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海外情報/米国 畜産の情報 2022年12月号

米国食肉・食鳥業界における労働力不足の現状と対応について

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調査情報部

【要約】

 近年、米国食肉・食鳥業界では労働力不足が大きな課題となっている。米国産業全体で労働力不足が続く中、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって食肉・食鳥業界の劣悪とされる労働環境が広く知れ渡り、労働者の離職に拍車をかけることとなった。業界は浮き彫りになった過酷な労働環境を改善すべく取り組んでいるが、他産業と競合し労働力を新たに確保することは容易ではない。また、いまだに高い離職率が続いており、技術や能力のある労働者を育てなければならない状況にある。
 食肉需要の増加に対応するためにも業界や米政府は、生産性を維持・向上させ、安定的な食肉供給が必要であるとしている。そして、そのためには労働力の確保が重要な課題であるとして、労働者を留めるために労働環境の改善を進めるとともに、将来的な労働力を確保するため、教育機関とも連携した人材育成に力を入れている。
 労働力の確保には長期的な取り組みが必要であることから、持続可能な食肉生産のためにも重点分野に位置付け、一体的に業界が取り組むこととしている。

1 はじめに

 米国食肉・食鳥業界(以下「業界」という)では近年、労働力不足が深刻化しており、食肉需要が増加する中で生産拡大への対応が困難であるとして、労働力の確保が喫緊の課題とされている。また、新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の拡大(パンデミック)時の2020年には、労働者の集団感染などにより複数の食肉・食鳥処理・加工施設(以下「食肉・食鳥施設」という)が稼働停止・稼働率低下に陥り、現在でも労働力確保に影響が残っている。さらに、これらの施設の劣悪とされる労働環境が広く知れ渡ることにもなり、持続可能な食肉生産に向けて、労働環境改善の必要性が消費者や投資家からも問われている。業界における労働力不足の声が大きくなり、メディアでも多く報じられているが、その実態については不明瞭であることも多い。本稿では近年の業界における労働市場の動向に加え、業界や米政府による労働力不足への対応をめぐる情勢を報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=149.26円(注1)を使用した。

(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均為替相場」の2022年10月末TTS相場。

2 米国食肉業界における労働市場の動向

(1)米国労働市場全体の動向

 米国全体の労働力人口(注2)は2011年以降上昇傾向で推移し、19年12月には1億6457万9000人まで増加したが、20年3〜4月にかけてCOVID−19の影響によって1億5647万8000人にまで減少した(図1)。パンデミックが落ち着き始めると労働力人口は再び増加し、22年8月には1億6474万6000人とパンデミック前の水準を上回った。


 失業者数(注3)はリーマンショックが発生した08年に拡大したものの、09年11月以降は緩やかに減少傾向で推移していたが、20年4月にはパンデミックの影響により一時的に2310万9000人にまで急増した。その後は減少に転じ、22年9月には575万3000人とパンデミック前の水準まで回復した。失業率(注4)も同様の傾向を示し、22年9月には3.5%とパンデミック前の水準にまで回復している(図2)。この失業率は歴史的にも低水準であり、労働需給がひっ迫している状況にあるといえる。また、求人数(注5)は09年8月以降増加傾向にあり、パンデミックの影響により一時的に減少したものの、その後は急増し、22年3月には1185万5000人を記録した(図3)。

(注2)就労意欲のある16歳以上の人口。就労中の「就業者数」と求職中の「失業者」の人口の合計。
(注3)就労意欲のある16歳以上で、すぐに就業が可能な者の数。
(注4)労働力人口に対する失業者数の割合。
(注5)未充足の職務の数。




 
 労働力人口は増加している中で、求人数はそれを上回るペースで増加している。求人1件当たりの失業者数の推移を見ると、22年8月時点で0.6人という歴史的な低水準を記録するなど、米国経済が必要とする労働力を十分に確保できない状況を示している(図4)。さらに、一見すると労働者数は増加しているが、労働者の働き方への意識も変化が生じている。パンデミック時に広がった柔軟な勤務体系やテレワークなどの普及によって、1人当たりの平均労働時間が減少している可能性が高く、失業率や有効求人倍率が示している以上に労働需給がひっ迫しているとの声もある。


