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でん粉原料用かんしょ生産を中心とした営農モデルの確立に向けて

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最終更新日:2018年11月9日

でん粉原料用かんしょ生産を中心とした営農モデルの確立に向けて
〜鹿児島県阿久根市の若手大規模生産者慶越雅弘氏を事例として〜

2018年11月

鹿児島事務所 合屋 祐里

【要約】

 でん粉原料用かんしょの生産者数および収穫面積が減少の一途をたどる中、鹿児島県阿久根市の若手大規模生産者・慶越(けいごえ)雅弘氏は、でん粉原料用かんしょ生産を経営の柱に据えて、地域の農業協同組合やでん粉製造事業者、行政機関とともに、安定的な収量確保のための栽培技術の向上などに取り組んでいる。

はじめに

 かつてかんしょでん粉は、九州地方のみならず、全国各地で生産されており、最盛期には2千近くの製造工場が操業していたが、安価な輸入トウモロコシを原料としたコーンスターチの生産増加を受けて、現在は鹿児島県内に15工場が残るのみとなっている。

 でん粉原料用かんしょの生産者数は、平成19年産(注1)の1万537戸から毎年減少を続けており、29年産には4537戸と半数以下にまで落ち込んだ (図1)。また、収穫面積についても、原料の調達先で競合する焼酎の需要によって変動があるものの、減少傾向で推移しており、10年間で約25%減少したが、1戸当たりの収穫面積は、19年産の63アールから29年産の109アールへと増加している。

 一方、規模別で見ると、依然として1ヘクタール未満の生産者数が全体の約67%(注2)を占めている。また、年齢層別では、生産者の約7割が60歳代以上(注2)と高年齢層が大半を占めており、でん粉原料用かんしょの生産基盤の弱体化が懸念されている。さらに、29年産においては、春先の低温に伴う植え付けの遅れや9月以降の台風などの天候不順による生育不良によって、過去最低の収穫量およびでん粉生産量となった(表1)。

 このように、鹿児島県の伝統的な食品であるかんしょでん粉産業の存続が危ぶまれる中、若手生産者の慶越雅弘氏は、でん粉原料用かんしょを経営の柱に位置付け、4ヘクタール近くを栽培し、今後もさらなる規模拡大を目指している。本稿では、でん粉原料用かんしょ生産で収益を確保するモデル経営の確立に向けた、慶越氏と地域の関係者による取り組みを紹介したい。

(注1)でん粉年度は、10月〜翌9月。
(注2)平成29年産でん粉原料用いも交付金要件審査結果。

図1 でん粉原料用かんしょ生産者数および収穫面積の推移

表1 でん粉原料用かんしょの収穫量およびでん粉生産量の推移

1.地域の概要

 鹿児島県の北西部に位置する阿久根市は、東シナ海に面した美しい海岸線が南北約40キロメートルにわたって続き、夏には大勢の海水浴客でにぎわうほか、ウミガメの産卵地としても知られている(図2)。

 阿久根市の耕地面積は1250ヘクタール(注)で、温暖な気候を生かした農業が盛んで、市の木にも指定されているボンタンをはじめとした柑橘(かんきつ)類は、全国有数の生産高を誇っている。また、全国屈指のソラマメの産地でもあり、ソラマメの後作として、でん粉原料用かんしょを栽培する農家も見られる。

 阿久根市における販売農家数は508戸で、基幹的農業従事者の平均年齢は67.6歳となっており、同市の農業構造についても高齢化が見て取れる(表2)。そうした中で、20代の慶越氏の存在は、貴重な地域農業の担い手と言えるだろう。

(注)農林水産省「平成29年作物統計」(平成30年2月19日公表)。

図2 阿久根市の位置

表2 阿久根市の農家概況

2.慶越氏の経営概要

(1)現在に至るまで

 慶越氏は、両親と3人でかんしょ、オクラおよびブロッコリーの生産に取り組む耕種農家である。
 同氏は、農業大学校在学中、数ある農作物の中でも栽培が難しいとされるアールスメロンの栽培を専攻していたが、鹿児島県曽於市の青果用かんしょ農家の下で研修する中で、かんしょの品種や土壌環境によって異なる栽培方法の奥深さを知り、()かれていった。折しも、平成23年に国が葉たばこの廃作および転作奨励を実施したことを受けて、たばこ農家であった慶越氏の実家は、当時副次的に生産していたでん粉原料用かんしょを中心とした経営に移行することとなった。そこで、24年の大学卒業と就農に併せて、父・健一氏がでん粉原料用かんしょを担当する一方、慶越氏は在学中に培った経験を生かし、それ以外の農作物を分担して生産する体制からスタートした。

