[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ
alic 独立行政法人農畜産業振興機構
砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 調査報告 > さとうきび > 畑かん営農の実践でさとうきびの高単収を実現
〜沖永良部島 重信善一氏の取り組み〜

畑かん営農の実践でさとうきびの高単収を実現
〜沖永良部島 重信善一氏の取り組み〜

印刷ページ

最終更新日:2014年10月10日

畑かん営農の実践でさとうきびの高単収を実現
〜沖永良部島 重信善一氏の取り組み〜

2014年10月

鹿児島事務所 青木 和志

【要約】

 沖永良部島は、農業が主要な産業であるが、常に台風や干ばつなどに悩まされている。その中で、現在、国営かんがい排水事業による地下ダムの整備などにより一層の農業用水の安定供給が期待されている。また、和泊町の重信善一氏は、雨水やため池などの施設を利用してかん水を十分に行うことによりさとうきびの高単収を実現し、公益社団法人鹿児島県糖業振興協会が主催する平成25年度さとうきび生産改善共励会で独立行政法人農畜産業振興機構理事長賞を受賞した。かん水や基本技術を励行する重信氏の取り組みは、さとうきび生産の参考になると思われる。

はじめに

 沖永良部島は、和泊町と知名町の2町からなり、鹿児島市から南南西約546キロメートルに位置する周囲約60キロメートルの隆起サンゴ礁の島である(図1)。

 
 
 島の主要な産業は農業で、人口(約1万4000人)の約35%に当たる人々が農業に従事しており、さとうきびを中心として、花き、ばれいしょなどの野菜および肉用牛との複合経営が数多く行われている(図2)。特にユリは、明治の頃から栽培されてきた歴史ある作物であり、現在は「えらぶゆり」として、「沖永良部のばれいしょ」とともに鹿児島県のブランド品目に指定されている。
 

1.さとうきび生産の概要

 さとうきびは、全農家戸数の61%を占める1092戸(25年産)が栽培している。一戸当たりの平均収穫面積は約1ヘクタールで、鹿児島県の平均と同程度の規模になっている。収穫作業については、冬から春にかけて、さとうきび以外の作物の管理作業と重なることから機械化が進んでおり、島のさとうきび生産量の91.4%が、ハーベスタによる収穫となっている。

 さとうきび栽培の特徴は、他の島々と比べ、作付面積に占める夏植の割合が高いことである。これは、春植の植え付けや株出管理と、ばれいしょや花きの収穫の時期(3〜4月)が競合するためである。

 亜熱帯気候に属する島のさとうきびが最も成長する7〜9月頃は、接近する台風が多いと潮風害や倒伏・折損の被害が発生し、逆に少ないと干ばつになるなど、気象に左右される傾向にある。特に近年は気象災害による被害が顕著であり、平成23年産においては、昭和40年以降過去最低の単収を記録するなど、平成23〜25年の3年間は非常に厳しい生産状況であった。このため、潮風害と干ばつ被害の軽減に有効な農業用水をどのように確保するかが大きな課題となっている。

2.水資源の確保に向けた取り組み

 農業が基幹産業と位置付けられる一方、畑作に必要な用水は、そのほとんどを降雨と一部のため池に依存しており、耕地面積の約3割にしか畑地かんがい施設が整備されていない。年間の降水量は全国の平均値と大きく変わらないにもかかわらず、ため池以外、河川などの水源がないため、降雨の多くは地下に浸透し、島の地盤であるサンゴ礁起源の石灰岩を通じて海に流出している。

 また、台風以外の降雨が少ないため、さとうきびの成長時期である7〜8月の降水量は、年ごとの差が非常に大きくなっている(図3)。
 
 沖永良部島では、このような状況を踏まえ、これまでにも各種事業の活用などを通じてため池やかんがい施設が整備されてきたところであるが、平成19年度からは、安定的な農業用水の確保を図り、農業生産性の向上と農業経営の安定を促進することを目的として、地下ダムの築造を核とする新たな取り組みが、国営事業を中心に行われている。

