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地理情報システムを利用したさとうきび生産データベースの構築

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最終更新日:2010年9月2日

地理情報システムを利用したさとうきび生産データベースの構築
−南大東島における検討−

2010年9月

東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授 中嶋 康博

元修士課程学生 今井 麻子

農畜産業振興機構 総務部 人事課(前調査情報部調査課) 課長代理 遠藤 秀浩

那覇事務所長 薄井 久雄

 

はじめに

 当機構では、平成20年度において、東京大学大学院農学生命科学研究科中嶋康博准教授をはじめとする調査グループと共同で調査を行い、地理情報システムと取引記録データの新たな活用方法の調査結果を報告した(砂糖類情報2009年8月号「南大東島におけるさとうきび生産の変動とその安定化要因の考察」参照)。
 
 本稿は、前述の「砂糖類情報」において報告した地理情報システム(GIS)を利用したさとうきび生産のデータベース作成に関する続報である。前回の報告で試みた手法を点検し、地理情報の精度を高めて、より完全なデータベースの構築を試みた。
 
 今回構築したデータベースは、製糖工場における操業計画や収穫搬入計画のみならず、さとうきびの収量や糖度を通じた経営分析、ひいては営農指導など生産性向上のための多様な活用が期待できる。
 
 前稿でも述べたように、製糖工場と農家との原料(さとうきび)取引の記録は生産状況を理解するために有用なデータであり、収穫・搬入の実態はほ場ごとに把握されている。また、品質取引制度の導入以降は、ほ場ごとの平均糖度も明らかになっている。
 
 製糖工場は、すべてのほ場の生産(出荷)者名、場所、収穫面積、作型、品種、予想単収、予想出荷量、予想糖度を事前に確認して、原料の搬入割り当てを行い、製糖期の工場の操業計画を立てている。また農家への原料代金の支払いのため、原料搬入量・糖度・搬入日・収穫ほ場も正確に記録されている。なお、平成19/20年産より農家の生産状況を把握するための植え付け(OCR)調査(*1)によって、ほ場のより一層正確な特定ができるようになっている。
 
 また、いわゆる「野帳」と呼ばれる生産者ごとの作付実績および生産成果を記録した原票から生産活動の実態をすべて把握することができる。本報告は南大東島を対象に調査した結果を取りまとめたものであるが、同島のほ場ごとの面積は大きいので、収穫されたさとうきびがどのほ場由来のものかほぼ間違いなく特定することができる。
 
*1:JAおきなわが実施するOCR調査票(「さとうきび生産者圃場植付調査票」)を活用した調査。
 
 

1.野帳を利用したデータベース作成(*2)

 大東糖業株式会社農務部が作成・更新する野帳には毎期の栽培、収穫実績が記載されている。これらの情報を各ほ場の地番を手掛かりに、南大東村役場のGIS地籍図に格納していく作業を行った。図1は地籍図のデータ項目の一部とGISで表示された結果である。これらの地籍図情報と野帳とを精査したところ、以下のことが明らかになった。
 
・役場の地籍図の地番は、大字番号、本番、枝番から構成されるが、野帳に記載されている地番は大字番号が明示されていない。ほ場を利用している生産者には3桁のコード番号が振られていて、百の位の番号は生産者が居住する大字を意味している。しかし生産者は居住する大字以外にも多くのほ場を利用している。
 
・野帳に記載されている地番は長年利用しているものであるために、役場の地籍図の地番と一致しないものが多い。
 
・地番が一致しない第1の理由は、土地改良事業が行われた後にほ場の地番は付け替えられるが、野帳にはその正式の地番が反映されないことが多いためである。
 
・農家は一つのほ場に異なった品種、作型での作付けを行うことが多いが、野帳ではその実態を記録するために、地籍図にはない地番を新たに追加していることが多い。
 
 
 
 
 ほ場での栽培実態は農務部の担当者2名が逐一把握して、それを野帳情報に反映させている。それらは生産、収穫計画をたてるなど実務面で完全に利用されている。ただし、統一したコード体系のもとで整理していないために、そのままではGISデータへ利用できないことが検討の結果、明らかになった。
 
 そこで南大東村役場の担当者から聞き取りを行い、またOCR調査の結果も参照しながら、地籍図と野帳の情報とをすべて突き合わせて、地籍図へ連結するための地番を改めて野帳に記入した。なお、今回の一連の調査で実施した独自の農家アンケートで明らかになったほ場ごとのかん水実施の状況を、この野帳データに記載した。
 
 先に指摘したように、農家は生産の実情にあわせてほ場を地割りしながら利用している。図1から明らかなように、地番2−999−9のほ場は二つに分けて利用されていて、野帳では異なった地番が振られているのである。データベースを作成するにあたり、このような実態の情報は保持しつつ、GISデータとして整理する際には、地籍図の地番に面積や生産実績を集計することにした。この手法では地割りしたほ場で異なった品種や作型で栽培されているならば、集計によってその情報が失われることになる。
 
 このように失われる情報はあるのだが、地籍図の地番を手掛かりにしてデータを整理すれば、異なった年度でも一貫して同一のほ場での生産実態を追跡できることになる。このような「パネルデータ」を構築できれば、その後の分析で強みを発揮することになる。
 
 
*2:本調査は、南大東村役場、大東糖業株式会社、JAおきなわ南大東支店の協力のもとに実施した。個人情報については、事前の取り決めのもと、細心の注意を払いながら取り扱った。
 
 

