動向
〜生産状況の変化と生産維持に向けた動き〜

2025年5月

調査情報部 福寿 悠星、岡田 真希奈

【要約】

 欧州ばれいしょ生産の中心的な存在であるフランスでは、主に同国北部でばれいしょでん粉が生産されている。近年、でん粉原料用ばれいしょの生産量が競合作物への生産転換やでん粉工場の閉鎖など複合的な要因により減少していることから、同国の関係者は生産維持のための対応を迫られている。

はじめに

 欧州のでん粉業界団体であるスターチヨーロッパ(STARCH EUROPE)および欧州委員会統計局(EUROSTAT)によれば、EU加盟国のうち、23カ国ででん粉が生産されている(図1)。これらでん粉の原料には、小麦やトウモロコシに加えて、ばれいしょも多く利用されており、現在、EUは世界最大のばれいしょでん粉生産地域である。



 

 このうち、ばれいしょの作付面積、生産量ともにEU域内第2位のフランスは、EUのばれいしょでん粉生産の中心的存在である(表1)。また、同国はでん粉原料用ばれいしょのEU域内への供給量が17万7千トンと加盟国中最大であり、でん粉原料用ばれいしょの供給国としても認知されている(図2)。

 しかし、同国のでん粉原料用ばれいしょの生産は、新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の感染拡大時に一時的に増加したものの、でん粉工場の閉鎖や干ばつなどの気候変動、変動する生産者価格などから、加工用ばれいしょなど競合作物に作付けを転換する生産者が増えており、でん粉の業界関係者は危機感を募らせている。
 






 
 このため、本稿ではさまざまな課題に直面するフランスのばれいしょでん粉の現状について、現地のでん粉工場や原料用ばれいしょ生産者、同国で開催された欧州最大のばれいしょ展示会であるポテトヨーロッパ(Potato Europe)参加者からの聞き取り情報を交えて報告する。

 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年3月末日TTS相場の1ユーロ=163.58円を使用した。

1 EUのでん粉需給

(1)生産量

 EUでは、小麦、トウモロコシ、ばれいしょなどから年間約1100万トンのでん粉が生産されてきた(図3)。2022年以降は減少傾向にあり、23年は前年の穀物やエネルギー価格の高騰と景気の後退を受け、主にコーンスターチから作られる異性化糖、水あめ、ぶどう糖などの糖化製品の需要が落ち込んだことで、923万トン(前年比11.7%減)とかなり大きく減少した。



 

 ばれいしょでん粉は、20年から21年にかけてCOVID−19の感染拡大に起因する外食需要の減少により加工用(主にフライドポテト向け)ばれいしょ需要が減少したことを受け、生産者がでん粉原料用ばれいしょに作付けを転換したことで一時的に生産量が増加した。しかし、その後は、生産コストの上昇や気候変動など栽培リスクの増加、外食需要の回復などを背景に加工用や生食用ばれいしょに作付けを戻したことで、生産量は減少に転じている。

 また、これまでフランスをはじめとした欧州各国では、ジャガイモ疫病(注1)をはじめとする病虫害の発生がばれいしょの生産に影響を及ぼしてきたが、近年の気候変動による異常気象は、さらなる被害発生のリスクを高めるおそれがあるとして、同国の業界関係者は警戒を強めている。

(注1)病原体であるPhytophthora infestansに感染した種ばれいしょなどから感染が広がる。発病すると、葉に暗緑色の斑点が拡大し、葉の裏面に霜状の白いかびが発生する。また、塊茎に感染した場合、腐敗することがある。

(2)消費量

 EUのでん粉消費量は、2020年まで900万トン台を維持していたが、21年以降は900万トンを下回って推移している。特に、23年は景気後退やエネルギー価格を始めとする生産コスト増を受けて製紙業の需要が減退したことにより、製紙向けなどの化工でん粉の消費量が減少した結果、消費量は718万トン(前年比13.6%減)とかなり大きく減少した(図4)。用途別の消費割合を見ると、非食用と食用の割合はおおよそ1:1であり、非食用は製紙向けが、食用は菓子・飲料が、それぞれ大きな割合を占めている(図5)。






 

