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ヨーロッパにおける ジャガイモシロシストセンチュウ対策

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最終更新日:2021年5月10日

ヨーロッパにおける ジャガイモシロシストセンチュウ対策

2021年5月

北海道立総合研究機構 中央農業試験場 研究主任 山下 陽子

【要約】

 ジャガイモシロシストセンチュウは、2015年に日本で初発が確認されたばれいしょの病害虫である。著者らは、40年以上前から発生が報告されているヨーロッパ3カ国(オランダ、フランス、英国)を訪問し、各国の発生状況、防除対策および抵抗性品種開発について情報収集を行った。この訪問で得られた知見を利用して、発生圃場(ほじょう)では対抗植物の栽培などの対策が実施され、また研究機関では抵抗性品種の開発に取り組んでいる。

はじめに

 ジャガイモシロシストセンチュウ(Globodera pallida、以下「Gp」という)は、北海道ですでに重要害虫となっているジャガイモシストセンチュウ(G. rostochiensis、以下「Gr」という)と同属の線虫である。両種ともメス成虫が変化して低温・乾燥に強いシストを形成し、シスト内の卵は土壌で長期間生存できるため、根絶が困難となる。

 Gpはヨーロッパで1972年にGrとは異なる新種として同定されて以来1)、ヨーロッパ諸国をはじめとして、カナダ、米国、インド、パキスタン、ニュージーランドなど世界55カ国で報告されている。日本では2015年8月に北海道網走市で初めて発生がみられ2)3)、昨年9月時点では、網走市および斜里町の152圃場533ヘクタールで発生が確認されている。

 北海道におけるGp対策を検討するため、Gpの対応策が確立され、先進的な研究が行われているヨーロッパ3カ国を国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)北海道農業研究センター研究員3人(奈良部孝上席研究員、串田篤彦主任研究員、浅野賢治研究員)、帯広畜産大学バレイショ遺伝資源開発学講座保坂和良教授、地方独立行政法人北海道立総合研究機構(以下「道総研」という)北見農業試験場小野寺鶴将主査とともに訪問した(所属職名は訪問当時)。冬季(2015年11〜12月)の訪問であったため、ばれいしょ圃場の見学はできなかったが、土壌検診やDNAマーカー検定の作業を視察し、各国の研究者からGp対策および抵抗性研究について情報を得ることができた。

1.訪問国・機関について

 オランダでは、種いも認証機関である農作物種子および種子ばれいしょ検査協会(Nederlandse Algemene Keuringsdienst、以下「NAK」という)と種ばれいしょ販売企業HZPC社の研究所を視察した。フランスでは種子販売企業ジェルミコパ(Germicopa)社研究所にて同社ブリーダー・研究者およびフランス国立農業研究所(Institute National de la Recherche Agronomique、以下「INRA」という)の研究者と情報交換を行った。英国では、スコットランド農業科学研究所(Science and Advice for Scottish Agriculture、以下「SASA」という)と旧スコットランド作物研究所を含む研究機関(James Hutton Institute、以下「JHI」という)を視察した(図1)。
 

2.各国のばれいしょ生産

 訪問した3カ国のばれいしょ生産量は西ヨーロッパではドイツに次いで多く、フランスは世界第8位、オランダは第10位、英国は第15位である(表1)。オランダは種ばれいしょ、フランスは食用ばれいしょの主要輸出国である。今回訪問したスコットランドは英国の中でも種いもの生産が盛んな地域である。
 

3.ジャガイモシロシストセンチュウ発生状況

 ヨーロッパにおけるGp発生地域は拡大し続けている。GpはGrと同様、ばれいしょ品種に対する寄生性が異なるパソタイプ(レース)に分化しており、ヨーロッパの多くの地域ではパソタイプPa2およびPa3の個体群が優占している。

 オランダでは作付面積の2〜5%でGpが存在すると推定されている。優占個体群はPa2およびPa3であるが、隣国ドイツで新たな個体群がみつかったとの情報もあり、パソタイプの変遷に対して警戒している。圃場に植えられ感染源となり得る種いもが重要な輸出産業であることから、Gpに対する問題意識は非常に高い。

 フランスでは、GpはPa3個体群のみが発生しているとのことである。元々はGrとGp両方が存在していたが、Gr抵抗性品種が普及した結果、Gpが顕在化したと考えられている。種いもではなく食用のばれいしょを輸出していることからGpに対する問題意識はオランダほど高くないようである。

