砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 視点 > ブラジルのバイオエタノールをめぐる動向

ブラジルのバイオエタノールをめぐる動向

印刷ページ

最終更新日:2012年9月10日

ブラジルのバイオエタノールをめぐる動向

2012年9月

株式会社資源・食糧問題研究所 代表 柴田 明夫
 


【要約】

 世界最大の砂糖の生産・輸出国であるブラジルでは、1930年台よりサトウキビを原料としたエタノール生産が国家主導により行われてきた。2010年の燃料用バイオエタノールの生産量は2553万klで、米国の5009万klに次ぎ世界第2位である。しかし、米国がバイオエタノールの純輸入国であるのに対し、ブラジルは世界最大のバイオエタノール輸出国であり、バイオディーゼルでも世界有数の生産国であるなど、世界的バイオマスエネルギー大国と言えよう。特に、バイオエタノールのコスト競争力、潜在的な供給能力の大きさを考慮すると、同市場でのブラジルのプレゼンスは今後一段と高まり、世界の先導役を果たしていくことになろう。

1.世界のバイオ燃料市場とブラジル

 バイオマスエネルギー(バイオ燃料)とは、「バイオ(生物資源)」と「マス(量)」から成る言葉で、「太陽エネルギーを蓄えた生物体」すなわち、化石燃料を除いた生物起源の燃料を意味する。この意味では、バイオ燃料といっても、人類は太古の昔から生活の中で薪や木炭、畜産の糞などを燃料として利用してきた。しかし、20世紀に入って石炭、石油、天然ガスなど化石燃料が急速に普及したことで、こうした生活習慣が失われた。

 一方、近年、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC注1)」報告などで、これら化石燃料が排出する膨大なCO2、メタン、フロンガスなどと地球温暖化との関係が指摘されるようになり、改めてバイオ燃料が脚光を浴びるようになった。バイオ燃料の原料としては主に、(1)サトウキビなどの糖質系、(2)トウモロコシ、小麦などのデンプン系、(3)木材、草木などのリグノセルロース系、(4)大豆油、パーム油、動物油脂などの油脂系、(5)家庭ゴミや産業廃棄物などの廃棄物系に分かれる。このうち、トウモロコシやサトウキビ、木質(セルロース)を発酵させて生産するのがバイオエタノールで、大豆、パームオイルなどの植物油から作られるのがバイオディーゼル(ディーゼル用軽油の代替燃料)である。

 BP統計(BP Statistical Review of World Energy)によると、世界のバイオ燃料の生産量は、2000年の917万トン(石油換算)から2010年の5926万トンへ、10年間で約6.5倍に急増している(図1)。この内、米国が299万トンから2535万トンと8.5倍となり、生産量としては世界最大である。ブラジルのバイオ燃料生産量は、521万トンから1553万トンへ3倍弱に拡大。米国とブラジルの2国で世界のバイオ燃料生産の約7割を占めている。なお、バイオ燃料は、主に米国とブラジルで生産されているバイオエタノールと、ドイツ、フランス、ブラジル、アルゼンチンなどで生産されているバイオディーゼルに大別されるが、生産量はバイオエタノールが圧倒的に多い。以下では、ブラジルのバイオエタノールに焦点を絞ることとする。

注1:Intergovernmental Panel on Climate Change
 
 

2.21世紀に入り急拡大するブラジル

 ブラジルのバイオエタノール生産量は、2000年代に入って急増している。特に、2003年以降、原油価格が高騰したことで、石油代替エネルギーとしてのバイオエタノールに注目が集まった。2000年に106億リットルであったブラジルのバイオエタノール生産量は、2007年以降は270億リットルを超えるなど、2.5倍に拡大している(図2)。ただ、2011年については、欧州債務問題に端を発した世界景気への影響から、ブラジルのバイオエタノール需要の先行き不透明感が強まり、生産量も一時的に落ち込んだ。

 なお、ブラジルでは2003年以降のフレックス車販売が以降のバイオエタノール需要の拡大に大きく寄与している。フレックス車(FFV:Flex Fuel Vehicle)とは、ガソリンとエタノールが混合可能な車である。ドライバーは、双方の配分量を双方の価格比に応じて柔軟に変えることが可能である。通常は、バイオエタノール価格がガソリン価格の70%以下であれば、ドライバーはバイオエタノールを選択すると見られる注2。  OECD-FAOの「Agricultural Outlook 2012-2021」によると、ブラジルはバイオエタノール生産量を、2014年に310億リットルに増やし、うち250億リットルを内需、残り60億リットルを輸出に回す計画である。さらに、2021年の生産量は513億リットルに達し、輸出量も110億リットルを上回る見通しである。