 また、でん粉の製造過程では、副産物としてたんぱく質と繊維質が生じ、これらはEU全体で530万トン(23年)に及ぶ。これらの副産物は主に家畜や養殖魚向けの飼料に利用されるが、そのうち、110万トンはたんぱく質含有量が60%以上と高く、飼料のほか一部食品や飲料に利用される。さらに、近年は動物性たんぱく質に代わる植物性たんぱく質の原料として、ヴィーガン(完全菜食主義者)などの層から注目を集めている。

(3)輸出入量

 2017年から23年までのEUのでん粉平均輸出量は、736万トンであった。23年の輸出量の内訳を見ると、天然でん粉(注2)が約40%、糖化製品が約34%、化工でん粉(注3)が約25%であり、天然でん粉の中では、ばれいしょでん粉が最大の輸出品目(同期間の平均輸出量108万トン)であった(図6)。

 また、同期間のでん粉平均輸入量は562万トンであった。23年の輸入量の内訳を見ると、糖化製品が約41%、天然でん粉が約36%、化工でん粉が約22%であり、天然でん粉の中では、コーンスターチが最大の輸入品目(同期間の平均輸入量71万トン)であった(図7)。

(注2)でん粉を含有する植物体から抽出・製造されるでん粉のこと。
(注3)天然でん粉を酸や熱、化学薬品などで処理することで、でん粉本来の特性を改良したり(接着力の強化、粘度の調整など)、新しい性質を加えたり(冷水への可溶性など)したもの。



 
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2 フランスのでん粉生産の概要

(1)でん粉原料用作物の生産動向

 EUの中でフランスは、ばれいしょ、小麦、トウモロコシの主要生産国であり、主にこの3品目を原料としてでん粉を生産している。2016/17年度(7月〜翌6月)から23/24年度までの各品目のでん粉仕向量を見ると、いずれの品目も減少傾向にあり、生産量に占める仕向割合も減少傾向で推移している(図8)。
 


 

 また、でん粉原料用作物の生産者価格は、いずれの品目とも21年から上昇し、22年はロシアによるウクライナ侵攻で投入財やエネルギー価格が高騰したことにより、さらに上昇した(図9)。でん粉原料用ばれいしょの生産者価格は、22年の後半から他の2品目よりも高値で推移し続け、24年7月時点では1ヘクタール当たり100ユーロ(1万6358円)を超えている。
 
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(2)でん粉原料用ばれいしょおよびばれいしょでん粉の生産動向

 フランスのでん粉原料用ばれいしょの生産量は、市場の動向、気象条件、競合作物などさまざまな外的要因により減少が続いている(図10)。特に2022/23年度以降は外食需要の回復から、多くの生産者がより価格の高い加工用ばれいしょに転換したほか、近年は干ばつなどの天候不順に加え、肥料や燃料価格の上昇などによる生産コストの増加から、生産者の中には野菜や果実など付加価値の高い品目の生産に着手する者も現れている。

 さらに、2023年8月に大手でん粉製造企業テレオス(Tereos)社のばれいしょでん粉工場閉鎖が発表されたことに伴い、でん粉原料用ばれいしょ生産者は23年から24年にかけて1200戸から700戸まで減少し、5000ヘクタール以上の作付面積が減少するなど、でん粉原料用ばれいしょの生産は不安定な状況が続いている。
 
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(3)ばれいしょでん粉の用途別消費割合

 ばれいしょでん粉の用途別消費割合は、ばれいしょでん粉特有の粘性の高さ、弾力性、透明感が食品への使用に適しているため、食用向けの割合が最も高く、7割以上を占めている(図11)。
 
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3 フランスのばれいしょでん粉製造業者

 フランスのでん粉工場は、北部のオー=ド=フランス地域圏、グラン・テスト地域圏、ノルマンディー地域圏の3地域圏に4社9工場が立地している(図12、表2)。これら3地域圏は、同国のばれいしょ生産量の9割以上を占める一大ばれいしょ生産地帯でもあるため、原料供給地に工場が設置されているのである。ばれいしょでん粉工場は、ロケット(Roquette)社がオー=ド=フランス地域圏のソンム(Somme)県べクモン(Vecquemont)地区で稼働させ、テレオス社は2024年1月に工場の閉鎖が承認されるまでグラン・テスト地域圏のマルヌ(Marne)県オシモン(Haussimont)地区で稼働させていた。同社の工場閉鎖について現地関係者は、天然でん粉のみの生産で利益幅が小さく、また、工場の老朽化により増産には多額の投資が必要であったことに加え、原料価格および電気代が高騰するなど短期間で多くの問題に直面していたとした。



