持続可能な製糖産業の構築に向けて〜南西諸島のサトウキビ生産・製糖産業における温室効果ガス排出量の算出結果から〜
最終更新日:2025年7月10日
持続可能な製糖産業の構築に向けて
〜南西諸島のサトウキビ生産・製糖産業における温室効果ガス排出量の算出結果から〜
2025年7月
東京大学 先端科学技術研究センター 未来戦略LCA連携研究機構 特任教授 小原 聡
サトウキビコンサルタント 杉本 明
【要約】
南西諸島(鹿児島県・沖縄県)の15製糖工場について、3年分の生産実績データを基に、サトウキビ生産と粗糖生産における温室効果ガス排出量を明らかにした。窒素肥料投入と耕起に伴う土壌からの温室効果ガス(亜酸化窒素)の排出、ボイラーでのA重油使用による排出の割合が大きかった。また、得られた結果には地域間差や年次間差が見られた。今後は、地域の事情に合わせた排出削減施策を講じていくことが望まれる。
はじめに
サトウキビから粗糖を生産する製糖プロセスは、製糖工場のエネルギー(蒸気と電力)をサトウキビの搾りかす(バガス)の燃焼によって供給するため、経済性と環境性の両面で優れた脱炭素型の工業プロセスである。しかしながら、2050年までにカーボンニュートラルを実現するためには、製糖プロセスだけでなく、農業や副産物利用を含めたサトウキビ産業全体の視点で、資源低投入型で環境負荷の少ない持続的かつ効率的な生産体系へ移行していく必要がある。その実現に向けて、生産性の向上だけでなく、環境影響評価(ライフサイクルアセスメント:LCA)を実施することで、現状の環境負荷量と環境負荷に寄与する要因を定量的に明らかにし、科学的根拠に基づく対策とその効果の検証を行うことが重要である。
一方、国内砂糖消費量の減少傾向が続く中、農林水産省の「持続的畑作生産体制確立緊急支援事業」のメニューとして「砂糖等の新規需要開拓支援事業」が仕組まれており、国内産糖の需要拡大に向けて、甘味資源の砂糖以外への他用途開発が検討されている。そうなると、今後の製糖産業は、砂糖や製糖副産物の需要拡大を進める中で、取引先(食品産業・化学産業など)から、原料(砂糖や製糖副産物)の温室効果ガス排出原単位の情報開示や温室効果ガス排出量の低減が求められていくと考えられる1)。
国内のサトウキビ栽培と粗糖製造における温室効果ガス排出量については、太田ら2)が日本とタイの数値を報告し、環境負荷低減に向けて、窒素施肥量と農薬使用量、農業機械燃料の削減、バガスの高度利用を提案している。国立研究開発法人産業技術総合研究所のLCAデータベースのIDEA(Inventory Database for Environmental Analysis)では、「さとうきび」の排出量データ(IDEA製品コード:014112201pJPN)として、「2007年の鹿児島県徳之島におけるさとうきび栽培方法」を前提に、『砂糖類情報』2008年1月号「さとうきび・精製糖の二酸化炭素排出量と食品エネルギー効率〜さとうきびから精製糖までの二酸化炭素排出量の計算結果から〜」の内容を基に計算された数字(サトウキビ収量=1ヘクタール当たり55トンと仮定)が採用されている。もちろん、この数値は限られた地域の単年の栽培情報を基に、サトウキビ生産から製糖工程までの環境負荷を積み上げて計算されたものであるため、さまざまな南西諸島の各地域環境の差異(土壌、降水量、施肥基準、機械化導入率、製糖工場の処理能力や圃場-工場間の平均輸送距離など)やサトウキビの単収、品質の年次変動などの影響は不明である。年次変動や品種間差については、小原ら3)が、種子島における製糖用品種(NiF8)と多収性品種(KY01-2044)の4年間の栽培データとプラントデータを基に、サトウキビや粗糖、糖蜜などの排出原単位とその変動要因の解析をしているが、これも種子島のみのデータであるため、南西諸島各地域における評価が必要である。
そこで、本報告では、南西諸島の各地域における製糖産業のLCAを実施し、サトウキビや粗糖の生産における温室効果ガス排出量の現状を明らかにし、排出削減に有効な施策について考察する。
1 調査方針と具体的な評価方法
(1)調査目的
国内のサトウキビ生産および粗糖生産における温室効果ガス排出量について、地域間差や年次間差、その排出要因を把握する目的で評価を実施する。サトウキビ1トン、粗糖1キログラムの二つの生産量当たりの温室効果ガス排出量を算出する。持続可能な製糖産業の構築に向けて、温室効果ガス排出削減のために有効な施策を提案する。
