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タイのタピオカでん粉事情

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最終更新日:2010年10月5日

タイのタピオカでん粉事情 〜価格高騰の背景と今後のキャッサバ生産見通し〜

2010年10月

調査情報部調査課 係長 前田 昌宏

 
 
 
【要約】
 
 安価であることが使用理由の一つとなっていたタイのタピオカでん粉価格が、過去最高となる水準まで上昇している。これは、2009年にタイで初めて発生したコナカイガラムシによる被害によって、原料となるキャッサバが3割減と言われるほどの大幅な減産となり、価格が高騰したことがその主な要因である。また、中国、インドネシアからの需要の増加も価格を押し上げた。
 
 害虫対策については、現在、官民一体となった取り組みが進められているものの、8月末に行われた作柄調査によると、2010/11年度のキャッサバ生産量は、甚大な害虫被害を受けた前年度から4.3%減と見込まれており、依然厳しい見通しとなっている。 
 
 8月現在、雨季を迎えて害虫は減少しているが、次の乾季を迎える11月以降の状況が今後の生産量の動向を把握するポイントになろう。
 

はじめに

 タイのタピオカでん粉は、2009年に我が国が輸入した天然でん粉16万7000トンのうち、約8割に相当する13万1000トンを占め、化工でん粉向けも含めて食品、工業用など幅広く使用されており、我が国のでん粉需給と深い関係がある。
 
 現在、タイでは、原料となるキャッサバ減産の影響からタピオカでん粉の需給がひっ迫し、8月にはバンコクにおけるFOB価格がトン当たり600米ドル(51,300円、1米ドル=85.56円、8月末日TTS相場)を突破するなど高騰しており、今後の動向に注目が集まっている。そこで本稿では、このような価格高騰の背景および今後のキャッサバの生産見通しについて、当機構が8月末に実施した現地調査で得られた関係者の意見などを基に報告する。
 

1. 最近の生産動向

(1)キャッサバ

 キャッサバは、かんがい用水設備が整備されておらず、水の供給を雨水に依存する地域における基幹作物の一つであり、このような地域での作付けにおいて、さとうきび、とうもろこしなどと競合関係にある。地域別生産量では東北部が最も多く全国の51.8%(2008/09年度、2008年10月〜2009年9月)を占めており、中でもナコンラーチャーシーマー県は全国の約1/4の生産量を誇る。次いで中部30.7%、北部17.6%となっている。(南部では生産されていない) 
 
 農家戸数は2008/09年度で約51万戸、1戸当たりの作付面積は約16.2ライ(約2.6ヘクタール、1ライ=0.16ヘクタール)となっている。
 
 
 
 
 タイにおいてキャッサバは年間を通して収穫されるが、12月〜2月の3カ月間で年間生産量の約1/2を占めている(表1参照)。植え付けから8〜10カ月後が収穫適期とされており、4〜5月に植え付けされるものが多い。
 
 
 
 
 キャッサバの作付面積および生産量は、単収の向上や良好な収益性を反映し、表2のとおり増加傾向で推移し、2008/09年度には前年度比19.6%増となる3009万トンの生産量を記録することとなった。しかしながら、後述するように2009年にはタイで初となるキャッサバの害虫コナカイガラムシの一種(学名Phenacoccus manihoti)による被害が発生したため、2009/10年度の生産量は一転して大幅に減少するとみられる。タイ農業協同組合省農業経済局では、前年度比27.1%減となる2194万トンと見込んでいるが、2000万トンに達しないとする関係者もある。
 
 

(2)タピオカでん粉などタピオカ製品

 (2)−1タピオカ製品の種類
 
 キャッサバを加工したものはタピオカ製品と呼ばれているが、これを大別すると、
 
ア.皮付きのままでキャッサバをチョッパーで破砕し、天日乾燥したチップ
 
イ.チップをさらに粉砕して圧縮加工したペレット
 
ウ.キャッサバを洗浄・皮した後磨砕し、遠心分離でかすを除去後、水洗、精製、脱水、乾燥して得られる天然でん粉(native starch)
 
エ.天然でん粉を酸などの薬品や熱などによって変性させた化工でん粉(modified starch) がある。
 
 
 
 (2)−2キャッサバの仕向状況
 
 タイタピオカ取引業者協会(Thai Tapioca Trade Association、以下「TTTA」)によると、2009年のキャッサバの仕向けの状況(推定値)は、図2のとおりであり、タピオカ製品のタイ国内での需要はキャッサバベースで生産量の約3割となっており、輸出が大半を占めている。
 
ア.42%がチップおよびペレットに加工され、そのうちの80%が海外へ輸出されている。チップ輸出のほぼ全量が中国向けとなっており、工業用や飲料用のアルコール原料として利用されている。
 
