(1)輸出状況
タイの鶏肉輸出の特徴として、部位別に輸出先のすみ分けがある。一般的にモモ肉は日本向け、ムネ肉はEU向け、手羽は中国や韓国向け、もみじは中国向け、残りの部位はタイの国内向けのように部位で仕向先が異なっている。
主な輸出事業者は、1991年に設立されたタイブロイラー加工輸出協会(以下「輸出協会」という)に加盟しており、その数はタイ国内にある34の鶏肉輸出加工場のうち大手企業14社20加工場である(図7)。輸出協会はタイのブロイラー輸出事業者を代表する組織であり、DLDと輸出事業者との窓口機能も担っている。
(2)輸出金額
2023年のタイの鶏肉製品(鶏肉関連品目(注5)および鶏肉調製品)の輸出額は1467億バーツ(6792億2100万円、前年比0.7%減)であった(図8)。品目別内訳を見ると、総輸出額の99%を鶏肉調製品、冷凍鶏肉、冷凍加塩鶏肉の3品目が占めている。
(注5)冷凍および冷蔵の丸どり、冷凍および冷蔵の鶏肉(丸どり以外)、冷凍加塩鶏肉。
(3)輸出量
2023年の鶏肉輸出量は、48万4984トン(前年比35.8%増)と前年から大幅に増加し、そのうち日本向けは約34%を占めている(図9)。さらに鶏肉調製品の輸出量は、59万5859トン(同8.6%減)と前年をかなりの程度下回ったものの、そのうち日本向けは48%を占め、その多くはから揚げ製品である(図10)。加塩鶏肉はEUを中心に輸出しており、23年の輸出量は6万9744トン(同26.0%増)と前年を大幅に上回った(図11)。
輸出協会によると、日本向け輸出は円安の影響により安価な商品が求められる傾向にあったため、前年比で鶏肉調製品は減少し、鶏肉が増加したとされる。一方で、中国向け輸出はもみじを中心に増加しているが、中国とブラジル間で24年に鶏肉輸入に関するアンチダンピング措置が解除されたことや、中国が米国からの鶏肉輸入を開始したことで、中国向け輸出は価格競争が強まっているとされる。
また、タイ政府としては、今後、中近東やフィリピンへの輸出量を増やしたい考えであり、輸出先の多様化を図るために毎年5月、東南アジア最大級の食の見本市である「タイ・フェックス」の開催など展示会を主導している。
輸出協会は、加盟企業各社が設備投資を行い、加工場の労働者も十分に確保できていることで、鶏肉の輸出余力は十分であるという。さらに、EUは引き続き鶏肉需要が高いことから輸入割当数量の増加を、また、鶏肉調製品のみ輸出可能なフィリピンについては鶏肉の輸出解禁を目指すとしている。
当面の輸出に際しての課題として、タイの鶏肉生産費がブラジルなどの主要国と比較すると40%程度高いことが挙げられる。物流面でも、中東情勢を受けてEU向け輸送期間が延びていることや、40フィートコンテナの海上輸送運賃
(注6)も2000米ドルから8000米ドル(30万9280円〜123万7120円)へと変動幅が大きく、手配が難しくなっている。
(注6)コロナ禍では1万4000米ドル(216万4960円)まで上昇。
(4)環境対策
「鶏肉製品の輸出量世界一(後述)」を目標に掲げ、輸出拡大に取り組む中、主要輸出先であるEU向けの輸出条件を満たすためにも環境対策への対応に注力している。
ア 政府の取り組み
OAEは、2023年に「農業気候変動行動計画2023-2027」を策定し、27年までに農業分野で温室効果ガス(GHG)排出量100万トン(CO2換算)削減などを目標に、さまざまなプロジェクトの推進に取り組んでいる(表6)。
同計画には、鶏肉産業に特化した具体的な取り組みや予算措置に関する記述はないが、業界団体や民間企業によれば、タイ政府として直接的な金銭的支援などは行っていないとされている。
一方、OAEは、飼料原料の生産は野焼きを行っていない場所を推奨しており、事業者は森林伐採をしていない場所で生産するトウモロコシなどを、通常よりも高値で購入する取り組みなどを自主的に行っている。
イ 輸出協会の取り組み
EU向け輸出に際して求められるものとして、GHG排出量の削減やEUの森林破壊防止規制(EUDR:EU Deforestation Regulation
(注7))の対応がある。EUDRの対象には、ブロイラー用飼料として利用する大豆なども含まれ、その栽培が森林伐採を行っていない地域から購入しているかの確認を進めている。すでにEUの輸入事業者の中には、タイ側の輸出業者に森林伐採を行っていない証明書の提出を求める場合もあるとされる。
今後の取り組みとしては、鶏肉製品のカーボンフットプリント
(注8)の評価が必要とされているが、生産者はカーボンクレジットの影響による輸出量減少や飼料原料の確保を懸念しており、飼料原料生産者側は学術機関などと協力し、環境対策をした生産の取り組みの推進している状況にある。
(注7)牛、カカオ、コーヒー、パーム油、ゴム、大豆、木材の7品目および派生製品について、これらの生産が森林破壊を引き起こしていないことの調査と報告を義務付けるもの。事業者は、調査の結果、対象製品が森林破壊に該当しない製品であることを証明できなければ、当該製品のEU内流通は不可となる。詳細については海外情報(欧州)「欧州委員会、森林破壊防止のための調査の義務化に関する規則の適用延期を提案(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003933.html)をご参照ください。
