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EUのでん粉政策事情 (特にばれいしょでん粉)について

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最終更新日:2010年3月6日

でん粉情報

[2008年5月]

【調査・報告】
農林水産省 農林水産政策研究所  
国際食料情報分析官 (前調査情報部長) 加藤 信夫
調査情報部調査課 課長補佐 平石 康久

 前号に引き続き、特にEUのばれいしょでん粉政策について焦点をあてて報告する。


7.EUでん粉原料用ばれいしょ及びばれいしょでん粉関連政策

 EUのでん粉原料用ばれいしょについては、ばれいしょ生産者及びでん粉製造企業に対して、一般的な共通農業政策の枠組みとは違った形で、様々な形の政策的な介入が行われている。
 これは国際でん粉協会(International Starch Institute)によれば、ばれいしょは長期間の貯蔵ができないため、EU委員会が介入在庫を持つことが出来ないことから、こういった形式がとられているとしている。
 また、政策的な介入を行う必要性については、でん粉原料用ばれいしょは欧州の国にとって非常に重要な基礎的作物であることから(前月号記事参照)、生産を維持するため、輸入されるコーンから製造されるコーンスターチに比較して、ばれいしょでん粉の競争力を保つためであるとしている。
 訪問先ばれいしょでんぷん製造企業であるA社への聞き取りでも、当地域にとって、でん粉用ばれいしょは寒冷な気象の下で、肥沃でない砂質土壌の土地で唯一収益があげられる経済作物であるとの説明を受けた。


(1)生産割当数量について
 EUでのでん粉用ばれいしょの生産は、他の穀物生産とは違い、義務的なSet Aside(休耕)の対象とならない代わりに、生産割当数量によって生産量が規制されている。生産割当制度は1995年度より導入されている。
 生産割当数量は加盟国毎に割り当てられるが、加盟国政府はさらにサブクォーターとして、企業ごとに割当の設定を行っている。現在(2007年12月時点)、2007年度及び2008年度まで生産割当制度は継続することが決まっており、国別の割当数量については表のとおりである。
 与えられた生産割当数量内で行われる生産については、一定の条件を満たしていれば、でん粉製造企業に対する補助金(プレミアム、premium)の対象となる。また、同時に割当内でん粉製造に供されるばれいしょを生産した生産者に対しては、最低価格が保証されるとともに、直接支払い及びCoupled Payment(でん粉原料用ばれいしょ向け補助金)の受け取りが認められている。
 生産割当による生産量の制限には若干の柔軟性が認められており、でん粉製造企業は補助金の対象から外れることなく、生産割当を5%まで超過し、でん粉を製造することが出来る。ただし、この場合には、翌年に生産割当から超過数量を引いた数量しか生産が認められなくなる。
 さらに生産割当の5%超過分を越えてでん粉生産が行われた場合は、Cでん粉としてEU域外に輸出されなければならない。この場合、Cでん粉相当部分については、各種補助金(生産補助金、輸出補助金、製造企業に対するプレミアム(premium)、生産者に対する最低価格の適用)の対象とはならない。
  以上を概念図として表したのが図4である。


表16 国別の年間でん粉生産割当数量(2007年度及び2008年度の2年間)
資料:“Council Regulation (EC) No 671/2007”付属表,
2007年6月11日付け規則 OJL 197, 30. 7. 1994, p. 4

図4 EUのばれいしょでん粉生産割当制度の概念図(機構作成)

(2)ばれいしょ生産者に対する補助金
 生産割当数量内のでん粉製造に利用されるばれいしょについては、最低生産者価格が適用され、それ以下でのばれいしょの購入がでん粉企業によって行われないよう、下支えとなっている。
 また、歴史的にばれいしょ生産者に対する補償としてCoupled Paymentが行われてきたが、その4割相当額については2005年度から単一支払い(SPS、環境に対する要件を守ることと引きかえに、何を生産するのかは関係なく、過去の直接支払いの額を基準に一定の額の支払いが行われる制度)の中に組み込まれることになった。
 最低生産者価格については1999年から2001年にかけて引き下げられているが、一部埋め合わせをする形でCoupled Paymentが増額されている。
  これらの支援を受ける条件については、単一支払いが導入されたことにより、生産者はCross compliance(交差要件、この場合補助金の受給要件となる環境条件など)を守る義務が生じている。また、各種支払いや最低生産者価格の適用を受けるためには、でん粉製造企業と毎年耕作契約を締結し、製造企業が生産割当数量を超えるでん粉製造がなされないよう、納入する数量の上限が設定されなければならない。加えてばれいしょのでん粉の含有量は13%を下回ってはいけないという品質上の規定も存在する。


