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和菓子と砂糖の密なる関係

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最終更新日:2012年4月10日

和菓子と砂糖の密なる関係

2012年4月

京菓子司 甘春堂 木ノ下 稔
 

【要約】

 お菓子に砂糖は欠かせません。特に和菓子は、砂糖の開発・改良と共に、その形状を変えて発展してきました。古代の日本人は、自然の果実を菓子として扱い、その甘さを追求してきました。そして、そこに日本人ならではの美意識を入れ込み、茶席の菓子として大いに発展してきました。江戸時代には、和菓子の製法の確立や新素材の発見により、大成を迎えました。

 今回は、和菓子と砂糖の密なる関係について、お話させていただきます。

和菓子の歴史

〜 果子から菓子に、そして和菓子へ 〜

 和菓子と砂糖は、発展において非常に密接な関係がありました。この章では和菓子と砂糖の歴史についてお話します。

・古代の菓子

 もともと日本では木の実、草の実を総称して「くだもの」と呼び、中国より文字や漢字が伝来すると、その当て字として「菓子」の字をあてるようになりました。すなわち、古くは「菓子」とは、果実のことで、果物と実を包括した言葉でありました。それらは主食である穀物などからの栄養分の不足を補う役割があり、それと同時に甘みを持つものもあったため、嗜好品としての役割もありました。

 奈良・平安時代になると仏教の伝来と共に大豆餅、小豆餅といった米や麦、胡麻などの穀物を原料とした食べ物も加わりました。この頃の砂糖の代わりとなる甘いものは石蜜(蜜をかためた物)や甘蔗(サトウキビ)などで、中国から運ばれ、餅類に加えて食されました。

・唐菓子

 当時は、果物を菓子と称していたため、中国から伝来した菓子を唐菓子(からくだもの・からかし)と呼びました)。これら唐菓子は、糯米(もちまい)、粳米(うるちまい)、麦、大豆、小豆などを主原料に、肉桂(ニッキ)や丁子(ちょうじ)等の薬用のものを加えた餅にして、胡麻油で揚げて作ったものでした。

 唐菓子の種類(注)は「八種(やくさ)の唐菓子」として、梅枝(ばいし)、桃枝(とうし)、?餬(かっこ)、桂心(けいしん)、黏臍(てんせい)、??、(ひちら)、鎚子(ついし)、団喜・歓喜団(だんき・かんぎだん)がありました。この他にも??(ぶと)、?餅(まがりもち)、結果(かくなわ)、捻頭(むぎかた)、索餅(さくへい)、粉熟(ふずく)、?飩(こんとん)、餅?(べいだん)、??(はくたく)等が有りましたが、これらは大寺、大社の供物にのみ用いられました。これらの唐菓子の中から、今日の団子、饅頭、煎餅などがうまれました。また、平安京の市では甘葛煎(あまづらせん:蔓などを煮た甘い煮汁)や飴(当時は蜜)などの甘味料が売られていました。この甘葛煎を使った菓子が源氏物語に出てきます。椿餅(つばいもち)という菓子です。

 このように、仏教の発展と共に唐菓子や餅などの和菓子の原点ができあがり、主食・補食的な役割を果たしてきました。
 
 
 
 

・点心の菓子

 鎌倉時代に入ると、禅宗の普及と共に点心(食後に軽い物を食べること)の習慣も広まっており、禅僧は早朝や昼食などの食事の後に、茶の子(茶うけ)で茶を飲みました。当時の茶の子は、竜眼(りゅうがん)、胡桃(くるみ)、栗、串柿、おこし米などであり、一般的な茶菓子は質素でありました。このように鎌倉時代には、日本古来の木の実の菓子が、引き続き食されたのに対して、唐果物は供物としての役割を強く残し、一般には浸透せず、次第に衰退していきました。

 この頃の点心の中には羮類(あつものるい)、饅頭類があり、今の羊羹の原型となるものや、心太(ところてん)、葛切、酒饅頭、薬饅頭といったものがありました。

・砂糖と南蛮菓子の伝来

 歴史上、砂糖入りの菓子が出てくるのは、室町時代になってからです。砂糖は中国から入ってくる輸入品であり、流通量が非常に少なく、大変貴重な品でした。そのためか、砂糖は薬として重宝されていたという記録もあります。そして当時の砂糖は、黒砂糖を指していたようです。

 室町末期になると、ポルトガル人などにより南蛮菓子が伝えられました。カステラ、ボーロ、金平糖、有平糖といった菓子です。これらの菓子の特徴として、大量の砂糖を使う点と、鶏卵を使う点がそれまでの菓子と異なりました。

・茶道と和菓子

 現在の和菓子は茶の湯によって育ち、現代の和菓子を語る上でその関係は切り離せません。砂糖と南蛮菓子により、日本人は「甘い菓子」というものに出会いました。しかし、千利休の茶会に用いた菓子を調べてみると、意外にも質素な物が多く、麩焼き(ふのやき)、栗、椎茸、煎りガヤ、昆布などが見うけられます。特に麩焼きは、小麦粉を水で溶いた生地を平鍋で焼き、味噌を塗って巻くという非常に素朴な味のものでした。現在のような和菓子となったのは、江戸時代になってからでした。

・京菓子時代と菓子の完成

 江戸時代に入って元禄時代(1700年頃)になると菓子はめざましい発展を遂げることになります。

 一つは、道明寺粉や白玉粉、寒天といった新素材の発見です。新素材の発見により、落雁(米粉)、練羊羹(寒天)、桜餅(道明寺)、葛菓子(葛)などの菓子が出始めました。

 次に、砂糖の生産拡大です。砂糖(当時は黒砂糖)は、輸入品で大変貴重な品でした。八代将軍・徳川吉宗が製糖(甘蔗栽培)を奨励し、四国高松や阿波が名産となりました。製糖は、黒砂糖→白下糖(しろしたとう)→和三盆と改良がすすみ、和三盆は純国産の砂糖として大変重宝されました。