 当初は取引価格が高い青果用かんしょ生産に力を入れていたが、土壌の性質上、糖度が上がりにくかったことと、少ない労働力で袋詰めなどの収穫後作業を行う効率性の悪さから、土地に適した農業として、次第にでん粉原料用かんしょ生産を指向するようになった。そして、29年に父・健一氏が所有する()(じょう)を引き継いだことを契機に、でん粉原料用かんしょ生産に本格的に取り組むようになった。

(2)経営概況

 平成29年の作付面積は、でん粉原料用かんしょ387アール、焼酎原料用かんしょ200アール、青果用かんしょ13アール、ブロッコリー320アールおよびオクラ15アールとなっており、でん粉原料用かんしょの作付面積だけで全体の4割強を占めている。また、同年の売り上げ構成を見てみると、好調なブロッコリーの相場や先述の天候不順によるかんしょ生産の不振にもかかわらず、でん粉原料用かんしょの売上が全体の3割を占めており、主要な収入源として、でん粉原料用かんしょが経営上いかに重要な作物であるかがうかがえる(図3)。

 かんしょの栽培スケジュールについては、毎年 4〜6月にかけて植え付けを行い、8〜12月にかけて青果用、焼酎原料用、でん粉原料用の収穫を順次行う(表3)。作業に当たるのは、基本的に慶越氏と両親の3人のみであるため、繁忙期の植え付け時期には、1人当たり1日40〜50アールを植え付ける。

 また、その他の野菜であるオクラとブロッコリーについては、輪作で栽培を行っており、オクラは 7〜8月、ブロッコリーは冬作を11月〜翌3月、春作を4〜5月に収穫している。

 こうした栽培スケジュールを組む理由として、かんしょの圃場は土壌の性質上、輪作に適した他の農作物がないため、かんしょだけでは収穫時期に偏りが生じてしまう。そこで、かんしょ以外の圃場において、それぞれ収穫時期の異なる農作物を栽培することで、年間を通して一定の収入を確保できるようにしている。

図3 品目別の作付面積および売上構成

表3 慶越氏の栽培体系

3.慶越氏の取り組み内容と今後の課題

 阿久根市の海岸沿いにあるかんしょ圃場は、砂浜のようにさらさらとした砂質土壌であり、前述の通り栽培に適した農作物は限られる(写真1)。この土地利用上の制約が、経営方針におけるでん粉原料用かんしょの位置付けを高めた一要因でもある。しかしながら、それ以上に、慶越氏は、生産コストが低く、安定的な収入を確保することができ、かつ栽培技術の向上に専念できるでん粉原料用かんしょに魅力を感じたことを理由に挙げている。
 


 

 ここで、でん粉原料用かんしょの取引について説明すると、他の農作物や焼酎原料用かんしょなどと比べて、はやり廃りによる需要量の変動が少ないこと、形状や大きさの規格が厳しくなく、かんしょの総重量を基に販売額を計算(重量取引)することが特徴となっている。また、その販売価格は、生産者の経営安定を図るために、年度ごとに決定される取引単価と交付金単価から成り、あらかじめ収入の予測を立てやすいという利点もある。これらの特徴から、でん粉原料用かんしょ生産においては、いかに収量を上げるかが経営を左右することになる。

(1)栽培技術向上の取り組み

 かんしょ栽培における土壌の最適pHは5.5〜6の弱酸性とされるが、慶越氏の圃場は、土壌診断の結果、pH8.1と強アルカリ性を示す場所もあり、肥料養分が吸収されにくい環境となっている。また、極度に水はけが良く乾燥しやすいため、秋ごろの大雨でも収穫間際のかんしょが腐りにくい反面、地温が上がりやすく、苗の植え付けのタイミング次第では、すぐに活着不良や枯死を引き起こしてしまう。

 このような厳しい栽培環境において、収量を上げるために、鹿児島いずみ農業協同組合(以下「JA鹿児島いずみ」という)やでん粉製造事業者の株式会社サナス(以下「サナス」という)の支援を受けながら、病害虫に強い苗づくりに励んでいる。

