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ハイブリッドでん粉の魅力

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最終更新日:2011年11月9日

ハイブリッドでん粉の魅力〜アミノ酸との結合で生まれる新たな機能〜

2011年11月

東京農工大学農学研究院 教授 高橋 幸資

はじめに

 でん粉は、穀類、イモ類等の植物の貯蔵多糖類で、我々のエネルギーを支え、かつ、食品を作り上げる成分としてその品質に深く関わる。また、再生可能で安価な産業原料として、我が国では年間約300万トン流通している極めて重要な天然素材である。でん粉は用途が多岐にわたることから多様な特性が求められ、目的に応じてでん粉の特性を制御することだけでなく、でん粉を原料として優れた特性をもつ機能性でん粉素材を創り出すことが求められている。

 これまでの研究では、でん粉の特性を目的に応じて制御するために、でん粉の種類、粒径や加工でん粉を適宜選択することで多くの要求に応えてきている1)がまだ十分ではない。そこで、新たな視点で非でん粉成分を結合した、ハイブリッドでん粉とその魅力について述べたい。

1.要求にどう応えるか

 でん粉に対する要求は多く、しかも互いに相反して解決が困難なことが多い。たとえば、粘度は付けろ、でもベタベタさせるな、冷えても老化を、レトルトしても劣化を防げ、衣はいつまでもカリッと、レンジアップしてもカラッと、そして、長期冷凍できるようにしろ、と求められる。でん粉は、加熱して60℃程度になると急激に膨潤し、粘度の高い糊となる。しかし、膨潤すると、粒子の中に詰まっていたでん粉分子の間に水が入り込み、分子間が広がって凝集力が下がり、かく拌するなどの力が加わるとでん粉粒が崩壊して粘度が低下する。変化の大きいレトルト処理ではでん粉濃度を高めると、糊状感が強くなりやすい。膨潤粒が壊れた糊液の水分は熱を加えても飛びにくく、衣はカラッとしにくい。糊液を冷やすと溶け出たでん粉が絡み合って全体がゲル化し、老化が進みやすくなる。これらの現象は、そもそもでん粉が親水性で加熱によって多量の水を吸収し、でん粉粒が過大に膨潤することによって起こると考えられる。従って、でん粉の膨潤を制御することで、これらの多くの要求に応えることができることになる。

 この方法には2つある。1つは、膨潤を抑制できる物質を添加して、でん粉粒を取巻く環境を調節すること、もう1つは、でん粉構造を変換して膨潤を抑制することである。ここでは、後者について、でん粉と異なる成分を結合してでん粉構造を変換し、要求に応えようとしたハイブリッドでん粉について述べる。

2.ハイブリッド化はどうするか

 ハイブリッド化の方法もさらに2通りに分かれ、化学試薬を用いる場合と用いない場合がある。前者の例として、酸性を示すカルボキシル基と結合し、さらにアミノ基を持つ物質と反応して両者を結合する水溶性カルボジイミドを架橋剤に用いた温和な方法があり、カルボキシル基を持ったカルボキシメチルでん粉とタンパク質やアミノ酸を結合してハイブリッドでん粉を作ることができる2)。その結果、糊化温度は上昇し、加熱してもあまり膨潤せず、でん粉の溶解性、アミラーゼに対する消化性が大きく低下し、また、4℃で保存しても老化を起こしにくくゲルの離水も抑制できる2)。この反応を利用して乳清タンパク質を結合すると、新たにレチノール(ビタミンA)を結合することが可能になる2)。また、疎水性タンパク質であるツエインを結合すると、少量ででん粉基材表面を疎水化して耐水性を与え、薄膜では透湿性が保持できる3)。これらの方法は食用には適さないが、生分解性プラスチック材料として期待できる。

 食用には、化学試薬を用いない方法である食品の加工貯蔵で通常起こる褐変反応(メイラード反応)が利用できる。たとえば、食品抗菌剤であるポリリシン溶液をでん粉に加えて乾燥し、相対湿度80%程度で50-60℃で加熱すると、でん粉の還元末端基とポリリシンのアミノ基との間で反応が起こり、ペプチドハイブリッドでん粉が調製できる。この場合も先と同様に加熱しても粒体を維持し、種々の特性が改質できる4)。しかし、この反応は、1週間以上の時間を要し、反応効率が低いので実用的には改善の余地がある。

