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OECD-FAO農業見通し2023-32の概要

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最終更新日:2023年11月10日

OECD-FAO農業見通し2023-32の概要

2023年11月

農林水産政策研究所 上席主任研究官 小泉 達治

【要約】

 OECDおよびFAOは共同で中長期的な世界の食料需給見通し1)を毎年公表している。今回の見通しでは、今後10年間について、現行の各国・地域の農業・貿易政策が継続、平年並みの天候が継続することなどを前提とした結果、国際農産物価格(実質価格)は今後、下落傾向になるものと予測された。ただし、前提と異なるような今後の不確実性によって、国際農産物価格をはじめとする見通し結果が変わる可能性がある点に注意が必要である。
 

はじめに

 世界の食料需給動向は、人類全体にとって重大な関心事項であり、世界の食料需給動向を中長期的に見通すことは、世界の農業政策を考えていく上でも極めて重要である。経済協力開発機構(OECD)では1995年以降、世界の中長期的な食料需給の見通しを公表してきたが、2005年以降は、国際連合食糧農業機関(FAO)と共同で開発した計量経済モデル(AGLINK-COSIMOモデル)を用いて、10年程度の中長期的な世界の食料需給見通しを毎年公表している。2023年7月にOECDとFAOが公表した「OECD-FAO農業見通し2023-32」は、概要章、地域別概要章、品目別各章で構成されている。本稿では、このうち趨勢(すう せい)予測(ベースライン予測)を中心に今回の見通しのトピックを紹介し、解説を加えた。なお、筆者はOECD勤務時の2020〜22年に公表したOECD-FAO農業見通しにおいて、穀物、バイオ燃料などの世界需給見通しを担当し、今回の見通し公表に際しても両事務局とも技術的意見交換を行った。
 

1 見通しの目的、経緯、前提条件

(1)見通しの目的と経緯

 まず、FAOは、現在の傾向が続く場合に起こりうる世界の食料需給の問題点を早期に警告することなどを目的に1970年を目標年次とする62年発表の最初の予測以来、計量経済モデルを用いた世界食料需給見通しを数回にわたり実施してきた。また、OECDは、各国の農業政策が世界の農産物需給に与える影響について分析することを目的として、計量経済モデルであるAGLINKモデルを用いて、95年以降、定期的に世界の中長期的食料需給の見通しを公表してきた。2005年以降は、OECDとFAOは共同で、AGLINK-COSIMOモデルを開発・活用して、中長期的な世界の食料需給見通しを公表している。

 OECD-FAO農業見通しは、世界で最も多くの品目、国・地域をカバーしており(注1)、世界各国・地域の政策担当者や農産物市場関係者に最も影響力のある世界食料需給見通しとなっている。主としてOECDが先進国・新興国、FAOが途上国における各品目の需給見通しを担当している。

 

(注1)38品目の農産物・食料について34カ国・11地域を対象としている(2023年7月現在)。
 

(2)前提条件

 「OECD-FAO農業見通し2023-32」(以下「見通し」という)は、2020〜22年を基準年として、32年までの世界の食料需給の展望を示している。趨勢予測は、現行の農業関連政策や経済社会情勢が継続するなど、幾つかの前提条件に基づいている。その中でも、世界の人口予測および1人当たりのGDP(国内総生産)成長率予測は、将来の食料需要量を決定する重要な要因である。

 趨勢予測では世界の人口について、22年の79億人から32年に86億人に増加する国連人口推計中位予測値(2022年)を用いた。今回はこれまでの見通しと異なり、中国の人口が22年以降に減少することを前提としている。また、1人当たりのGDP成長率は、予測期間中に年平均2.6%の増加とし、前回の見通し(「OECD-FAO農業見通し2022-31」)で使用した年平均2.7%増加をわずかに下回ることを前提としている。さらに、予測期間中に、これまでの技術変化・消費構造が継続し、現行の各国・地域の農業・貿易政策が継続、平年並みの天候が継続することなどを前提とした。なお、今回の見通しでは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻(以下「戦争」(注2)という)に関しては、入手可能な短期的な需給動向などを踏まえた見通しとなっている。

