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てん菜における病害抵抗性の意義と新品種「バラトン」の特性

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最終更新日:2021年1月12日

てん菜における病害抵抗性の意義と新品種「バラトン」の特性

2021年1月

地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部
北見農業試験場 麦類畑作グループ 主査 池谷 聡

【要約】

 北海道におけるてん菜の品種選定は、収量性の向上を第1目標としてきた。そのため、品種更新に伴い収量は増加し続けている。しかし、近年は病害の多発が原因で、収量が低下する年が多くなっており、病害抵抗性の向上も収量性の向上に次ぐ目標となっている。そのような状況の中で、令和2年に北海道優良品種に認定された「バラトン」は、置き換え対象品種「リボルタ」に匹敵する4病害抵抗性を持ちながら、収量性も向上している。

1.北海道のてん菜品種に必要な条件

(1)てん菜品種の収量性の推移

 てん菜は収量が農家収入に直結するため、品種選定では、収量性の向上を第1目標としてきた。図1は、直近約20年間の北海道内作付け品種全体の推定生産力を年次ごとに示したものである。この間、根中糖分(菜根中に含まれる砂糖の割合)をほぼ一定に保持しながら、根重(菜根の重量)を向上させることによって、糖量(菜根に含まれる砂糖の重量、根重×根中糖分で計算される)は約15%向上した。てん菜は、この間に約40品種更新され、てん菜品種全体の生産力が向上してきた。

 しかし、年次により収量が低下し、実際の収量性を十分に発揮できない場合がある。図2では、図1に示した推定生産力のうち根重を、実際の全道平均根重の平年値比と比較した。全道平均の20年間の全体的な傾向を示すために、全道平均根重の平年値比の線形近似も図示した。推定根重の伸びは、全道平均平年値比の線形近似の右肩上がりの傾向と良く似ており、根重生産の能力は、実際に向上していると言える。しかし、全道平均平年値比は、線形近似に対して振れがかなり大きく、特に平成22年、28年は、根重が少ない方に大きく振れている。

 図3では、推定根中糖分を、実際の全道平均根中糖分の平年値比と比較した。こちらでも全道平均根中糖分の平年値比の線形近似を図示した。推定根中糖分はほぼ水平で、全道平均平年値比の線形近似もやや右肩下がりながら水平に近い。このように根中糖分は、実際にも、ほぼ一定に保持されてきたと考えられる。しかし実際の全道平均平年値比は、22年〜25年と28年に根中糖分が低い方に大きく振れている。

 

 

 

(2)てん菜の病害の発生状況と収量

 てん菜には、甚大な被害を及ぼす病害が数種あり、そのうち褐斑病と黒根病は、この10年間のうち4カ年で多発している。褐斑病は、褐斑病菌(Cercospora beticola)の空気伝染によって、葉が侵される病害である。一般的に7月から、円形の小さな病斑が発生し(写真1)、好適条件下では多数の病斑が癒合し枯死に至る。病気が進行すると、茎葉の大部分が枯凋し、収量が大きく低下する。特に根中糖分に対する影響が大きい。一方黒根病は、黒根病菌(Aphanomyces cochlioides)によって引き起こされる土壌伝染性の病害で、一般的に6月下旬以降に発病し、根の側面などに黒褐色から黒色の病班が形成される(写真2)。病気が進行すると根部が腐敗し、特に根重が大きく低下する。

 図4に全道における褐斑病の被害面積率を、図5には根腐病(黒根病を含む)被害面積率を示した。褐斑病は平成22年から24年にかけて多発し、被害面積率は20%前後以上となった。根腐病被害面積率は、22年と28年に10%前後となっているが、この数字は黒根病の被害を含んでいて、当時の観察からも、ほとんどが黒根病であると推測されているため、この2カ年は黒根病が多発したと考えられる。これらの病害が多発した年に、前述のような大幅な収量低下が起きており、特に両病害が同時に多発した22年では、根重、根中糖分とも低下の度合いが非常に大きかったため(図2、図3)、全道平均の糖量は、平年値比で79%となり、大幅な低収となった。

 褐斑病、黒根病は、夏季の高温多雨により発病が促進される。今後は、地球温暖化によって北海道でも、気温の上昇と6、7月の降水量の増加が予想されている1)ことから、今後は、これらの病害の多発する年が増加することが予想される。

 以上のように、病害の発生は、収量向上の大きな制限要因となっており、今後は発生が増加すると考えられる。このため近年のてん菜の品種選定では、収量の向上に次いで、病害抵抗性の向上に重点をおいている。

 

 