 スコットランドでは種いも生産圃場の土壌検診でGpが検出される割合は1%程度であるが、近年はGrよりGpが優占する圃場が増加傾向にある。種いも生産が盛んな地域であり、Gp発生面積の拡大に大きな懸念を示している。Pa1、Pa2、Pa3の三つのパソタイプが存在する。

4.EU指令

 線虫(Gr、Gp)の発生状況はヨーロッパ内でも各国によって異なるため、なかなか統一した対応ができず、被害がまん延していた。これを食い止めるため、線虫対応策に関するEU指令が2007年に採択された(EU directive 2007/33/EC)。このEU指令では、公的機関による種いも認証および種いも生産圃場の土壌検診が義務付けられ、具体的な土壌のサンプリング方法なども定められた。また、発生圃場での密度低減のための公式コントロールプログラムや、品種の抵抗性程度の評価基準方法なども定められており、オランダ、フランス、英国でもこれにのっとった方法でGp対策が行われている。

5.種いも生産における防除対策

 種いも圃場における線虫発生を防ぐため、輪作の維持、農家の種いも生産特化(オランダ、フランス)や種いも生産農家を団地化し物理的に隔離する(フランス)などの対策が取られている。また、検査機関により認証された種いもが使用されている。

 EU指令では種いも生産に関わる検査は国家が認証した機関が実施すると規定されており、オランダでは民間出資による非政府機関NAKにより行われている。フランスもオランダ同様、ブルタニープラントなどの非政府機関が検査を実施している。一方、スコットランドでは政府機関であるSASAが同様の役割を担っている。

 種いも認証機関では植物検診、土壌検診、収穫物ロットの検査を行う。土壌検診は種いも生産における重要な防除対策であり、植え付け前の検診で線虫(Gr、Gp)非検出の圃場のみ生産が許可される。日本と大きく異なる点は、線虫検出履歴がある圃場でも、防除対策後に再度検査を行い非検出となった場合は再び種いもの生産が可能になることである。線虫のまん延を予防しながら、種いも生産に必要な圃場面積を確保するための対策と考えられる。

 今回私たちはNAK(オランダ)とSASA(スコットランド)の2機関を訪問し、土壌からシストを分離する作業を見学した。土壌検診の主な流れは、(1)土壌採取(2)シストの分離(3)シストの確認・種の判別(GrかGpかを判定する)―と両国共通ではあるが、個々の作業については、各国の事情に合わせて効率化されている。

 たとえば、検診用土壌は1ヘクタールあたり100カ所から採取しなければならず、非常に労力と時間のかかる作業であるが、平坦な土地の多いオランダでは、約半分の圃場でバギーを使って土壌を採取している(写真1)。バギー横にはスコップ(写真1上)と土受け部分(写真1下)がついており、走りながら採取できるため非常に効率がよく、作業者の身体的負担も軽減される。


 
 スコットランドは丘陵地が多くバギーが入れる圃場が少ないため、手作業で土壌を採取している。手作りの器具は洗浄しやすい単純なつくりで、採取土壌が直接ビニール袋に入るよう工夫がされており、コンタミ(注)の危険性が低い(写真2)。

(注)コンタミネーション(他の圃場の土壌が混入すること)。


 
 シストの分離はNAK、SASAとも「Nematode carousel」と呼ばれる機械で半自動的に行っている(写真3)。「Carousel」とはメリーゴーラウンドのことで、円形に配置した容器に土壌サンプルを一つずつ入れ、一周する間に土壌からシストを分離している。最初に土壌を入れるのと最後にシストをふるいからろ紙に移す作業以外は自動化されており、1日に700点のサンプルを処理可能である。
 

 
 NAKではシストの確認は基本的に顕微鏡での観察により行う。シストが見つかったサンプルのみPCRによる種の判別を実施している。一方、SASAではすべてのサンプルからDNAを抽出して定量PCRに供試し、非検出、Grのみ検出、Gpのみ検出、両種検出の判定を行っている。定量PCR法では作業が自動化されるため人件費が抑えられ、GrとGpが混発している場合はどちらが優占しているかも分かるなどのメリットがある。

