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多良間島における環境保全型農業の取り組み

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最終更新日:2020年4月10日

多良間島における環境保全型農業の取り組み

2020年4月

沖縄県農林水産部 宮古農林水産振興センター
農業改良普及課 多良間駐在 主任 ()(さと) (こう)
 

【要約】

 沖縄県文化環境部が公表した「2007年度水質・ダイオキシン類測定結果」において、多良間(たらま)島の一地点で硝酸性および亜硝酸性窒素量が環境基準値を超えて検出されたことを受け、沖縄県農林水産部宮古農林水産振興センター農業改良普及課では、平成20年度から関係機関と連携し、環境保全型農業の実践を目指し普及活動を展開してきた。この結果、多良間村慣行比3割減肥栽培においてもさとうきびの収量に大きな差は見られないことが確認でき、24年度以降、指摘地点と採水箇所の平均値において、環境基準値を超える値は検出されていない。
 

1.多良間島の概要

 多良間島は、東京から南西に約2000キロメートル、沖縄本島から南西に約350キロメートル離れ、宮古島と石垣島のほぼ中間に位置しており、全島が沖縄県宮古郡多良間村に属している(図1)。人口1167人、面積19.81平方キロメートルの小さな島で、農家戸数は245戸、経営耕地面積は785ヘクタールと島の総面積の約4割を占める。島の農業は、さとうきびを中心に肉用牛や葉たばこを主に成り立っており、最大の特徴として県内黒糖生産量の3割を占める産地であることが挙げられる。
 

 

2.多良間島における環境保全型農業の取り組み経緯・背景

 沖縄県文化環境部が平成19年度に公表した「2007年度水質・ダイオキシン類測定結果」において、村の一地点で硝酸性および亜硝酸性窒素量が環境基準値(10mg/L)を超えて検出された。島では飲料水を含む生活用水を地下水に依存しているため、その水質改善に取り組むことは極めて重要な課題であった。特に、島の面積の約4割が農地であるため、農業由来の化学窒素施肥量の低減によって、環境に配慮した持続可能な農業生産への転換を図る必要があった。

 沖縄県農林水産部宮古農林水産振興センター農業改良普及課(以下「農業改良普及課」という)では、20年度より、多良間村役場をはじめ、多良間地区さとうきび生産組合や製糖工場、JAなどと連携しながら、多良間村における環境保全型農業の実践を目指し、以下の推進方向を掲げ、普及活動を展開してきた。

〈環境保全型農業の推進方向〉
(1)化学窒素施肥量に関する実態把握および減肥栽培の実証
(2)合意形成を図るための組織設立
(3)地域慣行基準の設定
(4)エコ栽培推進に向けた展示()設置と技術の普及
(5)全さとうきび生産農家でのエコファーマー認定
 

3.多良間島における環境保全型農業の取り組み内容

(1)多良間島における環境保全型農業の推進に向けて

ア 農畜産業における窒素施肥量の実態把握
 
多良間村における平成19年当時の農業産出額は12億5000万円で、内訳はさとうきび39%、肉用牛37%、葉たばこ6.9%であった。栽培面積では、さとうきびは545ヘクタール(収穫面積270ヘクタール)で57%、次いで採草放牧地が234ヘクタールで24%を占め、さとうきびと採草放牧地で、全耕地面積の8割を占めていた。また、農家の99%に当たる249戸がさとうきびを栽培し、48%に当たる120戸は肉用牛繁殖農家であり、さとうきびと肉用牛の複合経営が多い。

 このような状況を踏まえ、さとうきびと畜産の生産農家を対象に、環境保全型農業を推進していくことが、必要であると考えられた。

 JAおきなわ多良間支店の19年度肥料類の販売実績では、製品A(N-P-K=18-10-14、1袋当たりN:3.6キログラム)が5万1662袋、製品B(N-P-K=22-8-8、同N:4.4キログラム)が640袋販売されており、品目別の耕地面積から、窒素施肥量の現状としては、製品Aをさとうきびに年間10アール当たり9袋、採草地に同12袋施肥していると推測された。この結果を県栽培指針の施肥基準と比較すると、夏植え栽培のさとうきびにおいては135%となり、基準値同6.7袋よりも、多くの窒素を圃場に投入している実態が確認された。一方で、採草地においては県栽培指針の基準値(同12.5袋)の79〜96%内で収まっており、問題視する必要性は低かった。