 

(2)米国食肉・食鳥業界の労働市場の動向

ア 労働力人口の推移と構成

 米国の産業全体で労働力が不足する中、業界においても労働力不足が大きな課題となっている。特に近年は、米国内外で食肉需要が増加しており、業界は生産力の強化に取り組んできた。米国労働省労働統計局(BLS)の「雇用と賃金の四半期センサス」によると、食肉・食鳥施設数は2010年ごろまで減少傾向であったが、11〜16年はほぼ横ばいで推移し、17年以降は明確に増加傾向にある(図5)。これに伴い、業界が労働力の確保に努め、労働者数も15〜20年は増加を続けてきた。一見すると、労働力の確保に成功しているようであるが、年間離職率が100%を超える施設もあるなど業界の離職率は高く、安定的な労働力確保には至っていない。


 
 高い離職率の主な要因は食肉・食鳥施設の劣悪とされる労働環境にある。生産効率の向上に伴う生産速度の上昇も相まって、ナイフによる受傷や急速な反復作業による末端神経障害、さらに、過密な人員配置や施設内の極端な寒暖差などに起因する労働災害が多い。近年、業界の取り組みにより労働災害率は低下傾向にあるものの、他の製造業と比べると高い発生率を記録している(表1)。また、賃金水準が他の製造業と比較して低いことも高い離職率の要因として挙げられる。賃金は年々引き上げられているが、21年の製造業全体の平均年収が7万3020米ドル(1089万8965円)であるのに対し、業界の平均年収は5万259米ドル(750万1658円)と製造業全体を31.2%下回っている(表2)。





 
 このような労働環境は、生産コスト削減に向けた企業方針のほか、業界の歴史的な背景に起因している。食肉業界では1880年代にネブラスカ州に食肉施設が開設された際に多数のスラブ系移民が労働者として集まった。ネブラスカ州が「肉牛産業の州」として成功したことをきっかけに、食肉業界は労働力をさまざまな移民労働者に依存するようになったといわれている。また、食鳥業界では歴史的に米国南部の農村部に施設が多く、これら施設の労働力は主に地元のアフリカ系米国人や女性貧困層に支えられてきた。しかし、1990年代に米国人労働者の労働組合組織化が活発になり、移民労働者の雇用に切り替え始め、業界は移民労働者に依存するようになった。
 これらを裏付けるように、米国国税調査局(USCB)の資料によると、米国産業全体と業界ではその性別と人種構成などに大きな違いが見られる。女性労働者割合は36.2%と産業全体に比べて低く、男性労働者によって支えられていることが分かる(表3)。また、人種構成を見ると、産業全体に比べて白人系の割合が低い代わりにラテン系が34.9%、アフリカ系が21.9%と多い(表4)。





 
 さらに、食肉業界と食鳥業界を比較すると、女性労働者割合は食肉業界が32.2%、食鳥業界が40.1%と食鳥業界の方が高い(表5)。これは歴史的に女性貧困層の雇用が多いという傾向が今でも見られるほか、牛や豚などを扱う食肉業界に比べて食鳥業界は重労働が少ないためと考えられる。人種構成ではラテン系が47.7%と最も多い食肉業界に対して、食鳥業界はアフリカ系が37.2%と最も多く、外国籍労働者では食肉業界が56.1%、食鳥業界が28.1%と明確な差がある。これらは移民労働者を多く雇用してきた食肉業界とアフリカ系米国人を多く雇用してきた食鳥業界の特徴を表している(表6、7)。つまり、家畜や家きんを取り扱う業界では、(1)資本の国際移転が容易ではないこと(2)食肉生産の競争の激化による生産コストの削減(3)生産技術の合理化による熟練労働者の需要減少(4)過酷な労働環境から、人口の少ない農村地域では地元での労働力確保が困難であること―などの理由から、現在に至るまで、業界は移民の労働力に依存し続けているのである。








 

