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内外の伝統的な砂糖製造法(11)

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最終更新日:2012年5月10日

内外の伝統的な砂糖製造法(11)
〜宝暦年間、本草学者による砂糖製造法の研究〜

2012年5月

昭和女子大学国際文化研究所 客員研究員 荒尾 美代

 3月号と4月号では、宝暦年間における長府藩と尾張藩での砂糖製造法について書いた。宝暦年間は、吉宗による享保年間の「まずはさとうきびの移植と栽培の研究を!」という段階から一歩進んで、一部の地方での実践や、本草学者らによる研究が盛んになった時期であった。

 江戸で初めて「薬品会やくひんえ」(薬草会・物産会)という、薬草や鉱物などの有益な産物の展示会が開かれたのが、宝暦7(1757)年のこと。エレキテル(静電気発生装置)の復元でも知られる平賀源内の発案で、会主は医者であり江戸の本草学の第一人者であった源内の師、田村元雄であった。180種の出品の内、半数以上の100種は元雄所持のものであった。同様の薬品会は、宝暦8年にも江戸で開催され、231種の出品の内、元雄はやはり100種を出品した。会主なので、一番出品数が多いのである。そして宝暦9年には、源内が初めて会主となり、213種の出品の内、元雄50種、源内50種を出品。宝暦10年には元雄の門下の松田長元を会主として、宝暦12年には源内が再び会主となり、この時は、引札という現代の「チラシ」に当たる広告を事前に出し、また、全国に諸国取次所を設け、遠方からの出品者の便宜を図るなど大規模な開催となった。これらの薬品会の出品者としては、元雄の弟子をはじめ、幕府の医者もいたが、植木屋や薬種商などの町人もいて、民間を中心とした全国ネットワークが広がっていた。この江戸での5回の薬品会に出品された産物について、中国の文献も参照しつつ解説をつけたのが、宝暦13年刊行の田村元雄鑑定・平賀源内編輯『物類品隲ぶつるいひんしつ』全6巻である。この『物類品隲』巻之四に甘蔗の項目があり、以下のように記されている。
 「培_養製_法附_録ニ詳ナリ」とは、巻之六が附録になっていて(写真2)、砂糖製造法が詳しく所収されていることを示している。

 『物類品隲』巻之六の「甘_蔗培_養并製_造法」には、さとうきびの栽培法から、圧搾機の作り方(写真3)、煮詰め工程、白砂糖製法、氷砂糖製法などが、中国の書物からの引用と日本での概説を加えながら、記述されている。前々号で紹介した長府藩領や前号で紹介した尾張知多半島で作られていたことも記されている。

 分蜜法については、植木鉢の底に穴の開いている容器による第1段階での分蜜、そして、覆土を行う第2段階での分蜜を紹介している(写真4)。
 しかし、この『物類品隲』が刊行される以前に、あの最初の薬品会を開いた元雄が、自ら砂糖製造を実践した記録を残していた。

 彼は、砂糖製法について『甘蔗造製伝』(武田科学振興財団杏雨書屋および東京都都立中央図書館加賀文庫蔵)を記した。残念ながら何年に記したのかが記されていないのだが、宝暦10年10月に自分で製作した記録があり、翌年の2月下旬に砂糖ができたとしているので、宝暦11年以降の記述ということになる。そして、この史料と似てはいるが、その後に書かれたと考えられる「沙?製法勘弁」(川崎市市民ミュージアム蔵の池上家文書『砂糖製法秘訣』所収)という史料がある。『甘蔗造製伝』は煮詰め工程までの「煎煉ノ法」を主とし、「沙?製法勘弁」は煎じ揚げた後の砂糖製造工程である「造製ノ法」を主として著されたものと考えられる。(両史料の製作時期の検討は荒尾美代「田村元雄(1718-1776)の白砂糖生産法−「覆土法」を中心にして−」『化学史研究』第31巻 第4号(2004)化学史学会発行を参照されたい。以下についても同様。)元雄は、4種類の中国の書物『天工開物』『?書南産志』『容齋隨筆』『華夷花木珍玩考』も参照してこれらを記した。


 元雄の研究では、注目すべきことが2点ある。  まず、糖液を煎じ終わってから砂糖にする方法である。

 元雄は『甘蔗造製伝』の中で、煎じ終わってから「盤暴」、「筵暴」、「瓦溜」に入れる方法の三法あるとしている。どの方法を用いるかは、下品の砂糖を作るときには、「盤暴」と「筵暴」の方法を用いるとしている。

 「沙?製法勘弁」では、「板晒」、「ゴザ晒」、「瓦溜」に入れる方法の三法となっているが、「ゴザ晒」は甚だ下品の砂糖に用いるとし、「板晒」にするか「瓦溜」に入れるかは好きにしてよいとした上で、性質の良くない砂糖は「板晒」にもするとしている。

