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でん粉原料用ばれいしょ品種と育成の現状について

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最終更新日:2010年3月6日

でん粉情報

[2008年1月]

【生産地から】

北海道立北見農業試験場
(農林水産省馬鈴しょ育種指定試験地)
作物研究部馬鈴しょ科 池谷 聡


1.はじめに

 北海道立北見農業試験場ばれいしょ科では、でん粉原料用ばれいしょ品種の育成が大きな目標である。この項では、既存のでん粉原料用ばれいしょ品種の特徴を簡単に紹介した上で、その問題点と北見農業試験場における育種目標を述べ、現在の育種の進行状況を紹介する。


2.既存品種の紹介

 現在、でん粉原料用ばれいしょとしては以下の7品種が、北海道の優良品種として登録されている。これらのうち、1,000ha以上の栽培面積を持ち広くつくられている品種は「コナフブキ」と「紅丸」のみである


1) 「紅丸」

・ 昭和13年に北海道農業試験場で育成された。
・ 熟期は中晩生で「コナフブキ」よりやや遅い。
・ いもの収量はかなり多収で「コナフブキ」より2割程度多いが、でん粉価が17%前後と低く、「コナフブキ」に比べてでん粉収量は8割から9割程度である。
・ でん粉品質については、「紅丸」は非常に優れており、いわゆるばれいしょでん粉固有用途全般に適する。ばれいしょでん粉固有用途とは、水産練製品、片栗粉、麺製品などで、でん粉品質ともども詳細は後述する。
・ 近年、発生地域が拡大している重要病害虫のジャガイモシストセンチュウには抵抗性がない。
・ 長い間、でん粉原料用の主力品種であったが、「コナフブキ」が育成されてからは栽培面積が減り続け、平成8年には「コナフブキ」に抜かれた。以降も栽培面積は急速に減り続け、平成18年には「コナフブキ」の約7%の1,000ha程度となっている。


2) 「コナフブキ」

・ 昭和56年に北海道立根釧農業試験場で育成された。
・ 熟期は中晩生である。
・ いもの収量は「紅丸」より少なく10a当たり4tから5t程度であるが、でん粉価が20%以上と高く、でん粉収量は「紅丸」より多収となる。耐肥性があるので、多肥や追肥で収量が向上する。また、でん粉収量の上昇が比較的早いので、9月初めからの早掘りも行われている。さらに、でん粉価が高いので、でん粉工場のでん粉回収率が高くなり、生産コストの低減を図れる利点がある。
・ でん粉品質については、リン酸含量および離水率が高いため「紅丸」より劣り、特に固有用途のうち水産練製品などには向かない。
・ ジャガイモシストセンチュウ抵抗性はない。ジャガイモYウイルスに抵抗性である。
・ でん粉原料用の主力品種で、平成18年の栽培面積は、でん粉原料用の約87%の17,000haである。


3) 「アスタルテ」

・ オランダで昭和50年に育成され、昭和61年に北海道澱粉工業協会とホクレンが共同で導入し、平成5年に北海道の奨励品種となった。
・ 熟期は「コナフブキ」よりかなり遅い極晩生である。
・ いもの収量は「コナフブキ」より多く、でん粉価は「コナフブキ」より2ポイント程低い。でん粉収量は「コナフブキ」並だが、場所によっては上回ることも多い。塊茎に小粒が多いため、圃場管理上支障をきたすことがある。
・ でん粉品質は「紅丸」並に優れ、固有用途全般に適する。
・ ジャガイモシストセンチュウ抵抗性である。
・ 収量品質ともに優れた品種だが、熟期が遅すぎて栽培しづらく、あまり普及していない。平成18年の栽培面積は、網走地方を中心に480ha程度である。