 

 

(3)病害抵抗性

 病害抵抗性品種の効果について、図6に褐斑病、図7には黒根病に対する効果を示した。褐斑病に対しては、抵抗性が高まるにつれて、収量の低下が少なくなる。図6の結果では、“弱”品種の糖量が70%程度まで減少する発生条件下でも、一番強い“かなり強”品種では、90%程度に減少が抑えられている。黒根病では、抵抗性が高まるにつれて、腐敗根率(根部の内部まで腐敗しており、廃棄が必要な株の割合)が低下し、根重の減少が少なくなる。図7の場合では、“やや弱”品種で70〜80%の株が腐敗したが、“強”品種では、10〜20%まで腐敗率が減少している。褐斑病では薬剤による科学的防除、黒根病では透排水性の改良などの耕種的防除が最も重要ではあるが、抵抗性品種の導入で被害を軽減できる。


 その他に、北海道の品種選定では、そう根病と根腐病の抵抗性も重要である。そう根病は、ポリミキサ菌(Polymyxa betae)によって媒介される土壌伝染性ウイルス病である。感染すると葉が黄化し、根部の生産力が低下する。一度()(じょう)が汚染されると、防除が困難となり、有効な対策は品種の抵抗性しかない。抵抗性品種のそう根病汚染圃場への作付けは、図8に示すように、収量の低下をかなり低減することができる。根腐病は、根腐病菌(Rhizoctonia solani)によって引き起こされる土壌伝染性の病害で、病気が進行すると根が腐敗する。黒根病と比べると、発生は圃場内でスポット的に散発する傾向にあり、黒根病より被害は少ないが、連作圃場など根腐病が発生しやすい圃場では、被害がかなり大きくなる場合がある。根腐病抵抗性品種の効果は、図9に示すように大きい。

 このように、品種選定では上記の4種類の病害抵抗性の向上を目標にしている。図10には、それぞれの病害抵抗性の“強”レベル(“かなり強”、“強”,“やや強”)の品種の、全道の品種に占める割合について、平成9年からおよそ10年ごとの推移を示した。9年には、抵抗性品種はほとんど存在しなかったが、この20年間で少しずつ増え、令和元年では、そう根病抵抗性が100%、褐斑病と黒根病抵抗性の品種も80%を超え、現在では、大部分の品種が、根腐病抵抗性を除いて、抵抗性を持つようになってきている。
 



 
 以上のように、北海道のてん菜品種は病害抵抗性を強化してきているが、当初、抵抗性が強い品種あるいは複数の抵抗性を併せ持つ品種は、収量性が低いものが多かった。しかし現在では、複数の病害抵抗性を有する品種においても、収量性が改善されてきている。表1に令和元年に北海道で栽培されたてん菜品種の特性を示した。この時点で、そう根病抵抗性“強”、褐斑病抵抗性“強”、黒根病抵抗性“やや強”を併せ持つ品種が幾つか存在する。これらの糖量の標準品種「アマホマレ」対比は101〜106%となっており、その中には、各糖業者の主力となるような品種も含まれる。一方、病害が発生しやすい圃場で特に有用な、褐斑病抵抗性最高ランクの“かなり強”や黒根病抵抗性最高ランクの“強”を持つ品種や、4病害抵抗性を併せ持つ品種は、まだまだ収量性の向上が全体に追いついていない状況で、これらの「アマホマレ」対比の糖量は96〜98%となっている。今後は、これらの特性を持つ品種の収量性向上が必要である。

 以上のような状況の中で、目標としている4病害すべてに抵抗性を持つ「バラトン」が、令和2年に北海道の優良品種に認定された。以下、「バラトン」の優良品種認定の背景や特性などを紹介する。

 

2.病気に強く糖量が多いてん菜新品種「バラトン」の特性

(1)背景

 北海道糖業株式会社(以下「北糖」という)のてん菜作付け地域では、排水性が不良なため病害が発生しやすい圃場が多く、そのような圃場では、上記のそう根病、褐斑病、根腐病、黒根病の4病害すべてに抵抗性を持つ「リボルタ」が栽培されている。しかし、「リボルタ」は糖量がやや劣るため、「リボルタ」並の病害抵抗性を持ち収量性を向上させた品種が必要とされてきた。