 

(注2)原典の「OECD-FAO Agricultural Outlook 2023-2032」にて「war」という表現を用いているため、本稿でも「戦争」と表記する。
 

2 見通しの結果

(1)需要量の見通し

 まず、世界の食料需要量は、人口に1人当たり食料需要量を乗じて求められる。世界の食料需要量は、今後10年間に年平均1.3%増加するものの、増加率は過去10年間の伸び率を下回るとの予測となった。また、需要量の増加には、サハラ以南のアフリカやインド、中東・北アフリカ地域を中心とする世界の人口増加が寄与する。農産物の最大の用途は食用であるが、次いで家畜用・水産養殖用の飼料用が占めている(図1)。今回の見通しでは、今後10年間において低・中所得国において家畜生産量が急速に増加し、集約化するものと見込んでいる。一方、高所得国と中国を含む一部の中所得国では家畜生産の伸びの低下と生産性の向上により、飼料用需要の伸びはこれまでの10年間に比べて緩やかになるものと見込んでいる。また、現在(2020〜22年)のところバイオ燃料の原料のうち95%を農産物が占めているが、今後10年間においてもこの割合はほぼ変化しない見込みである。特に、EUにおいてパーム油由来のバイオディーゼル生産が森林破壊など持続可能性上のリスクを高めるとの懸念から、その使用を制限する政策などにより、EUのバイオ燃料需要が今後、10年間で減少することが見込まれる。一方、インドネシアやインドにおいて輸送用燃料需要の増加とバイオ燃料混合率の引き上げにより、世界のバイオ燃料の需要量は今後、10年間で緩やかに増加することが見込まれている。

 砂糖需要量については、高所得国における消費者の健康志向の高まりなどを背景に一人当たり需要量は緩やかに減少する見込みである。一方、アジアとアフリカの低・中所得国における所得増加により、世界の砂糖需要量は今後10年間の年平均で1%増加する予測結果となっている。
 
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(2)生産量・貿易量の見通し

 世界の農作物生産量は、農作物の単収に収穫面積を乗じて求められる。世界の農作物生産量は今後10年間に年平均1%増加し、主として低・中所得国において増加する予測となった。農作物生産量の増加率の79%は単収の増加が、15%は耕作地の増加がそれぞれ寄与する。単収は、今後の育種技術などの向上を理由に増加する見込みである。ただし、エネルギー価格や化学肥料に代表される農業投入財価格が再び上昇する場合、農業生産コストの上昇を通じて、農産物価格の高騰を引き起こす可能性があることが、後述するシナリオ分析において指摘されている。また、畜産物生産量の増加にも畜産物生産性の向上が寄与する。また、今後10年間で農畜産物生産による温室効果ガス(GHG)の排出量は7.6%増加し、このうち畜産物生産由来が8割を占めることが見込まれる。

 砂糖生産量については、最大の粗糖生産国であるブラジルにおいて、収穫面積と単収の増加により増産される見込みである。また、インドやタイでも生産性の向上により増加する見込みである。また、てん菜糖生産量については、EUがほぼ横ばいで推移するものの、エジプトにおいて収穫面積の増加により、生産量が増加する見込みである。このため、世界の砂糖生産量は今後10年間に年平均で1%増加する見込みである。

 2022年2月の戦争開始時には、ウクライナからの小麦、トウモロコシ、ひまわり油などの供給減少リスクは世界の農産物需給における大きなリスク要因であったが、その後、「黒海穀物イニシアティブ」の履行と数度に及ぶ延長により、これらの供給問題は改善が見られた。特に、今回の見通しでは、農産物市場の透明性が高く、ルールに基づいた多国間貿易システムが機能することの重要性が強調された。ただし、世界の農産物貿易量(輸出量および輸入量)は、今後10年間は増加するものの、増加率は過去10年間の3分の1に当たる年率1.0%の増加にとどまることが見込まれる(図2)。これは、中国や中所得国における経済成長率がこれまでと比べて低下することによるものである。