6.汚染圃場における防除対策

 土壌検診で線虫が検出された圃場で種いも生産を再開させるためには、線虫密度を低減させる必要がある。線虫密度を下げる手法は大きく分けて(1)殺線虫剤(2)くん蒸剤(3)対抗植物(4)抵抗性品種―の四つがあり、EU指令の範囲内で、各国の気候や栽培条件に適した手法を採用している。

 (1)〜(3)はGr、Gp両種に効果を発揮する技術であり、殺線虫剤は訪問した3カ国とも利用している。くん蒸剤はオランダ、フランスでは法令によって禁止されているが、スコットランドでは利用が許可されている。

 対抗植物は根からふ化促進物質を出すが、線虫を寄生させない植物である。対抗植物を栽培すると土壌の線虫は一斉にふ化するが、植物から栄養をとれず死滅することから、線虫密度が減少する。生育した植物体は畑にすき込み、緑肥として活用される。オランダとフランスではナス科のロケットリーフ(ハリナスビ;Solanum siymbriifolium)を対抗植物として利用している。スコットランドは夏が短く、対抗植物が十分成長できないため、利用されていない。

 抵抗性品種の栽培はばれいしょ生産を続けながら線虫密度低減が可能であり、最も有効な防除対策と考えられている。3カ国共通して広く普及しているGp抵抗性品種は「Innovator」である。この品種はヨーロッパで優占しているパソタイプPa2、Pa3に抵抗性を示し、その抵抗性は野生種S. verneiに由来する。「Innovator」の肉色は淡い黄色〜黄白色で生食およびフレンチフライに適しており、収量性も優れている。(写真4)
 

7.Gp抵抗性研究と品種開発

 Gpに対する抵抗性品種の開発はGrよりハードルが高いというのが各国研究者の共通見解である。Grでは、単独で効果を発揮するH1遺伝子が見つかったことで、抵抗性品種開発が急速に発展した。EU公定法の抵抗性検定では感受性を1、抵抗性を9とした9段階で評価するが、H1遺伝子を導入した品種のGr抵抗性はすべてスコア9で、これは感受性基準品種と比較してシストの着生数が1%以下であることを示す。

 一方、Gp抵抗性は量的形質であり、単独で充分な抵抗性を発揮する遺伝子は見つかっていない。「Innovator」のGp抵抗性は現行品種の中では優れているが、接種検定におけるスコアでは7である。これは、最終シスト数が感受性基準品種の3.1〜5%であり(表2)、より高度な抵抗性を示す品種が求められている。

 オランダ、英国では「Innovator」より高度なGp抵抗性系統の開発を目的として、複数の抵抗性遺伝子の集積を行っている。JHIでは、「Innovator」由来の抵抗性遺伝子Gpa5とばれいしょの野生種近縁種S.andigena由来の抵抗性遺伝子GpaIVsadgとの間には相加的な効果があり、両遺伝子をもつ系統は片方の遺伝子のみを持つ系統よりシスト着生数が減少することを確認している4)。オランダでもS.vernei由来の抵抗性遺伝子Gpa5、Gpa6と他の抵抗性を集積し、より高度な抵抗性を示す系統を作り出している。

 一方、INRAではさまざまな野生種の中から新たなGp抵抗性遺伝子を探索している。中でも、野生種S.sparsipilum由来の遺伝子は、S.sparsipilum由来の2遺伝子でほぼ完全な抵抗性を得られる5)ため特に注目している。ジェルミコパ社ではS.verneiに加えてこれら野生種を抵抗性母本として積極的に活用している。

 一般的な交配により抵抗性遺伝子を導入する場合は、近傍の遺伝子も同時に導入されてしまう(連鎖する)ことが多い。連鎖する形質は品種特性として望ましくないことも多く、抵抗性導入の際には抵抗性選抜と同時に不良形質の排除が重要である。たとえばS.vernei由来のGpa6遺伝子は調理後黒変との連鎖が知られている。北海道品種にこのような抵抗性遺伝子を導入する際は、抵抗性の評価と同時に、他の農業形質や加工適性に悪影響がないか確認が必要である。

 HZPC社では、「Innovator」より高度なGp抵抗性をもつ品種開発のため、DNAマーカーを積極的に活用している。HZPC社は多検体からDNAを抽出し、DNAマーカー検定を効率的に行うために必要な機器を配備しており、1日に1万点のサンプルからDNAを抽出し、一度に約5400点のDNAマーカー検定が可能である(写真5)。品種開発では病害虫抵抗性以外に農業形質や加工適性など合わせて86点のDNAマーカーによる選抜を実施しており、DNAマーカーは毎年有効性を検証して更新している。