 よって、さとうきび栽培において、窒素施肥量の低減を目指していくことが、地下水保全の観点から非常に効果的かつ重要であることが、明らかとなった。

イ さとうきび減肥栽培への取り組み
 
さとうきび栽培における施肥量の低減を図る目的で、平成21〜23年にかけて10戸の農家を対象に展示圃を設置した。当時、多良間村のさとうきび生産における作型別割合は、夏植えが全体の8〜9割を占めていたため、夏植えに絞って実施した。慣行区は窒素施肥量の現状値である、製品Aを年間10アール当たり9袋(N:32.4キログラム)、実証区は3割減施肥である製品A同6.3袋(N:22.7キログラム)で設定し、生産性を調査した。

 その結果、慣行区と実証区では生産性に明確な差が見られなかったことから、栽培講習会や地域懇談会の場を活用して、生産農家や関係機関に情報提供を行い、地域の合意形成を図りつつ、化学肥料低減による環境保全型農業の取り組みをスタートさせた。
 

(2)島全体における環境保全型農業の取り組み

ア 合意形成を図るための組織設立とエコファーマー制度の周知
 
環境保全型農業の取り組みに当たっては、地域の合意形成を図る必要がある。当農業改良普及課では、村に対して、「多良間村における環境保全型農業の推進」について提案を行い、平成22年度に「環境保全型農業推進協議会」を設立し、支援体制を整えた。その1年後の23年度には村が主導して、環境保全型農業の推進とともに、黒糖のブランド化に島一体となって取り組むことを目的に、関係機関で役割を整理し、3年計画で「多良間村黒糖エコ生産推進協議会」(以下「協議会」という)が設立された(図2、写真1)。協議会では、化学肥料の低減や緩効性肥料を組み合わせた施肥体系の検討、製糖工場の集中脱葉施設や堆肥センターの整備を図り、トラッシュ(梢頭部、枯葉など)を全量堆肥化して畑へ還元することなどが協議された。
 





 

 エコファーマーとは、(1)有機質資材による土づくり(2)化学肥料由来窒素の地域慣行比3割低減(3)化学合成農薬の地域慣行比3割低減−の3技術に一体的に取り組み「持続性の高い農業生産方式の導入に関する計画書」を作成し、都道府県知事にその計画を認定された環境に優しい農業者の名称である。多良間村では、全さとうきび生産農家でのエコファーマー認定を目指し、「島ごとエコファーマー」と銘打って関係機関が目標を定め、活動を開始することとなった。設立直後には、東京農業大学の中西康博准教授(当時)を講師に招き、多良間村の地下水水質保全について講演会を開催し、生産農家の意識向上を図った。

 さらに、23〜26年度にかけて、栽培講習会や地域懇談会、村内広報誌情報掲載を数多く行い、農家への土づくり推進やエコファーマー制度の周知を図った(図3、図4)。
 

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イ エコファーマー認定に向けた窒素施肥量と農薬使用回数の地域慣行基準の設定
 平成19年当時、多良間村における農家慣行の窒素施肥量は、前述の通り県栽培指針に比べ135%と大幅に多い状況にあった。島ごとエコファーマーの認定を受けるには、村における地域慣行基準値(化学肥料由来窒素施肥量および化学合成農薬の使用回数)を設定する必要があり、当農業改良普及課の呼びかけで、さとうきび生産圃場調査(生産振興の基礎情報収集のため全さとうきび生産農家に毎年実施する圃場調査)時に生産農家へ施肥量と農薬使用回数について聞き取り調査を実施した。その調査結果を基に、24年度に多良間村さとうきび栽培における地域慣行基準を、化学肥料由来窒素施肥量では、10アール当たりで夏植え1作N35.0キログラム、株出し1作N31.0キログラム、春植え1作N25.0キログラムと定めた。

