一方、2007年2月の現地調査では、エタノール原料用糖みつの供給の変動を補うため、さとうもろこし(Sweet Sorghum)、熱帯シュガービート(Tropical sugar beet)、ジャトロファ(Jatropha)を原料としたエタノール生産の研究が進められていることを確認した。
さとうもろこしは、雨量が安定している中央インドのマディア・プラデーシュ州、カルナータカ州、アーンドラ・プラデーシュ州、グジャラート州の東部で栽培されているが、糖みつの不足に備え、これらの地域における大量生産体制を整備する方向であった。
熱帯シュガービートについては、米国シンジェンタ(株)から種子を導入し、マハラーシュトラ州での実証実験段階であった。熱帯シュガービートは収穫直後の加工が必要で、インフラが整っている加工工場での実証試験を予定していた。試験結果が良好であれば、アーンドラ・プラデーシュ州、マハーラーシュトラ州、カルナータカ州における既存のさとうきび製糖工場設備の改良により、生産体制を整備する方向であった。
バイオディーゼルでは、国家計画立案委員会(Planning Commission Government of India)が2005年10月にジャトロファを原料とした計画を推進していた。自動車、トラック、大型車、鉄道ディーゼル機関車での実証試験では良好な結果を得、B5を目標に本格的な栽培が開始され、果実を収穫する2〜3年後の商業ベース利用を目指すとしていた。
インドの燃料用エタノール計画は、2008/09年度、2009/10年度におけるさとうきびの不作から、糖みつが不足して計画どおり進んでいないもようであるが、2010/11年度には砂糖の生産が回復する見込みであることに加え、コペンハーゲン合意でインドが温室効果ガスの削減を約束していること、インドでは、ガソリンよりディーゼル需要が多いことから、糖みつやジャトロファを原料とした計画が再浮上する可能性が高いと推測される。
エタノール産業における最大の問題は、政府によるエタノール価格の抑制策である。エタノール価格は、石油販売会社とエタノール工場との間の3年契約で決定され、(主原料である)糖みつの価格が高騰しても3年間にわたって据え置かれる。現在の固定価格は1リットル当たり21.5ルピー(0.45米ドル)にすぎず、エタノールの製造コストが業界の推計で(糖みつの価格を1トン当たり5,000ルピー(100米ドル)として)1リットル当たり21ルピーに上昇しているなか、生産意欲をそぐ水準といえる。ただし、2009/10年度の固定価格は、1リットル当たり26ルピー(0.54米ドル)に引き上げられ、糖みつを原料とするエタノール生産の利益が増加する見込みとなっている。
また、2007年2月の現地調査時には、産業用および燃料用エタノールは、物品税、付加価値税などの高率の税金が付加されることも問題として指摘されていた。
インドにおけるエタノール生産は、糖みつの生産変動を補う原料作物の開発・導入、エタノール価格水準、税制などの問題を抱えているが、今後の糖みつ価格の動向がエタノール生産の経済性を大きく左右するであろう。
5.砂糖産業をめぐる課題
(1) 砂糖政策
インド中央政府は、1966年から2009年まで、法定最低価格(SMP)制度を設け、農家保護政策を実施していたが、2010年から砂糖の生産コスト、適用されるすべての租税、製造工程で使われる資本に対する妥当な収益などをもととした適正価格(F&RP)制度に移行した。
この新制度が導入されることで、農家は、これまでのような代金支払いの遅延はなくなり、代金を速やかに受け取ることができるとされている。
しかし、F&RP制度においても市場価格情報が生産者に伝達されることはなく、市場メカニズムによる生産調整は期待できない。さらに、生産者が受け取るべき労働賃金等も加味された価格となるため、実質的にSMPの引き上げとなっており、製糖企業の市場価格変動リスクは大きくなっていると言える。このことから、SMP制度下で見られたシュガーサイクルはF&RP制度のもとでも継続すると推測される。 ]
F&RP制度を詳細に分析する必要があるが、製糖企業の市場価格変動リスクが大きくなる中で、制度設計どおりに農家が製糖企業から確実に代金を受け取ることが出来るとすれば、さとうきび生産者の市場価格変動によるリスクは消滅し、さとうきび生産が恒常的に過剰基調となるため、慢性的な砂糖市場価格の低迷を招く恐れもある。
しかし一方で、現在の流通制度においては、インド消費者問題・食料・公共配給省(Ministry of Consumer Affairs,Food & Public Distribution)が、国内市場における砂糖の供給量を調整していることから、概して国内平均卸売価格は国際価格よりも高く、輸出により国内供給量を調整することも難しい。
したがって、現在の流通制度やF&RP制度のもとでは、過剰在庫や国内市場価格下落などによるリスクは、基本的に製糖企業の負担において処理され、結果的に製糖企業から生産者への支払い遅延も生じる恐れがある。
F&RP制度においても、現在の価格政策に基づくシュガーサイクルはなくならないと推測され、今後、インド政府は、F&RP制度のもとでの流通政策などを再構築する必要があると思われる。
需給がタイトとなっている中で、2009/10年度における製糖企業のさとうきび買付価格は、F&RPを上回ったもようであるが、現時点では2009/10年度は砂糖生産量が前年度よりも若干増え1600万トン強になると予想されるものの、在庫が極めてひっ迫していることから、輸入量が600万トンを超える見通しである。国際砂糖の需給に大きなインパクトを与えているインドの砂糖政策の行方が注目される。
(2) 賃金上昇と労働者不足
さとうきび栽培部門では、人件費の上昇が農家を悩ませており、労働力不足への対応が大きな課題となっている。国際的にみればまだ非常に低いとはいえ、インドでも人件費は上昇しつつある。この一因としては、政府が公共事業による雇用創出で、農村地域の住民に年間100日間以上の就業を保証していることが挙げられている。農作業の大部分が手作業で行われていることを考えると、これは農家にとって大きな問題となっている。
(3) 食料需要の増加
人口増加により基本的な食料品(米、小麦、砂糖)の需要が益々高まり、これが、過去3年間にわたって法定価格を押し上げてきた。さとうきび価格と穀物(米、小麦、)価格との比較により栽培作物の転換が生じており、農地の拡大が可能な地域もあるが、さとうきび農家の平均規模が1ヘクタール未満にとどまるなか、さとうきび農家の生産性をいかに上げるのかが課題となっている。