イ パンデミックによる影響

 このような中、2020年にCOVID-19によるパンデミックが発生した。同年3月下旬から食肉・食鳥施設における労働者の感染事例が急増し、労働者の欠勤や退職が相次いだことで、労働力不足に拍車をかけることとなった。これら施設は感染防止対策にも追われ、稼働停止や生産ライン縮小に追いやられる企業も発生し、処理能力は一時的に大幅な低下となった。一度業界を離れた労働者を引き戻すことは容易ではなく、業界の労働者数は、パンデミック前(19年)の52万9257人からパンデミック後(21年)の51万9450人(前々年比1.9%減)と減少し、増加を続けてきた14年以来、初となる減少に転じる結果となった(図5)。
 食料・環境・調査・ネットワーク(FERN)によると、パンデミック発生からわずか6カ月の間に、496の食肉・食鳥施設で少なくとも4万2708人がCOVID-19に感染し、203人の死者を出したという。これらの施設における集団感染は食肉・食鳥サプライチェーンの混乱を招き、食肉の安定供給の危機とする報道が大々的に報じられ、米国社会の不安を駆り立てた。そして、業界の低水準な賃金や長時間労働、衛生・安全面の体制整備の不足など、劣悪とされる労働環境の実態を世に広め、米国の一般消費者にも広く認識されることとなった。
 北米食肉協会(NAMI)は食肉需要の拡大に向け、米国の調査会社であるテクノミック社と連携し、米国食肉業界に対する消費者の信頼度に関する調査を続けている。本調査は食肉消費者500名を対象にオンラインで実施され、米国食肉業界の「労働者の人権」「労働者の安全性」を含めた項目について、1点を最低点、5点を最高点として採点を行い、その平均値をまとめている(図6)。本調査によると、20年11月には「労働者の人権」の信頼度の得点は3.74であったが、業界の劣悪とされる労働環境の実態が報じられるにつれ、21年第1四半期(1〜3月)には3.40、同年第2四半期(4〜6月)には3.33にまで低下した。その後、業界の取り組みにより22年第2四半期には3.43まで上昇したものの、消費者からの信頼はいまだに回復できていないという。「労働者の安全性」の信頼度についても、20年11月には3.62であったが、21年第3四半期(7〜9月)には3.54まで低下し、22年第2四半期(4〜6月)には3.61まで回復した。他の項目と比較しても22年第2四半期時点で「労働者の人権」と「COVID-19への対応」の項目の信頼度が低い結果である(図7)。




 
 また、同調査では「労働者の人権」「労働者の安全性」について、複数の質問項目を設け、「強く同意する」あるいは「同意する」との回答率を消費者の信頼度としてまとめている。その結果、「労働者の人権」では「労働者に生活可能な賃金を支払っている」「識別可能な特徴に基づいて差別しない」「労働者に敬意を払っている」などの質問項目で信頼度が40%を下回る結果となった(図8)。「労働者の安全性」では、「危険性とその対策に必要な情報・訓練を提供している」「安全性の向上に努めている」の質問項目で信頼度が50%を下回った(図9)。
 NAMIは本調査の結果を受け、これまでも食肉業界では労働環境の改善に取り組んできたが、食肉需給の維持・拡大のためにはパンデミックによって注目を浴びた業界の劣悪とされる労働環境の改善による消費者の信頼回復にも取り組む必要があると捉えている。




コラム1 移動式食肉処理・加工装置

 パンデミックの影響を受け、一部の食肉・食鳥施設の稼働停止や稼働率低下が生じたことにより、移動式食肉処理・加工装置(MSU:Mobile Slaughter Units)に注目が集まっている(コラム1-写真1)。MSUは元来、施設から遠方に位置する小規模生産者にとって、家畜の長距離輸送によるコスト負担が大きいとの声を受けて製造されたものであり、2002年に初めてMSUが米国農務省食品安全検査局(USDA/FSIS)の認証を受けた。そして近年、食肉処理・加工能力の向上に対する需要の増加、地元で生産・加工された食品に消費者の関心が高まっていること、家畜の長距離輸送が肉質の低下につながることなどの理由から、地方の小規模生産者の発注を受けてMSUの稼働が増えていた。米国食肉処理・加工業者協会(AAMP)によると、パンデミックの影響によって、MSU事業が急速に拡大しているという。


 