 
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(1)ロケット社のばれいしょでん粉生産

 現在、同国唯一のばれいしょでん粉工場を所有するロケット社は、フランス最大のでん粉製造業者である。また、同社の事業分野は、医療・栄養、食品、飼料、肥料、化粧品など多岐にわたり、特に健康・栄養市場向けの植物由来成分と医薬品添加剤に関しては世界的企業として認知されている。この中で同社のばれいしょでん粉事業は創業当初から継続しており、1933年にリールの近くに最初の工場を稼働させた後、56年に現在のベクモン地区に移転して以降も稼働している(写真1)。
 


 

 同工場は、通常9月下旬から1月頃まで稼働し、原料処理量は1日当たり約5000トン、でん粉生産量は同約1000トンである。2023/24年度は、65万トンほどのでん粉原料ばれいしょから15万8100トンのでん粉および副産物を生産した(図13)。原料となるでん粉原料用ばれいしょは、後述のベクモンでん粉協同組合(Coopérative Féculière de Vecquemont)に所属する生産者のみから調達している。

 










 

 同社のでん粉製品のうち、天然でん粉は生産量の約4割を占め、主に水産練り製品や麺類などの食品向けに利用される(図14)。化工でん粉は食品や医薬品の錠剤などに利用され、同社の主要輸出品目でもある。また、カチオンでん粉(注4)は、製紙やダンボール用接着剤など幅広い用途で利用されている(図15、写真2)。製品の輸出先は、EU域内が輸出量の5割以上を占め、主に化工でん粉とでん粉製造の副産物であるたんぱく質を輸出している(図16)。

(注4)製紙の製造過程で紙全体の強度を向上させる目的ででん粉のり(内部添加剤)として使用される。




 同社担当者によると、これらのでん粉製品は、紙袋製品はすべてパレットに積んで輸送し、紙袋製品以外はフレコンバックに類似したBigbagと呼ばれる1トン単位の容器または20トントレーラーのタンクに充填し、輸送するとのことであった。

 また、同社はテレオス社がオシモン工場を閉鎖した後、その工場に出荷していた生産者のうち、でん粉原料用ばれいしょの集荷地域が重なっていた400ヘクタール分の生産者を受け入れた。さらに、テレオス社の工場からでん粉を仕入れていた食品企業数社についても、でん粉ユーザーがその仕入れ先を変えることは極めて稀としながらも、同様に取引を引き継いだ。同社担当者によると、これらは同社にとってわずかな変化であったとし、売り上げなどに大きな影響はなかったとのことである。

(2)でん粉原料用ばれいしょ生産者組合の概要

 ベクモンでん粉協同組合は、2010年に設立したでん粉原料用ばれいしょ専門の生産者組合である。同組合には、ロケット社の工場が立地するオー=ド=フランス地域圏のソンム県ベクモン地区の半径約120キロメートル圏内の700農場が加入している(表3)。同組合では、でん粉原料用ばれいしょの生産計画の策定、病害防除予測ツール(Mileos®(注5)などを活用した営農指導、種ばれいしょの供給を行うほか、ばれいしょ販売窓口としてロケット社との価格交渉も行う。前述の通り、同組合の加入農場が生産するでん粉原料用ばれいしょは、全量が同社ベクモン工場に出荷されるが、これは同組合と同社で締結している原料の出荷に関する契約に基づいている。同組合担当者によれば、この契約は、物流などの一元的な管理を可能とし、コストの削減にも貢献しており、組合員の加工用ばれいしょの生産および出荷を妨げるものではないとのことである。

 ベクモン地区のでん粉原料用ばれいしょ栽培は、3月に植え付けを行い、その後、追肥や除草などの栽培管理をしながら肥大させ、9月に収穫期を迎える。同組合の担当者によれば、2024/25年度の作付面積は1万500ヘクタール、生産量は50万トンほどを見込んでいる。

(注5)生産者の拠出金により運営されている公的な研究機関かつフランス最大の農業応用研究機関であるアルバリス農業技術研究所(Arvalis Institut du Végétal)が提供するジャガイモ疫病の病害予測ソフトのこと。