4) 「サクラフブキ」

・ 平成6年に北海道立根釧農業試験場で育成された。
・ 熟期は「コナフブキ」より遅い晩生である。
・ いもの収量は「コナフブキ」よりやや多く、でん粉価は「コナフブキ」より1ポイント程度高いので、でん粉収量は「コナフブキ」より多い。耐肥性がある。
・ でん粉収量の上昇は比較的遅く、早掘りには向かない。
・ でん粉品質は「紅丸」より劣る。
・ ジャガイモシストセンチュウ抵抗性である。ジャガイモYウイルスにも抵抗性である。
・ 平成18年の栽培面積は、網走地方を中心に150ha程度である。


5) 「アーリースターチ」

・ 平成8年に北海道農業試験場(現北海道農業研究センター)で育成された。
・ 熟期は「コナフブキ」より早い中生である。
・ いもの収量は「コナフブキ」並ででん粉価は2ポイントほど低いので、熟期の収量は「コナフブキ」に及ばないが、早期肥大性が早いため、早掘りでのでん粉収量は「コナフブキ」並である。
・ でん粉品質は「紅丸」より劣る。
・ ジャガイモシストセンチュウ抵抗性であり、早掘り適性と耐肥性を持つため、ジャガイモシストセンチュウ発生地帯で一部「コナフブキ」のかわりに栽培されている。
・ 平成18年の栽培面積は、650ha程度である。


6) 「ナツフブキ」

・ 平成15年に北海道立北見農業試験場で育成された。
・ 熟期は「コナフブキ」より早く「アーリースターチ」よりやや早い中生である。
・ でん粉価は「コナフブキ」並だが、いもの収量が「コナフブキ」より低いので、でん粉収量は「コナフブキ」に及ばない。早期肥大性が優れ、早掘りでのでん粉収量は「コナフブキ」並である。
・ でん粉品質は「コナフブキ」並で「紅丸」より劣る。
・ ジャガイモシストセンチュウ抵抗性である。
・ 平成18年の栽培面積は70ha程度である。


7) 「エニワ」

・ 昭和36年に北海道農業試験場(現北海道農業研究センター)で育成された。
・ 熟期は「コナフブキ」並の中晩生である。
・ 「コナフブキ」よりでん粉価は低く、でん粉収量も及ばない。
・ でん粉品質は「紅丸」より劣る。
・ ジャガイモシストセンチュウ抵抗性はない。
・ 塊茎腐敗に強く耐湿性も強いので、十勝沿岸地域の冷涼で湿性な低地帯で栽培されている。
・ 平成18年の栽培面積は160ha程度である。





3 .でん粉原料用ばれいしょ品種の問題点と育種目標について

 ばれいしょでん粉は、およそ半分がコーンスターチなどの他のでん粉と同じく糖化用として用いられているが、残りの半分は、水産練製品、片栗粉、麺製品などのいわゆる固有用途に用いられている。固有用途は、ばれいしょでん粉独特の品質特性に基づいている用途なので、ばれいしょでん粉の需用を確保する上で特に重要である。
 品種紹介の欄に述べたように、近年、以前の主力品種であった「紅丸」の栽培面積が、「コナフブキ」に食われる形で急速に落ち込んでいるが、それと連動して、固有用途のうちの水産練製品の需用が特に大きく落ち込んできている(図1)。
 この理由として、栽培面積においては、「コナフブキ」は「紅丸」に比べて多収ででん粉価が高いため生産者やでん粉工場には有利で、そのため栽培面積が「紅丸」に置き換わってきたと考えられる。一方で、需用面での水産練製品の減少は、「コナフブキ」は「紅丸」に比べてでん粉品質が劣るため、「紅丸」でん粉の供給減を補うかたちで、品質の優れるヨーロッパ産の化工ばれいしょでん粉やタイのタピオカでん粉に需用が食われていった結果ではないかと推測される。
 以上のことから、現在でん粉原料用品種に必要とされることは、生産者やでん粉工場に受け入れられる収量性と実需者に必要とされるでん粉品質を兼ね備えること、すなわち「コナフブキ」並かそれ以上の収量・でん粉価と、「紅丸」並に優れるでん粉品質を併せ持つことであると考えられる。さらに、発生地域が拡大しているジャガイモシストセンチュウに対し抵抗性を持つことも重要である。上記品種紹介欄でも示した通り、現在までに、これらを兼ね備えた品種は育成されていない。
 北見農業試験場では、この3点を兼ね備える品種を育成することを目標に、でん粉原料用の育種を行っている。


