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インドの砂糖需給をめぐる動向

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最終更新日:2011年6月10日

インドの砂糖需給をめぐる動向 〜求められる砂糖生産量安定化方策〜

2011年6月

明治大学農学部 客員研究員 草野 拓司

はじめに

 インドは世界最大の砂糖消費国であり、世界第二位の砂糖生産国である。そのため、インドにおける砂糖消費や砂糖生産の動向は、南アジア、東南アジア、中東など、世界の多くの国々に大きな影響を与えている。したがって、インドにおける砂糖需給の安定化は、世界の砂糖市場も巻き込んだ、大きな課題になっている。

 そこで本稿では、インドの砂糖需給について、米国農務省(United States Department of Agriculture、以下USDA)レポート(注1)や同機関が公表しているデータを用い、1959/60年度から2010/11年度の流れをみることで、特に近年の需給動向について検討したい。それにより、砂糖需給の安定化への課題を示し、今後の展望についても検討していきたい。

(注1)USDA(2010a),“Indian Sugar Sector Cycles Down, Poised To Rebound”および USDA(2010b),“Sugar: World Production Supply and Distribution”を参照。それぞれ、http://www.ers.usda.gov/Publications/SSS/2010/Apr04/SSSM26001/SSSM26001.pdf および http://0594chen.com/htp/sugar/2010/sugarNov2010.pdfで閲覧可能(2011年5月8日参照)。

1.砂糖需要の動向とその要因

 インドの砂糖消費量の推移を示したのが図1である。これをみると、インドにおける砂糖消費量の着実な増加傾向が分かる。特に2000年代後半は、2000万トンを超える消費量を示すまでに拡大している。前年比増加率でみても、2009/10年度を除き、3〜13%程度で急速に増加している。
 
 
 この主な理由は2つある。1つは、インドの人口増加である。インドでは、中国のような積極的な人口抑制政策が採られていないことから、近年の人口増加率も約2%程度で推移しており、人口増加は急速に進行している。人口が増加すれば、砂糖への需要が高まるのは当然と言える。ただし、上述の通り、2000年代後半の砂糖消費量の前年比増加率は3〜13%の増加率であり、人口増加率を上回っていることから、消費量の増加の要因は、人口増加率に加えて他の要因があることも分かる。

 他の要因とは、経済成長である。1991年から始まった新経済政策の下、経済の自由化が進んだ。それにより、近年のインドの経済成長率は顕著で、特に2000年代後半に入ってからは、9%を超える実質経済成長率を達成した年も少なくない。もともとは高価で手に入りにくかった砂糖が、経済成長による国民所得の増加により、身近なものへと変化したことが、砂糖需要を高めるもう1つの要因になったという訳である。

 今後についても、宗教上の問題などから、人口抑制政策が行われないことが予想される。また、IT産業やバイオ産業などが牽引する急速な経済成長が続くことも予想されることから、砂糖への需要はさらに高まる可能性が大きいと言えるのである。

2.砂糖供給の動向とその要因

(1)砂糖生産量の大幅な変動

 着実に増加している砂糖消費量に比べ、生産量は相変わらず不安定な状況が続いている。図2は砂糖の生産量の推移を示している。これをみると、2〜3年を周期に増減を繰り返していることが分かる。例えば、2000年代後半をみると、2005/06年度に約2100万トンであったのが、翌2006/07年度には前年度比46%増で3000万トンを超えている。しかし、翌年度から減少が始まり、2008/09年度は約1600万トン(前年度比44%減)にも及ばなくなっている。そして今度は、2009/10年度から増加が始まり、2010/11年度には約2600トン(同25%増)近くまで盛り返している。

 このように、特に、近年の砂糖生産量の変動は大きく、その不安定性は明らかである。インドではこのような現象を「シュガーサイクル」と呼び、砂糖需給の不安定性をもたらす最大の要因となっているのである。
 
 

(2)さとうきび収穫面積の変動とその要因

 インドでは、砂糖の原料となるのはすべてさとうきびである。つまり、砂糖の生産量減少の最大の要因は、さとうきびの生産量の減少と言い換えることができる。そこで、さとうきびの生産についてみてみよう。図3はさとうきびの収穫面積と生産量の推移を示している。これをみると、砂糖の生産量同様に、収穫面積、生産量とも、2〜3年ごとに増減を繰り返していることが分かる。では、なぜそのような現象が長年続いているのだろうか。

 その理由はいくつかあると考えられるが、特に大きな要因として、政府が行うさとうきびの価格支持政策が挙げられる。さとうきびの価格支持政策にはいくつかあるが、中央政府が行うのが法定最低価格(Statutory Minimum Price、以下SMP)(2009年からは適正価格(Fair and Remunerative Price、以下F&RP))で、SMPを上回ることが多い州勧告価格(State Advised Price、以下SAP)などもある。

 特に、SAPとさとうきび収穫面積は強く連動している。例えば近年の状況をみると、SAPが落ち込み傾向だった後の2003/04年度と2004/05年度のさとうきび収穫面積は約393万haと約366万haに止まった。2004/05年度と2005/06年度にSAPが高い傾向に転じると、2005/06年度と2006/07年度のさとうきび収穫面積はそれぞれ約420万haと約515万haに急増した。2007/08年度に再びSAPが落ち込み傾向に転じたのに応じ、2008/09年度のさとうきび収穫面積は約442万haに減少した。