(2)評価対象
鹿児島の6製糖工場と、沖縄の9製糖工場の計15工場を対象とし、3年度分(令和1/2年期、2/3年期、3/4年期)を評価した。
(3)評価範囲の設定
図1に評価範囲(システム境界)を示す。本調査では、評価目的に対応して、二つの評価範囲を設定した。まず、サトウキビの栽培(春植え、夏植え、株出し)、収穫、製糖工場までの輸送をサトウキビ生産における評価範囲(@)とした。さらに、サトウキビから粗糖生産までの工業プロセスを含んだ全体を評価範囲(A)とした。
(4)評価方法
サトウキビ1トン当たりの温室効果ガス排出量は、サトウキビ栽培における直接排出量(ハーベスターなど農業機械や輸送トラック利用時の軽油燃焼に伴う排出や窒素肥料由来の亜酸化窒素N2O〈二酸化炭素CO2の約300倍の温室効果ガス〉の排出など)と、農業投入物(肥料、農薬、農業機械に使用する軽油など)の製造時の間接排出量を積み上げた値をサトウキビ生産量で除して排出原単位を算出した。同様に、粗糖1キログラム当たりの温室効果ガス排出量は、サトウキビ生産から粗糖を生産するまでの全プロセスにおける直接・間接的な温室効果ガス排出量を積み上げた値を粗糖生産量で除して排出原単位を算出した。
各地域のサトウキビ栽培に関する農薬や肥料の投入量、機械収穫率、平均輸送距離(農家-製糖工場)、ハーベスターの燃費、3年分(令和元/2年期、2/3年期、3/4年期)のサトウキビの単収や組成、各作型(春植え、夏植え、株出し)の収穫面積、製糖工場の稼働実績は、文献情報4、5)や各地域の栽培指針、関係者へのヒアリングによりデータ収集を行った。農業や工業で投入される燃料や資材の製造、利用などにおける温室効果ガス排出量は、前述のLCAデータベース・IDEAに格納されているバックグラウンドデータを利用した。収集した15工場の3年分のデータを、大内田ら6)が開発した製糖シミュレーター「SugaNol」に入力して、各地域のサトウキビ、粗糖、バガス、糖蜜を生産するまでに直接的・間接的に排出された温室効果ガス排出量を算出した。粗糖と副産物(バガス、糖蜜、石灰ケーキ)の各排出原単位は、サトウキビ生産から製糖プロセスまでの温室効果ガス排出量の総量を、製品や副産物の経済的価値(各製品の単価×発生量)で各製品に配分することで各排出原単位を算出した。
2 各地域における製糖産業の温室効果ガス排出量
(1)サトウキビ生産における温室効果ガス排出量
各地域の3年間のサトウキビ生産における排出原単位の平均値と最大値および最小値の幅を図2に示す。鹿児島の6工場(A〜F工場)では、サトウキビ1トンを生産する際の温室効果ガス排出量(3年平均)は77〜115kgCO2-eq./t-サトウキビであり、沖縄の9工場(G〜O工場)では65〜113kgCO2-eq./t-サトウキビと、両県ともに地域による差が見られたが、変動幅はほぼ同等であった。また、これらの排出原単位は、IDEAに格納されているサトウキビ生産の排出原単位データ(IDEA製品コード:014112201pJPN)とほぼ同程度であった(ライセンス規約があるためIDEAの数字は非公開)。一方、同じ地域の年次変動を見ると、沖縄県の製糖工場では変動幅が大きい。これは年度によるサトウキビの単収の増減に起因していると推測される。このように、サトウキビ生産における排出原単位には、地域差と年次変動があることに注意する必要がある。
(2)粗糖生産における温室効果ガス排出量
各地域の3年間の粗糖生産における排出原単位の平均値と最大値および最小値の幅を図3に示す。粗糖1キログラムを生産する際の温室効果ガス排出量(3年平均)は、鹿児島の6工場では、0.86〜1.01kgCO
2-eq./kg-粗糖、沖縄の9工場では0.67〜1.07kgCO
2-eq./kg-粗糖であり、鹿児島は地域間差が小さく、沖縄は地域間差が大きかった。年次変動は、サトウキビ生産の排出原単位と比べて小さい。IDEAに格納されている「粗糖、甘しゃ、沖縄・鹿児島」(IDEA製品コード:095111200pJPN)の排出原単位データと比較すると、今回の結果はその半分程度の数字であった。
粗糖生産における温室効果ガス排出量の内訳の一例(N工場)を図4に示す。排出量が最も多い工程は、施肥と耕起による亜酸化窒素(N
