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世界のさとうきび育種について

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最終更新日:2011年8月9日

世界のさとうきび育種について
〜ISSCT第10回遺伝資源・育種分野および第7回分子生物分野ワークショップ
参加報告〜

2011年8月

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター 
作物開発・利用研究領域 主任研究員 石川 葉子

1.はじめに

 2011年5月15日から20日までの6日間にわたり、ブラジルのマセイオにおいて国際甘蔗糖技術者会議(ISSCT: International Society of Sugar Cane Technologists)の第10回遺伝資源・育種分野および第7回分子生物分野ワークショップが開催された。今回は育種分野と分子生物分野とが同時に開催され、それぞれの分野のセッションが交互に行われた。参加者は16の国から150名近くにのぼり、ブラジル国内からの参加をはじめとして、参加国はアルゼンチン、グアテマラ、コロンビア、エクアドル、バルバドス、米国、豪州、フィジー、南アフリカ共和国、モーリシャス、フランス(レユニオン)、中国、インド、日本、ドイツ、ウズベキスタンと多岐にわたった。

 マセイオはブラジル北東部の海岸沿いに位置するアラゴアス州の州都である。ブラジル国内のさとうきび生産は、その8割以上がサンパウロ州を中心とする中南部地域で行われているが、アラゴアス州、ペルナンブーコ州の位置する北東部においても15 %程度の生産が行われている。この地域は赤道近くの低緯度地帯にあるため、ある範囲内の日長下(12時間〜12時間45分)においてのみ開花する定日性植物であるさとうきびの開花[1]には極めて好条件であり、各育種機関の交配拠点としても大きな役割を果たしている。
 
 

2.ワークショップ

 わが国の南西諸島を含め多くのさとうきび栽培地域が苦しむ干ばつ耐性に関する発表が多かった。その中で、米国の研究者による耐冷性に焦点をあてた育種研究についての発表が目をひいた。米国の主要なさとうきび産地の1つであるルイジアナ州は、南西諸島の北端に位置する種子島と同様に温帯に位置し、耐冷性を具えたさとうきびの育成に熱心に取り組んでいる。地球温暖化をはじめとする気象変動が問題とされる昨今であるが、気温の下向きの振れに対応するため、さとうきびが具える必要があるのはむしろ耐冷性である。例えば、2010年末の寒波で種子島のさとうきびに深刻な霜害が生じたことは記憶に新しい。さとうきび産地を北進させるためではなく、南西諸島における安定生産を実現させる形質として耐冷性をとらえることが重要と思われる。世界のさとうきび栽培の北限地のひとつであるわが国には、関東地方においてもさとうきび野生種が自生しており、これらさとうきび野生種やススキには、さとうきび耐冷性の改良に役立つ可能性のある遺伝資源として海外から関心が向けられている。

 耐冷性の他に印象的であったのは、高繊維のさとうきび育成に関する話題が少なからずあった点である。ブラジルでは既にさとうきびの余剰バガスにより発電した電気がかなりの量をまかなっていることが知られているが[3]、今後は積極的に繊維分の多いさとうきびを育成することで、その量をさらに増加させる意向があるように思われた。九州沖縄農業研究センター・種子島試験地(以下、試験地)において数年前に育成したNiTn18(農林18号)は、それまでの品種に比べて繊維分が多いという特性を具えている。その他にも研究用ではあるが、製糖用品種と比較してバガス生産量の多い高バイオマス量品種「KY01-2044」を育成している[4]。わが国全体の電気需要量などという大きな数字に対してさとうきびバガスは無力かもしれないが、南西諸島の島々という特殊な地域環境に限っていうならば、島しょ部の電気を部分的にでもまかなうという観点で検討する価値のある選択肢の1つかもしれない。