3.アミノ酸ハイブリッドでん粉素材の魅力

 高温で処理すればメイラード反応が効率化できる。でん粉にアミノ酸粉末を加えて良く混合し、オートクレーブやレトルト釜のような密閉容器の中で、湿熱処理と同様に120℃で1時間加熱すれば、アミノ酸ハイブリッドでん粉が調製できる(図1)。このハイブリッドでん粉は、未処理のものと外観は何ら変わらない5)。グルタミン酸 (Glu)-ハイブリッドでん粉は、未処理でん粉やGluを加えず調製した対照でん粉より糊化温度が高く、粘度が著しく低い(図2)うえ、対照でん粉は95°Cまでの加熱で膨潤粒が崩壊するが、ハイブリッドでん粉は崩壊せず両者は明確に異なる(図3)5)。そのため、でん粉の膨潤度や溶解度も低い6)。また、糊液を100℃で加熱したときの水分蒸散速度は、純水と同様で、対照の糊液よりはるかに速い(図4)。これは、ハイブリッドでん粉糊液では、膨潤粒間隙の水は純水と類似した状態にあり、加熱によって容易に蒸散できるためと考えられる。このことは、Glu-ハイブリッドでん粉をバッターに加えると、水分の飛びがよく、衣のドライ感が増強されると言える。また、フライ後時間が経って衣に具の水分が移行して食感が低下しても、電子レンジで再加熱すると水分の蒸散が容易なので、カラッとした食感が回復すると考えられる。ハイブリッド化によって、でん粉粒の中心部の硬さが対照でん粉より小さくなる6)ので、よりサクサクした食感を示すと言える。従って、Gluとのハイブリッド化は、アミノ酸が結合したための効果に加え、未反応のまま残っているGluが糊化温度を上昇させ、粘度を著しく低下させる7)ので遊離アミノ酸の効果も加わり、さらに、湿熱処理でん粉の特性も備えるので、一般の湿熱処理を超えた優れたでん粉の改質技術であると言える6)
 
 
 
 
 
 
 
 
 以上のように、Glu-ハイブリッドでん粉は、でん粉に対する多くの要求に少なからず応えることができる魅力あるでん粉と考えられ、その利用が大いに期待される。また、本稿で紹介した熱処理の改質技術は、若干の水分があれば反応物が個体であっても反応が進むことを示しており、でん粉とアミノ酸に限らず他の物質との間の反応にも利用できると考えられるので、今後のさらなる応用展開が望まれる。



1)島下昌夫:化工澱粉について. 澱粉科学, 38, 55-63 (1991).

2)M. Hattori, W-H. Yang, and K. Takahashi: Functional changes of carboxymethyl potato starch by conjugation with whey proteins. J. Agric. Food Chem., 43, 2007-2011 (1995).

3)K. Takahashi, A. Ogata, W-H. Yang, and M. Hattori: Increased hydrophobicity of carboxymethyl starch film by conjugation with zein. Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 1276-1280 (2002).

4)W-H. Yang, M. Hattori, T. Kawaguchi, and K. Takahashi: Properties of starches conjugated with lysine and polyε-lysine by the Maillard reaction. J. Agric. Food Chem., 46, 442-445 (1998).

5)T. Yagishita, K. Ito, S. Endo, and K. Takahashi: Improved gelatinization behavior of tapioca starch by compounding with amino acids. J. Appl. Glycosci., 55, 211-216 (2009).

6)T. Yagishita, K. Ito, E. Yokomizo, S. Endo, and K. Takahashi: Physicochemical properties of monosodium glutamate-compounded tapioca starch exceeds those of simple heat-moisture treated starch. J. Food Sci., 76, C980-C984 (2011).

7)A. Ito, M. Hattori, T. Yoshida, and K. Takahashi: Reversible regulation of gelatinization of potato starch with poly(ε-lysine) and amino acids. Starch/Strke, 56, 570-575 (2004).
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