砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 話題 > 科学から読み解く忍者食

科学から読み解く忍者食

印刷ページ

最終更新日:2016年9月9日

科学から読み解く忍者食
〜砂糖と生薬の兵糧丸、でん粉と生薬の飢渇丸、口や喉に絞った水渇丸〜

2016年9月

三重大学社会連携研究センター特任教授
伊賀研究拠点副所長 久松 眞 (三重大学名誉教授)

はじめに

 漫画や映画などによって海外でも忍者は広く知られるようになってきましたが、相当に脚色された忍者像となっています。忍者に関する古文書はかなり残っていますがあまり公表されず、学術的な研究もほとんどされていません。三重大学は、2011年に現代に生きる最後の忍者、甲賀流伴党21代目宗家で伊賀流忍者博物館名誉館長の川上仁一氏を社会連携特任教授としてお迎えし忍者の講義が始まりました。そして川上先生は、学術的な切り口からの忍者研究の必要性も説明されました。そのような理由から、文系の研究者と理系の研究者が連携して忍者・忍術の科学的な研究が立ち上がりました。調査・研究から得られた成果を忍者の知恵として現在・未来に生かしていこうとするプロジェクトです。  

 忍術の習得目標は、正しい心身を鍛えることで、生き抜くための自衛手段でした。忍者の任務は、敵陣の貴重な情報を大将に正しく伝えることでしたので、戦いは極力避け、情報を正しく記憶し、必ず戻ってくることでした。忍者は、冷静な判断力と機敏な運動能力に加えて、口やのどの渇きや痛み、腹痛や下痢、皮膚のかぶれや切り傷などの応急手当ての知識も必要でした。このような背景を理解しながら、忍者が忍びのときに持参した忍者食の中身と使用法を読み解きます。

忍者食の史料

 忍者関係の古文書にはいろいろな忍者食が出てきます。忍術書として有名な万川集海(まんせんしゅかい/ばんせんしゅうかい)に記載されている()(かつ)(がん)(すい)(かつ)(がん)に加えて、甲賀流忍法伝書(ろう)(だん)(しゅう)に記載されている(ひょう)(ろう)(がん)を代表的な忍者食と考えました。

忍者食の材料

 忍者は危険な場所で情報収集の活動を行うため、強いストレスに負けないで冷静にかつ機敏な行動ができる必要がありました。もちろん厳しい訓練でそのような能力は鍛えられるのですが、それでも活動中に変化していく体調やメンタルをサポートする食も考えたようです。できるだけ史料に忠実に兵糧丸、飢渇丸、水渇丸を再現し、現代科学の知見からそれらの内容や利用法を推察しました。

 まずこれらの忍者食の材料を表1にまとめました。兵糧丸は砂糖をベースに数種類の生薬が使われています。また、飢渇丸はでん粉をベースに数種類の生薬が使われています。健康な忍者が、漢方薬の材料となる生薬をどうして使用したのでしょうか。忍びを補助する食べ物と言う視点からこれらの生薬の効用を拾い上げ表2のようにまとめてみると、元気にする、疲労を回復する、痛みを和らげる、落ち着かせる、下痢や胃の調子を整える、血行を促進する、免疫力を上げるなどの効用が上がってきます。一方、水渇丸は、口の渇きやのどの痛みを和らげる効果に特化したものと思われます。活動中にせきが出たら見つかって命を落としかねません。兵糧丸、飢渇丸、水渇丸は、材料の特性から使用方法が異なりそうです。そこで、実際に試作し特長を確認することにしました。
  
 

忍者食の試作

 表1に示した材料を用いて兵糧丸、飢渇丸および水渇丸の試作実験を行いました。当時、生薬は薬研(やげん)で粉砕したと思われます。実際に行ってみると力で押しつぶす感じです。昔は時間をかけて丁寧に粉にしたと思いますが、本実験では小型粉砕機も使用しました。  
 
 兵糧丸は、にんじんと桂心の繊維系生薬を先に煎じてから残りのでん粉系生薬を追加してさらに煎じました。メインの氷砂糖はお湯でも意外と溶けにくいため、粉にしてから別の容器で溶かしました。その後両者を合わせ煮詰めました。水が蒸発し粘度が上がって砂糖の固まりが出るようになってから丸く成形することを繰り返し団子としました。製作中もニッキの香ばしい匂いがし、最終製品もニッキ味のおいしい砂糖菓子でした。  

 飢渇丸もにんじんと甘草の繊維系生薬を先にアルコール度数30度の焼酎に浸し軽く煎じました。その後でん粉系生薬を加えさらに煎じました。一晩鍋の中で放置したあと、適当量をトレーに広げ団子にしました。飢渇丸は朝鮮にんじんの割合が多く独特の薬に近い匂いがあり、噛みしめているとじわじわと味が出てくるようなものでした。  

 水渇丸で使う梅干しは、表面に塩の結晶が噴いている梅干しを使用しました。砂糖と麦門冬を粉砕したものを少量の水で煎じ、梅干しの種を除いた果肉と混ぜてよく練り丸めました。兵糧丸と比べると格段に少ない砂糖ですが、酸っぱさと塩辛さを和らげるために使ったと思われます。