イ.でん粉(化工でん粉含む)に仕向けられる割合は55%とされ、うち国内消費向けは35%、輸出向けは65%となっている。
 
ウ.残り3%がエタノール用で、ほぼ全量が国内向けとなっている。
 
 
 
 
 

2.タピオカでん粉価格高騰の背景

(1)最近の価格推移

 タピオカでん粉は、ほかの種類のでん粉と比較して「安価である」ということが使用理由の一つとなっていたが、2010年3月以降、2008年の世界的な穀物価格高騰時の水準(トン当たり約440ドル、バンコクFOB)を上回って現在500ドル前後で推移している。(「海外のでん粉需給動向」タイの欄参照)
 
 各天然でん粉の輸出価格(FOB)を比較すると、2010年6月には、米国産コーンスターチがトン当たり470米ドル(約40,200円)、EU産ばれいしょでん粉440同米ドル(約37,700円)、中国産コーンスターチ同410米ドル(約35,100円)に対し、タイ産タピオカでん粉は同440米ドル(約37,700円)とほかのでん粉とほぼ差のない状況となっている。(図3参照)
 

(2)高騰の要因

 (2)−1害虫被害による単収減でキャッサバ価格が上昇
 
 このタピオカでん粉価格高騰の要因として第一に考えられるのが、キャッサバの減産による原料価格の上昇である。年間生産量10〜20万トン(タイでは中〜大規模に相当)のタピオカでん粉工場への聞き取りによれば、高稼働率時のタピオカでん粉生産費(1キログラム当たり)を簡略化して示すと、
 
 1キログラム当たりのキャッサバ農家販売価格×4(歩留り25%換算)+3〜3.5(燃料費、人件費などの経費)バーツ
 
となる。
 
 (例)キャッサバ農家販売価格がキログラム当たり2バーツ(でん粉歩留り25%)であった場合のタピオカでん粉のキログラム当たり生産費は、
 
 2×4+3〜3.5=約11〜11.5バーツ 
 (約30〜32円、1バーツ=2.78円、8月末日TTS相場、トン当たり約355〜370米ドルに相当)
 
 となり、生産費(11〜11.5バーツ)のうち原料費(8バーツ)は3/4を占める。
 
 
 このように、タピオカでん粉生産費は、キャッサバの農家販売価格に大きく左右される傾向にある。
 
 そのキャッサバの原料価格については、これまで、肥料代、燃料費、人件費などのコストが上昇していたが、単収の増加がある程度相殺することによって、ここ数年はキログラム当たり1バーツ前後で推移してきた。しかしながら、害虫被害によって単収が大きく減少したことにより、2009/10年度のキログラム当たり生産費は前年度比22.8%増の1.51バーツ(約4.2円)と大きく上昇することとなり、原料価格の大幅な上昇をもたらすこととなった。
 
 
 このような事態を引き起こした害虫コナカイガラムシは、主にキャッサバの茎葉の部分に付着し、葉の黄変と奇形を引き起こすため、地中のいもは栄養が足りずに肥大が阻害され、結果として単収やでん粉含有率が減少する。
 
 生育初期に被害を受けるとほとんどいもが育たず、収穫量はほぼ期待できない。ナイジェリアなどアフリカで1970〜80年代に大量発生し、キャッサバ生産に長期間にわたって多大な被害を与えたことで知られるが、これまでアジア地域では発生が確認されていなかった。しかし、2年ほど前から初めて確認され、2009年に入って被害は急速かつ広範囲に拡大し、3割とも言われる減産を招く事態となった。ここまで被害が拡大した原因として次の2つが挙げられる。
 
 
ア.知識不足による対応の遅れ
 
 タイにとって初めての発生であったため、農家はコナカイガラムシが害虫であることすら認識できず、適切な対応をとることができなかった。
 
 その代表的な例として、汚染された苗を植え付けに使用したことがある。キャッサバの植え付けは、収穫後に残った茎を25センチほどに切ったものを苗としてほ場に挿すといった簡易なものであるが、農家が害虫に汚染された茎をそのまま苗として利用したため、ほとんど生育しなかった上、害虫汚染が拡大することとなった。また、この結果、植え付け用の苗が不足する事態ともなった。
 
 
 
イ.干ばつによる害虫被害の助長
 
 コナカイガラムシは、乾燥した気候を好む一方で、雨季には生息数が減少することも特徴である。
 
 2009/10年度は干ばつとなったため、コナカイガラムシには適した環境となってしまった。雨季の到来が例年よりも遅れてしまったことの影響も大きいとされている。
 
 
 