表17 ばれいしょ生産者に対する補助の一覧
単位:ユーロ/ ポテトトン(注)
資料  :EU委員会パンフレット“The CAP reform - A policy for the future”、Council Regulation No.1782/2003及びNo.1868/94より作成
:1トンのでん粉を製造するのに必要なばれいしょの量。2006年度25 ヶ国平均で4.76トン
:円換算は1ユーロ=137.14円(2003〜2006年平均)で換算した。

表18 ばれいしょ1トンあたりに受け取ることが出来る補助金換算表
資料  :Commission Regulation(EC)No 2235/2003, 2003年12月23日付け
:Coupled Paymentの額は2005年度以降(直接支払いが導入された後)の額。直接支払い相当額は別途、ばれいしょ生産者に支払われる。
:円換算は1ユーロ=137.14円(2003〜2006年平均)で換算した。

(3)でん粉製造企業に対する支援
 ばれいしょでん粉の製造については、他の穀物を原料としたでん粉製造に比較して構造的な不利益を有している。EU委員会によれば、生産割当による制限のため規模拡大が妨げられること、ばれいしょの長期間の保存が難しく、工場の稼動期間が短いこと、水質汚染などへの対応に費用がかかるためである。
 このため、ばれいしょでん粉製造企業については上記の不利益を補うため、製造企業に対してプレミアムとよばれる補助が行われている。プレミアムの額は、22.25ユーロ/1トン(3,052円/トン)のでん粉製造に必要なばれいしょの量(2006年度EU25ヶ国平均で4.76トン)となっている。
  EUにおけるでん粉製造企業の寡占的な地位と、国境措置によりEUの域内価格を一定水準を保つことが可能となっている。ただしこのことによって原料となるでん粉を利用して輸出に向けられる製品を製造する食品メーカーにとってハンディとなるため、生産払戻金の制度が存在する。


(4)でん粉を利用した製品を製造する企業に対する支援

生産払戻金
 生産払戻金はでん粉を利用し、製品を製造しているエンドユーザーに支払われる補助金である。これは国際市場価格に比べて高いEU域内のでん粉を利用しなければならない製造企業が、国際市場価格ででん粉を購入できる他国の企業がEU域内で販売する製品との競争において生じる不利益を補うために支払われている。
 生産払戻金を受ける対象となる製品は規則で定められているが、主な支払い対象はLMCの2002年度のレポートによると、紙製品(CNコード48類)、化工でん粉(CNコード35類)、有機化学品(CNコード29類)である。2000年度の実績になるが、それぞれ33%、33%、22%の受け取りシェアを占めており、この3つで9割近くになる。また化工でん粉の大手ユーザーが製紙業界である(一説によると半分近くを占める)ことを考えると、紙製品の占める割合が高いことが分かる。
 でん粉の生産払戻金の計算は、でん粉の価格ではなく、とうもろこしの価格を利用して計算される。
 (とうもろこしEU域内市場価格−とうもろこし平均輸入価格(CIF))×1.6(でん粉換算係数)
  ただし、委員会は域内市場価格について制限を設けている。


▽実際の域内価格がとうもろこしの介入価格より高く、介入価格の1.55倍より低い場合


▽実際の域内価格がとうもろこしの介入価格の1.55倍より高い場合


さらにばれいしょでん粉については、違った計算式が定められており、
 計算に利用される域内市場価格=実際の域内価格(ただし上限は介入価格の1.15倍)
 この制限については、各種共通農業改革により、介入価格を大幅に引き下げたことから導入された措置かと思われる。

資料:DEFRA“Cereals―Guide to Common Market Organisation"2006年9月による


 ただし、この生産払戻金制度は製紙業界により、制度の見直しを求められている。
 欧州製紙産業連盟(CEPI, Confederation of European Paper Industries)2007年3月1日付のプレスリリースによれば、この生産払戻金については、EUとでん粉の原料となる他国の原料価格(穀物価格)の差を補てんしているのみであり、でん粉そのものの価格差が反映されておらず、(原料となるとうもろこしの運送費を考慮しても)、米国とEUのでん粉価格では10〜30%の価格差があると非難している。国境措置についてもでん粉の輸入量はきわめて限定的である一方、紙製品については低い関税で輸入され、欧州の製紙産業は不利な条件の下、競争を強いられていると非難している。