 世界のエタノール需要が高まるなか、ブラジルはエタノール輸出拡大にも力を入れており、米国、EU、インド、南アフリカ、日本、韓国などに対して積極的な外交を展開している。ただ、輸出拡大のためには、ブラジルのバイオエタノールの品質の規格を統一していくことが当面の課題である注2。2011年5月現在、ブラジルには439のバイオエタノール・砂糖工場がある(内302工場がエタノール・砂糖双方の生産設備を持っている)。前述の生産量目標達成のため、ブラジル全土で90カ所以上の工場の新設が計画されている。

 バイオエタノール普及のメリットは多い。具体的には、(1)再生可能エネルギー、(2)カーボンニュートラル(燃焼によりCO2を放出しても、すでにCO2を吸収して成長しているためトータルとしては不変))、(3)ガソリンに混合可能で、ガソリン代替によるエネルギー自給率向上、(4)オクタン価向上(数字が高いほど燃焼不足によるノッキングを起こし難い)、(5)新規市場・雇用創出など農業・農村支援−などである。一方、課題としては、(1)ガソリンに比べ熱量が0.60と低い、(2)エタノールは水との相溶性が高く注3、水の混入によるエタノールとガソリンの分離を防ぐためのタンク、貯蔵設備などの改善コストがかかる、(3)内燃機関やプラスチックなどの部品を腐食させやすい−などへの対応が必要なことである。

注2:小泉達治「バイオエネルギー大国ブラジルの挑戦」日本経済新聞出版社
注3:エタノール1リットルをガソリン1リットルに加えても2リットルにならない。
 
 

3.バイオエタノール車普及の歴史

 ブラジルのエタノール利用の歴史は長い。サトウキビを原料とするエタノール生産は、1933年に砂糖・アルコール院(IAA)が設立されたのを契機に、1930年代から政府主導で行われてきた。当時、ブラジル政府によりガソリンへ5%のエタノール混合が義務付けられていた。

 本格的な生産拡大が進められたのは1975年の「国家アルコール計画(PRO-ALCOOL)」、すなわちエタノール利用促進策がスタートしてからである。背景には、1973年の第一次オイルショックがあった。原油価格が急騰すると、当時国内原油需要の約8割を輸入に依存していたブラジルは、対外債務の急拡大に直面。この対応としてサトウキビを原料とするエタノールを生産する車の開発、エタノール生産、流通への補助などを行った。1980年代半ばには乗用車の4分の3、自動車全体の3分の2がアルコール車で占められた。ちなみに、ブラジルのエタノール生産は、1975年の5億5600万リットルから1985年の118億2000万リットルへと急増した。

 国家アルコール計画では、バイオエタノール市場振興のため、(1)エタノール価格の補償(生産者買入および小売価格の固定)、(2)ガソリンへのエタノールの混合義務、(3)国営石油会社ペトロブラス(PETROBRAS)社にエタノールの販売独占と一部流通独占の付与、(4)含水エタノール100%で走るアルコール車に対する優遇税制とエタノール価格がガソリン価格に対して割安になる優遇措置−などが採られた。これに伴い、1980年代前半にかけて、アルコール車および含水アルコールの需要が拡大した。ちなみに、含水エタノール(アルコール分93%〜94%)は、アルコール専用自動車やフレックス車に使用され、無水エタノール(アルコール分99%以上)はガソリン混合車(E25)に使用される。

 しかし、1980年代後半に入ると、原油価格の下落や政府の財政難から、消費者のバイオエタノール離れ(ガソリン車への回帰)が起こる。1990年代初頭には砂糖価格が上昇しサトウキビが砂糖生産に回されたため燃料用アルコールの供給不足が発生し、エタノール車は大幅に減少した。この時期、多くの南米諸国が1980年代の「失われた10年」からの脱却とインフレ抑制のために、新自由主義的改革(市場メカニズムを重視した自由化、規制緩和、構造改革、小さな政府)を採用するようになると、ブラジルでも自由化・規制緩和に向けた構造調整が進められた。

 1995年に誕生したブラジル社会民主党(PSDB)のカルドーゾ政権(1995〜02年)は、インフレ抑制と「社会自由主義国家」建設に向けた改革を打ち出した。それは、社会的公正の面から国家の役割をも重視した経済改革を進めるものであった。2003年1月に発足した左派・労働党(PT)の現ルラ政権(2003〜10年)は、基本的にカルドーゾの政策を継続し、貧困対策、税制改革を進めたことで、海外投資家の信頼が維持され、ブラジルは安定成長に入った。2010年末には大統領選挙が実施され、ルラ大統領の属する労働党(PT)よりルセーフ大統領が誕生した。新政権は2011年1月からスタートした。