 ウィスコンシン州に拠点を置くプレム・ミート社は16年にMSUを導入した(コラム1-写真2)。当初、MSUを活用して週に3〜5頭の牛と8頭の豚を処理することを想定していたが、現在は週に最大25頭の牛と30頭の豚や羊を処理しており、MSU専任の労働者を7人雇用している。費用は牛1頭当たり140米ドル(2万896円)、豚1頭当たり80米ドル(1万1941円)に設定している。ミシガン州に拠点を置くバイロン・センター・ミート社は18年にMSUを導入したが、パンデミック中に注文が爆発的に増加し、今では1日に4カ所の農場を回っているという(コラム1-写真3)。費用は牛1頭当たり175米ドル(2万6121円)、豚1頭当たり80米ドル(1万1941円)に設定している。





 

 一方で、初期投資費用が高額であること、MSUの処理可能頭数が少ないことから専門家の中には採算が取れないとの声もある(コラム1-表)。さらに、さまざまな条件下にある複数の農場において、温水、電気、排水先の確保もしなければならず、その負担は大きく、一般的に普及することは容易ではないという。地方に普及させるためには、前述のような成功している事業者を優良事例として、その事業内容を広く横展開することが必要である。


3 業界による労働力確保に向けた取り組み

 このような中、業界は持続可能性とも結びつけ、労働力の確保を重点課題として掲げている。

(1)NAMIによる取り組み

 NAMIは2021年7月、持続可能な食肉供給に向け、「人々」「動物」「環境」における動物性タンパク質の貢献を強化するための取り組みとしてプロテインPACT(Protein for the people, Animals, and Climate of Tomorrow)を立ち上げた(図10)。


 
 プロテインPACTでは業界全体の目標、分野ごとの指標、透明性のある成果を示していくこととしており、会員企業が進捗(しんちょく)を測定、検証、報告し、食肉業界における透明性と説明責任を実現するために、(1)基礎事項の順守(2)コミットメントの設定(3)コミットメントの進捗状況の測定(4)コミットメントの達成・報告―といった業界初となる枠組みを策定した。30年までの全体目標の一つとして「労働災害の削減」を掲げるだけでなく、重点5分野の一つに「労働力・人権」を位置付けるなど、業界全体として労働力の確保に向けて改めて動き始めたといえる。
 全体目標では25年までの目標と30年までの目標に分け、家畜の取り扱いの改善や温室効果ガスの削減などに関する目標と並べ、30年までに「19年を基準として労働災害を50%削減すること」を掲げた(表8)。さらに、重点5分野として、「アニマルウェルフェア」「環境」「食品安全」「健康・栄養」と並べて「労働力・人権」を位置付けた(図11)。




 
 「労働力・人権」の分野は、「労働者の安全確保」と「労働力の維持・確保」の2項目に分けている。「労働者の安全確保」の項目はさらに、(1)危機認識(2)労働者安全・衛生確保(3)労働者安全訓練(4)安全コミュニケーション(5)労働者への配慮―の五つに分類し、それぞれに細かい指標を設定し(表9)、「労働力の維持・確保」の項目はさらに(1)労働者の維持(2)労働者からの苦情(3)労働者の多様性・包括性(注6)(4)監査・社会的説明責任―の四つに分類し、それぞれに細かい指標を設定した(表10)。

(注6)権利を分かち合う形で、排除されてきた個人や集団を過程、活動、意思決定や方針決定に参加させること。




 
 そして、NAMIは22年10月12〜14日に「プロテインPACTサミット」を開催し、これまでの進捗状況を報告した。重点5項目に関する指標の達成・把握状況の報告を行った会員は、従業員2000人以上の大規模企業15社中15社(100%)、従業員300人以上の中規模企業57社中25社(42%)を含む51社であり、会員が運営する事業所の44%に当たる376事業所が、報告データの対象となっているという。「労働力・人権」の分野については、報告事業所の100%が労働者安全プログラムを導入、97%が年に一度以上の頻度で分析した負傷データを企業目標の設定に利用、94%がすべての部門、生産ラインおよび施設内の潜在的危険性を月に一度以上の頻度で検査を実施するなど、労働者の安全確保への意識向上が見られると報告した。また、報告事業所の57%が多様性や包括性に取り組む企業理念を策定、91%が正社員の多様性目標の設定とコミットメントを策定、59%が時間給社員の多様性目標の設定とコミットメントを策定、41%が性別、人種、年齢、在職期間などの属性別の労働者定着率目標の設定とコミットメントを策定するなど、労働力の維持・確保に向けた取り組みが活発になっているとみられている(注7)

