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まめ知識

ブロッコリーが指定野菜になるということ
 〜野菜価格安定制度を読み解く〜

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 ブロッコリーが「指定野菜」に追加となった話題は、新聞、テレビなどで報道され、耳にされた方も多いのではないでしょうか。「指定野菜」になるということは、どういうことなのでしょうか。半世紀ぶりの出来事なので、「指定野菜」や「指定野菜価格安定制度」について、少し掘り下げてご紹介します。

野菜生産の歴史

人口集中
 かつて、野菜は、地元の農家さんが作ったものを地元で消費するのが基本でした。冷蔵庫や冷蔵トラックがない時代、傷みやすい野菜を遠くに運ぶことは困難で、収穫後は、すぐに食べるか、漬物にする、干して乾燥させるなどの形で長期間の保存をしていました。
 1950年代から1970年代前半の高度経済成長において、急速な都市化が進行し、人口が都市に集中しました。一方で、農地の宅地化などにより都市近郊の野菜産地は減少し、都市では野菜の不足が生じます。野菜が不足すると価格は高騰、価格が高騰すれば、農家さんは野菜をたくさん作り、そして、余るほど作られると今度は価格が大幅に下落といった乱高下が繰り返され社会的な問題となりました。このため、農林省(現農林水産省)が検討に乗り出し、昭和41年7月に「野菜生産出荷安定法」が制定され、現在も運用が続く「野菜価格安定制度」が創設されました。
 上記のような背景で制定された制度なので、目的は「誰もがいつでも必要な量を購入できる価格に安定させる」というものでした。これを実現するための具体的な方法は、生産量(供給量)を需要量(消費量)に極力合わせることです。
 

野菜価格安定制度の役割

トラック
 人口の多い都市で妥当な価格で提供するためには、大量の野菜を効率的に、安定的に運ぶことが必要です。そこで、「産地」が作られるようになります。それまでは、個人がそれぞれ作っていた様々な野菜を個々に出荷していたのですが、「産地」では同一品目が大量に作られるので、安定した出荷量を確保でき、さらに、効率的に都市へ運ぶことが可能となります。
 この制度では、一定以上の規模(作付面積)があり、また、効率的な運搬を実現するため農業協同組合(JA)などを通して集団で出荷をする割合(共販率)が一定以上ある産地を「指定産地」と定めました。令和8年2月時点で「指定産地」は、864地点あり、そこから出荷される指定野菜の出荷量が全体の出荷量の約7割を占めており、重要な供給源となっていることが分かります。
 また、私たちにとって重要な野菜として「指定野菜」を定めます。「指定野菜」は、キャベツ、きゅうり、だいこん、はくさい、トマト、たまねぎの6品目からスタートし、その後、にんじん、ねぎ、なす、レタス、ピーマン、さといも、ほうれんそう、ばれいしょと順次追加となっていきました。最後に指定されたばれいしょが昭和49年度(1974年度)なので、今回のブロッコリーはおよそ50年ぶりに新たに加わったことになります。
 

野菜価格安定制度の仕組み

産地リレー
 この制度では、安定した出荷を実現し、価格の安定化を図るため、生産者側と市場側などの関係者間で、生産の計画を半年以上も前から検討し作成します。過去の状況と現在の状況を照らし合わせ、各産地と連携した円滑な出荷となるよう計画を作成します。
 例えば、キャベツでは、一年を通して安定した出荷を図るため、神奈川県、千葉県、群馬県、愛知県で季節を分担して出荷する「産地リレー」ができています。このリレーがうまく繋がっていくと出荷が安定し、また、価格も安定します。しかし、野菜の生産は、気温など気象条件の影響を受け、計画通りとならないことがあり、販売価格が低下することもあります。そこで、この制度では、計画に沿った生産を継続してもらうために、販売価格が一定の価格(保証基準額)を下回った分について、一定の割合で補てんをします。
 これにより、産地では、次作に必要な経費をまかなうことができる再生産価格を確保することができます。
 