 

 ロケット社およびベクモンでん粉協同組合は、でん粉原料用ばれいしょの増産を望んでいるが、でん粉原料用ばれいしょは他のでん粉原料に比べて生産コストが高く、さらに、生産者価格は加工用ばれいしょに比べて安価なことから、生産者の生産意欲が高くないとのことである。また、需要の増加で生産者価格が上昇している加工用ばれいしょに作付転換する生産者もいることから、価格交渉は同組合にとって重要な業務の一つとなっている。同組合はロケット社ベクモン工場にとって唯一のでん粉原料出荷組織という立場を生かし、組合員の生産意欲向上のために適正価格での売買の重要性を訴え、組合員の希望に近い価格を勝ち取っている。現地関係者によれば、でん粉原料用ばれいしょの生産者価格は1トン当たり120ユーロ(1万9630円)、加工用ばれいしょは同180ユーロ(2万9444円)とされている。現状では、同60ユーロ(9814円)の価格差があるものの、でん粉原料用はロケット社側の理解もあり、数年前の生産者価格(同65ユーロ:1万633円)の約2倍の価格を実現している。

 組合長であるCamille Deraeve氏(写真3)は、地域のでん粉原料用ばれいしょ生産を維持していくためには、「価格」が重要な要素となると言う。生産者価格を上昇させ、その分をばれいしょでん粉製品価格に反映させることが考えられるものの、単なる製品価格の上昇は、安価な他のでん粉製品に需要が移行して売り上げの減少につながるリスクが高いため、実現は難しいと話していた。
 
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コラム Potato Europe 2024

 Potato Europeは、フランス、オランダ、ドイツ、ベルギーの4カ国が持ち回りで開催している欧州最大のばれいしょ展示会である。2024年はフランスで開催され、約80カ国から1万8000人が来場した。40ヘクタール以上の広大な会場では、400社近くのブースが並び、ばれいしょの栽培、収穫および品種などに関する最新技術や商品を紹介していた。ばれいしょをテーマにした各種講演も催され、会場中央部では農業機械の展示・実演が行われるなど、大きな盛り上がりを見せた(コラム−写真1)。




 今回のPotato Europeの主催者であるアルバリス農業技術研究所のブースでは、さまざまな生産技術や病虫害に関する情報発信を行っていた。また、別の企業のブースでは、フランスのばれいしょ生産における主要な病気である「ジャガイモ疫病」について、病害抵抗性の有無による品種間の被害状況を比較し、抵抗性品種は非抵抗性品種に比べて病害の発生を遅らせ、被害を軽減させる効果があることを説明していた(コラム−写真2)。




 Potato Europeには、今回紹介したもののほか農薬や物流資材などを取り扱うブースもあり、ばれいしょに関するあらゆる情報を体感し、収集できる。また、会場内はフライドポテトなどの飲食物ブースも立ち並び、和やかな雰囲気の中、国内外からの業界関係者以外に加えて農業を志す若者の姿も数多く見受けられた。 次回は25年9月にオランダのワーヘニンゲン大学の研究農場で開催が予定されており、業界関係企業および業界団体のブース展示や農業機械の実演に加え、同大学主催のばれいしょ栽培に関する国際会議も予定されている。
 

(3)品種開発の状況

 フランス北部にある種ばれいしょ生産者組織の品種開発部門であるSipreは、ベクモンでん粉協同組合などから出資を受け、品種開発を続けている。Sipreが開発したでん粉専用品種には、「PAVONIS」「LD17」「BRENNUS」などがあり、その特徴は表4の通りである。Sipreの担当者によると、品種改良は、1)効率性(収量およびでん粉価の高さ)、2)高温乾燥耐性、3)疾病耐性(ジャガイモ疫病、シストセンチュウへの耐性)−が重要であり、新品種の開発から量産段階に入るまでには6〜7年ほどの期間を要するとしている。このうち、2)の高温乾燥耐性(気候変動対策)については、灌漑(かん がい)設備の普及率がでん粉原料用ばれいしょ生産者の3%程度にとどまることや、近年天候不順が多発することにより、その重要性が増している。



 