(注7)性別、人種、年齢、在職期間などの属性や識別可能な特徴によって区別されることがなく、差別、いじめ、ハラスメントを生じさせないために設定すべきとされる各企業・各事業所における目標。プロテインPACTでは正社員にも時間給社員にもこれらの多様性が尊重されることも重視。

(2)その他の関係団体による取り組み

 全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)が事務局を務める「持続可能な牛肉のための米国円卓会議(USRSB)」も2022年4月、持続可能な牛肉に向けた目標として「労働者の安全と福利厚生」を含めた重点6分野を掲げ、サプライチェーン全体の目標とともに、セクター別(肉用牛生産者、子牛市場関係者、食肉処理・加工業者、小売・外食業者)の目標と指標を設定した(注8)(図12)。「労働者の安全と福利厚生」の分野については、労働者の安全、研修の実施、福祉の担保は道徳的な義務であると同時に事業運営に必要不可欠な要素であり、労働者の安全確保は欠勤減少やコスト削減に寄与し、労働者訓練・研修の充実はアニマルウェルフェアや生産性の向上に寄与するものとして、肉用牛・牛肉業界の労働者の安全、能力向上、幸福度の継続的改善に向けて、サプライチェーン全体で労働災害率の50%低減などを目標に設定した。セクター別目標として、食肉処理・加工業者の目標と指標については、NAMIがプロテインPACTの指標とも整合性を取って設定したとしている(図13)。

(注8)海外情報「持続可能な牛肉のための米国円卓会議、持続可能に向けた目標を設定(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003251.html)を参照されたい。




 
 食鳥業界においても、全米鶏肉協議会(NCC)などの業界主要団体が立ち上げた持続可能な家きん肉・卵のための米国円卓会議(US-RSPE)を中心に持続可能な鶏肉供給に向けて取り組んでいる。US-RSPEは22年4月、「持続可能性に向けた枠組み」を策定し公表した。この枠組みでは「人々」「地球」「家きん」の三つの柱の中に「労働者の幸福度」を含む15の重点分野を設定している。そしてNAMIのプロテインPACTと同様に、その重点分野ごとに指標を設定し、会員にこれらの指標の達成状況を報告することを求めている(図14)。それぞれの指標は三段階の難易度に分類され、自身の企業の位置する水準が明確になる仕組みとなっている。「人々」の柱に設定されている「労働者の幸福度」の分野には、労働者の福利厚生、安全性、労働環境などに関する19の指標が設定され、重点分野の中で最も多くなっている(表11)。US-RSPEはこれらの指標の進捗状況の報告を取りまとめ、毎年報告することとしている。




コラム2 食肉・食鳥企業の取り組み

 業界における労働力確保の現状として、同じ業界の中で競合し合うだけではなく、すべての製造業、そしてそれを超えた業界の間で人材争奪戦が繰り広げられている。その中で、食肉・食鳥企業はより能力のある労働力を長期的に確保するために、労働環境の改善と労働者の福利厚生の充実に力を入れている。特に大手企業ではさまざまな手段を用いて、労働力不足の現状に対抗している。
 米国の牛肉、豚肉、鶏肉のいずれにおいても市場占有率上位に位置するタイソン・フーズ社は、非常に多くの観点から労働力の確保に取り組んでいる。同社は2020年に、時間給労働者の賃金水準の引き上げとボーナス支給のために5億米ドル(746億3000万円)以上を投資し、事業所内託児所や無料の近接型診療所の設置を進めたほか、自宅で過ごす時間を延ばすための労働時間の調整などのより柔軟な勤務体系への改善を進めた。そして22年には、16年以来展開してきた労働者教育プログラムである「アップワード・アカデミー・プログラム」を拡大し、米国内の大学や教育機関と提携して労働者による修士号、学士号および準学士号の取得、英語教育や一般教育などの基礎教育への支援を開始した(コラム2−写真1)。4年間で6000万米ドル(89億5560万円)を投資し、授業料や教材費を全額負担することとしている。さらに、100万米ドル(1億4926万円)を投じて移民労働者への米国市民権取得支援プログラムを開始した。