ブロッコリーが指定野菜となるまで

 ブロッコリーの地位を、令和6年産品目別の作付面積と収穫量から見ると、作付面積は第9位、収穫量は16位となっています。そして、作付面積と収穫量の推移を見ると、年によって増減はあるものの近年大きく増加してきたことが分かります。多くの野菜の品目の生産量が減少するなかで、ブロッコリーは大きく伸びてきた数少ない品目です。
 このような背景によりブロッコリーは「指定野菜」に追加されました。
 
<資料:農林水産省「野菜生産出荷統計」>
<資料:農林水産省「野菜生産出荷統計」>

産地の取り組み

 ブロッコリーの生産が伸びた要因の一つには、産地の努力があります。今まで作り慣れている品目から新たな品目に転換するということは、大きな挑戦です。品目が変われば使える農薬や肥料も変わり、収入の見込みも予測が難しくなります。
 そのような中で、先見の明を持ってブロッコリーの栽培を進め、「大山(だいせん)ブロッコリー」というブランドを確立した鳥取西部農業協同組合(JA鳥取西部)の取り組みをご紹介します。

 JA鳥取西部のブロッコリー栽培の歴史は、昭和46年から始まります。「これからは、西洋野菜ブームが来る!!」との関係者の話し合いの結果、米からブロッコリーに生産を切り替え産地化していきます。当初、作付面積は徐々に増加していきましたが、根こぶ病が発生したり、また、平成4年以降は円高によるブロッコリー輸入量の増加に伴う価格の下落により作付面積は減少に転じてしまいました。
 
<資料:野菜情報2026年1月号話題「産地形成への道のりがこの1玉に詰まっている〜JA鳥取西部『大山ブロッコリー®』〜」 から抜粋>
<GI登録表>
 しかし、平成6年の農協広域合併を機に、ブロッコリー産地を強化しようと一念発起します。輸入品と差別化を図るため、「葉付き出荷」を全国に先駆けて開始し、また、大きいサイズ(Lサイズ)にこだわって出荷を進めるなど産地としての力をつけていきました。この時期、消費者の国産志向と健康への緑黄色野菜ブームが重なり、作付面積の減少が止まり、産地の回復が始まります。
 その後も最も大変な収穫出荷作業を軽減するために冷蔵庫を導入して収穫時間帯を拡大するなどたゆまぬ努力が続けられ、平成24年にブロッコリーとして初の地域団体商標を登録、平成30年には地理的表示(GI)制度の登録を受け「大山ブロッコリー®」のブランドを強化していきました。
 現在も生産者の生産意欲を維持し、安定した出荷を図るために努力が続けられています。

終わりに

 ブロッコリーが緑黄色野菜ブームや健康への関心とともに消費量が伸びきた中で、長期輸送に耐えられるブロッコリーは、輸入も増加してきました。そのような状況の中で、産地が消費者の購買意欲や動向を把握して品目転換を行い、また、高い品質のブロッコリーが提供されたことで、消費者に選ばれるブロッコリーとなったのではないでしょうか。ブロッコリーに限らず品目を転換することは、産地にとっては大きな挑戦です。その挑戦をした産地がたくさんあったからこそ、ブロッコリーの生産量は大きく伸び、また、消費者にとっても欠かすことのできない野菜となったのではないでしょうか。
 ブロッコリーは「指定野菜」となったことで、野菜価格安定制度において「指定野菜」として価格低落時に一定の補助が受けられるようになります。一方で、産地には適切な栽培計画・出荷計画の策定が求められることになります。
 「指定野菜」となったことで、各産地がこれまで以上に連携を深め、需給の調整に取り組むことで、ブロッコリーが安定的に、かつ、安定した価格で私たちの食卓へ届く環境が一層整うことを大いに応援し、そして、期待しています。
 

<参考文献>
・独立行政法人農畜産業振興機構「野菜価格安定制度と野菜産地の進展」農林統計出版
・日本地理学会発表要旨集 2025s (0), 7-, 2025 関西学院大学 山口 覚 日本における若年労働者の就職移動と都市への影響 ―集団就職がもたらしたもの 
・農業経営研究 = Japanese journal of farm management  38(2) (通号 105) 2000.9 岡山大学大学院 千綿 龍志 岡山大学農学部 横溝 功 小松 泰信 高齢化に直面する重量野菜産地の展開方向に関する一考察―岡山県牛窓町を事例として

 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 総務部 (担当:総務広報課)
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