 このようにして、キャッサバ生産費が上昇していたところへ害虫被害による大幅な減産が重なったため、キャッサバの農家販売価格は2009年11月以降右肩上がりで上昇し、2010年8月は、前年同月比136%高のキログラム当たり2.95バーツ(約8.2円)と過去最高の水準となっている。
 
 通常、タイでは、タピオカでん粉工場は通年で操業するが、本年7〜8月には端境期であることに加えて害虫の被害により、原料不足から操業を停止する工場も多く見られ、また、操業していた工場も稼働率やでん粉歩留りの低下を余儀なくされる事態となった。
 
 
 
(2)−2タピオカでん粉需要の増加
 
 さらに諸外国からの需要増も、タピオカでん粉価格高騰の要因として考えられる。2010年1〜7月のタピオカでん粉輸出量は、前年同期比31.4%増の110万1600トンと、前年の水準を大幅に上回った。これは、主に中国、インドネシアの需要増によるところが大きい。中国向け輸出量は、前年同期比24.4%増の30万700トンと全体の約1/4を占め、インドネシア向けは24万300トンとこちらも前年同期の約7.6倍と前年から大幅に増加している。
 
 中国については、経済の発展に伴うでん粉需要の伸び、特に製紙業における需要が伸びているとみられる。また、とうもころしのでん粉・エタノールなど高度加工品への仕向けを制限する政策をとっていることにより、国内でん粉生産が抑制されていることも影響している。関係者によれば、中国は、タイのタピオカでん粉生産の減少を見越して予約をしていたとも言われている。インドネシアについては、豪雨によって減少した国内生産分の手当という面が大きいとみられる。
 
 なお、2009/10年度のキャッサバ減産にもかかわらず、2010年の輸出量が高水準で推移している理由は、豊作であった2008/09年度にタイ政府が保管したタピオカでん粉在庫80万トンを政府間取引により中国へ輸出したためである。
 
 
 

3.キャッサバ生産の今後の見通し

(1)害虫対策の現状

 (1)−1害虫対策の内容
 
 今後のキャッサバ生産を見通す上で、避けられないのが害虫への対応状況の把握である。タイでは、アフリカの前例を参考に、以下の対策を進めている。
 
 
ア.薬剤の使用による苗の耐性強化
 
 植付けに当たっては、苗として利用する茎を薬剤溶液(殺虫作用を持つチアメトキサム(thiamethoxam)など)に5〜10分ほど浸してから行うよう指導している。この方法により、薬液を散布した場合よりも防虫効果が持続し、約1カ月の間はコナカイガラムシに対して耐性を持つことが確認されており(散布した場合は2週間程度)、生育初期の対策として有効であるとされている。
 
 
イ.天敵などの導入による生物的防除
 
 コナカイガラムシがアフリカで大発生した際に、駆除に効果を上げた天敵の寄生バチ(学名:Anagyrus lopezi)による生物的防除が進んでいる。この寄生バチの雌は、一日当たり20〜30匹のコナカイガラムシを捕食するとともに、15〜20匹に卵を生みつけて寄生する。(雄はコナカイガラムシの排泄物を食するのみで、駆除能力はない。)西アフリカのベナンから輸入された後、すでに試験場段階では効果が確認された。
 またこのほかにも、クサカゲロウやテントウムシ、細菌などを利用した防除も推奨されている。
 
 
ウ.農家による管理および確認の徹底
 
 害虫の早期発見による迅速な処置のため、農家に対してこまめにキャッサバの状態を確認することを求めている。
 
 
 
(1)−2害虫対策の進捗状況
 
 タイでは苗を浸すための薬剤の使用は奨励しているものの、一斉散布などについては特に推奨していない。薬剤の使用を控える方針をとったのは、環境面および生産者の健康面への配慮、そして生産コストの上昇を防ぐためである。このように、生物的防除、すなわち天敵と害虫を共存させ、キャッサバに害がでない水準に抑えることに主力を置くことを選択したことになる。
 
 まず、タイ政府は、前述のアおよびウの農家段階における対策を周知・徹底させるための費用として、2009年度に約6500万バーツ(約1億8000万円)の予算を計上した。一部の農家が対応を怠ってしまうと、その畑が害虫の避難場所となり、対策の効果が薄れるため、各地で説明会を開催するなどして対策の実施を呼び掛けた。また、2010年8月には8〜10月の活動のための資金として新たに2000万バーツ(約5600万円)の予算を要求した。
 
 天敵の寄生バチの普及も進んでいる。すでに実用化の段階にあり、7月17日にはコンケン県において20万対の寄生バチがほ場に放たれた。政府だけでなく、でん粉工場など民間レベルやタピオカ開発機構(Thai Tapioca Development Institute)など関係団体でもこの天敵の普及に取り組んでおり、今後は全国各地で寄生バチの放出が行われる予定である。
 
