中国農業農村部は2021年12月、今後の畜産業振興政策の柱となる5カ年計画である「全国畜産獣医産業発展計画」(以下「畜産発展計画」という)を発表した。これは、中国の21〜25年における経済社会発展計画である「国民経済・社会発展第14次5カ年計画」(以下「14次5カ年計画」という)に基づくものである。本章では畜産発展計画を中心に、畜産の生産基盤強化に向けた同国の主要政策について概説する。
(1)目的および目標
畜産発展計画では、25年までに畜産業の近代化を大きく進めるとしており、食肉生産量、生乳等生産量(注2)、大規模農家飼養頭数割合(注3)などについて25年時点の目標値を掲げている(表5)。
(注2)「生乳等」には、牛由来の生乳のほか、ヤギやヤクなど由来の乳を含む。
(注3)「大規模農家」は、酪農では乳牛飼養頭数100頭以上の農家を指す。その他の畜種については本計画中に具体的な記載は見られないが、一般的には、養豚では年間出荷頭数500頭以上、肉牛では同50頭以上、羊では同100頭以上、ブロイラーでは年間出荷羽数1万羽以上、採卵鶏では飼養羽数2000羽以上の農家については、一定規模を有する農家とみなされている。
また、重点産業として、畜種ごとに、生産量、自給率、生産額などの数値目標を定めている(後述)。このうち、養豚と養鶏(採卵鶏およびブロイラー)をそれぞれ「1兆元級産業」(1兆元=20兆8200億円)、肉用牛・肉用羊、酪農(乳用牛やヤギなど)などを同じく「1000億元級産業」(1000億元=2兆820億円)と位置付けた上で、これらを畜産業の柱として近代的畜産産業体系を構築していくとしている。
(2)養豚
畜産発展計画では、豚肉の自給率を95%前後に維持し、生産量を5500万トン前後で安定させ、養豚生産額を1兆5000億元(31兆2300億円)以上にすることを目標としている。この目標を達成するため、中国全土を、(1)生産と販売のバランスを維持する地域(2)調達地域(3)主要販売地域−の三つの地域に分けた上で、各地域について施策の方向性を示している(図5)。
このうち、安定した増産を目指すとの方針が示されている(2)の調達地域は、2021年の豚飼養頭数の過半を占める上位7省および自治区(河南省、四川省、湖南省、雲南省、山東省、湖北省および広西チワン族自治区)のうち5省および自治区を含んでおり、引き続き養豚の主産地での飼養規模拡大を目指していると考えられる。
(3)養鶏
畜産発展計画では、家きん肉および卵の自給率を維持し(2020年時点で98%)、家きん肉生産量を2200万トン、卵生産量を3500万トンに安定させ、養鶏生産額を1兆元(20兆8200億円)以上にすることを目標としている。この目標を達成するため、中国全土を、(1)特色養鶏地域(2)養鶏優位地域(3)養鶏潜在地域−の三つの地域に分けた上で、各地域について施策の方向性を示している(図6)。
このうち、安定した増産を目指すとの方針が示されている(2)の養鶏優位地域は、21年の家きん飼養羽数の過半を占める上位7省(山東省、河南省、遼寧省、四川省、広東省、河北省および湖北省)すべてを含むことから、養豚と同様に、引き続き養鶏の主産地での飼養規模拡大を目指していると考えられる。
(4)肉用牛・肉用羊
畜産発展計画では、牛肉・羊肉の自給率を85%程度とし、牛肉生産量を680万トン程度、羊肉生産量を500万トン前後に安定させ、肉用牛・肉用羊生産額を9000億元(18兆7380億円)以上にすることを目標としている。この目標を達成するため、中国全土を、(1)西北地域(2)西南地域(3)東北地域(4)中原地域−の四つの地域に分けた上で、各地域について施策の方向性を示している(図7)。
飼養規模を着実に拡大するとされている(4)の中原地域において肉用牛に注目すると、中国全土で肉用牛飼養頭数の多い上位10省および自治区(雲南省、青海省、内モンゴル自治区、チベット自治区、四川省、新疆ウイグル自治区、甘粛省、貴州省、湖南省、黒竜江省。2021年時点でいずれも400万頭以上を飼養)に含まれる省は湖南省のみである。一方、肉用牛の飼養規模別農場数に着目すると、年間出荷頭数が1000頭を超える農場数の割合が(4)の中原地域の6省で全体の約4割を占めている(表6)。このため、大規模農場を擁する地域であり、北京や上海など主要販売地域に近い同地域でさらなる飼養規模拡大を目指すという考えが見て取れる。
(5)酪農
畜産発展計画では、生乳等の自給率を70%以上とし、生乳等生産量を3600万トン前後に安定させ、大規模農家(乳牛飼養頭数100頭以上の農家)の飼養頭数割合を全体の70%以上として、酪農生産額を1500億元(3兆1230億円)以上にすることを目標としている。この目標を達成するため、中国全土を、(1)西部地域(2)東北および内モンゴル地域(3)華北および中原地域(4)南方地域−の四つの地域に分けた上で、各地域について施策の方向性を示している(図8)。
酪農については、前述の養豚や養鶏とは異なり、飼養規模の拡大を目指すとの方針が示されている(2)の東北および内モンゴル地域は、2021年の乳用牛飼養頭数の約6割を占める上位6省および自治区(内モンゴル自治区、河北省、新疆ウイグル自治区、黒竜江省、山東省および四川省)とは必ずしも一致していない。一方、(2)の東北および内モンゴル地域は、21年の中国のトウモロコシ生産量全体の3分の1を占める地域であることから(図9)、飼料自給が見込める地域での飼養規模拡大を目指したいとの考えが見て取れる。
また、酪農に関しては、中国農業農村部が22年2月に、今後の酪農・乳業振興政策の柱となる5カ年計画である「乳業競争力向上行動計画」(注4)(以下「乳業行動計画」という)を発表している。乳業行動計画では、(1)酪農場の近代化を大いに推進する(2)耕畜連携などに取り組む大規模農家を増加させる(3)飼料コストを低減する(4)酪農と乳業をより密接かつ多様に結びつけ、国内酪農業の競争力を向上させる―といった行動目標とともに、生乳等生産量や大規模農家飼養頭数割合といった数値目標も示されており、一部については畜産発展計画よりも高い目標が掲げられている(表7)。乳業行動計画には、消費者への取り組みとして、観光牧場の推進や栄養知識の普及啓発活動などにより、酪農や乳製品に関する理解醸成を図るとともに、学生への飲用乳の普及を強化することなども含まれている。
(6)その他の政策
近年、中国は、主に(1)家畜の育種改良の実施と遺伝資源管理の強化(2)適切な家畜・家きんのふん尿処理(3)家畜疾病対策の徹底(4)畜産物の安全性の確保(5)コールドチェーン整備―などに関する法令や発展計画、指導政策などを公表している(表8)。これら畜産業に関連する各段階での包括的な取り組みを通じて、畜産業の持続可能な発展を目指しているとみられる。