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ビート(てん菜)糖蜜を利用した十勝産リキュールの開発

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最終更新日:2011年12月9日

ビート(てん菜)糖蜜を利用した十勝産リキュールの開発

2011年12月

池田町ブドウ・ブドウ酒研究所 製造課長 内藤 彰彦

はじめに

 ビート(てん菜、アカザ科フダンソウ属の二年生植物)は北海道十勝地方を中心として主に道東部および道北部で作付けされており、甘味資源として重要であるとともに農業経営において輪作上でも欠くことができない作物である。近年ビート糖液はバイオエネルギー源としても研究が進んでいるが、ビートの多様な利用を促進することはビートの付加価値を向上させ農業経営を安定化させる可能性がある。本稿では地域振興に役立つ可能性として十勝産ビート糖蜜を原料としたアルコール飲料(リキュール)の開発を紹介する。

1.開発の経緯

 十勝におけるビートによる酒造りの出発点は2002年からで、帯広産業クラスター研究会(当時)*1と十勝の食を考える会の有志たちが「町おこしと酒文化」を提案した。十勝にはワインやそば焼酎はあるが、もう一品、畑からとれる素材を使った十勝の食材に合う酒がほしいと考え、帯広産業クラスター会員を中心に、当初は焼酎の開発を念頭にビートスピリッツ研究会が商品化を目指した。しかし、予定していた試験製造規模に適したスピリッツ*2の製造メーカーが見つからず、また、市場性を考えてリキュール*3の開発に切り替えることとなり、池田町への開発依頼となった。当所にはブランデー蒸留と樽熟成設備が整っていることから、小規模及び中規模での試験製造と技術提供が可能と判断した。

 この研究開発は、経済産業省の平成21年度地域イノベーション創出研究開発事業として採択され、帯広畜産大学、東京農業大学、日本甜菜製糖(株)、ニュテックス(株)、池田町ブドウ・ブドウ酒研究所で共同研究を進めてきた。

*1 帯広産業クラスター研究会は、今年の夏に解散し、新しく「十勝ネット(仮称)」を設立した。
*2 スピリッツ:蒸留酒の総称。我が国においては、酒税法の関係から「焼酎・ウイスキー・ブランデー以外の蒸留酒」を指すことが多い。
*3 リキュール:蒸留酒に果実・香草・薬草などのフレーバーを加え、砂糖やシロップなどの糖分や、着色料を添加して作った酒の総称。

2.原料としての糖蜜の役割・特性

 近年、砂糖の消費量は減少傾向で推移している。ビートは十勝の主要輪作体系の小麦、ばれいしょおよび豆類とともに4品種の一翼を担っており、他の作物への影響からも欠かすことのできない作物となっており、ビート利用方法の開発が急務となっている。

 原料として使用した糖蜜は、日本甜菜製糖(株)がイオン交換樹脂製糖法により製造するビート糖蜜で、マスキット*4の砂糖回収後の糖蜜である。イオン交換樹脂を用いないで製糖した糖蜜と比べビート臭(いわゆる土くさい香り)が少なく、酒類転用への可能性を感じさせる。
 
 
*4 マスキット:砂糖結晶と糖蜜の混合物
*5 砂糖純度のsd%とは、solid(固形分)あたりの%のことを指す。

3.ビートリキュールの製造方法

 
 
 
 

4.ビートリキュール製品化の経過

 まずはじめに、糖濃度の高いビート糖蜜を適当な濃度に希釈し、酵母を添加して最初にビート醸造酒を造る訳だが、醸造には十勝地方の野草(エゾノヨロイグサ)から採取し、東京農業大学で発酵能に優れた酵母を選抜、日本甜菜製糖(株)で拡大培養された酵母を使用した。原料のビート糖蜜も発酵に用いる酵母も純十勝産であることが最大の特徴である。

 当初は、ビート糖蜜が順調に発酵するかどうか危ぶまれたが、予備試験の結果、酵母量を充分に(1000ppm)添加することと発酵温度を30℃確保できれば、硫酸アンモニウムやリン酸アンモニウムなどの酵母発酵助成剤は必須ではないと判断された。

 発酵前のビート糖蜜には根もの野菜を連想させるビート臭があるものの、発酵中は十勝産酵母との相性もよく果実香に似た発酵臭を漂わせ、発酵後のビート醸造酒にもその余韻があった。

 蒸留はブランデーの蒸留と同じ方法を用い、粗留(8時間)、精留(16時間)と2回の蒸留を行った。特に2回目の蒸留(精留)では、(1)初留(平均alc.約46%)、(2)中留(平均alc.約68%)、(3)後留(平均alc.約18%)と3区分化し、香り成分のもっとも良い区分である中留をビート蒸留酒Aとしてビートリキュールの製品化を行った。また、余留(初留と後留を合わせたもの)はビート蒸留酒Bとして粗留に戻し再度蒸留を行うこととした。

 ビートリキュールの製品化に向けては予備試験を行い、ビート蒸留酒Aのエキス分とアルコール分の調整を検討した。原酒であるビート蒸留酒Aには、ビート臭の強さが難点としてあり、まさにビート酒と呼べるものではあるが、販売には適さないと判断された。また、アルコール分を12%と下げるとビート臭は和らぐものの味わいに物足りなさがあった。一方、アルコールを20%以上に上げると、やはり香りのビート臭が難点とはなったが味わいのバランスは良くなった。

 良質化にはビート臭の改良が最大のテーマとなり、その解決方法として樽による熟成が期待されたが、その結果は予想を上回るものとなった。ビート蒸留酒Aにビートオリゴ糖でエキス分2%に仕上げたビートリキュールTを、ブランデー用の木樽で3カ月ほど貯蔵させると、見事にビート臭をマスキングし、香りと味わいにまろやかさと重厚さが加わった。最終的に、淡い琥珀色を特徴としたアルコール分25%、エキス分2%のビートリキュールUを調整し、製品化への目途をつけることができた。

5.今後の展望

 今回開発された十勝産リキュールは、十勝の輪作に組まれる畑作4品のひとつである「ビート」から酒類を造りたいと願い何年も研究を続け、商品への付加価値として、原料の十勝産ビート糖蜜の他に発酵をつかさどる酵母も十勝の自然界から探し出し、夢の話題提供につながったものである。そして、十勝管外への製造委託ではなく、十勝の中で最終製品まで完成させた、ビートの生産者、ビート糖蜜の生産者、酵母の分離・培養に関わった研究者など、さまざまな人たちが研究開発に関わり製品までこぎつけた。まさに「ビートのこころあわせ」による物語の完成である。

 リキュールの試験製造とともに各種試飲会を行いアンケート調査も行ってきた結果は、おおむね好評で、上記のようなストーリー性と品質への評価が高かった。市場性において酒類区分はリキュールであるが、競合対象を焼酎と想定し、製品のデザインと販売価格がたいへん重要であると考えている。長年ビートからの酒づくりを夢見てきた十勝の関係者たちの期待に応えるべく、現在、十勝産ビートリキュールの事業化に向けた準備を始めている。来年2012年の春には十勝管内を中心として販売を行う計画である。

6.最後に

 帯広畜産大学、東京農業大学、日本甜菜製糖(株)、ニュテックス(株)、(株)テキサス、(独)産業技術総合研究所北海道センター、JSTイノベーションプラザ北海道、経産省北海道経済産業局の皆様のご協力により十勝産ビートリキュールの試験開発ができました。関係していただいた皆様に感謝申しあげます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713