 2020〜22年の国際農産物価格は高値で推移したものの、実質価格ベースでは今後、中長期的な下落傾向になるものと予測される(図3)。ただし、今回の見通しは、入手可能な最新の情報に基づいているものの、マクロ経済動向、環境、社会、地政学などによる不確実性が伴うことは避けられない。つまり、今後の不確実性によって、国際農産物価格をはじめとする見通しが変わることを示唆している。特に、ロシアが「黒海穀物イニシアティブ」の延長に反対し、23年7月18日以降、その効力が停止しているように、戦争の影響は依然として、国際農産物価格の不確実性要因であることが強調されている。



 
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3 今回の見通しの特徴

 今回の見通しには、これまでにない三つの大きな特徴がある。第一は、化学肥料価格の上昇が農産物価格に与える影響評価を実施したことである。計量経済モデルに基づく将来見通しは、あり得るべき事態を想定することを通じて、食料価格の乱高下を招くような要因については、事前に予測を行い、その予測が「現実とならない」ように未然に対策を講じ、適切な政策的対応を実施するためにも極めて重要である。ただし、世界食料需給見通しに用いた計量経済学的手法は、程度の差はあれ現実社会の単純化であり、単純化によって捨象された部分は予測に反映されず、過去に見られなかった行動パターンは予測され難い2)といった課題を有している。このため、前提と異なるような不測の事態である突然の農業・貿易政策の変更、異常気象の頻発、戦争の勃発、感染症・動物伝染病などが発生した場合には、予測とは異なる結果が生じることになる。このため、OECD-FAOをはじめとする各機関では、趨勢予測とは別に、不確定な要素を勘案した農業関連政策や社会経済情勢の変化による代替的なシナリオを加えることで、こうした要素が食料需給に与える影響を個別に評価している。OECD-FAOでは、これまでも趨勢予測とは別に2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済の低迷による世界の食料需要量に与える影響、2022年にはロシアによるウクライナ侵攻による世界小麦価格への短期的影響評価を行った。

 今回のシナリオ分析では、最近の化学肥料価格上昇が世界の農産物需給に与える影響が国際的にも懸念されたことから、化学肥料価格上昇が世界の農産物価格に与える影響評価を新たに実施した。この結果、化学肥料価格の1%上昇により、2032年の農産物価格が平均で、0.2%上昇することが予測された。特に、化学肥料価格が25%上昇することにより、穀物のうち、コメよりも小麦、トウモロコシ、その他の粗粒穀物に比較的大きな影響を与えるとの予測結果となった(図4)。また、肥料を直接投入する農作物は、肥料を間接的に使用する畜産物よりも影響がより大きくなる予測結果となった。そして、砂糖価格に与える影響については穀物、油糧種子などへの影響を下回る予測結果となった。

 第二の特徴としては、食料ロス(Food loss)と食料廃棄(Food waste)の発生量を新たに推計・予測したことである。なお、これらはFAOによる定義であり、食料ロスとは、農家、運搬・貯蔵業者、加工・流通業者の段階での食料の廃棄と損失を意味する。また、食料廃棄とは、小売業者、外食産業、家庭における食料の廃棄や損失を意味する。このように、これらのFAOの定義は「本来食べられるにもかかわらず廃棄される食品」を意味する日本の「食品ロス」とは定義が異なる点に注意が必要である。今回の新たな推計・予測により、基準年(2020〜22年)から2032年にかけて、食料ロスの発生量は14%増加、食料廃棄の発生量は30%増加する予測結果となった。同推計・予測は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット12.3である「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料廃棄を半減させ、生産・サプライチェーンにおける食料ロスを減少させる」目標の実現に向けて、エビデンスに基づいた各国などへの政策提案に資することが期待される。