 

 米国食肉最大手であるJBS USA社と同社の傘下にある米国鶏肉大手であるピルグリム・プライド社も「ベター・フューチャーズ・プログラム」という無料教育プログラムを開始している(コラム2図)。本プログラムは、両社がコミュニティ・カレッジや専門学校の学費を全額負担することで、労働者やその家族に準学士や専門資格の取得の機会を提供するものであり、地域社会にも貢献している。労働者が働きながら通学する場合には、両社が大学側と通学・通勤の時間帯を調整する。



 

 また、財源も限られる中小規模の食肉・食鳥企業には、連邦政府や州政府による支援を活用するほか、工夫して労働力確保・人材育成に取り組む企業もある。バージニア州の小規模食肉処理・加工企業であるT&Eミート社は、大学のウェブサイトに公表されている教材やユーチューブに掲載されている動画などのオンラインのリソースを駆使して予算をかけずに労働者教育を行っている(コラム2−写真2)。中にはビーフ・チェック・オフの資金が投入されて制作されている教材もあり、うまく活用すれば十分に労働者の教育に通じるという。同社は「T&Eミート研修プログラム」を開発し、3年の間、毎週3〜4時間の学習と5〜6週間に一度の小テストを行っている。修了時にはバージニア州が発行する「ジャーニーマン・ミート・プロフェッショナル」という認定証を取得することができるという。



 

 さらに、施設においては、機械化・自動化が進められており、労働力不足を補うための省力化としても注目されている。タイソン・フーズ社は、21年から3年間で18億米ドル(2686億6800万円)もの機械化・自動化への投資を発表している。同社によると、24年までに2000人以上に相当する労働力の削減につながり、生産性の向上も含めると年間4億5000万米ドル(671億6700万円)もの効果につながるという。JBS USA社やピリグリムズ・プライド社なども機械化・自動化に多額の投資を行っている(コラム2−表)。


4 米政府による労働力確保に向けた取り組み

(1)連邦政府による取り組み

 パンデミックによる食肉供給の停滞の教訓を生かし、食肉価格の上昇を抑えるため、米政府は大手食肉企業による寡占規制を強化する方針として、2022年1月に「より公平で、より競争力があり、より回復力がある食肉・食鳥サプライチェーンに向けたアクション・プラン」という10億米ドル(1492億6000万円)規模の行動計画を策定した(図15)(注9)。米政権によると、本行動計画は策定前に実施したパブリックコメントによって寄せられた約450の意見を基に策定しているという。

(注9)海外情報「米政権、大手食肉企業の寡占規制を強化するための行動計画を発表(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003155.html)を参照されたい。


 
 一部の大手食肉企業によって市場の大部分を占める状況が食料システムの脆弱(ぜいじゃく)性につながるとして、米国農務省(USDA)はそれ以来、本行動計画に沿って、大手食肉企業に依存しない中小規模の施設(以下「独立系施設」という)の新設や拡大などの支援を続けている。NAMIは「食肉価格の高騰を大手食肉企業に責任転嫁しているだけであり、施設を新設・拡大しても投入コストやエネルギーコストの上昇、労働力不足、輸送の問題などインフレの解決にはならない」と強く反発している。しかし、USDAは本行動計画の一環として、独立系施設における労働環境の改善や人材育成についても手厚く支援を始めており、その点では業界の労働力不足への対策を後押しする形となっている。
 具体的には、コミュニティ・カレッジ(注10)、短期大学、専門学校などの教育機関における学生向けの人材育成と労働者訓練の充実に力を入れている。これまでに食肉・食鳥処理・加工に関する研究や教育・訓練に特化した拠点の新設・強化、職業体験機会の創出や専門資格取得の促進に寄与する人材育成プログラムの創設・拡大・改善に向けた支援にそれぞれ4000万米ドル(59億7040万円)、2000万米ドル(29億8520万円)を措置している(図16)。また、MSUなどの限定的な市場需要も含む地域の需要を満たすための食肉・食鳥処理・加工に関する研修・訓練の開発や教材の制作への支援にも500万米ドル(7億4630万円)を措置しているほか、ランドグラント大学(注11)、ヒスパニック系教育機関、先住民族の教育機関、島しょ地域の教育機関など歴史的に十分なサービスを受けられていない地域の人材育成と労働者訓練への支援にも1400万米ドル(20億8964万円)を措置している。さらに、22年後半にも教育機関への支援の追加措置を予定しているという。
 その他にも、労働者の安全の向上にも寄与する機器・機材導入、技術革新や研究開発についても、独立系施設、民間企業、労働組合などを通じて支援を実施することとしている。