 バイオエタノール政策についても、砂糖・アルコール院(IAA)が1990年に廃止され、自由化が進められた。政府は2002年に、アルコール車、エタノール車に対する税制優遇を拡大し、1000〜2000CCクラスの乗用車税を大幅に引き下げた。

 2003年に、あらゆるエタノールの混合比率のガソリンにも対応したフレックス車が始めて導入された。フレックス車は、(1)2003年以降のガソリン価格の上昇、(2)政府の優遇税制、(3)1975年以降、30年以上にわたるエタノール利用の歴史の中で、給油インフラが整備されていた(全てのガソリンスタンドでエタノール用のポンプとタンクが備わっている)、などの理由から急速に普及した。実際、ブラジルの自動車国産自動車販売に占める割合は、2003年3.7%、2004年21%、2005年53%、2006年70%と急増している。これにより燃料用エタノール消費が急増した。日本メーカーも、ホンダが2006年中にシビックとフィットのフレックス車をブラジルで発売、トヨタも2007年からカローラのフレックス車を現地生産し販売している。
 
 

4.ブラジルのバイオエタノールの潜在的供給力と競争力

 ブラジルでは、サトウキビ由来のエタノール生産が行われている。潜在的な資源量や栽培適地、エネルギー効率性、生産コストなどの面からサトウキビが最も適しているためである。OECD-FAOによると、ブラジルのサトウキビ生産量は、サンパウロ州を中心に、2000年の3.27億トンから2010年6.92億トンへと、10年間で2.1倍に拡大している。単収の増加よりも、収穫面積の拡大が寄与した格好である。また、全国に439あるバイオエタノール・砂糖工場が、サトウキビの栽培−収穫−バイオエタノール・砂糖の製造−品質管理−流通販売を一貫して行っている。その際、工場がサトウキビの糖汁から、砂糖およびバイオエタノールの配分比率を決定する点が、他の生産国とブラジルとの大きな違いである。ブラジル食糧供給公社(Conab)注4によると、2012/13年度のサトウキビ生産量見通し5.97億トンのうち、砂糖向けが3.01億トン、バイオエタノール向けが2.96億トンと、両者の配分比率は約50.4%対49.6%と、ほぼ半分ずつと言えよう。なお、世界の砂糖生産においては、ブラジルは20〜25%のシェアを有し、世界最大である(表1)。なお、サトウキビの搾りかすであるバガスは、燃料としてボイラーに送られ、発電(バイオ電力)に利用されている。

注4:CONAB“Cana-de-Açúcar Segundo Levantamento da Safra 2012/2013 Agosto/2012”
 
 
 原料別に見たエタノール収量(表2)によれば、重量(トン)当たりエタノール収量の最も高いのはトウモロコシであるが、面積(1ヘクタール)当たり、エタノール収量が最も高いのはサトウキビである。このため、世界最大のトウモロコシ生産国である米国では、トウモロコシがエタノール生産の主原料となったのに対し、耕地が膨大でサトウキビを作付けする余地の大きなブラジルでは、サトウキビがエタノール生産の原料となった。特に、同国では、1970年代の石油危機の時の苦い経験から、石油への依存度を下げるためガソリンに20%〜25%のエタノールを混合することを義務付けている。

 また、ブラジルのサトウキビ由来のエタノールは米国のトウモロコシ由来のエタノールに比べて低コストである。エタノールがガソリンより安いときにはエタノールを使用し、エタノールがガソリンより高いときにはガソリンを使用できた。発熱量を同じにして比較するためエタノールの効率がガソリンの70%であるとして比較すると、エタノール価格は2.00レアル/リットルに相当し、ガソリンより2割安い。

 環境問題への影響として政府は、サトウキビであれば食料や環境との競合は少ないとみている。ただ、バイオエタノール生産拡大によるサトウキビ栽培の拡大が、牧草地への大豆栽培を促し、大豆農家に牧草地を売った牧場主は更にアマゾンの奥地に牧場を求めて森林を伐採しながら移動するという、玉突き的な「森林破壊のサイクル」が生じているとの指摘がある。とはいえ、長期的なエネルギー不足や地球温暖化が懸念されるなか、ブラジルのバイオエタノール産業は、将来的にも世界の再生エネルギー分野を先導する産業であるといえよう。
 
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713