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現場での国際化を 

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最終更新日:2010年5月10日

現場での国際化を 

2010年3月

東京大学大学院 農学生命科学研究科 准教授 中嶋 康博

 つい先日、タイ東北部コンケン地方でフィールド調査を行い、国内最大級の製糖メーカーの工場を訪問した。バイオエタノール工場が併設する製糖工場で、半径50キロメートル圏内の農家から日量2万トン以上のさとうきびを集めて処理をしていた。同社はタイ国内で他に4工場を操業している。数字的には事前におおよそ承知していたのだが、操業する巨大な工場を間近に見ると、わが国との差に正直なところため息をつかざるを得なかった。

 訪問の目的は、バイオエタノールの生産を拡大するにあたって環境や社会にどのような影響を与えるかを聞くことであった。これまでの製糖事業も含めて尋ねたが、そこでは欧米流の国際基準にしたがった社会的責任経営をまっとうしようと、環境対応と地域対応に取り組んでいることを再確認した。世界で競争する企業ならではの先進ぶりだった。

 この質疑のやり取りの中で特に感じたことは、従業員の働きぶりと自信にあふれた姿である。会議室に通されると、コンピュータにつながった液晶プロジェクターから会社紹介のビデオが映写された。もちろん外国人の訪問者用に制作されているので英語である。なるほど、御社は製糖、バイオエタノール、バイオガス、合板、そして研究センターの部門からなるのですねと確認して、そこで追加で質問をすると、それではと別のもう少し詳しいビデオを映写してくれた。その上でやや核心に迫る細かな質問に入ると、パワーポイントでの説明になった。

 液晶プロジェクターで映しながらだったのでコンピュータのフォルダ内がよく見えたのだが、そこには相当な量のパワーポイントのファイルが格納されていて、その場で地元コンケン大学を卒業した技術者の方が適当なファイルを選び出して次々に説明する。突っ込んだ質問をしたが、結構丁寧にデータを示しながら対応してくれた。その説明用につかったパワーポイントは全部が英語という訳ではなかったけれども、とにかくなんでも準備万端整っている感じであった。

 今回私たちが最も興味のあったのは、リモートセンシングや地理情報システム(GIS)を利用してさとうきび生産状況を確認できないかということだったが、驚いたことにすでにシステムは組まれていて、収穫時のモニタリングなどで日常的にそれらを駆使しているようであった。日量2万トンの処理をスムーズに行うためには、そのぐらいの備えは当たり前なのかと納得させられた次第である。

 工場でのインタビューの後にゆっくりとドライブして、帰途の道すがら、ほ場での農家の作業を見て回ることができた。工場所有のハーベスタはあるようだが、われわれの目にとまることはなかった。みな家族や隣同士、手刈りで作業していた。それは数十年前のわが国の状況と同じだろう。厳しい日差しのもと、真黒になりながら黙々と作業を行う姿が印象的であった。国際化した製糖メーカーとそれを支える伝統的なさとうきび農家という二重構造がそこにある。生産の現場は近代化しているとはいえない。

 ただ、製糖メーカーと農家の関係は必ずしも前近代的なものではないようである。われわれが会議室で説明してもらった現地での技術指導の様子は、わが国で行われていることとそのまま同じである。新品種、点滴灌漑、株出管理について集落座談会を実施して、農家に新しい技術を導入してもらうように説得する姿がスライドで映し出されていた。バイオエタノール生産を拡大しながら、タイの砂糖産業は国際ビジネスを疾走する。製糖メーカーと農家とのギクシャクした関係はまだまだあるだろうが、国際化が社会を前進させている姿を垣間見た。

 国際化は、社会や経済を傷めつける猛毒をもっている。しかし一方で、国際化が社会や経済が秘める力を引き出して、劇的な革新へと導く可能性もある。わが国では、自動車産業や電子産業など、その成功例を探すことは容易である。もちろん同じことを、単純に砂糖産業へあてはめるわけにはいかない。わが国の地理的制約の中では規模の経済が簡単に発揮されるものではないし、さりとて製品差別化も難しく、経営のブレイクスルーは難しい。しかし革新を起こすのは人であり、その能力は間違いなく他国に誇ってよい。人々の知恵と工夫と意気込みが大きなうねりとなれば、今のままではないはずである。ただ、工場の製造部門のカイゼンだけでは、どんなことをしても海外の競争相手に勝ることはできない。例えば、新技術、新素材、新商品の開発に取り組み、少しでもそれらの輸出を目指せないか。関係者の気持ちを奮い立たせるきっかけは、まず窓を開けて外に目を向けることだろう。そのために、さとうきびの生産現場と手を携えながら、地域一丸での活動が必要である。

 貿易自由化しろ、と主張しているのではない。国土と食料の安全保障を担う甘味資源作物の生産地としてきちんと支援し続けながら、国際標準のマインドと技術を導入していくために、現場で一つ一つ取り組んでいけないかということである。これからも誇りと自信に満ち、生き生きした現場が続くように。
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