 分子生物分野のセッション「さとうきびのDNAマーカー、遺伝地図、QTL」では、トヨタ自動車株式会社の榎氏が、「マイクロアレイを用いた高効率なDNAマーカー技術の開発とさとうきび高密度連鎖地図の構築」という発表を行った。内容はすでにプレスリリースなどで公表されているため、ここで述べることはしないが、榎氏の発表に対しては小さくない反響があったように感じられた。

 DNAマーカーの開発はRIDESA(後述)、CanaVialis社、CSIRO(The Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization; オーストラリア連邦科学産業研究機構)、CIRAD(The Center for Investigation, Research and Discover; フランス国際農業開発センター)、Syngenta社などが積極的に進めている。さとうきびにおいてはマーカー育種の実用化が重要なテーマとなっているが、既存技術ではマーカー数が足りないことがボトルネックとなっている。今回のセッションにおいては、その打開策について議論される場面が多かった。その中で、CanaVialis社のButterfield氏(後述)が「トヨタの技術がその答えになるかもしれない。」と言っていたことが印象に残った。榎氏らの研究はトヨタ自動車株式会社と試験地との共同研究として進めているものであり、今回の発表はその成果の一部である。試験地の育種プログラムの改良につながる可能性があるものであることから、我々にとってもやりがいを感じられる仕事である。ワークショップで反響を得られたことが、今後の共同研究に良い影響を及ぼすことを期待したい。

 ワークショップ全体を通じて、遺伝子組換えの話題に多くの時間が割かれていたことに驚いた。現在、さとうきびの遺伝子組換え品種はまだ流通していないが、遺伝子組換えの研究はさまざまな国や企業で進められている。遺伝子組換えが目標としている形質は主に耐虫性、除草剤耐性、干ばつ耐性、高糖性とのことである。

3.フィールドトリップ

 さとうきび育種を手掛けているCanaVialis社の交配拠点を訪問した。ポルトガル語と英語で説明を聞くグループにそれぞれ分かれて交配ほ場を見学したが、英語のグループはMichael K. Butterfield氏が説明してくれた。氏は以前、南アフリカ共和国糖業研究所(SASRI)の育種研究者であったが、その後転職し、現在はCanaVialis社に勤務している。SASRIにいた頃には試験地にさとうきび種子を送付してくれたこともある。今回のCanaVialis社の訪問は幸運にも5月から6月にかけての開花期にあたったため、出穂したさとうきびを見ることができた。自然条件で交配材料の9割程度が開花し、とりわけ5月から6月にかけての開花期には5週間ほどの間にほとんどの交配材料の開花が重なるという話であった。さとうきびの交配にたずさわる者にとっては全く羨ましい環境と言うほかない。

 ところでCanaVialis社といえば、試験地で数年前に当時の上席研究員、松岡誠氏がさとうきび種子を購入した経緯がある[5]。同社から購入した種子から育成した系統は極めて高い収量を示す傾向があり、試験地で実施している育種プログラムの4次選抜や生産力検定試験など後半ステージまで残った系統も少なくない。台風で折れやすい、種子島では糖度が低いなどの問題点も若干見受けられるものの、少なくとも交配母本として有望であることは間違いない。今後もブラジルからの種子導入が望まれるところではあるが、CanaVialis社は2008年にMonsanto社に買収されており、我々が検討している交配種子の導入にも少なからず影響を及ぼしそうな気配であった。

 ブラジルのさとうきび育種は主にRIDESA (Rede Interuniversitária para o Desenvolvimento do Setor Sucroalcooleiro)、CTC (Centro de Technologia Canavieira)、IAC (Instituto Agronômico de Campinas)の3機関によって担われており、その育成品種には育成機関を示す「RB」、「CTC, SP」、「IAC」の文字がそれぞれ冠されている。RIDESAは砂糖・エタノール産業の発展を目指してブラジル国内の10の連邦大学が集まって形成しているネットワーク組織であるが、その品種シェアは、現在、ブラジル国内で栽培される品種のおよそ6割に達している。前述のCanaVialis社はさとうきび育種を始めた時期が遅いため、現段階で栽培されている品種は、まだないようであった。