 それは、以下の理由による。製糖工場は、SAP以上の価格でさとうきびを買い付けることが義務付けられるが、砂糖価格の低迷期になると、砂糖市場価格に対して相対的に高いさとうきびを買い付けることになる。それが採算ラインを超えてしまえば、製糖工場からさとうきび作農家への支払いが遅れる。これにより、さとうきび作農家は作付面積を減らすという行動をとるのである。当然、砂糖価格が高騰すると、その反対の現象が起こることになる(注2、注3)

 2009年からF&RP制度が導入されたものの、実質的なSMPの引き上げとなっていることなど問題も多く、シュガーサイクルを解消する効力はないものと予測されるのである(注4)

(注2)さとうきび収穫面積とSAPの関係について、詳しくは、独立行政法人農畜産業振興機構調査情報部調査課(2010)「インド砂糖産業の概要〜砂糖生産と政策〜」(『砂糖類情報』2010年4月号)、藤田幸一(2010)「インドの食料政策と砂糖をめぐる動向」(『砂糖類情報』2010年5月号)を参照。

(注3)SAPが高い傾向の年度にはさとうきびの作付面積が増加し、翌年度の収穫面積が増加する。反対に、SAPが低い傾向の年度はその逆となる。なお、さとうきびの生育期間は植付後16〜18ヶ月程度を要し、株出の場合は収穫から1年後に再び収穫期を迎える。通常、株出は1〜2度行われている。一般的に、株出を続けていくと収量は減少を続けていく。

(注4)詳しくは、USDA(2010a)、独立行政法人農畜産業振興機構調査情報部調査課(2010)を参照。

3.砂糖貿易

 上述したように、砂糖の消費量は増加する一方であるが、生産量は数年毎の増減を繰り返している。これにより、インドにおいて、砂糖生産量が減少すれば需要に対して不足傾向になり、増加すれば需要に対して過剰傾向になるという状態が続いている。そのため、砂糖の生産量が消費量を下回りそうなら外国から輸入し、上回りそうなら輸出することになる。

 このような状況を示しているのが図4である。例えば、特に変動の激しい2000年代後半をみてみよう。砂糖生産量が3000万トン前後であった2006/07年度と2007/08年度においては、輸出量が約270万トン、約580万トンへと増加し、輸入はなかった。反対に、砂糖生産量が約1600万トン、約2000万トンと落ち込んだ2008/09年度と2009/10年度は、それぞれ約280万トン、約400万トンの輸入があり、輸出はわずかであった(注5)

 このように、インドでは、シュガーサイクルが不安定な砂糖貿易を引き起こす主要因になっている。このような不安定な砂糖貿易は、多くの国々に大きな影響を与えていることからも、砂糖生産の安定化が求められていると言えるのである。

(注5)詳しくは、USDA(2010a)を参照。

4.課題と展望

 以上のように、近年になっても、インドにおける砂糖供給量の不安定な状況は変わらず、今後も、増加する一方の需要への対応に追われることが予想される。しかし、その一方で、砂糖生産量安定化のための方策がまったくないという訳ではない。

 砂糖生産量を安定させる重要な1つの方策として考えられるのが、さとうきびの生産性向上である。そもそもインドにおけるさとうきびの生産性は約65トン/haで、さとうきび生産量世界第一位のブラジルの約80トン/ha(注6)などと比較して低い水準である。仮に、80トン/haに単収が増加すれば、収穫面積が少なかった2008/09年度の約442万haでも、約3億5320万トンのさとうきび生産量が見込めることになる。これは、過去最大の収穫面積であった2006/07年度(約515万ha)の生産量約3億5552万トンとほぼ同程度となるのである。

 生産性向上の方策として最も重要だと考えられるのが、灌漑施設の整備である。さとうきびの栽培には多量の水を必要とするが、近年、特に干ばつ常襲地帯で急増する管井戸の建設は、きわめて重要な要素となるだろう。そのための資金供給などを製糖工場がサポートすることができれば、大きな成果が見込める。また、製糖工場が農家との密接な関係を築くことで、適切な技術指導を行える。これによっても、生産性の向上が見込めるのである。

 筆者が調査を行っているマハラシュトラ州のある製糖協同組合は、管轄地区に複数の支所を置くことで、上記のような資金供給と技術指導の充実を図り、着実に成果を収めてきた。また、技術指導によりさとうきびの質も改善したため、歩留まり率が向上し、砂糖生産量はさらに増加していた(注7)。今後、このようなケースは、インドにおける砂糖生産安定化のためのモデルとなり得るであろう。

(注6)FAOSTAT(http://faostat.fao.org/site/567/default.aspx#ancor)より(2011年5月8日参照)。

(注7)詳しくは、拙稿(2009)「新経済政策下における農協「地域営農センター」の効果−インド・マハラシュトラ州の製糖協同組合の実態調査から−」(『南アジア研究』第21号)を参照。
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