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内外の伝統的な砂糖製造法(1)

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最終更新日:2011年3月3日

内外の伝統的な砂糖製造法(1) 〜伝統技術の中に「歴史」をみる!〜

2011年3月

昭和女子大学国際文化研究所 客員研究員 荒尾 美代

 日本人が食べてきた砂糖は、どんなモノだったのだろうか?
 
 日本は、江戸時代に大量の砂糖をアジアから輸入しており、江戸時代初期には為政者たちの食品であった砂糖が、後期には一部の庶民も口にできるほど普及した。しかし、どのような砂糖を当時の人々が口にしていたのかは、何百年も前の砂糖が現存していないので、その実像はわからない。
 
 また江戸時代中期から、砂糖の国産化を目指して研究がはじめられ、後期には国産化は軌道に乗っていたと思われるが、依然として輸入もおこなっていた。
 
 輸入砂糖と当時の国産砂糖の違いなど、わかっていない点は多い。
 
 過去のことを探る場合、文献史料と発掘された遺物資料が中心となる。江戸時代の古文書には、「並砂糖」や「臼砂糖」などの名称が出現するが、名称だけではどのような砂糖であったかがわからない。白かったのか、茶色かったのか、黒かったのか、塊なのか、サラサラしているのかなどなど、実のところ、われらの先祖がどのような砂糖を味わっていたのかがわからないのである。
 
 さとうきびを原料とする黒砂糖と白砂糖の作り方の違いを簡単にいえば、黒砂糖は、さとうきびのジュースを煮つめて冷却して固化させる。一方、白砂糖は、さとうきびのジュースを煮つめて、冷やしながら結晶を析出させ、その結晶の周りに存在する黒色成分を含む蜜を取り除いて作る。現在の近代化工場(ミル)での分蜜法は、遠心分離機で結晶の周りの黒い蜜を吹き飛ばす。遠心力で洗濯物の水分を飛ばす洗濯機の脱水機をイメージするといい。水分に当たるのがモラセス(黒い蜜)で、洗濯物がショ糖の結晶だ。
 
 しかし、遠心分離機の発明は1864年、日本が明治維新を迎える4年前のこと。それ以前から「白砂糖」はあった。では、どのように分蜜して白くしていたのか?ということになる。
 
 そこで、砂糖の作り方が記されている内外の歴史資料を探し、大まかな概要をつかんだ。料理名だけであると実態がわからないのと同様に、作り方が記されていれば、おおよそのイメージがつく。いわば、砂糖製造のレシピを探したわけだ。
 
 すると、びっくり仰天!なんと、「覆土法」と称する、土を活用して「白砂糖」を作っていたのだった。
 
 しかも、現在伝統的な砂糖として、香川県と徳島県で作られている「和三盆」糖とは、製造法が違う。
まずは、職人技を伝承している、徳島県上板町の岡田製糖所の「和三盆」糖の作り方を紹介しよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さとうきびの刈り取りは、毎年12月1日からと決まっている。さとうきびの茎を搾ってジュースを取り出し、煮つめる。その時に、カキ灰を少量入れて、浮き上がってくるアクを取り除いて清浄する。濃縮糖液の状態を柄杓で垂らして確認してから、糖蜜を冷却して結晶を析出させ、「白下」と呼ばれる、結晶と蜜の混合物を作る。この状態で白下糖の色は茶色。さとうきびを刈り取り終わる2月上旬くらいまでに、この白下糖を作っておく。
 
 次は、白くしていく分蜜工程だ。白下糖から茶色っぽい蜜を抜いていく作業は、醤油や酒を搾るのと同じ「押し槽(ふね)」と呼ばれる道具をつかって、梃子の原理で加圧して行う。木箱に麻布を外側に、木綿布を内側に敷いて2枚重ね、その中に白下糖を入れて包む(写真1)。白下糖1樽でこの木箱を8個作って、梃子の原理の支点になる部分に置く(写真2)。そして重石をつるして加圧する(写真3)。翌日、やや蜜が抜けた砂糖を取り出し(写真4)、少し水を加えて手でこねる「研ぎ」という操作を熟練の職人さんが行い(写真5)、再び「押し槽」にかけて蜜を抜く。この操作を3回から5回繰り返す(写真6)。繰り返すほど砂糖は白くなる(写真7)。そして篩にかけて陰干しして出来上がり(写真8)。この分蜜作業は、夏が来る6月上旬くらいまでには終わらせておく。
 
 この工程を見る限り、土は使われていない。結晶の周りに存在する黒色成分を含む蜜を取り除くのに、圧力によって搾る「加圧法」が採られているのだ。
 
 日本では土を使った「覆土法」による製造法は現存していない。
 
 ならば、他の国で行われていないか!と着想して、海外でのフィールド調査に足を踏み入れた。
 
 海外調査に乗り出すものの、日本でいえば農林水産省関係にあたる機関では、大工場を持つ精糖会社などは把握していても、流通規模が小さい「伝統的」な砂糖なんぞには興味がないのか、その実態はわかっていないことが多い。また、都市部のスーパーや小売店で売られている砂糖は、きれいにパッケージされているものの、ミルで造られたグラニュー糖や氷砂糖などで、伝統的な砂糖にはそうお目にかかれない。
 
 そこで、まず市場探しから始めることになる。しかし、市場から市場を渡り歩き、面白そうな砂糖に出合っても、市場にある砂糖はたいていむき出しの量り売りで包装されておらず、生産者などの情報がないのが一般的だ。日本は食品表示にうるさいので、砂糖のパッケージに「どこで」「誰が」作った砂糖かが書いてあるのとは大違い。
 
 そういうわけで、海外では村から村へ、ひたすら聞きまくって探す旅となる。
 
 「行ってみなければわからない」ので、その日のホテルも決めることができない。今夜の宿は「ディペンド・オン・ザ・トゥデイズ・リサーチ!」と、通訳とドライバーに連呼しながら、女インディージョーンズにでもなった気分での3人旅。車が入れないような農道歩くこと2時間、なんていうのももう慣れた。その地域、その村で作っている、「伝統的な砂糖」を探し出すには、体力と気力との勝負。
 
 どんな砂糖を食べていたのか?という素朴な疑問は、地球をうろついて一周するハメになった。「百は一見に如かず」。今後、さまざまな国の伝統的な砂糖製造技術を、時空を超えて、紹介したい。乞うご期待!
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
Tel:03-3583-8713



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