2.生産状況の可視化

 本調査で作成したGISデータベースで把握されたほ場は、平成20/21年期での面積ベースでみて81%である。これを基にして、南大東島の生産状況を可視化して空間的に把握し、分析が可能となった。なお、捕捉できなかったほ場の多くは島の中心部にある小さなほ場であり、大型ほ場で把握できなかったものはごく一部であった。
 
 データの整理は16/17年期から20/21年期の5カ年を対象に行った。16/17年期から18/19年期までの3カ年は降雨不足や台風の襲来のため、島全体の収穫量が3万−4万トンにまで落ち込んだ。一方、19/20年期と20/21年期は一転して好調で、収穫量は7万〜8万トンになった。
 
 かん水したほ場の各年の分布は図2の通りである。アンケートに基づいているので捕捉は完全ではないが、普及の進展度を確認することができる。かん水は池のそばの取水地でトラックの給水タンクに汲み上げてそれをほ場で散布するスタイルと、池からポンプで汲み上げていったん「マリンタンク」に貯留し、そこから散布するスタイルとがある(図3)。言うまでもなくトラックによる水汲みはかなりの重労働である。後者のシステムが補助事業で普及するようになって広くかん水が可能になった。
 
 
 
 
 
 
 図4はほ場ごとの単収を図示しており、地理的分布を確認できる。
 
 はじめの3年間については、不作状況は全島に広がっていた。16/17年期については、10アール当たりで1〜2トンの差であるが、中心部はやや単収が高い様子が観察される。しかし最も不作が深刻だった17/18年期は全般的に相当厳しい収穫条件だったことが見て取れる。
 
 
 
 
 収量の比較的高いほ場は連続している様子が確認できる。かん水している地域がまとまっていることから、このように収量の高いほ場が連続していると考えられる。本データベースを利用してパネルデータ分析を行えば、今後詳しく検証できる。
 
 図5はほ場ごとの糖度の分布を図示している。糖度についても不作の年は数値が低くなっている。
 
 16/17年期については、かん水できたところとできなかったところとの格差がはっきりと表れている。初期のころには島中心部の池の周りだけでかん水が可能だったのだが、その辺りの糖度が相対的に高くなっていることが観察される。17/18年期は台風が7回も襲来したために、糖度は全般的に低位だった。18/19年期は干ばつであったが、その2年前に比べると糖度は広い範囲で高くなっている。かん水施設普及の効果が確認できる。降雨が十分だった19/20年期、20/21年期は全般的に糖度が高く、かん水の有無は大きな差を生み出していない。
 
 
 
 

3.輸送経路の計測

 今回の調査では、収穫後のほ場から工場への輸送経路の計測も併せて試みた。GPS計測機器を運搬トラックの運転席に置いて、製糖工場とほ場とを往復する経路のデータを追跡記録した(*3)。図6はある一事例についてGISを利用して航空写真の上に描画したものである。少なくともこの事例では、トラックは3カ所のほ場を担当していることが確認できる。
 
 南大東島では大型ハーベスタートによる収穫が行われており、トラックはほ場内でハーベスターの横を併走して刈り取られたさとうきびを荷台に受けていく。ハーベスター1台にトラック2台が組んで作業を行う。荷台が収穫されたさとうきびで満たされるとただちに工場へ向かう。すぐその後に控えていたもう1台のトラックが引き継いでさとうきびを受けていく。その作業を行っている間に工場へ搬送したトラックが戻ってきて次の作業を続けていく。図6はほ場内での動きも含めて軌跡を図示している。
 
 現時点ではGPSの記録をGISに落としただけであるが、計時しながら位置を記録しているので、ルート解析をすることが可能である。ハーベスターとトラックの配車は、ほ場の収穫計画と製糖工場の操業計画によって決められる訳だが、野帳の栽培状況をGISデータベースとして管理するならば、収穫・運搬をいかに効率的に行うかを統合して考察することが可能となるだろう。
 
 さとうきび生産と収穫、そして製糖工程のあり方は、収穫リスクの予測を織り込んだ一貫体系のもとでの効率性を追求すべきであろう。島内でのこれまで以上のコスト削減を目指すならば、GISを駆使しながらロジスティックスの分析に踏み込むべきではなかろうか。
 
 
*3:GARMIN GPSMAP 60CSxを利用した。
 
 
 
 

おわりに

 さとうきび生産の経営効率を上げて、コスト削減を進めるためには、ほ場ベースのモニタリングと営農指導を行う必要がある。そのためには個々の経営を分析するためのデータベースの構築をまず行うべきだろう。各製糖メーカーは、収穫搬入計画をたてるために栽培のモニタリングをしており、支払をするために収穫物の収量や糖度を計測し記録している。データベースの構築のために、これらの記録を利用できないかが本調査の検討課題であった。
 
 今回の作業を通じて、現場で利用されている業務記録のままでは、生産状況をほ場ごとに把握するデータベースは作成できないことが明らかになった。しかし、目的を定めてデータのフォーマットを整備すれば、通常の業務記録から分析のためのデータベースを構築することは容易であると思われる。本調査で明らかになったことは、データベースの作成にさまざまな示唆を与えるはずである。
 
 ただし、今回のようなデータベースは1つ1つのほ場の規模が大きく収穫された場所が特定しやすい南大東島だから構築できた面がある。沖縄本島のようにほ場が小さいと、収穫したさとうきびを回収するトラックにはいくつかのほ場を回って積み込むことがあるから、ほ場を特定することは難しくなる。その場合でも、異なった生産者の収穫物を搬入前に混ぜることはもちろんないから、生産者別のデータベースを作成することは可能である。それは生産者ごとの営農指導データとして活用できる。その他の島でも業務データを分析に活用できないか検討してみるべきであろう。
 
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
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