ウ エコ栽培推進に向けた展示圃設置と技術の普及
 
平成24〜25年度に県単独事業を活用して、減化学肥料の展示圃を22件設置した。展示圃の実証効果や村からの助成もあり、緩効性肥料の利用面積が23ヘクタールから131ヘクタールに、堆肥などの有機質資材の利用面積も15.7ヘクタールから22.4ヘクタールまで増加した。並行して、24〜25年度には、さとうきびを集荷する原料区(8区)ごとにエコファーマー制度の説明会を開催し、生産農家へ周知を図り、意識の向上に努めた(写真2)。

 また、村では、24年度に化学合成農薬の使用回数を減らすため、島内全域においてイネヨトウ交信かく乱法による共同防除(フェロモンチューブ設置)(注)を行った(写真3)。

(注)交信かく乱法とは、雌の性フェロモンと同じ匂いが封入されている交信かく乱剤(ロープ状製剤)を地域全体に張り巡らせることによって、雌がどこに居るのかを雄にわからないようにし、交尾を阻害する方法である。

 




 

エ 全さとうきび生産農家でのエコファーマー認定を目指して
 
エコファーマー認定申請においては、各圃場の土壌分析結果が求められるため、24〜25年度に土壌サンプルを採取し、当農業改良普及課で実施する土壌検診週間に合わせて、252件の土壌分析を行った(写真4)。




 また、25年度のさとうきび生産圃場調査時に、エコファーマー申請書作成に必要な情報を聞き取るため、アンケート調査を実施し、その結果を踏まえ、25〜26年度には全さとうきび生産農家252戸分の認定申請書とそれに係る資料作成に向けて支援を行った。その後、村からの認定申請提出を受け、当農業改良普及課はエコファーマー運営会議を開催し、1件1件の申請内容を確認しながら、審査を進めた。

オ エコファーマー認定後の取り組み
 
関係機関の連携により、平成26年6月17日、多良間地区さとうきび生産組合全252戸が、島ごとエコファーマーとして沖縄県知事より認定を受けた(写真5)。島ぐるみで環境保全型農業に向けた取り組みは県内初である。その後も31年まで、関係機関と連携して、栽培講習会や農家懇談会(12回以上)、エコファーマー運営会議(5回以上、写真6)、作業日誌作成のための個別巡回(約220人)、実績報告書作成のための土壌分析(約220人)、再認定申請書作成のためのJA資材店前での個別説明会(2回:約150人、写真7)、個別巡回(約50人、写真8)などを実施し、エコファーマー制度の概要説明、環境保全の情報提供や申請書の作成支援に努めた。再認定申請書の作成に当たっては、県営農支援課と協力して、申請書類を簡易に作成できるエクセルファイルを整備した。
 

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4.多良間島における環境保全型農業の取り組み成果

(1)全さとうきび生産農家でのエコファーマーの継続

 平成26年6月の、さとうきび生産農家全戸(252戸)でのエコファーマー認定後は、新規栽培者や耕作者の変更などにより、27年11月には12戸、28年12月には1戸、29年11月には7戸、令和元年11月には4戸が新規に認定された。

 令和元年6月14日には、平成26年に認定を受けた252戸中、栽培を継続している203戸の農家が再認定され、現在では227戸の全さとうきび生産農家が、エコファーマーの認定を受けている(表1、写真9)。



 

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(2)農家によるエコ栽培の実践

 平成26年度にエコファーマー認定を受けたさとうきび生産者の作業日誌の集計から、29/30年期作における作型ごとの施肥量と農薬使用回数の確認を行った(表2)。
 



 化学肥料由来窒素施肥量については、夏植え1作で平均実績値10アール当たり23.6キログラム、目標達成戸数割合59.9%となり、株出し1作では同16.1キログラム、90.4%、春植え1作では同12.2キログラム、100%となった。エコファーマー制度は計画認定ではあるが、今後、全さとうきび生産農家が目標値を達成できるよう関係機関連携して支援を続けていく。