(注10)地域住民のための教育機会提供の場として設立された高等教育機関。
(注11)農学、軍事学、工学に係る高等教育機関を設置するために、連邦政府所有の土地を州政府に供与することなどを定めるモリル・ランドグラント法の適用を受けている大学。


 

(2)州政府による取り組み

 食肉・食鳥施設に支援を行っているのは連邦政府だけではない。パンデミックによって業界に大きな影響が生じたことを教訓として、州農業省全国協会(NASDA)は、食肉・食鳥施設の生産性と効率性向上に取り組むための予算措置をUSDAに求めている。また、各州および食肉・食鳥処理・加工業者にはUSDAや州の予算も活用しながら施設・設備の近代化や労働力確保のための労働者訓練・人材育成への投資も呼びかけている。特に、中小規模の食肉・食鳥施設においては、労働力不足による影響が甚大なものになるとして、長期的な観点から、労働者の確保と離職の回避に取り組むことが重要であるとしている。
 そして、複数の州が業界への支援に乗り出している。支援の内容は州によって異なるが、連邦政府による食肉・食鳥処理・加工サプライチェーンの強化に向けた方針に沿ったものが多い。連邦政府による予算の活用だけではなく、州政府独自の予算を措置している州もあり、生産性・効率性の向上に向けた施設・設備の整備への支援や長期的な労働力確保に向けた人材育成への支援を行っている。
 例えば、2021年の牛および豚のと畜頭数それぞれ全米1位および6位に位置するネブラスカ州は22年7月、食肉・食鳥処理・加工能力の向上と改善、労働力確保や人材育成などを目的として、施設・設備の新設と拡大、機材・システムの導入に加え、食肉・食鳥施設や高等教育機関が実施するための研修プログラムの策定と実施などへの支援として1000万米ドル(14億9260万円)を措置した。
 また、オクラホマ州では業界の人材育成に力を入れている。パンデミックを経て、人材育成の重要性が増している背景を踏まえ、民間人材育成企業と連携し、オンラインによる訓練プログラムを展開している。本プログラムには食品安全・科学認定コース、食肉評価認定コース、調理用食肉選定・調理認定コースの三つのコースが用意されており、修了者には米国食肉科学協会(AMSA)が発行する認定証が与えられる。その他にも、オハイオ州、ウィスコンシン州などが業界の人材育成の支援に乗り出している(表12)。

5 おわりに

 近年の食肉需給の増加に対応するためには、業界における労働力の確保が必要であるが、米国産業全体で労働力不足に陥っており、根本的な解決が極めて難しい問題である。食肉・食鳥企業は自動化・機械化による省力化を図ることで、労働力不足を補っているものの、食肉・食鳥処理工程には人にしか対応できない作業も多く発生するため、労働力の確保も併せて進めていかなければならない。
 労働力確保に向けては労働環境の改善が求められているが、業界の賃金水準も上がっており、福利厚生の充実など、着実に改善しつつあるといえるだろう。米政府や業界による人材育成の支援の成果を把握するためには長期的な観測が必要となるが、業界が必要とする十分な訓練を受け、一定の技術を身につけた労働者を投入することができれば生産性の維持・拡大につながっていくとみられている。
 業界が持続可能な食肉生産に取り組む中で、中長期的な労働力不足の確保は一つの重要なテーマかつ持続可能性に関する取り組みに位置付けられ、業界が一体となって推進する労働力確保の動向に注目が集まる。

(岡田 卓也(JETROニューヨーク))