 今回のフィールドトリップではRIDESAの交配拠点も訪問する予定であったが、大雨の影響により中止となった。そのため、ワークショップ会場ではRIDESAの資料の配布と説明が行われた。RIDESAでは育種スタート時の実生数が300万と、実生数5万の試験地の60倍であり、その育種規模の大きさに今さらながら驚かされた。また、実生の段階で新植と株出し1年目の2年間をかけた選抜を行っていることも驚きであった。RIDESAには年間およそ10の品種をリリースする能力があるものの、実際のリリースはすでに栽培されている品種とのバランスを考慮して戦略的に行っているとのことであった。試験地においても、株出し能力に優れた系統を選抜する必要性を考慮して、株出し能力の評価により重点を置いた育種プログラムへの見直しを検討しているところである。試験地の限られたほ場面積や人員で確かな成果をあげるには、これまで以上に関係各機関と連携し、より効率的な育種プログラムに改良していくことが求められる。

4.おわりに

 ワークショップの最後には、育種分野と分子生物分野のワークショップを共同で開催する今回の試みの是非が問われた。同時開催の賛成派からは、育種分野と共同開催をすることで、ともすれば農業の生産現場から離れがちな分子生物分野の研究者が研究の出口を意識しやすくなるとの意見があった。筆者にとっても今回の同時開催のメリットは大きく、分子生物分野の発表は難解であったものの、発表者と育種分野の参加者とのやりとりなどから、難解なりに理解できた部分もあった。しかしながら、分子生物分野の研究者からは、専門家だけで集まり、もっと踏み込んだ議論がしたいという要望もあった。同時開催を受け入れる主催者の負担の大きさ、会場の問題など会議運営の実務面で解決するべき課題も多く、次回の開催をどうするかは今後の検討事項として残された。

 筆者がISSCT開催のコングレス/ワークショップに参加したのは今回が4度目であったが、会議主催者の骨折りの大きさを今さらながらに実感した。わが国も、試験研究機関単独では難しいにしても、製糖工場、行政、生産者など製糖産業に関わる関係者の連携で将来的にワークショップを開催できれば、南西諸島でさとうきび生産・加工が果たしている役割を世界に発信する良い機会となるのではないかと思いながらの帰国となった。ともすれば、海外には大規模さとうきび生産者ばかりがあるように想像しがちたが、実際には小規模生産者も少なくない。以前、南アフリカ共和国の研究者から、同国の小規模農家において放牧牛がさとうきびを食害する問題があると聞いたことがあったため[6]、今回、同国から参加していた育種研究者に、試験地で育成されたさとうきび飼料用品種「KRFo93-1」の話をしたところ、関心があるので資料を送ってほしいと言われた。試験地の最大の使命は、言うまでもなく南西諸島のさとうきび栽培を支える優良な品種を育成することであるが、遺伝資源の相互利用も含め、世界のさとうきび生産地にも可能な部分で貢献し、情報を発信していくことが重要だと感じた。
 
 
 
 
 
 

参考資料

[1] サトウキビとその栽培.宮里清松.日本分蜜糖工業会.1986年.364 pp.

[2] 作物学用語事典.日本作物学会編.農文協.2010年.406 pp.

[3] ブラジルさとうきび産業の情勢 〜砂糖・エタノールの需給状況と最近の業界動向〜.中司憲佳,日高千絵子.砂糖類情報.2010年.

[4] 砂糖とエネルギーの複合生産が可能なサトウキビ新品種「KY01-2044」.平成21年度 九州沖縄農業研究成果情報.www.naro.affrc.go.jp/top/seika/2009/13konarc09-14.html

[5] ブラジルにおけるさとうきびの試験研究,育種の現状.松岡誠,大潟直樹.砂糖類情報.2006年.

[6] 世界のさとうきび栽培管理技術について〜ISSCTの第8回栽培分野ワークショップ参加報告〜.石川葉子,安藤象太郎.砂糖類情報.2009年.
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