 作付け品種の6割を占める「シロユタカ」の苗については、サナスの子会社であるサナスファーム株式会社が育苗したバイオ苗(注)を購入し、その苗から翌年度の植え付けに向けた種いもを育てている。そして、種いもから発芽した芽茎を採苗し、過酷な栽培環境でも生育するよう、なるべく太い苗を選抜する。この採苗作業はすべて手作業で行われており、かんしょ栽培の中でも特に重労働とされるが、慶越氏によると、その年の収量の9割を決定すると言ってもよいほど重要な作業である。出水地区(出水市、阿久根市、長島町の2市1町)では、JA鹿児島いずみとサナスが協力して、種いも用の苗や種いもの生産・流通を行うとともに、生産者の購入費用を一部助成することで、生産者の負担軽減とでん粉原料用かんしょの増産を図っている。

 また、苗づくりだけでなく植え付け方法についても、JA鹿児島いずみの営農指導員である大田昭浩氏と検討を行い、毎年改良を重ねている。当初は、一般的な栽培指針に基づき、節数7〜8節の苗を、水平に近い斜め植えで植え付けてみたものの、かんしょが肥大せず、葉ばかりが茂ってしまった。そこで、大田氏からのアドバイスを参考にしながら、毎年少しずつ節数や植え付けの向きを変化させた結果、砂質で地温が高い圃場において苗の活着具合とかんしょの肥大が良好なのは、節数5〜6節の苗の垂直植えであることが分かった。

 さらに、慶越氏と大田氏は、同じく砂質の土壌で栽培されるかんしょの産地として、徳島県で「鳴門金時」を生産する農家を訪ね、土壌の違いや産地ならではの工夫を視察するなど、二人三脚で栽培技術の向上および確立に取り組んでいる(写真2)。

 現在のでん粉原料用かんしょの収量について、慶越氏は、「鹿児島県の主要な産地である南薩地方や大隅地方の単収と比べれば、十分とは言いがたい」と述べる一方、「まだまだ試行錯誤の段階。『収量を上げるために、次は何に挑戦してみようか』という考えがいつも頭から離れない」と快活に語った。

(注)ウイルスが存在しない植物の芽の先端部を培養して作った苗で、生育がよく収量が多いなどの特徴がある。

写真2 慶越氏(右)と営農指導員の大田氏(左)

(2)新たな品種候補「九州181号」の現地試験への協力

 慶越氏のように、でん粉原料用かんしょ生産を経営の柱に据える生産者にとっては、栽培技術の向上による単収増加だけでなく、病気に強く、より単収やでん粉歩留まりの良い品種を作付けることも重要である。

 平成30年現在、鹿児島県では、「シロユタカ」、「シロサツマ」、「コナホマレ」、「ダイチノユメ」の4品種がでん粉原料用かんしょの奨励品種に指定されている。特に、「シロユタカ」は萌芽性、単収、歩留まり、病害虫抵抗性、貯蔵性などが総合的に優れており、でん粉原料用かんしょの作付面積の8割を占める品種だが、近年、茎が縦に裂けてしおれる「つる割れ病」が多く発生している。また、前述の通り、でん粉原料用かんしょ生産量の減少に歯止めがかからない中、かんしょでん粉業界では、生産者の生産意欲を高めるような多収品種の開発・普及が切望されてきた。

 こうした背景から、九州・沖縄ブロックで農作物の品種開発などを行う国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター(以下「九沖農研センター」という)による新品種の開発が進められ、シロユタカの約1.2倍の収量が取れるとされる「九州181号」が作出された。この品種候補は、単収だけでなく歩留まりや貯蔵性などについても良好とされ、しょ(こう)主根と茎をつなぐ部分)が強くて収穫時に切り離しづらい反面、シロユタカよりもつる割れ病に強いことが報告されている。

 現在、九沖農研センターおよび同センターから依頼を受けた鹿児島県の農業試験場である鹿児島県農業開発総合センターは、「九州181号」の場内試験に加えて現地での試験栽培も実施しており、特性データの蓄積や鹿児島県における栽培適性の調査を行っている(注)。その中で、九沖農研センターからでん粉製造事業者に対して現地試験への協力依頼があり、製造事業者による対象生産者の選考の結果、そのうちの一人として、でん粉原料用かんしょの大規模生産者であり、収量増加に熱心に取り組んでいる慶越氏に白羽の矢が立った。

 これらの試験結果は業界全体に注目されているのはもちろん、試験栽培に取り組む慶越氏にとっても、将来の経営を左右するものであり、自らの圃場に適した品種候補かどうか、収量がどのくらい増えるのかを期待しながら、日々栽培管理にいそしんでいる。