(1)国営かんがい排水事業について
 「国営かんがい排水事業(沖永良部地区)(以下「国営かんがい排水事業」という)」は、事業費約320億円、工期12カ年(平成19〜30年度)となる一大プロジェクトである。国営かんがい排水事業およびこれに付帯する県営事業(事業費約310億円)によって、平成35年度までに、地下に浸透した雨水を貯め込むための地下ダム(止水壁)や、取水施設および用水路などダムの水を1497ヘクタールの農地に届けるかんがい施設が整備される計画である(図4)。これにより、島の耕地面積(4485ヘクタール)の約56%を占める2501ヘクタールの農地で、降水量に左右されない水利用が可能になる予定である。

 現在までのところ、事業は順調に進んでおり、地下ダムについては、全止水壁延長(2414メートル)の一部が既に完成している。平成26年度後半には揚水機場などでの通水試験の完了後、一部の地区で通水が始まり、27年度以降、順次通水面積が拡大する予定となっている。

 なお、国営かんがい排水事業受益地内のかんがい施設は、平成26年3月末現在、1497ヘクタールのうち約500ヘクタールが既に整備済みで、残る約1000ヘクタール分については、今後地下ダムの建設状況に合わせて整備される計画としている。
 
 
 地下ダムは、地下約19メートルにある石灰岩の層に円柱型の穴を開け、セメントなどからなる混濁液を流し込む。この作業を繰り返して止水壁と呼ばれる厚さ50センチメートル、全長約2.4キロメートル(予定)、最大地下50メートルにもなる壁を作ることで完成する。

(2)かん水の費用と効果
 かんがい施設の利用により、農業の生産性が向上し、農家の経営も安定することが期待されるが、当然のことながら、施設の受益者である生産者は、相応の費用を負担しなければならない。ここでは、さとうきび生産者がかんがい施設を利用する場合の費用とかん水による効果を整理する。

 まず、生産者が補助事業を活用する場合、初期費用として、散水器具(レインガン、スプリンクラーなど)などについて1割程度を負担することが多い(埋設型のレインガンで10アール当たり約3万3000円)。

 また、運転費用として、施設の管理費および水の使用料(従量制)を支払う必要もある(表1)。さとうきびは、夏場(7〜9月)の間、1週間に1回10アール当たり23トンのかん水を実施することが推奨されている。このことから、和泊町に1ヘクタールの農地を持つ生産者の年間経費を試算すると、施設の管理費が3万円、水使用料が4万1400円(1週間に1回230トンのかん水を12回実施)となり、7万1400円となる。
 
 一方、かん水の効果としては、主に以下の4点が挙げられる(表2)。
 
 特に、収量の増加については、平成25年に行われた実証試験で、かんがい施設の使用料や散水施設の整備費などを考慮しても、10アール当たり521キログラム以上収量が増加すれば、収益性は向上するという結果が出ている。表2のとおり、例えば春植で同2.2トン収量が増加すれば、同約3万7000円の増収(注)が見込まれることになり、かん水による収益性の向上効果は十分にあると考えられる。

(注)10アール当たり2.2トン増収し、さとうきび価格を1キログラム当たり20円とすると、
増収:20円×2,200キログラム=44,000円 (1)
費用:71,400円/ヘクタール÷10=7,140円 (2)
(1)−(2) =36,860円
と試算される。


(3)普及に向けた課題と対応
 このように、さとうきび経営にさまざまなプラスの効果を与えるかんがい施設の利用だが、普及に向けての最大の課題は、「さとうきびは水を使わなくても生産できる」という生産者の意識である。

 沖永良部島畑地かんがい営農推進協議会(以下「畑かん協議会」という)が平成24〜25年度に、さとうきび生産者を含む農家を対象に実施したアンケート調査によると、今後の水利用について「水利用を始めたい(水利用面積を増やしたい)」と回答した者は全体の約50%にとどまっている。また、「水利用を始めたい」と回答しなかった理由については、約半数が「水を使わなくても生産可能」としている。

 畑かん協議会によれば、生産者の間では、さとうきびは干ばつに強く、水をそれほど必要としないという意識が強いため、適切に水を利用すれば一層の増収効果が見込めるということが十分認知されていないという。

 また、水を利用するために必要な給水栓や散水器具の設置についても、「今後も設置しない」および「わからない」という回答が約60%を占めており、経営にプラスの効果があると分かっていても、高齢化により、費用を負担してまで施設を整備しようとする意欲があまり多くなかったり、借地のため施設を整備したくてもできなかったりといった状況も見られるようだ。