輸出払戻金
 輸出払戻金は国際市場価格に比べて高いEU域内のでん粉を利用しなければならない製造企業が、国際市場価格ででん粉を購入できる他国の企業がEU域外国で販売する製品との競争において、生じる不利益を補うために支払われている。
 ただし、紙製品は輸出払戻金の対象に含まれていない。
 理論上の計算方法は、EUの輸出港のとうもろこしのFOB価格と、米国湾岸輸出港でのとうもろこし輸出パリティー価格の差額を、でん粉換算するために1.6倍して補填するものである。このため、輸出払戻金は生産払戻金よりも単価が高くなる。
 ただし、予算上の制約からEU委員会による制限(Cap)が設けられており、輸出払戻金の単価を乗じる数量についてもばれいしょでん粉は乾燥重量の80%、その他のでん粉は87%に制限されている(委員会規則1499―2007)。
  生産払戻金と輸出払戻金は原則的にそのまま加算されることはなく、輸出払戻金が支払われる際には、輸出払戻金単価―生産払戻金単価が生産払戻金単価に上乗せされて支払われるということであった(最高単価=輸出払戻金)。ただしDEFRA(Department for Environment, Food and Rural Affairs、英国環境・食料・農村地域省)のレポートによれば、これは化工でん粉については例外とするとの規定があるため、この点については今後の精査が必要である。

注)上記に述べた政策はあくまでEUとしての基本政策であり、実際の運用は加盟国によって各種の調整が行われている模様である。でん粉製造企業A社による聞き取りによっても例えば生産者に対する直接支払いについても、ポーランドやフランスは満額受け取ることが出来る一方、ドイツでは定額支払い、デンマークでは他作物とのバスケット方式により削減されて支払われているなど、違った運用がされているということであった。


 現行のでん粉政策については2008年度まで延長が決定しているが、2009年度以降、政策の変更が行われる可能性がある。特に生産割当制度については、EU委員会からも、担当局としては、延長を望んでいるが、延長の可能性については、見通しは芳しくないとの発言があった。
 生産割当制度の撤廃は、生産者に対するCoupled Paymentや製造企業に対するプレミアムの見直しにもつながる可能性があること、それに加え、生産補助金や輸出補助金のでん粉への運用方法がかわる可能性もあり、注視する必要がある。
 まず、Coupled Paymentが廃止され、全て直接支払いに移行したとすると、生産者は栽培する作物について自由に選択を行えるようになることから、特に昨今の農産物価格の高騰下では、でん粉製造工場は原料確保のため、購入価格を高く設定する必要がでてくる。これはばれいしょでん粉のコスト高につながることになる。
 原料確保のためのコスト上昇圧力はでん粉製造企業によりすでに心配されており、バイオ燃料用途や飼料用途との競合のため、原料確保について懸念が表されている。
 工場へのプレミアムの削減もしくは廃止の影響は、工場の利益率、とくにでん粉(ネイティブ)製造への影響が大きくなることから、化工でん粉への生産のシフトやでん粉(ネイティブ)の価格引き上げ、あるいはばれいしょでん粉生産の縮小にもつながる可能性がある。
 生産割当制度の撤廃が行われ、生産量を増加させることが可能となったとすると、でん粉に関する生産払戻金や輸出払戻金について、EU委員会が引き下げをもとめることも考えられる。これはでん粉の国際競争力に影響を与えることになる(価格低下の要因:生産量の増加によるコスト削減、価格上昇の要因:払戻金削減による輸出価格上昇)。
  今後のEUのばれいしょでん粉の政策変更について、日本のばれいしょでん粉需給に影響を与えると見られることから、引き続き注目していくことが必要である。


図5 EUのばれいしょでん粉政策に関する補助金の概念図(機構作成)

主な参考資料

  • Commission of the European Communities “Report from the commission to the council on the quota system for the production of potato starch" COM (2006) 827 final, 2006年12月19日
  • Commission of the European Communities “Commission Staff Working Document, The potato sector in the European Union"
  • Commission of the European Communities “Infosheet ― The dried fodder and potato starch sectors ― "
  • Council Regulation (EC) No 1869/94 “establishing a quota system in relation to the production of potato starch" 各種修正反映版他、各種EU規則
  • Guy Henry and Andrew Westby “Global cassava starch markets: Current situation and outlook"
  • Radek Messias de Braganca and Paul Fowler, “Industrial Markets For Starch" 2004年6月3日
  • LMC International “Evaluation of the Community Policy for Starch and Starch Products" 2002年
  • DEFRA “CEREALS―Guide to common market organization" 2006年8月
  • International Starch Institute ホームページ
  • Confederation of European Paper Industries (CEPI) “Starch, the need for free and unconditional access to world markets" 2007年3月1日付けプレスリリース
  • Food Industry News “Starch ? An 'Indispensable' Food Ingredient Faced With Market Challenges" 2008年1月29日付記事
  • World Trade Atlas 貿易データ