 化学合成農薬使用回数については、夏植えで平均実績値6回、目標達成戸数割合89.1%であり、株出しでは同3回、95.6%、春植えでは同3回、100%であった。いずれの作型においても、多くの生産者がエコ認定基準値内で栽培を行っていることが確認できた。

 結果として、施肥量、農薬使用回数ともに、エコファーマー計画認定時よりも低減が図られていた。このことは、エコ栽培技術が点から面へと広がり、農家一人一人がエコ栽培を実践している成果だと考える。また、実際に、個別説明会や実績報告書、再認定申請書作成支援の際に、直接、農家と話をすることができたが、多くの人は多良間村でエコ栽培を実践する意味を理解しており、意識が高いと実感した。
 

(3)さとうきび生産量の増加と農家所得の向上

 島ぐるみでエコファーマー認定を受けた平成26年度以降、多良間村のさとうきび生産量と単収は、気象条件などの影響もあるものの増加傾向にある。一方、化学肥料などの資材代については、エコ栽培の実践によって経費削減につながっており、島ぐるみでエコ栽培が実践されている事を踏まえると結果的に生産農家の所得向上に寄与していると考えられる(図5、6)。
 

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(4)島ごとエコファーマーの取り組みによる地下水の水質改善

 協議会を設立した平成24年度以降、村の全さとうきび生産農家が思いを一つに、環境保全型農業に取り組んできたことが、地下水の水質改善に大きな役割を果たした。

 エコファーマー取得の発端となった地下水の水質について、原水の硝酸性および亜硝酸性窒素量の推移を見ると、19年度に指摘のあった仲筋第1ボーリングでは、24年度以降、環境基準値(10mg/L)を超える値は検出されていない。また、村内4カ所における原水採水箇所の平均値を見ても、基準値を超える値は示されていない(図7)。
 

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(5)エコ黒糖販売による環境保全型農業のPR

 島ごとエコファーマー認定後の平成26年10月には、多良間地区さとうきび生産組合と宮古製糖株式会社多良間工場との間で黒糖製品にエコファーマーマークを使用するための協定が結ばれた。

 その後、27年1月には同マークを付したエコ黒糖が初出荷され、それ以降は多良間産黒糖を他の黒糖と差別化することができ、販売促進が図られている(写真10、11)。また、現時点では、小袋(200グラム)にのみエコファーマーマークが使用されているが、大箱段ボール(20〜30キログラム)にも使用できる可能性もあり、今後はさらにエコ黒糖販売による環境保全型農業のPRが期待される。
 

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5.今後の課題

 今後も多良間島において島ごとエコファーマーを継続し、さとうきび栽培における環境保全型農業を推進していくためには、関係機関の役割分担と協力体制を強化していくとともに、環境保全型農業やエコファーマー制度に対する意識向上を図るため、引き続き生産農家に対し、情報提供を行っていく必要がある。

 当農業改良普及課としては、技術面において減化学農薬や減化学肥料、土づくり(堆肥、緑肥の活用)を推進するため、実証展示圃を設置し、生産農家がエコ栽培を実践しやすい環境を整えていくことや、販売面においてもエコファーマーマークの有効活用法について検討する場などを設け、多良間産エコ黒糖を島内外にPRすることで、さらなるさとうきびの生産振興につなげていく。

 最後に、離島でこのような取り組みが継続できたことは、多良間村役場、宮古製糖株式会社多良間工場、JAおきなわ多良間支店、多良間地区さとうきび生産組合など、島内関係機関の連携が非常に円滑であったこと、また、生産農家自身の生活に直結する環境問題への関心の高さが挙げられる。今後も、多良間島ならではの強みを生かし関係機関一丸となって、持続可能で安全安心な農業生産を目指していく。
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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