忍者食の利用法

 日々の食事について、ほとんどの人はその日の気分で「食べたいもの」を選んでいると思います。栄養学的に正しい食事とは、体を作ったり動かしたりする少なくとも三つの要素を満たす必要があります。現実的にはハードルが高く実行は容易ではありません。それでもこの機会に少し理詰めで食事の内容を考えたいと思います。一つは、臓器や筋肉などを構成している生体部品を新しいものに取り換えるためのタンパク質や脂質、カルシウムなどを供給する食材です。あとの二つは異なるエネルギーの供給です。寝ているときも脳や心臓や肺や肝臓などの臓器は働いています。これらの臓器を動かすのに必要なエネルギーを基礎代謝エネルギーと呼び、歩いたり走ったりして体を動かすのに必要なエネルギーを運動エネルギーと呼びます。筋肉や臓器などを再構成する食材と、基礎代謝と運動にそれぞれ約1000キロカロリーを供給する食材を合わせて約2500キロカロリーに相当する食材をおいしく調理したものが一日の食事となります。そのため食材構成は、でん粉などの糖質が60%程度、筋肉などをリニューアルするタンパク質が15%程度、神経などをリニューアルする脂質が20%程度、骨などをリニューアルするミネラルが5%程度となります。スポーツ選手は、運動エネルギーだけで3000 〜 6000キロカロリー消費しますので、それに合わせてでん粉の量を増やさなければなりません。一方、高血圧や糖尿病患者に対しては塩分やカロリーの制限が必要となります。

 忍者食を試作してみると、忍びの活動に適切な大きさは見当がついてきます。兵糧丸も飢渇丸も一個は大体20 〜 30グラムが持ち運びやすく、おおむね一つが50 〜 150キロカロリーぐらいです。キャラメル一箱やおにぎり一個やバナナ一本に相当するカロリーです。これらを総合して考えると、兵糧丸や飢渇丸はお弁当ではなく、必要な時に少しずつ食べる携帯食であったと考えられます。

 ストレスの科学も必要となってきます。緊張や恐怖などに襲われると、脳はこのような事態を避ける運動系を中心としたシステムを活性化し、瞳孔が大きくなったり心拍数を上げたりする一方で、このような事態の回避にならない感染症などから身を守る免疫系の防御システムは活性化されないため免疫力は落ちます。この一連の反応は自律神経を介したストレスホルモン(アドレナリン)によって交感神経が活性化されて起こるものです。この反応に対して、ブレーキ役を担う副交感神経の反応も少し遅れて働きだし、そのうちに興奮は収まります。また自律神経系のほかに内分泌系のストレス反応も起こり、各臓器や器官に影響を与え、胃が痛くなったり、下痢気味になったり、喉が荒れたり、口が渇いたりします。このようなストレスが長く続いた場合は、早めに気分を切り替え、読書や映画鑑賞や旅行などをしてリラックスすることが今流のストレス対策です。

 命懸けで任務を遂行する忍びには非常に強いストレスがかかります。そのため忍者は、気合を入れたり、九字護身法(くじごしんぼう)などの呪文を唱えたりします。緊張すると心臓や筋肉などの組織にエネルギーとなるグルコースが優先的に送り込まれます。逆に、運動系でない脳へのグルコース供給は減少するため脳の働きは低下することから、冷静な判断や複雑な情報を正確に記憶することが難しくなると考えられます。忍者はこのような時に、砂糖ベースの兵糧丸を少しずつ口に入れ、疲れた脳と体を回復させたに違いありません。また、身を隠し戻るチャンスを伺うときにはでん粉ベースの飢渇丸で疲れた体を回復させたと思います。これに対し水渇丸は、口が渇いたり、喉の痛みを癒やすことに特化したものでした。忍者の携帯食の特長と利用法を表3のようにまとめてみました。

まとめ

 厳しい訓練で鍛えた忍者でも、強いストレスに負けないで落ち着いて行動するために携帯食を用意したと思われます。現在の軍隊のコンバットレーション(軍隊が行動時に携帯する食糧)ほどの内容ではありませんが、忍者は500年も前に生き抜くためのコンバットレーションを作ったと考えると、戦国時代の科学のレベルに改めて驚かされます。同時に、このような忍者の知恵を家庭でおやつを作るときなどに反映させると、防災用の保存食づくりや災害時の食事のとり方にも参考になると感じました。
【参考】
1. 伊賀忍者研究会編・山田雄司監修「忍者の教科書 新萬川集海」笠間書院 2014
2. 中島篤巳訳註「完本 万川集海」国書刊行会 2015
3. 関水康彰「薬のルーツ 生薬 科学的だった薬草の効能」技術評論社 2010
4. 白鳥早奈英監修「最新版 知っておきたい栄養学」Gakken 2015
5. 灘本知憲・仲左輝子編 「基礎栄養学 第3版」化学同人 2012
6. 高嶋秀行編 ニュートン別冊「体と体質の科学 増補第2版 からだにまつわる身近な疑問とその対処法 p128-133」 ニュートンプレス 2016
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713