4.でん粉品質について

 ばれいしょでん粉をコーンスターチなどの他のでん粉と分ける品質特性は、粘度が最も高いこと、糊化温度が低いこと、糊化時の吸水膨潤力が最高であることが主なものである。固有用途の多くは、これらの特性を利用している。これらのうち粘度の高さは、ばれいしょでん粉に直接結合しているリン酸の含量が関係していることが知られている(リン酸が増えれば粘度が高くなる)。また、糊化温度と吸水膨潤力についても、リン酸と関係があると考えられる。このように、ばれいしょでん粉ではリン酸が重要な役割を果たしているが、リン酸含量が増えすぎると粘度の安定性が下がる欠点がある。また、糖化用途においても、リン酸が問題となることがある。そのため、リン酸含量のバランスの取れたでん粉が望ましい。
 一方、ばれいしょでん粉のゲルは食塩水中で老化しやすい欠点を持つ。水産練製品などでは、でん粉は製品中にゲルの形で存在し、塩で調味されている場合には、冷蔵貯蔵中に老化のために離水が発生し、品質が劣化する。このため、できるだけ食塩水中で老化しにくいでん粉が望ましい。このでん粉ゲルの老化を測る指標が離水率である。
 以上のように、ばれいしょでん粉の品質では、特にリン酸含量と離水率が重要である。「コナフブキ」のでん粉は「紅丸」に比べて、リン酸含量が高く、離水率が高くて老化しやすいため品質が劣り、特に水産練製品に向かない。
 その他に、ばれいしょでん粉の品質としては、でん粉粒径が大きいこと、糊液の透明度が高いこと、灰分が低いことも重要である。



5.でん粉原料用ばれいしょ品種育成の現状について

 北見農業試験場では、以前、多収のジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種の育成をでん粉原料用の育種目標としていたため、品質的には「紅丸」に劣るものの、ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を持つ高でん粉価多収系統をいくつか育成していた。平成11年より、これらを材料にして、「紅丸」などの高品質特性を導入するプロジェクト研究を開始した。
 改良項目が多すぎると、目標達成が困難となるので、当面の目標として、収量は「コナフブキ」並とし、リン酸含量と離水率を「紅丸」並とする改良を中心に行うこととした。
 初期の試験で、収量の重要な構成要素であるでん粉価、リン酸含量および離水率の間に遺伝的な関係はほとんど無いことが明らかになった。また、リン酸含量が「紅丸」並のものは出現率が低いこと、離水率が「紅丸」並のものはリン酸含量よりも出現率が高いことが明らかになった。これらのことから、目標達成は可能であるが、条件を満たすものの出現率はかなり低いことが予想された。そのため、でん粉品質による選抜を初期世代から行うことで、効率的な選抜が可能であろうと考えられた。
 育成方法としては、この初期選抜を柱として行い、平行して母本探索による高品質母本の選定、成績の良い選抜系統を交配母本として世代更新を速やかに進めること、交配後代の成績によるふさわしい組合せの選定などを行った。
 このプロジェクト研究が始まってから現在までの生産力検定世代(育成の最終段階で、選抜された系統の能力を確認する世代)のリン酸含量、離水率、でん粉価およびでん粉収量(でん粉重)、の各年の分布を示したものが図2である。この図に示すように、リン含量、離水率は年々低下し、近年ではほぼ「紅丸」並となってきている。この間、でん粉価およびでん粉収量は、一定の線を保ってきている。このように、品質の改良はほぼ当初の目標に近づきつつある。
 また、ジャガイモシストセンチュウ抵抗性については、北海道立中央農業試験場が開発したDNAマーカーを用いた選抜を行っており、初期世代で抵抗性が無いものは、すべて破棄する状況にある。
 以上は交配育種についてだが、その他に北海道立中央農業試験場と共同で、体細胞突然変異を用いた改良も行っている。体細胞突然変異は、ピンポイント的に働き、大部分の特性を保ったままで一部を変異させることが出来る。ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を持った高でん粉価多収系統を材料に用いて、リン酸含量や離水率のみを変異させる目的でこうした方法を用いている。現在のところ、離水率については「紅丸」並のものが選抜されてきている。