(2)育成経過

 「バラトン」(旧系統名「HT43」)は、スウェーデンのマリボヒレスヘッグ社が育成した二倍体単胚の一代雑種品種である。

 平成27年に北糖が輸入し、予備試験を行った。28年から道総研北見農業試験場(以下「北見農試」という)、道総研十勝農業試験場(以下「十勝農試」という)、日本甜菜製糖株式会社(以下「日甜」という)、北糖、ホクレン農業協同組合連合会(以下「ホクレン」という)において生産力検定試験を行った。また病害抵抗性は、北見農試でそう根病、十勝農試で褐斑病と根腐病、道総研中央農業試験場で黒根病についてそれぞれ特性検定を行った。30年から、北見農試で抽苔耐性検定試験を行った。また、29年から令和元年にかけて真狩村、美瑛町、斜里町の全道3カ所で現地検定試験を行った。

 その結果、「リボルタ」と比較して、ほぼ同等の病害抵抗性を持ち、さらに糖量は「リボルタ」を上回ることから、令和2年に北海道優良品種に認定された。

(3)特性の概要

 「バラトン」の置き換え対象品種は「リボルタ」である。以下、「リボルタ」と対照しながら特性を説明する。

ア 収量性

 「バラトン」の収量特性を表2に示す。収量性を、「アマホマレ」との百分率対比で説明する。「バラトン」の根重は「リボルタ」より7ポイント多く、根中糖分はほぼ同等で、糖量は5ポイント多い。

 以上のように「バラトン」は、「リボルタ」から収量性が向上している。

イ 病害抵抗性

 
主要4病害に対する「バラトン」の抵抗性を表3に示す。そう根病抵抗性は「リボルタ」並の“強”である。褐斑病抵抗性は「リボルタ」の“かなり強”よりやや劣る“強”である。しかし、“強”品種の中では発病が少ない傾向があり、慣行防除を実施した場合には、褐斑病の発生状況は、ほぼ「リボルタ」並であった(表4)。根腐病抵抗性は「リボルタ」の“強”よりやや劣る“やや強”である。しかし、収穫時に廃棄の対象となる腐敗根の割合が「リボルタ」並に低く、「リボルタ」と同様に根腐病対策として導入できると考えられる。黒根病抵抗性は「リボルタ」並の“やや強”である。なお、慣行防除条件下における根腐症状(黒根病を含む)による腐敗根の発生は、「リボルタ」同様認められなかった(表5)。

 以上から「バラトン」は、てん菜主要4病害に対して、「リボルタ」に匹敵する高い抵抗性を持つ。

ウ 抽苔耐性

 抽苔については、「リボルタ」並の“やや強”の耐性を持つ(表3)。

エ 形態

 形態的特性を表6に、外観を写真3に示す。地上部の草姿は「リボルタ」と同様の“直立”、葉の長さは「リボルタ」より長い“長”、根の形は「リボルタ」と同様の“円錐”である。

 

 

 

 

 

 

(4)期待される効果

 「バラトン」は主要4病害に対して「リボルタ」に匹敵する高い抵抗性を持ち、「リボルタ」より収量性が優れるため、排水性の不良などにより病害が発生しやすい圃場の「リボルタ」と置き換えることで、病害発生のリスクを「リボルタ」同様に低減しながら糖量を向上させる効果が期待される。しかし褐斑病抵抗性が「リボルタ」にやや劣るので、褐斑病の多発が特に懸念される圃場では、抵抗性が現行の品種で最も優れる「リボルタ」の栽培が推奨される。

(5)栽培適地など

 適地は北海道一円で、普及見込面積は5000ヘクタールである。なお、栽培上で留意することは以下の通りである。「バラトン」はそう根病抵抗性が“強”で、他のそう根病抵抗性品種と同様に、ほとんどのそう根病発生圃場で抵抗性を発揮するが、まれに「バラトン」を含むそう根病抵抗性品種に本病による黄化症状が発生した事例がある。そのため、そのような症状が確認された圃場では、てん菜の栽培を控える必要がある。また「バラトン」は抽苔耐性が「リボルタ」同様“やや強”であるので、一般品種よりやや抽苔が発生しやすい。そのため、早期播種(はしゅ)や過度の低温による馴化処理を避ける必要がある。

(6)名前について

 「バラトン」は、ハンガリーにあるバラトン湖にちなんで命名された。バラトン湖は中央ヨーロッパ最大の湖で、その面積は日本の琵琶湖に匹敵する。また、ハンガリー人が「ハンガリーの海」と呼ぶ高級リゾート地である。

参考文献
1)北海道立総合研究機構農業研究本部中央農業試験場(2011)『戦略研究「地球温暖化と生産構造の変化に対応できる北海道農林業の構築−気象変動が道内主要作物に及ぼす影響の予測−」成果集』北海道立総合研究機構農業試験場資料第39号
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