 こうしたことから、畑かん協議会をはじめ、和泊町、知名町、鹿児島県およびあまみ農業協同組合などの関係機関は現在、畑地かんがい営農の普及のために、さまざまな活動を行っている(表3)。
 
 事業の推進と併せて、これらの活動を行うことで、現在のところかんがい施設整備実施中の地域に農地を持つ生産者のうち8〜9割が整備に同意しており、今後、残る生産者からも可能な限り同意を取り付けていきたいとのことであった。

(4)今後の方向性
 畑かん協議会は、基幹作物であるさとうきびを中心に、園芸作物などの生産拡大を進めるため、平成25年度に「沖永良部島における畑地かんがい営農ビジョン」を策定するとともに、和泊町、知名町、鹿児島県、あまみ農業協同組合および生産者が一体となって、同ビジョンに基づきそれぞれの立場で具体的な取り組みを行うため、平成26〜30年度までの5年間のアクションプログラムを策定している。

 同プログラムでは、さとうきびについては、かんがい設備が整備された後も、引き続き基幹作物として作付面積を確保していくこと、かん水の効果などで単収を上げることにより生産量および収益を確保していくことなどが今後の方向性として示されている。この方向性が示すように、現地で訪問した先々の関係者から、かん水の効果が最も期待できるのはさとうきびであり、今後もさとうきびを輪作体系の中心に据え、野菜や花きを組み合わせた農業を目指していきたいという声が聞かれた。

3.重信善一氏の取り組み

 重信(しげのぶ)善一(よしかつ)氏は、平成22年から4年続けて沖永良部島の平均を大きく上回る単収を実現したことなどが評価され(図6)、平成25年度さとうきび生産改善共励会(公益社団法人鹿児島県糖業振興協会主催)において独立行政法人農畜産業振興機構理事長賞を受賞した(写真2)。ここからは、かん水や基本技術を励行する重信氏の取り組みについて、さとうきび生産の参考になる点などを中心に紹介する。
 
 
(1)経営の概況
 重信氏は、和泊町でさとうきびを中心としたばれいしょおよびユリ球根との複合経営を行っており、約4ヘクタールの農地(うち2ヘクタールが借地)のうち3ヘクタールでさとうきびを栽培している。

 平成13年から、父親の後を継ぎ兼業農家としてさとうきび生産を始め、平成22年度に勤務先であった和泊町役場を退職し専業となった後、借地を増やし規模拡大を行うとともに、徐々にさとうきび生産を拡大してきた。

 日頃の管理作業や調苗などは、全て重信氏本人が一人で行っているが、さとうきびの植え付けなど1人では作業ができない場合、ばれいしょとの作業が重なる3〜4月や、かん水の準備などで忙しくなる梅雨明け以降には、息子の英樹(ひでき)氏が作業を手伝っている。また、収穫作業は全体の約4分の3を手々知名(てでちな)さとうきび生産組合に委託し、ハーベスタによる収穫を行っている。

(2)高単収実現の秘訣

その1. 適切なかん水と輪作による土づくり
 重信氏は、平成10〜14年頃から順次補助事業を活用してかんがい施設を整備し、現在は4ヘクタールのうち3.1ヘクタールでかん水できるようになっている。当初は、レインガンを整備したが、平成24年からはかん水チューブも導入している。かん水チューブは、設備の性質上、さとうきびの葉まで水が届かないため、潮風害対策には対応できないものの、チューブを農地に敷いておくだけで良いため、かん水のたびに重い器具を持ち運ぶレインガンと比べ、作業の省力化につながっているという。

 重信氏は、かんがい施設の有無に応じて作付ける品目を決めている(図7)。かんがい施設が整備されている農地では、秋から翌年の3月頃までばれいしょを栽培・収穫後、さとうきびの春植を行う一方、夏植は春植に比べて干ばつや台風の影響を受けにくいため、かんがい施設のない農地では、9月頃から翌年の7月頃までユリ球根の栽培を行い、収穫後さとうきびの夏植を行っている。さとうきび、ばれいしょおよびユリ球根の輪作を行うことで連作障害を防止し、強い土づくりに努めているそうだ。また、今年はマメ科緑肥にも取り組んでいることから、今後の成果が楽しみである。
 