 また、種ばれいしょの入手方法は、Sipreをはじめとする国内調達のほか、品種開発の盛んなオランダなど国外から輸入する方法もある。種ばれいしょの購入価格にはロイヤリティ(知的財産権)が含まれており、生産者が購入することで開発者にロイヤリティが入る仕組みになっている。国外から種ばれいしょを購入する際も、同様の仕組みでロイヤリティを支払う必要があるが、登録から30年を経過すると支払義務はなくなる。

(4)加工用ばれいしょとの競合

 フランスではでん粉原料用ばれいしょのほかに、一般的に消費される生食用と加工用ばれいしょが生産されている。加工用ばれいしょは、主に冷凍フライドポテト、ピューレ、チップスに加工される。2023/24年度のフランス国内全体のばれいしょ加工品の購入金額は、14億300万ユーロ(2295億274万円、前年度比11.9%増)とかなり大きく増加した。この需要に応えるため、加工用ばれいしょの出荷量(工場供給量)も161万トン(同13.1%増)とかなり大きく増加した(図17)。競合関係にある加工用ばれいしょの需要が拡大する中、でん粉原料用ばれいしょが置かれている状況について、現地関係者からの聞き取り内容を報告する。
 


 

 フランスのばれいしょ加工業者団体(GIPT)の会長は、でん粉原料用ばれいしょ生産の特徴は、加工用と比較して少ない投資で利益を出せることであるという。最終的な利益額で比較すれば、加工用とでん粉用に大きな差はないとしつつも、現在、加工用は生産者価格が高いことで、でん粉原料用に比べて収入面で有利なことから、生産者は加工用に移行しているとした。その上で、でん粉市場は食品向けだけではなく、非食品向け利用が拡大する余地もあることから、将来性が期待できるとしている。

 また、フランスのばれいしょ生産者連盟(UNPT)の担当者は、国内のばれいしょでん粉工場数が100年前の70カ所から、10年前には3カ所、2023年には2カ所、24年はついに1カ所にまで減少した状況に触れ、工場数の減少がでん粉原料用ばれいしょの現状を反映しているとした。現在の状況について根本的な解決策はないとしたものの、ばれいしょ業界としては、最後に残ったロケット社の工場を守り、今後もでん粉原料用ばれいしょ生産を支援していく考えを示した。さらに、ばれいしょでん粉は食品以外の用途も多いことに触れ、国内生産を維持できない場合、国内の医薬品製造などにも影響が及ぶため、政府の援助が必要であるとも述べた。

(5)ばれいしょ生産者からの聞き取り

 今回、でん粉原料用ばれいしょ生産者(2者)を訪問し、聞き取りを行った(表5)。2者の経営品目は、でん粉原料用を含むばれいしょのほか、穀物、てん菜、油糧作物などの土地利用型作物である。ベクモン地区では北海道と同様に輪作を実施しており、輪作体系の中でばれいしょは基幹作物に位置付けられている。



 

 ベクモンでん粉協同組合の前組合長であるBrassete氏は、フライドポテト需要の増加による加工用ばれいしょの生産者価格の上昇を受け、でん粉原料用ばれいしょの一部を加工用ばれいしょに転作する意向を示した。また、増加傾向にある生産コストを補える生産者価格にならない限り、でん粉原料用ばれいしょの生産量は減少し続けると見込んでいるとした。さらに、近年は、猛暑や干ばつ、集中豪雨などの気候変動の影響により、ばれいしょ生産が困難な状況にあるため、この状況が続く場合、生産者は穀物などの他品目への転作を希望する可能性があると指摘していた。

 GIPT会長のDelacour氏は、でん粉原料用ばれいしょの出荷先であったテレオス社の工場閉鎖により、2024/25年度からでん粉原料用ばれいしょをすべて加工用ばれいしょに転作するとした。同氏は、ばれいしょでん粉は食品分野以外にもバイオプラスチック用途など、長期的な需要が新たに生まれた中で、工場閉鎖の判断は時期尚早だったと批判した。また、コロナ禍での外食需要減少に伴うでん粉原料用ばれいしょへの生産転換については、結果として在庫過多となったことで生産者価格が下がり、生産コストを補えない状況になったとした。さらに同氏は、生産者から見ると、加工用ばれいしょはでん粉原料用ばれいしょに比べて出荷基準は厳しいが、生産者価格が高いことから、転作を希望することは自然の流れとの考えを示した。