 JHIの育種グループやジェルミコパではGp抵抗性品種開発におけるDNAマーカーの利用はまだ行われていない。現在は簡易的な生物検定による抵抗性選抜を実施している。これら研究機関ではHZPC社のようなDNAマーカー検定体制が整っていないこともあるが、量的形質のGp抵抗性選抜では複数遺伝子についてDNAマーカー検定が必要であり、それら遺伝子を付与しても十分な抵抗性を発揮しない場合があることから、目標とする抵抗性程度や供試材料数によっては生物検定の方が効率良く選抜できるのかもしれない。
 
 
 

おわりに

 6泊9日という非常にタイトなスケジュールではあったが、訪問国それぞれの事情に合わせたGp対策技術が構築されていることが確認できた。また、Gp抵抗性品種開発の取り組みについても実情を知ることができた。

 北海道ではまん延防止のため、2016年より植物防疫法に基づく緊急防除が実施されており、Gp発生圃場におけるばれいしょ作付けの禁止や塊茎などの移動制限、発生圃場における対抗植物の植栽および土壌くん蒸が行われている。しかし、長期的にはばれいしょ栽培が再開された時に備えて、Gpの密度抑制技術の確立や抵抗性品種の開発が必要となってくる。

 昨年には日本でもGp抵抗性検定マニュアルが整備され、Gp抵抗性の評価ができるようになった6)。また、フランスから導入したばれいしょ品種「フリア」が北海道のGp個体群にも抵抗性を発揮することが確認され、地域在来品種に認定され、栽培が可能となった7)。これらの知見を利用して、道総研および農研機構では国内の栽培条件・ニーズにより適したGp抵抗性品種開発に取り組んでいる。Grでは1972年に北海道で発生が確認されてから国内初の抵抗性品種「トヨアカリ」が育成されるまで14年を要していることから、Gp抵抗性品種開発にも長い年月がかかることが予想される。ヨーロッパでの先行研究・事例を活用し、病害虫および育種研究者が連携して、抵抗性品種開発を含めたGp防除技術の確立を目指したい。
【参考資料】

1)Stone, A. R. (1972) Heterodera pallida N. Sp. (Nematoda: Heteroderidae), a second species of potato cyst nematode. Nematologica 18, 591-606
2)北海道病害虫防除所(2015)「病害虫発生予察情報第12号 特殊報第1号 ジャガイモシロシストセンチュウの確認について」<http://www.agri.hro.or.jp/boujosho/yosatsu_kako/h27/yosatsu-h27-pdf/h27-12-1tokusyuhou.pdf>
3)Narabu, T., Ohki, T., Onodera, K, Fujimoto, T., Itou, K., and Maoka, T. (2016) First report of the pale cyst nematode, Globodera pallida, on potato in Japan. Plant Disease 100, 1794.
4)Dalton, E., Griffin, D., Gallagher, T. F., de Vetten, N., and Milbourne, D. (2013) The effect of pyramiding two potato cyst nematode resistance loci to Globodera pallida Pa2/3 in potato. Mol. Breeding 31, 921-930.
5)Caromel, B., Mugniéry, D., Kerlan, M., Andrzejewski, S., Plloix, A., Ellissèche, D., Rousselle-Bourgeois, F., and Lefebvre, V.(2005) Resistance quantitative trait loci originating from Solanum sparsipilum act independently on the sex ratio of Globodera pallida and together for developing a necrotic reaction. MPMI 18, 1186-1194.
6)国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)北海道農業研究センター(2020)「バレイショのジャガイモシロシストセンチュウ抵抗性検定マニュアル」<https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/134414.html>
7)浅野賢治(2020)「ばれいしょ地域在来品種等「フリア」の特性」『令和元年度北海道農業試験研究会議(北海道農政部普及奨励ならびに指導参考事項)』
8)Food and Agriculture Organization of the United Nationsホームページ<http://www.fao.org/faostat/en/#data>(2020/11/19アクセス)
9)European and Mediterranean Plant Protection Organization (2006) Testing of potato varieties to assess resistance to Globodera rostochiensis and Globodera pallida. OEPP/EPPO Bulletin 36, 419-420
10)European Cultivated Potato Databaseホームページ<https://www.europotato.org/menu.php>(2017/01/19アクセス)
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