広西糖業協会は、2016年7月27日付けで商務部に「中華人民共和国食糖産業保障措施調査申請書」を提出した。雲南省糖業協会、広東省糖業協会、新疆ウィグル自治区製糖工業協会、内モンゴル自治区糖業協会、黒竜江省糖業協会も支持団体として名前を連ねた。「申請書」には、外国の安価な砂糖が中国市場に大量に入ってきたため、中国の製糖業および甘蔗農家が被害を受けているとし、商務部が国務院関税税則委員会に意見を上申するとともに、輸入糖に対しセーフガード措置を発動するよう求めている(広西糖業協会2016)。
これを受け、商務部は、2016年9月22日からセーフガードの立案にかかわる調査を開始した。国内外の75の関連機構・団体
(注6)を対象にアンケート調査、公聴会の開催、現地調査を実施し、これらの調査過程で得られた事実を公表し、上記利害関係者の意見を再度募るなどして調査し、2017年の5月22日に73ページに及ぶ調査結果を公表した。これによると、中国における砂糖の需給のギャップを埋めるためには、一定量の砂糖輸入が必要であるとの見解を示しつつも、2011年1月1日から2016年3月31日までの期間中における砂糖輸入量の増加は、中国国内の製糖業に深刻な影響を与えたとの結論であり(商務部2017)、発表されたセーフガード措置は、割当外砂糖輸入に対して2017年5月22日から2018年5月21日までは追加関税45%を徴収し、2018年5月22日から2019年5月21日までは40%、2019年5月22日から2020年5月21日までは35%の追加関税を徴収するという内容だった
3)。
セーフガードとは、「GATT第19条(特定産品の輸入に対する緊急措置)及びWTO設立協定の一部である「セーフガード協定」により認められた、国内産業に重大な損害等を与えまたは与えるおそれがあるような増加した数量の輸入に対して、かかる損害を防止するために、当該輸入国政府が発動する関税引上げ・輸入数量制限の緊急措置」
4)であるが、中国がWTO加盟以降、セーフガードを発動するのは、2002年に一部の鉄鋼製品に対して発動して以来、これが2件目である。
2020年5月上旬に、中国国内の糖業協会7団体が中国政府に対し、輸入糖への追加関税を撤廃しないように要請したとされる
5)が、セーフガードは予定通り2020年5月21日に終了した。セーフガードの発動以降、世界最大の砂糖輸出国であるブラジルと中国の間でさまざまな協議が行われてきた経緯がある。
(注6)75の関係機構・団体とは、豪州、ブラジル、EU、韓国、エルサルバドル、台湾の六つのWTO加盟国・地域、三つの外国の糖業協会(ブラジル、豪州、韓国)、八つの外国製糖企業(ブラジルの製糖企業4、米国の製糖企業1、韓国の製糖企業3)、中国の輸入商20、申請者の広西糖業協会およびその会員の31企業、中糧屯河股
有限公司、中国糖業協会、雲南省糖業協会、内モンゴル糖業協会、新疆ウィグル自治区製糖工業協会、広東省糖業協会、黒竜江省糖業協会である(商務部2017)。
当初中国は、一部の途上国はセーフガードの追加関税措置の対象に含まれないとしていた。その結果、2017年と2018年は、ブラジルからの粗糖輸入量が減少する一方で、南アフリカ、フィリピン、ニカラグア、コスタリカ、カンボジア、ラオスといった追加関税対象に含まれない途上国からの粗糖輸入が増えるようになった。2018年8月以降、中国は対象国を限定しない方針に変更するなどブラジルに配慮を示してきたが、2018年10月にブラジルは、中国の追加関税措置についてWTOに提訴した
6)。その後も両国は協議を続け、両国間で合意がみられ、中国は輸入糖から追加関税を徴収する期間を延長しない方針となり、ブラジルはWTOのパネル(小委員会)の設置要請
(注7)を取り下げる結果となった
7)。
そして、2020年7月1日から砂糖は「実行進口報告管理的大宗農産品目録(輸入報告管理を実行する主要農産品目録)」に追加されるようになった。「実行進口報告管理的大宗農産品目録」は「大宗農産品進口報告和信息発布管理弁法(主要農産品の輸入報告及び情報公表管理規則)」(2008年施行)に依拠するものであるが、無秩序な輸入増加などを防ぐための情報発信を目的にしており、半月ごとに商務部のホームページにおいて砂糖輸入情報が更新される
8)。
図は、中国農業農村部が公開している「農産品供需形勢分析月報(農産品需給情勢分析月報)」各号により、2013年12月から2022年12月までの中国における砂糖の国内価格・国際価格の推移を示したものである。「国内価格」は、広西食糖卸売市場の食糖卸売価格の月平均価格であり、「国際価格(1次関税含む)」は、関税割当量範囲内(関税15%)での輸入砂糖(ブラジル産砂糖)の珠江三角洲の港湾到着税後価格(CIF価格×1.15)である。「2次関税計算」は、「国際価格(1次関税含む)」を基準に、「国際価格(1次関税含む)÷1.15×1.50」で求めた国際価格であるが、実際の割当外(関税50%)輸入砂糖(ブラジル産砂糖)の港湾到着税後価格より1トン当たり100〜200元(1991〜3982円)高い水準となっている。「追加関税計算」は、「国際価格(1次関税含む)」を基準に、2017年6月〜2018年5月までは「国際価格(1次関税含む)÷1.15×1.95」で求めた価格であり、2018年6月〜2019年5月までは「国際価格(1次関税含む)÷1.15×1.90」、2019年6月〜2020年5月までは「国際価格(1次関税含む)÷1.15×1.85」で求めた価格である。砂糖輸入には、関税以外に13%の輸入増値税
(注8)がかかるが、グラフには反映されていない。
(注7)WTO体制の下で、貿易にかかわる国際紛争の解決の第1段階は協議であるが、「一定期間内(通常、協議要請を受けた日から60日以内)にこの協議によって紛争が解決できなかった場合には、申立国はパネル(小委員会)に紛争を付託することができ」る。(外務省HP、「世界貿易機関(WTO)紛争解決制度とは」〈https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/funso/seido.html〉(2023年3月2日アクセス))。
(注8)輸入増値税は、(CIF価格×関税)×増値税率で計算される。なお、砂糖の輸入増値税は2017年までは17%であったが、2018年5月1日から16%となり、2019年4月1日から13%となった。
2015年3月以降、2021年1月までの期間中、2016年5月から2017年2月までの期間を除けば、国内砂糖価格は割当外砂糖の2次関税込み価格よりも高かった。セーフガードが発動された2017年5月からの3年間のうち、2017年6月から2019年7月までは、国内価格は「追加関税価格」より安いないし同程度だった。こうした関税引き上げ措置が、2017〜18年に砂糖輸入量が減少した理由である。2019年に砂糖輸入量が2017〜18年に比べ増加したのは、2019年後半において国内砂糖価格が「追加関税価格」を上回る水準にまで上昇したためである。2020年6月以降はセーフガードが終了したため、砂糖輸入量はさらに増加した。2021年以降は、割当外砂糖の2次関税込み価格の方が国内価格より高くなったが、輸入量も増加した(表2)。これは、高価格でもより高品質な精製糖を求める需要があることを意味する。
商務部も、企業が国際市場と国内市場の二つの市場からの砂糖資源を充分に利用することを提唱し、現在の製糖業の生産設備能力の合理的な利用も支持しており、業界全体の発展を進め、製糖業の国際競争力を高めるよう発信している
9)。製糖業の構造調整が必要なのである。