 最後に、元禄文化の開花による京菓子の発展です。元禄時代は、琳派に代表される王朝趣味などが発展しました。特に京都からの産物は「下り物」と言って重宝され、織物、磁器などにとどまらず、菓子もこれに当てはまりました。そのため、京菓子=上級菓子となり、朝廷、大名、豪商たちによって、保護・重用され、御用達菓子として、ますます花開きました。

・そして、和菓子へ

 明治維新以後、西洋文化が積極的に取り入れられ、和洋の素材を組み合わせた、あんパンやチョコレート饅頭など新しいお菓子ができました。そして、ようやく現代のような白い砂糖が本格的に輸入され、使用されるようになりました。

 これ以後、明治前の菓子を和菓子、それ以後の外国風の菓子を洋菓子と区別するようになりました。 

和菓子の製造における砂糖の種類との関係

 和菓子は、砂糖なしには作れません。この章では和菓子製造における砂糖の種類との関係についてお話します。

・餡に使う砂糖

 高級店では、ショ糖純度の高い白ザラ糖などを利用します。これは、純度が高い砂糖ほど、サラリとした味に仕上がるためです。

・蒸し物、餅類に使われる砂糖

 蒸し物などには生地と砂糖を良くなじませるため、親水性の高い上白糖が利用されます。

・焼き菓子などに使われる砂糖

 砂糖のメイラード反応により、こんがりとした焼き色を付けるため、上白糖がよく使われます。

・打ち物に使われる砂糖

 材料を木型に詰めて成型する落雁には、上白糖と和三盆糖がよく使われます。上白糖については、固まりやすい性質を利用し、和三盆糖は、独特の風味とサラリとした口溶けがこのお菓子に合うためです。

・有平糖・飴に使われる砂糖

 出来るだけ純度の高いグラニュー糖や白ザラ糖を使用します。砂糖の再結晶化の性質を利用し、溶かした砂糖を煮詰めて固めるためです。また純度が高い砂糖ほどアクがなく透明に仕上がるためです。

菓子における最近の消費者の嗜好

 最近の消費者は、「甘みの少ない(低甘味)」、「小さい・かわいい(小サイズ)」を好む傾向にあるようです。この背景を探ってみることにしましょう。

 木の実から始まる菓子の歴史は、甘さを求めた歴史だと考えられます。最初は、果実から、次に甘味のある煮汁で、そして固めた砂糖へと変化してきました。戦後、一時期は砂糖の量は制限されましたが、その後は、砂糖、バター、チョコレートをふんだんに使った甘い菓子が大量に出回るようになりました。

 今の消費者が、「低甘味」「小サイズ」を好む現象には、このあたりが関係しているのではないかと思います。大量に出回ったお菓子は、いつでも、簡単に、手に入るようになりました。あまりにも甘味が手に入りやすくなってしまったために、私たちの身体が「甘い」という感覚を欲しなくなったのかもしれません。消費者が「甘い菓子」を食べたいという味覚面での満足だけではなく、「かわいい菓子」を食べてみたいという「体験」を求めるようになったとすれば、たっぷりサイズではなく、ちょっとサイズが良いのでしょう。

 一方、一部のコンビニエンスストアの商品をみると、たっぷりサイズのスイーツやゼリーなどが少し出てきており、昔の生菓子が1個150gほどあった(当店では今は50g)ことを考えると、おもしろい傾向だと思います。

お菓子と甘味の関係について

 巷には甘くない菓子も多いようです。しかし、本来お菓子は甘い物であり、たっぷりの砂糖を使って、甘みを十分に味わっていただくと同時に、甘味がくどくなりすぎないものを作ることが重要であると、私は考えております。低甘味で2つも3つも食べられるお菓子は、結果的に高カロリーを摂取することになりかねませんし、なにより甘くないお菓子は美味しくありません。

今後の和菓子について

 さて、和菓子の歴史に始まり、和菓子と砂糖の関係、最近の消費者の嗜好と見てきました。最後に今後の和菓子についてお話いたします。

 最近、私どもの店に来られるお客様で、「子供がアレルギーで・・・」「和菓子はカロリーが低いですか?」といった相談をうけることがあります。

 昔ながらの和菓子屋さんでは、原料に食物アレルギーとなる特定原材料(えび、かに、卵、小麦、そば、落花生、乳)をほとんど使いません。私どもの店でも、卵と小麦、そばは使いますが、それは三笠(京都ではどら焼きを三笠と呼びます)などの焼き菓子のみです。さらに、脂肪を多く含む食材を使わないので、低カロリーのお菓子ができあがります。同時に、十分な甘さももっているので、1個で満足できるように作ってあります。

 このように、現代の人に和菓子は、アレルギーの少ない、低カロリーなお菓子として見直されてきているのではないでしょうか。また、砂糖とともにキシリトール、トレハロースといった新しい機能を持つ甘味料が使われてきていることにも注目しています。砂糖と組み合わせてこれらの新しい素材を使い、全く新しい特性をもった美味しいお菓子がでてくることを今後の和菓子業界に期待したいと思います。

参考文献

木ノ下善正 『美味創心』 京菓子協同組合青年部 104pp
黒川光博 『和菓子の歴史』 虎屋文庫 38pp
千宗室・監修 鈴木宗康・著『茶の菓子』淡交社刊 213pp
青木直己『和菓子の今昔』 淡交社 182pp
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713



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