(注)新たに育成された品種候補は、育成者による試験研究などで優れた特性が認められると、品種および育成者の権利を保護することを目的とした種苗法に基づいて品種登録される。また、都道府県での栽培普及が有望視される品種または品種候補については、都道府県が開催する奨励品種審査会などでの審査を経て、奨励品種に採用されることになる。この審査に当たっては、都道府県の農業試験場が、育成者や地域の行政機関と連携しながら、場内試験や現地試験を通して蓄積したデータに基づき、奨励品種候補の推薦を行っている。なお、奨励品種に指定されると、都道府県での生産・普及を促進するための支援措置が講じられることが多い。

(3)今後の展望と課題

 これまで述べてきた通り、でん粉原料用かんしょ生産に本格的に取り組み始めてから日の浅い慶越氏にとって、目下の課題はでん粉原料用かんしょの収量の増加・安定である。砂地の圃場という不利な条件ではあるが、環境に適した栽培技術の確立や品種の選定によって、主要な産地に見劣りしない生産性を実現できるよう、日夜研究に励んでいる。

 その課題を克服した上で、さらに規模を拡大しながら、一斉採苗(注)などの省力的な栽培技術を導入し、でん粉原料用かんしょ生産でもしっかりとした収益を上げられるようなモデル経営を確立することが、最大の目標である。

 さらに、慶越氏は、「就農から現在に至るまで、近隣の生産者や地域の農業協同組合、でん粉製造事業者などのさまざまな人に支えられてきた恩返しがしたい」と述べ、最終的には、「法人化して若い従業員の雇用・育成に力を入れるほか、地域で発生する規格外の農作物を使って加工品を作る6次産業化などを通して、地域貢献できる経営を目指したい」と将来の抱負を語った。

(注)従来の採苗作業は、苗床に種いもを伏せ込み、発芽して生育していく茎の中から、採苗に適したものだけを選定して手作業で切断していく。地を這うように茎が伸長することは、省力化を進める上での障害となってきたが、近年開発された一斉採苗技術では、生育した茎を一斉に刈り取った上で苗を選別するため、生産者の作業時間の短縮と労働負担の軽減が期待できる。

おわりに

 でん粉原料用かんしょ生産をリスク分散の観点から経営に取り入れた事例については、これまでも本誌で複数取り上げてきたが、慶越氏のように、でん粉原料用かんしょ生産を経営の柱としている事例は類例がなかった。

 この違いについて、慶越氏の圃場が取引価格の高い農作物の栽培に向いていないという側面があることは否めない。しかしながら、こうした不利な条件下であっても、でん粉原料用かんしょ生産で生計を立てていこうと考えるのは、近隣の旧葉たばこ生産者などから土地を借り入れ、規模拡大をしやすい環境が整っていたこと▽でん粉原料用かんしょの重量取引という特性上、販売先や販売形態を気にすることなく、栽培技術の向上に専念できること▽若い慶越氏の熱意に感化された地域の関係者による積極的な支援・協力−によるものが大きい。

 でん粉原料用かんしょ生産でも十分な収益を確保できるようなモデル経営の確立に向けて、慶越氏の取り組みはまだ始まったばかりであるが、苦境にあえぐかんしょでん粉業界に明るい話題を提供しており、今後のますますの活躍が期待される。

 最後に、本稿の作成に当たり、ご多用にもかかわらず今回取材のご協力をいただいた慶越雅弘氏、鹿児島いずみ農業協同組合の大田昭浩氏、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センターの小林晃農学博士、鹿児島県農業開発総合センター大隅支場の(たけ)()((しめすへんに豊))(しめすへんに豊)(みのる)研究専門員をはじめ、関係者の方々にこの場を借りて深く御礼申し上げます。

コラム 慶越氏と消費者をつなぐ商品

 慶越氏が生産するでん粉原料用かんしょで作られたでん粉の一部は、健康食品の製造・販売を手掛ける鹿児島県の会社によって、コシの強さが特徴の「冷麺」の麺の原料として使われ、日本各地の焼き肉店などに卸されているほか、鹿児島市内のアンテナショップなどでも市販されている(写真3)。平成29年12月、産地から消費者に届けられるまでに携わる人々の思いなどを紹介する民放の全国放送のテレビ番組の中で、慶越氏の取り組みが取り上げられた。番組の最後には、焼き肉店で冷麺を注文した客と慶越氏がインターネット中継で会話する場面があり、客からの「おいしい冷麺をありがとうございます」というコメントを聞いて、慶越氏も顔をほころばせていた。 取材を受けて、慶越氏は、「自らが生産したかんしょが、さまざまな過程を経て消費者に届けられる様子を初めて目にし、生産意欲の向上につながった。鹿児島県ならではの食品であるかんしょでん粉のことをもっと消費者の方にも知っていただき、ぜひ食べてもらいたい」と語っている。
 


 

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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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