 「瓦溜」に入れる方法以外は、先に挙げた元雄が引用・参照したと明記している中国の史料4点には全く記述がみられない。したがって、「盤曝」「莚曝」および「板晒」「ゴザ晒」は元雄が砂糖製造の研究・実験の際に自ら行ってみた方法ではないだろうか。

 「盤暴」「板晒」というのは、板の上に濃縮糖液を直接入れたか、または一度鍋から別の容器に入れて冷まして結晶を析出させてから板の上に広げる方法だと思われる。「筵暴」、「ゴザ晒」は、植物製の編んだ敷物の上に、同様の状態の砂糖を広げる方法であろう。どちらも、分蜜を促進しようという方法とは考えられない。そして、これらの方法は、「下品」の砂糖に用いるとしている。このことは、「瓦溜」に入れる方法は、「上品」の砂糖を作る分蜜法であったことを示唆している。そして、「瓦溜」に入れる場合には、「覆土法」が施されている。したがって、「覆土法」によって作られた砂糖は、「上品」であったと考えられるのだ。


 そして、もう一点は、「覆土法」に使用する土の様相が、泥から乾いた土までを使用して研究を行っていたことである。別の史料内に「田村傳」(川崎市市民ミュージアム蔵・池上家文書『砂糖製法秘訣』「秘傳三章」所収)とある部分と、「霜糖玄雄製し立たる法」(川崎市市民ミュージアム蔵・池上家文書)によると、元雄は、ホイロという乾燥機で土を乾かして、研究も行っていたのだった。ホイロとは、炭を下に置いて上に乾燥させる物を置いて乾燥させる箱状の乾燥機である(写真5)。
 表に、史料名と、土の様相を記した。

 元雄は、なぜ、乾いた土に着想したのであろうか?

 考えられることは、元雄が参照した『?書南産志』に記されている中国における「覆土法」の起源についての記述である。この『?書南産志』による「覆土法」の起源については、『物類品隲』や時代は下るが木村又助の『砂糖製作記』(寛政9年刊)で引用されている。

 『砂糖製作記』には、この部分の和解がルビ付きの読み下し文になっているので、当時の解釈がよくわかるので、その部分を以下に記す。
 煮詰め工程が終わって、瓦漏の中に入っている砂糖の上に、壁の土が壊れて圧した。するとその部分の砂糖が通常よりも白かった。これに倣って土を覆う法が誕生したというものである。

 壁の土というと明らかに乾いた土の塊である。これを読んで元雄は乾いた土に着想し、試作を行っていたのではないかと考えられる。

 落ちてきた壁によって「覆土法」が発見されたという記述は、これまで注目されてこなかった。伝承的な記述とはいえ、崩れた壁が瓦漏の中に入れてあるショ糖の結晶と蜜の混合体と考えられる砂糖を白くすることに関与したということについて、次の3つのことが考えられる。


 第1は、加圧することによって蜜が下方向へ落ちることを促進した。
 第2は、砂糖との接触面で、壁土側に瓦漏の中にある砂糖の表面の黒色成分を含む蜜が吸着されて、その部分の砂糖が白くなった。
 第3は、瓦漏の中にあるショ糖の結晶の廻りに存在する黒い蜜を「毛管現象」によって乾いた土の塊である壁が吸い上げた。


 第1に考えられる加圧による分蜜の促進は、『?書南産志』にはっきりと壁の土が圧したと記されている。しかし、ただ圧するだけの効果であるならば、石などを重石にすればことが足りるので、後々まで土を使う「覆土法」が中国のみならず世界的に続けられたことについて説明がつきにくい。

 第2に考えられる表面吸着については、砂糖の表面の蜜しか移動させないため、肉眼で確認出来るかどうかわからない程度の厚さの最上層部しか脱色されない。したがって、土と砂糖の接触面に起こりうる表面吸着では、分蜜効果はほとんどないと考えられる。

 第3の「毛管現象」については、3月号で紹介したように、宝暦6年に幕府の砂糖製作人が砂糖製法伝受のために長府へ派遣された際に、水分を含んでいた土が乾いて、その土が蜜を吸い取るように見えたという観察記録から、それを「毛管現象」によるものではないかということを提示した。

 元雄は、幕府の砂糖製作人と関係があり、長府で観察された覆土が乾いたときに起こりうる現象の情報が、幕府方より元雄へもたらされていたことも考えられる。


 元雄が示した乾いた土の利用は、「毛管現象」を主とする分蜜効果を期待していたのではないかと考えられるのだ。


 砂糖製造研究の第一人者であった元雄。「文献」研究だけでなく、「あれこれやってみる!」その実践研究の姿勢を、元雄は現代の私たちに示してくれている。


瓦漏とうろ:逆円錐形に素焼きされた、植木鉢のように底に穴の開いている分蜜容器のことである。江戸時代の本草学者などが参照した中国の技術書『天工開物』には瓦溜の文字が使用されているので、『甘蔗造製傳』『物類品隲』でも瓦溜が使用されている。陶漏、糖漏などの字を当てている史料や「とうろう」「とうろ」というひらがな書きもみられる。
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