6.高でん粉品質系統「北育13号」

 でん粉原料用ばれいしょ品種育成の現状について概要を述べたが、ここでその成果の1つである「北育13号」を紹介したい。
 「北育13号」は、現在育成の最終段階に入っており、数年後に品種化をめざす有望系統である。「北育13号」は、熟期、でん粉価およびでん粉収量ともにほぼ「コナフブキ」並(表3)で、でん粉品質は平均粒径を除いてほぼ「紅丸」並(表4)である。さらに、ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を持つ。このように「北育13号」の育成で、ほぼ当初の育種目標を満たしたと考えている。しかし、「北育号」は、塊茎の大きさが小さいこと、地域適応性が「コナフブキ」ほど広くないなど欠点もあり、これらは今後のでん粉原料用品種育成の課題である。



7.でん粉原料用品種育成の今後について

 「北育13号」によって、当面の目標は一応達成できそうであるので、今後の目標は、「コナフブキ」の持つ耐肥性や適応性の広さなどの作りやすい栽培特性を導入していくとともに、「コナフブキ」をしのぐ多収で高品質な品種や、疫病抵抗性などを持つ低コストで安全に栽培できる高品質品種、さらに「紅丸」より品質の良い品種などの育成を考えており、これらはすでに育成初期段階にある。これらのうち、特に品質の面では、離水率が「紅丸」よりかなり優れた系統も選抜されてきており、このような系統は、ばれいしょでん粉の需用を広げる上で一助になるのではないかと考えている。その他に、今後国内での生産が期待されている食品用としてのでん粉誘導体などの化工でん粉については、まだどのような特性を持つでん粉が原料として適しているかははっきりしないが、一般には原料でん粉の特性が重要であるとされているので、これから見極めていきたい。
 バイオマス用農産物の世界的な生産拡大の影響を受けて、当試験場でも近年、バイオエタノール用の多収品種の育成を開始した。北海道のばれいしょでん粉を取り巻く情勢も今後変化してゆくと考えられるが、現在行っているでん粉品質の改良が、ばれいしょでん粉の需用確保に寄与していくことを期待している。


〈参考文献その他〉

1 .日本いも類研究会ホームページ じゃがいも品種詳説
  http://www.jrt.gr.jp/var/var.html
2 .北海道馬鈴しょ生産安定基金協会:北海道における馬鈴しょの概況 平成19年11月
3 .二國二郎監修:でん粉科学ハンドブック昭和52年 朝倉書店 東京
4 .全農農産部いも類でん粉課:馬鈴しょでん粉特性とその利用 昭和59年 平成8年 全国農業共同組合連合会 東京
5 .高橋禮治:でん粉製品の知識 第2刷平成12年 幸書店 東京
6 .山本和夫:原料馬鈴しょとでん粉の特性について 第7回馬鈴しょ栽培講習会講演要旨
  平成12年 北海道馬鈴しょ生産安定基金協会 札幌
7 .池谷聡・大波正寿・千田圭一・伊藤武:高品質でん粉原料用馬鈴しょの育種1個体選抜世代におけるでん粉のリン含量、離水率、でん粉価の頻度分布 平成12年日本育種学会・日本作物学会北海道談話会会報第41号 p81-82
8 .池谷聡:いま、求められる馬鈴しょの品種と育種 食の科学No. 291 (株)光琳 平成14年 p20-29