2O)の発生に伴う「土壌排出」であり、全体の42%を占めた。この傾向は、今回対象とした全製糖工場で見られた。続いて、農薬や肥料などの農業投入物の製造時に排出される排出量が全体の約20%を占め、ボイラーの開始・停止時に使用されるA重油の燃焼由来の排出も多く、頻繁に操業が停止する工場では、ボイラーからの排出が全体の22%を占めるところもあった。
3 南西諸島の製糖産業の温室効果ガス排出削減に向けた施策
サトウキビ栽培における温室効果ガス排出削減には、理論的には畑への肥料や農薬の投入を減らし、一方で多収にすることが重要である。特に、サトウキビ栽培において最も排出割合の大きい土壌排出を低減することが有効であり、そのためには窒素肥料の投入を減らすこと、不耕起の株出し栽培の比率を増やすことの効果が大きい。技術的には、多回株出しで多収性を発揮する品種(例えば、種子島の場合は「はるのおうぎ」など)の利用が有効である。
次に、排出割合の大きい農薬投入を減らすことが効果的である。本調査では各地域の実際の農薬使用量を把握できず、除草剤や殺虫剤の投入量は一律の値を積み上げているため、実際より大きな投入量が見積もられている可能性がある。また、種子島の一部地域では、低温での萌芽性の改善策として、農業用マルチの被覆栽培が行われているため、農業用マルチの製造と廃棄で発生する温室効果ガスの排出量が全体の7%を占めていた。秋植え・秋収穫など技術的に萌芽性を改善する施策によって農業用マルチの使用を避けることができれば、温室効果ガス排出削減の面でも効果的である。
また、ボイラーからの排出割合も比較的大きかった。バガスをボイラー燃料として使用した場合、計算上はカーボンニュートラル(サトウキビが大気中から吸収したCO2が燃焼時に排出されるだけで、実質的なCO2排出はゼロ)とみなして、排出されるCO2はカウントされない。一方、今回確認されたボイラーからの排出は、ボイラー運転の開始時と停止時に使用されるA重油の燃焼に起因する。仮に操業期間中に安定的な連続運転が可能であれば、操業開始時と終了時以外は、バガスのみを燃料としたボイラー運転により、理論的には現状の排出量の5〜10%前後の排出削減が可能である。
本報告では、サトウキビ生産から製糖までの温室効果ガス排出量の累積量値を製品(粗糖)と副産物の経済的価値で配分したが、現在は糖蜜や余剰バガスの付加価値が低く、全工程の温室効果ガス排出量の約99%が粗糖に配分される結果となった。つまり、糖蜜や余剰バガスの経済的価値が向上すれば、粗糖に配分される温室効果ガスが減少し、粗糖生産の排出原単位が減少する。
おわりに
本報告では、南西諸島の製糖産業における温室効果ガス排出量の調査を試みた。本報告では、どこの地域のデータであるかという特定を避けるため、地域ごとの事情に応じた考察や提案については報告しなかった。今後、本評価について各製糖工場の理解・協力が得られれば、各地域・工場に適した温室効果ガス排出削減施策を提案していきたい。
最後に本調査にご協力頂いた九州沖縄農業研究センター・樽本祐助氏、国際農林水産業研究センター・寺島義文氏、鹿児島県農業開発総合センター・末川修氏、日本甘蔗糖工業会・内田昌克氏、沖縄県農林水産部糖業農産課の玉城優太氏、鹿児島県、沖縄県の製糖工場の皆さまに謝辞を述べたい。
【参考文献】
1)谷村栄二(2009)「農林水産分野における温室効果ガスの見える化に関する動向」
『でん粉情報』2009年6月号、東京:独立行政法人農畜産業振興機構
2)太田正孝ら(2008)「さとうきび・精製糖の二酸化炭素排出量と食品エネルギー効率〜さとうきびから精製糖までの二酸化炭素排出量の算出結果から〜」『砂糖類情報』2008年1月号、東京:独立行政法人農畜産業振興機構
3)小原聡ら(2019)「砂糖・エタノール逆転型複合生産システムの導入による温室効果ガス排出量削減効果」『日本LCA学会誌』、15(1)、pp. 86-100(2019)、神奈川:一般社団法人LCA学会
4)沖縄県農林水産部「さとうきび及び甘しゃ糖生産実績」(2020-2022)
5)鹿児島県農政部「さとうきび及び甘しゃ糖生産実績」(2020-2022)
6)Ouchida et al.: Integrated Design of Agricultural and Industrial Processes: A Case Study of Combined Sugar and Ethanol Production, AIChE Journal, 63(2),560-581 (2017).
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