(注8)原材料調達から廃棄・リサイクルに至る過程を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算し、商品やサービスにわかりやすく表示する仕組み。
ウ 民間企業の取り組み
タイ鶏肉業界大手インテグレーターのベタグログループ(以下「ベタグロ」という)は、1967年に飼料製造会社として創業したタイの食肉加工大手である。ベタグロは、国内147農場(自社農場10、契約農場137)でブロイラーを生産しており、総収容可能羽数は1生産サイクル当たり3300万羽で、年間4.5〜5サイクルを回している。
鶏肉輸出を多く行っているベタグロでは、環境対策スコープ1および2
(注9)におけるGHG排出量を2030年までに20%削減、50年までにネットゼロの達成を目指している(表7)。社内に専門チームを設置し、(1)環境(ソーラー発電、水と廃棄物管理、持続可能な包材など)(2)社会(自社ブランド、コミュニティ開発、雇用者環境など)(3)ガバナンス(汚職対策など)―の3本柱で取り組んでいる。
近年、顧客からカーボンフットプリントの情報提供を求められることから、スコープ1〜3それぞれの取り組み成果として、タイ温室効果ガス管理機構(TGO)が発行する証明書を取得することで、GHG排出削減量(TGOに情報提供を始めた年を基準年とする)の証明を行っている。23年まではスコープ1および2の情報しかTGOに提供していなかったが、24年はスコープ3の情報提供も行っている。ただし、これらTGOの証明書の取得は、あくまでも各社が自主的に行っているものである。
(注9)モノがつくられ廃棄されるまでのサプライチェーンにおけるGHG排出量の分類方法があり、スコープ1は自社が直接排出するGHG、スコープ2は他社から供給された電気・熱・蒸気を使うことで、間接的に排出されるGHG、スコープ3は原材料の仕入れや販売後に排出されるGHGのことである。
(5)アニマルウェルフェア(AW)
ア 政府の対応
AWについては、DLDが主導して公衆衛生省などの関連省庁と協力し、飼養密度は1平方メートル当たり39キログラム以下とする飼養標準を策定している。生産農家はDLDに登録されており、この登録はおよそ2年ごとの更新が必要であり、その際にDLDには、同基準に沿って管理が行われているか確認する。また、今後の要件としてEU側からは、(1)2026年までに飼養密度を1平方メートル当たり30キログラム以下とすること(2)と鳥前に仮死状態にするためのスタニングを電気からガスに変更すること―などが求められているが、後者はハラール認証との関係で課題があることから、今後の政府の動向が注視される。
イ 民間企業の取り組み
ベタグロでは、五つの自由
(注10)が確保できるようケージフリーの舎飼いで、室内の温度や光、地面の状態の確認などの取り組みを行っている(写真4)。飼育密度は、DLDの基準値よりさらに低い1平方メートル当たり33キログラム(1羽当たり2.75キログラム換算)としており、環境エンリッチメントとして500羽当たり一つのボール(Peeking Objects)や1袋の砂袋(Litter Bag、1袋2メートル)を設置している。出荷は専門のチームが行い、両手で一羽ずつ捕まえるなどの対応を行っている。
(注10)英国において家畜に対する動物福祉の理念として提唱され、動物の福祉の指標として「飢えや渇きからの自由」「不快からの自由」「痛み、外傷や病気からの自由」「本来の行動する自由」「恐怖や苦痛からの自由」を人間が管理しているすべての動物に対して与えられなければならないという考え。
(6)鶏肉生産への影響
環境対策やAWへの対応を進めることで生産費は増加しており、特に森林伐採を行っていない証明書の発行にはコストがかかる状況にある。輸出協会では、上昇分のコストは、増加理由を説明した上でEU側と交渉を行っていくとしている。ただし、EUでも、各種規制に反対する農業者のストライキが各国で発生するなど、EU内でも規制緩和に向けた議論があることから、タイとしては今後の動きに注視していくとしている。
他方でOAEによると、現状では環境対策を進めることによる鶏肉価格への影響は少なく、価格転嫁の必要性は発生しないとみている。また、環境対策は輸出条件として求められていることから輸出量増加につながるメリットもあり、鶏肉価格への影響は需給バランスの方が大きいとみている。
(7)広がる鶏肉の販路:ペットフード産業
輸出協会によると、近年タイでは、海外資本のペットフード企業が生産工場を設立している。鶏肉は部位ごとに輸出先が決まっているが、輸出先の需給状況や為替の変動で余剰分が発生してもペットフードの原料として生産工場に仕向けられるため、鶏肉の特定部位の在庫が残ることはないとされている。
一方で、ベタグロによると、ペットにお金をかける人が増えたことでペットフード業界の成長率が大きく、これまでペットフード原料は主に副産物が主体であったが、現在では正肉の使用も増え、中にはヒト向け商品よりも高品質なササミを使用した商品もあるという(写真5)。