(1)日本におけるメキシコ産豚肉の輸入概況
メキシコから日本への豚肉輸出が始まったのは、1980年代前半からである。97年にそれまで日本の主要豚肉輸入先であった台湾で口蹄疫が発生し、輸入が停止されたことにより、メキシコが輸入先の有力な選択肢に入るようになった。当初はユカタン州とソノラ州のみからの輸出であったが、徐々に許可地域が拡大し、2015年にはメキシコ全土からの輸入が許可された。メキシコから日本向けの輸出は、1)安価な労働力、2)豚肉企業のインテグレーション経営による効率化、3)手先の器用さを強みとした細やかな規格対応―などを背景に拡大していった。
一方で、22年をピークに輸入量は減少してきている(図10)。この要因として、2(5)に記載の要因に加え、1)為替相場が円安、メキシコペソ高であること、2)冷凍で価格優位性のあるブラジル産が台頭してきていること―などがあり、状況が改善されない限り、メキシコからの輸入量の大幅な増加は見込まれないとみられている。
こうした中、メキシコは日本向けの冷蔵豚肉輸出に注力するようになった。19年と比べ、24年の冷蔵豚肉の輸出比率は10.4%から38.0%へと拡大している。
この要因としては、1)豚肉の生産余力が限られる中、より高価格で販売可能、2)冷凍と比べて資金の回転効率が良い、3)安価な冷凍豚肉を輸出するブラジル産との差別化が図れる、4)冷蔵については米国産、カナダ産と比べて価格優位性がある―といった利点が挙げられる。一方で、度々の遅延や抜港(注1)が発生する不安定なサプライチェーンは、冷蔵豚肉輸出拡大の課題となっている(この点は本章の(3)で詳しく説明)。
日本は、ロインなどの高価格部位を中心に、リブ、バラ、ウデ、肩ロース、ヒレ、バックファット(背脂肪)など、さまざまな部位をセットで輸入している。中でも、肩ロースやバラは現地消費と競合しないことから、価格優位性があるとされる。また、とんかつなど外食用の豚肉については、重量(1枚当たりグラム数)や規格を厳格に取り決めているほか、付加価値製品などもあることから、日本はプレミアム(一定額の上乗せ)を支払っている。こうした背景から、メキシコ産の豚肉輸入品価格を主要国産(冷凍品は輸入上位5カ国)と比較すると、冷蔵、冷凍ともにメキシコ産の価格が最も高くなっている(図11、12)。
(注1)船が天候やスケジュールの都合などにより、寄港を予定していた港を飛ばすこと。
(2)メキシコから見た日本向け輸出のメリットとデメリット
一方、メキシコ豚肉企業などへの聞き取りから、日本向け輸出のメリットとデメリットを整理すると、表2の通りとなる。利点としては、高価格部位を中心に、安定的かつ大量に複数の部位を輸入していることが挙げられ、少子高齢化が進む中でも豚肉消費量は依然として多いことから、今後も有望な市場と捉えられている。他方、課題としては、均一性など厳格な規格への対応が求められる中で、両国の物価水準や為替の影響もあり、日本は価格の安さを求める国との印象が強まっていることがある。
このため、豚肉企業では、背脂肪厚などの規格を緩めて工数を減らすことや、包装材のコストを下げるといった工夫を通じて、コスト削減の方法を模索している。また、串差しや糸巻き、薄切りスライスといった一次加工品は手間に見合わないため輸出が減少しており、加工も日本で行われるようになってきている。
他の主要輸出先を見ると、第2位の米国向け(注2)と第3位の韓国向けについて、日本よりも高値での販売が可能といった利点がありつつも、それぞれに課題も抱えている(表3)。
また、メキシコ政府はフィリピン政府と豚肉の輸出解禁に向けた交渉を行っており、今後、輸出(冷凍)が解禁された場合には、同国における旺盛な需要に加え、日本と異なり厳格な規格が不要であり低コストであることから、日本向けの一部が振り替えられると見込まれている。現地豚肉企業としては早々の市場開放を期待しているものの、いまだ解禁には時間を要するとの声も聞かれている。
(注2)米国-メキシコ-カナダ協定(USMCA:United States-Mexico-Canada Agreement)により、3国間では農畜産物の輸出入が活発に行われている。トランプ大統領就任以降、諸外国からの輸入品に関税を課す動きがみられるものの、2025年8月末時点では、USMCAの原産地規則を満たす製品については適用除外となっており、これにはメキシコ産の豚肉も含まれる。
(3)日本向け海上輸送経路
ア 輸送経路の概況
メキシコの豚肉主産地には、北部(ソノラ州)、中部(ハリスコ州など)、南部(ユカタン州)がある。南部から輸出する場合、メキシコ国内を横切って西海岸のマンサニーヨ港から輸送される(冷蔵豚肉)か、プログレソ港からパナマ運河経由で輸送(冷凍豚肉)される(図13)。また、メキシコから日本に向かう船は、南米諸国から北上した船舶がマンサニーヨ港やエンセナーダ港を経由するのが主流となるが、近年、ラサロカルデナス港など別の港を経由する船が増加し、輸送が遅延する傾向にある。
このため、各社は製品の保管方法による賞味期限を考えながら、輸出港を都度選択している。メキシコから日本向け輸出には、主に三つの港(エンセナーダ港、マンサニーヨ港、プログレソ港)が使用されているが、それぞれにメリットとデメリットがある(表4)。
エンセナーダ港は日本に最も近い港であり、北部企業を中心に利用されているが、マンサニーヨ港と比較すると抜港のリスクがある。
マンサニーヨ港は、メキシコ最大の港であり、抜港のリスクは低いものの、陸送中の道路渋滞や、港湾の混雑から積み込みまでの所要時間が長いのが課題とされる。こうした中、シェインバウム政権は「マンサニーヨの港をラテンアメリカ最大の港に変える」と宣言しており、拡張工事が完了すると20フィートコンテナを、年間約1000万個処理できるようになるとされる。現地聞き取りによると、拡張工事の予算は確保されているものの、コンテナヤード(注3)やバース(注4)の大規模工事が予想されることに加え、台風なども通過する地域であることなどから、拡張には時間を要すると見込まれている。
プログレソ港は、日本をはじめ米国、韓国、シンガポールなどへの冷凍製品の輸出に使用されている。パナマ運河で発生した干ばつによる通航制限の影響は改善しており、大きな遅延は見られなくなっている。
(注3)保税地域にあるコンテナ(外国から運ばれてきたコンテナや輸出予定のコンテナ)の一次保存場所。
(注4)船舶が入港後、貨物の積み下ろしのために着岸する場所。
イ 日本向け輸送の課題
冷蔵豚肉輸出の最大の課題は、「抜港のリスク」である。メキシコの港は台風や遅れなどの影響で抜港になることがある上に、日本も抜港されることがあり、メキシコと日本間の海上輸送サービスには確実性がないとされる。日本の港が抜港となると、韓国の釜山などで積み替えを行い日本へ運搬されるが、積み替えに失敗すると、賞味期限の関係で船上凍結を余儀なくされる。顧客は冷蔵品を求めているため、豚肉企業はキャンセルまたは代替品の準備をしなくてはならない。
豚肉企業は業界団体(メキシカンポーク〈MPEA〉)を通じて船舶会社へ改善要請を行っているものの、状況は改善されず、抜本的な改善は困難と見込まれている。このため、日本の輸入事業者からは「メキシコ産冷蔵豚肉の賞味期限自体を延長することが必要」との声が聞かれている。