 第三の特徴としては、今回の見通しにおいて、農産物・食品の輸出禁止措置がフードセキュリティ(注3)に与えるリスクについて明記したことである。2022年には30カ国が農産物・食品の輸出禁止措置を発動し、世界の食料需給における地政学的リスクや農業・貿易政策の変化による「ポリティカル要因(政治的要因)」として、食料価格の上昇のみならず不安定性(ボラティリティ)が増す状況となった。こうした状況を踏まえ、今回の見通しの結果を事前に評価・議論する専門家会合において、当方から農産物・食品の輸出規制措置が世界のフードセキュリティに悪影響を与えるリスクを強く主張し、関係各国の出席者からの強い賛同を得た。この結果、「輸出禁止措置は、食料価格の不確実性にさらなる悪影響を与え、食料価格上昇のみならず、短期的に世界のフードセキュリティに悪影響が及ぶだけでなく、長期的に供給能力が低下する」ことが今回の見通しのエグゼクティブ・サマリーと本文に明記された意義は大きいものと考える。

 

(注3)国際的に使用されているフードセキュリティの定義は、2009年にFAO「世界食糧サミット」において合意された「すべての人がいかなる時にも、彼らの活動的で健康的な生活を営むために必要な食生活のニーズと嗜好に合致した十分かつ安全で、栄養のある食料を物理的にも社会的にも経済的にも入手可能であるときに達成される」であり、量的充足(Availability)、物理的・経済的入手可能性(Access)、適切な利用(Utilization)、安定性(Stability)の要素から構成されている。フードセキュリティは、世界、地域(地理的区分)、国、地方、自治体、集落、家庭、個人レベルまでを包括しており、日本の「食料安全保障」は国レベルのフードセキュリティと位置付けられる。
 

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おわりに

 本稿では、「OECD-FAO農業見通し2022-32」の趨勢予測を中心に、見通しのトピックを紹介・解説した。今回の見通しでは、今後10年間について、これまでの技術変化・消費構造が継続し、現行の各国・地域の農業・貿易政策や平年並みの天候が継続し、入手可能な短期的な需給動向やマクロ経済前提などを踏まえた見通しとなっている。こうした前提による見通しの結果、国際農産物価格は2020〜22年に上昇基調で推移したものの、実質価格ベースでは今後、中長期的な下落傾向になるものと予測された。

 ただし、今回の見通しは、入手可能な最新の情報などを前提としているものの、前提と異なるような不測の事態である突然の農業・貿易政策の変更、異常気象の頻発、戦争の勃発、感染症・動物伝染病などの発生による不確実性が伴うことは避けられず、今後の不確実性によって、国際農産物価格をはじめとする見通しが変わる可能性があることに注意が必要である。特に、ロシアが「黒海穀物イニシアティブ」の延長に反対し、2023年夏以降、その効力が停止しているように、戦争の影響は依然として、国際農産物価格の不確実要因であることが強調されている。

 このため、OECD-FAOをはじめとする各機関では、趨勢予測とは別に、不確定な要素を勘案した農業関連政策や社会経済情勢の変化による代替的なシナリオを加えることで、こうした要素が食料需給に与える影響を個別に評価してきた。今回の見通しでは、化学肥料価格上昇シナリオによる各農産物価格への影響評価を行った点は各国・地域の政策担当者からも高く評価されている。また、今回の見通しにおいて、農産物・食品の輸出禁止措置が短期的のみならず長期的なフードセキュリティに与えるリスクについての国際的コンセンサスが形成された意義は非常に大きいものと考える。


【引用文献】
1)OECD-FAO(2023)OECD-FAO Agricultural Outlook 2023-2032.
<https://www.oecd.org/publications/oecd-fao-agricultural-outlook-19991142.htm.
2)大賀圭治(1998)『2020年世界食料需給予測―国際食料政策シミュレーションモデルの開発と利用』農山漁村文化協会
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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