 かん水は、梅雨明け以降9月頃までの間、週に1回10アール当たり約20トンを行っている。夏場は日中にかん水を行っても水が蒸発してしまうため、朝と晩の2回に分けて行っている。このため、夏場は場合によっては午前3〜4時には起床して、かん水を行うこともあるそうだ。このように丁寧にかん水を行っていることも、高単収に結びついているものと思われる。
 
その2. こだわりの調苗
 苗は、公益財団法人沖永良部農業開発組合が種苗供給事業を実施しているため、購入も可能だが、重信氏は、一般的に作業量が多く負担が大きいといわれている調苗作業を自ら行っている。苗の作り方にこだわりがあり、通常の二芽苗よりも1本当たりの長さを短くすることで、通常10アール当たり3300本植え付けるところを、約3800〜4000本植え付けているという。1本の苗を作るため押し切り機で2回切るという2倍の手間はかかるものの増収が期待できるようだ。
 
その3. 丁寧な除草
 重信氏は、除草もまた非常に重要な作業だと考えている。除草を行わなければ、かん水や施肥の効果が、全て雑草に吸われてしまうためだ。特に近年は、雑草の種類が多様化していることが問題になっており、一例として、取材時には、ノアサガオがさとうきびに巻きつきながら成長し、さとうきびを押し倒してしまっているほ場も確認された。雑草の種類が多様化していることから一度薬剤を散布しただけでは全ての雑草を除草することができず、生産者の大きな負担になっているようだ。重信氏は、かん水同様早朝から丁寧な除草を実施しており、このことも増収につながっていると思われる。

(3)今後の目標
 かん水の効果について、重信氏は「かん水があるとないとでは生育が全然違う」と話しており、今年度もかん水チューブを購入するなど、今後も積極的にかん水を行う意向だ。

 また、重信氏は、今後の目標について「やれることをきちんとやるだけ」と語る。日々の管理作業を丁寧に行えば、収量は後から必ず付いてくるという意味だそうだ。島の関係者も、重信氏のこのさとうきび作りに対する姿勢に敬意を表していた。

おわりに

 沖永良部島は、常に台風や干ばつなどの気象災害と戦いながら農業を続けてきた地域である。特に近年、台風や病害虫の被害により生産者が非常に厳しい状況に置かれる中でも、重信氏は、「やれることをきちんとやる」という精神で、除草などの基本的な管理作業やかん水を丁寧に実施し、高単収を実現している。

 一方で、島では、将来の畑地かんがい営農の普及に向けて、今まさに生産者や各関係機関が一体となって活動している。その中では、かん水の効果が生産者に十分に理解されていないこと、かんがい施設を整備したくても整備できないことなど、さまざまな課題が存在しているが、島の明日の農業をより良くするために、畑かん推進協議会を中心に島全体でこれらの課題を一つ一つ解決しようとしている。

 将来、畑地かんがい営農が普及し、水に不自由しない農業が可能になったとしても、このような「島全体」で「やれることをきちんとやる」という精神は、より良い農業を行う上で重要になるのではないだろうか。

 今後も沖永良部島の畑地かんがい営農の普及と、重信氏の取り組みに注目していきたい。

 重信氏の取り組みが、さとうきび栽培の参考になれば幸いである。

 最後に、お忙しい中、本取材に当たりご協力いただいた重信善一様をはじめ関係者の皆さまに心より厚く御礼申し上げます。

参考文献
農林水産省九州農政局「沖永良部農業水利事業とは」(2014/9/2アクセス)
鹿児島県農政部農産園芸課「平成25年産さとうきび及び甘しゃ糖生産実績」
鹿児島県大島支庁「奄美群島の概況(平成25年度)」
沖永良部島畑地かんがい営農推進協議会「水を利用した沖永良部島の農業」
沖永良部島畑地かんがい営農推進協議会「畑かんえらぶ」各号
沖永良部島畑地かんがい営農推進協議会「沖永良部島畑地かんがい営農ビジョン」
沖永良部島畑地かんがい営農推進協議会「沖永良部島畑地かんがい水利用マニュアル」
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713



このページのトップへ

Copyright 2016 Agriculture & Livestock Industries Corporation All rights Reserved.