 さらにこの寄生バチの増殖については、専門機関だけでなく、農家レベルでも実施できる方法が確立されている(囲み記事参照)。これまでに、ボランティアなどで構成される簡易センターが全国に572カ所設置され、寄生バチの増殖や農家の相談窓口業務を行っており、来年度には約2倍となる1150カ所に増設する計画である。また、2011年には、清浄な苗を供給するため、育苗センターへの予算措置も予定されている。
 
 2月末に調査した際は、害虫被害をコントロールできるまでの必要年数の見込みは、関係者によって意見が異なり、なかには1年以内に解決するといった楽観的なものもあった。しかしながら、今回の調査では、2〜3年ほどでコントロールできるようになるのでは、という意見でほぼ一致していた。このことからも害虫に対する知識が浸透しつつあり、タイが一体となってこの問題に取り組んでいる姿勢が感じられた。
 
 なお、調査を行った8月時点で、タイは雨季に入り、当初の期待どおりコナカイガラムシの生息数は減少している。ナコンラーチャーシーマー県を例に挙げると、キャッサバの総作付面積185万ライ(29.6万ヘクタール)のうち、2月には約2割となる35万ライ(5.6万ヘクタール)で害虫が確認されたが、8月末時点では1%以下の1万4000ライで(2240ヘクタール)確認されるのみとなっている。
 
 しかしながら11月以降の乾季になれば再び発生することが危ぐされており、それまでにどの程度対策を進めることができるかが重要である、と関係者は口を揃えていた。
 
 
農家レベルで推奨されている寄生バチの増殖方法
 
(1)細かい網目の箱にキャッサバ(かぼちゃでも可)、コナカイガラムシとともに寄生バチを入れて繁殖させる。
 
 
 
(2)繁殖させた後、寄生バチを雄雌1対ずつ吸い取って容器に移す。
 
 
(3)容器からほ場に放出する。
 
 

(2)2010/11年度の生産見込み

 8月2日〜7日および8月30日〜9月3日に、タイのタピオカ関連協会(TTTA、TTDI、タイタピオカでん粉協会)などが実施した2010/11年度のキャッサバ作柄調査の結果は表4のとおりとなっている。これによれば、作付面積は前年度比5.5%減となる690万ライ(約110万ヘクタール)、単収は同1.3%増のライ当たり3050キログラム、生産量は同4.3%減の2106万トンと見込んでいる。
 
 単収については甚大な害虫被害のあった前年度から改善がみられるものの、生産量としては前年度をやや下回っており、害虫対策の取り組みは進んでいるものの、依然厳しい状況を見込んでいる。
 
 今回の作柄調査の結果を見ると、東北部における作付面積は、北部および中部と比較して減少の割合が少なくなっている。これは、タイのキャッサバ生産における「前年の農家販売価格と作付面積は比例する」傾向が影響しているものと考えられる。
 
 2009年(1〜6月)と2010年(1〜6月)の主要農産物価格の推移(表5)を比較すると、キャッサバは66.4%高と競合するさとうきび(同23.5%高)、とうもろこし(同9.0%高)と比較して最も高い伸びを示している。害虫被害によって、さとうきびやとうもろこしへの転作が大幅に進むことが危ぐされたが、キャッサバの農家販売価格が高水準で推移したことにより、農家の作付け意欲はある程度維持されているとみられる。
 
 
 
 
 また、2010/11年度における傾向として、一部で植え付け時期が通常よりも後ろにずれている、と話す関係者もあった。通常、キャッサバは4〜5月に多く植え付けされるが、当該時期には雨季の到来が遅れたため、害虫がまん延していた。そのため生育が見込めなかったが、キャッサバの高価格に魅力を感じた農家が、その後の雨季(7〜8月)に再度植え付けを行っているということである。こうしたことから、例年よりも多少収穫期が遅れる可能性もある。
 
 

まとめ

 2008/09年度までは順調に生産量を伸ばしてきたタイのキャッサバ生産であるが、コナカイガラムシの発生は大きな打撃となった。この影響は大きく、官民一体となって害虫対策に取り組んでいるものの、従来の水準まで生産量が回復するには、2〜3年を要するとの見方が強い。例年どおりであれば、今後、2010/11年度の作柄調査の結果は必要に応じて修正が加えられることとなるが、害虫対策の進捗状況について次の指標となるのは、乾季を迎えた11月以降となろう。ここで一定の成果が得られるかどうか確認していきたい。
 
 タピオカでん粉価格高騰の要因の一つとなっている中国の需要は、今後も底堅く推移するとみられている。生産量の回復が見込めない場合は、タピオカでん粉需給は、ひっ迫した状況が続くとみられることから、需要の動向についても注視することとしたい。
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
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