(6)生産者への支援

 フランスのでん粉原料用ばれいしょ生産者向けの支援として、EUの共通農業政策(CAP)による所得支援(CIS:Coupled Income Support(注6))がある。CISは、特定の対象品目の中からEU加盟国が任意で対象品目を設定することが可能であり、現在、フランスを含む6カ国がでん粉原料用ばれいしょをCISの対象としている。同国のCISは、激しい競争下にあるでん粉原料用ばれいしょの工場への原料供給を確保するため、加工工場または協同組合を含む生産者団体との間で契約栽培を行う生産者に対し、その栽培面積に応じて1ヘクタール当たり約84ユーロ(1万3741円)の補助金を支払うこととしている(表6)。

(注6)現行(2023〜27年)のCAPでは、EU加盟国は直接支払いの総額のうち最大13%まで所得支援(CIS)を行うことができるが、たんぱく質の原料となる品目に対して支援する場合のみ、15%までその割合を引き上げることができる。フランスでは、でん粉原料用ばれいしょのほか、マメ科植物、コメなどを対象品目としている。
 



 このような中で、フランス農業・食料主権・林業省は、2024年にでん粉原料用ばれいしょに対するCISの補助金を段階的に増額することを発表し、UNPTをはじめ関係者は歓迎の意を示した。UNPTの声明では、今回の増額がすべての問題を解決できるわけではないが、でん粉市場の成長が見込まれる中、でん粉原料用ばれいしょの生産者価格の上昇に向けて引き続き働きかけを行っていく姿勢を示した。

おわりに

 フランスのばれいしょでん粉生産は、加工用ばれいしょなどの競合作物への転作、干ばつや集中豪雨など気候変動の影響、生産者価格の変動など複合的な要因により生産量が減少し、厳しい局面を迎えている。競合作物への転換に関しては、生産コストの増加による収益性の低下が避けられない状況の中、生産者価格の高い加工用ばれいしょなどへの作付けの転換が進んでいる。また、気候変動に対して現状では有効な手段が少なく、ばれいしょの品質や収量に影響を及ぼすほか、他品目への転作も加速させている。テレオス社の工場閉鎖は、それに拍車をかける形となり、多くの生産者と作付面積を失ったことで、同国のばれいしょでん粉生産にとって大きな痛手となった。同社は従業員の社会的支援や工場跡地の再利用を表明しているが、工場閉鎖は従業員とその家族だけではなく、原料運搬ドライバーなど関連業務従事者の雇用など、地域経済全体への影響も計り知れない。

 このように、同国のばれいしょでん粉生産は複合的な要因が絡み合う厳しい状況にあり、当面の間はロケット社による生産者へのさらなる歩み寄りや政府の支援制度により、生産コストの増加や他作物の生産者価格との差に対応することで、供給量を確保していく必要がある。それと同時に、業界全体で新たな分野での需要開拓や商品の高付加価値化などにより、ばれいしょでん粉の持つ「価値」を高めることがこれまで以上に求められることになる。また、品種改良への投資や栽培技術の支援を通じて、気候変動の影響下でも一定以上の収量を得られる品種や低コスト化技術を生産者に提供すること、そして、でん粉原料用ばれいしょが生産者にとって魅力的な作物となるよう価格交渉を続けることが求められる。さらに、生産者と連携して疾病対策や栽培管理を徹底し、できる限りリスクを軽減しながら、でん粉原料の安定供給を続けていく必要もある。このような状況をでん粉需要者の理解を得つつ、サプライチェーン全体ででん粉原料用ばれいしょの生産者価格を支える仕組みを構築することが、ばれいしょでん粉の安定生産につながっていくと考える。

 フランスにおけるでん粉原料用ばれいしょの生産は、気候変動の影響や加工用ばれいしょとの競合など、わが国と共通する問題も多かった。現在は問題が山積だが、同国の関係者の多くは、でん粉の持つ可能性を信じ、前向きな姿が印象的であった。最後に、わが国における同様の問題解決のヒントともなる、今後の同国を含めたEUの対応などについて、引き続き動向を注視していきたい。

謝辞

 ご多忙な中、ご協力いただいたフランスのばれいしょでん粉産業を支える多くの関係者に対し、この場を借りて感謝申し上げる。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272