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さつまいもでん粉人列伝

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最終更新日:2010年3月6日

さつまいもでん粉人列伝
〜2.長谷川浩と農林2号〜

[2009年12月]

【でん粉のあれこれ】

元大阪府立大学大学院教授
樽本 勲


 1.さつまいもの組織的育種の変遷

 筆者は昭和61年(1986)に甘しょ育種研究室長になるまでは、研究対象でなかった「さつまいも」、また「農林2号の育成者・長谷川浩」について等閑してきたのが事実です。

 この度、機会をえて「長谷川浩と農林2号」を書くにあたり、これも等閑してきた“さつまいも育種の組織的変遷”を検索してみました。なぜ再検索したかは「指定試験事業50年史 1978 農水・技会事務局編」「明治百年記念―甘藷とでん粉百年の歩み― 1968 鈴木繁男・関藤之介編」「記念誌―紫原甘藷試験地を偲んで― 1978」などの資料間に整合が欠ける点が見られ、興味をかき立てられたからです。

 幸いなことに平成20〜21年(2008〜2009)に“サツマイモ関係資料収集保存会(委員長・坂井健吉、事務局長・樽本勲)”で資料などの収集を行い、平成21年10月時点で5208点を整理・保存し、近く“さつまいも文庫”として公開の予定で、資料的検索に十分な体制にもありました。その検索と整理結果が、表1です。

(文中敬称略)

表1 1918(大正7)〜1961(昭和36)かんしょ育種体制の変遷

2.長谷川浩と鹿児島・紫原試験地

図1 長谷川浩京大名誉教授1981年

 「長谷川浩3回忌のしおり(子息・長谷川忠からの私信)」によると長谷川は明治42年(1909)岡山市生まれ、第六高等学校から京都帝国大学を経て、昭和8年(1933)に農林省農事試験場鴻巣試験地に採用され、
翌昭和9年に同場九州小麦試験地(鹿児島市)に転任しています。その後の足跡は「旧九州小麦試験地小史 1985」「記念誌―紫原甘藷試験地を偲んで― 1978」に明記されています。

 すなわち昭和9、10年には九州小麦試験地で小麦の研究、昭和12年(1937)には新設された鹿児島県農業試験場紫原試験地にさつまいも育種指定試験地主任として出向し、7年後の昭和19年(1944)10月に農事試験場九州支場に帰任しています。

 この足跡を表1の組織的育種体制と照合すると、長谷川は鹿児島農試紫原試験地で昭和12〜19年(1937〜1944)の7年間さつまいも育種に携わりことになります。また関連して「鹿児島県農業試験場80年誌」からは、昭和12年(1937)以前には鹿児島県でさつまいも育種は実施されておらず、県単事業も明治45年(1912)〜昭和12年(1937)までは中断されていたことが判明しました。これと「かんしょの品種ならびに系統の特性1972 九州農試研究資料43号」とを対比して考えると、「九系1―360(昭12沖縄交配)」〜「九系7―1017(昭18沖縄交配)」間の九系系統は農事試験場九州小麦試験地が実生選抜した系統であると判断されます。

 また長谷川が昭和15年(1940)に命名した「九州1号(昭8沖縄交配「元気×サザンクイーン」)」は農事試験場鴻巣試験地で実生選抜されたGKS28の昇格系統です。これら育成系統や「旧九州小麦試験地小史 1985」における記載“農事試験場本場・鴻巣試験地で行われてきた甘藷新品種育成事業は、昭和13年に九州小麦試験地に移転、拡充された”から、昭和初期〜昭和12年の間の農事試験場鴻巣試験地におけるさつまいも育種の位置づけについて再検索する必要性が示唆されました。

 上記のように長谷川の足跡を辿ると、それがさつまいも育種の大変革期と同調することから、史実を掘り起こす糧となりました。これらのことは今では「さつまいも育種の生字引」である坂井健吉(コガネセンガン育成者、元農業技術研究所長)にとっても初見とのお墨付きを頂き、うれしく思っているところです。


3.農林2号の育成経過

 昭和17年(1942)に登録された「農林2号」は長谷川が最初に育成した酒精原料用(後のでん粉原料用)兼食用の品種でした。

 昭和13年に農事試験場九州小麦試験地において「吉田×沖縄100号(昭和12年沖縄交配)」など19組合の種子が実生選抜され、その内の862系統が同年中に鹿児島農試紫原試験地に配布されています。昭和14年には上いも収量と切干歩合から特選15系統が選抜され、その中に「農林2号」となる「吉田×沖縄100号」由来の「九系1―708」が含まれていました。

 この段階でデータ的には「九系1―708」は15系統中の中位、成績書にも選抜理由の特記はありません。しかし、昭和15年選抜で「吉田×沖縄100号」由来の他の兄弟4系統とともに、「九系1―708」がベスト5として丸印が付けられ九州番号系統(九州2号)に昇格、昭和16,17年の両年には他の九州番号系統とともに育成地生産力検定試験(標準、晩植、少肥)が、同じく昭和16、17年に鳥取など15県で標準や晩植の生産力検定試験が実施されています。

 結果は、切干歩合は各標準品種より良かったり悪かったりでしたが、反当収量は並べて良く、平均で約4割増収し、反当切干重は3割以上増収しています。その他の特性は、いも形状は極短紡、皮色・肉色は黄白、いも大小整否は整、いも形状整否は整、食味は上の下と当時は判断されています(図2)。

 原料用としては“皮色:黄白”はでん粉白度を増す点から重要特性で、“いも大小整否は整、いも形状整否は整”は調整加工上で望ましい特性です。またさつまいも育種をした経験からは、いもを掘り上げた瞬間、“お宝”を見つけた時の印象は大きく、素晴らしい系統にはオーラを感じます。

 「農林2号」は晩植や少肥栽培条件下でも変わらずにその形態的特性をみせて長谷川を感動させたのではないかと思います。すでに聴く縁はありませんが、「記念誌―紫原甘藷試験地を偲んで― 1978」に記された「農林2号」の育成従事者は、長谷川浩、田口忠義、榎園陽、江藤幸雄、中島利雄、牟田辰雄、田之内種春、畦地政道、今村肇、山崎良徳、草水英次の11名です。坂井健吉によると研究職以外の農夫などの職員まで育成従事者に含まれているとのことで、長谷川の気持ちが伝わる気がします。


4.農林2号、その後など

 「農林2号」は九州を中心に普及が拡大し、栽培面積は昭和25年(1950)に3万2000ヘクタール、昭和30年代に6〜7万ヘクタール(当時、農林1号は7〜10万ヘクタール)、ピークの昭和40年(1965)に8万1000ヘクタール(うち、九州で7万7000ヘクタール)が作付けされています。当初は食用仕向けも多かったのでしょうが、昭和30年以降の仕向けは主に原料用で、その収量性と“黄白の皮色”がでん粉生産の高度化に対応できたと考えられます。しかし、昭和41年(1966)に「コガネセンガン(農林31号)」が育成され、その収量性、でん粉歩留、食味の卓越性から急速に普及しました。その影響で「農林2号」の栽培面積は急激に減少し、昭和50年(1975)に1万3000ヘクタール、昭和60年(1985)に3000ヘクタール、平成17年(2005)に100ヘクタール程度が栽培されるにすぎず、幻の品種となりつつあるようです。

 長谷川は「農林2号」の他に「農林3号」「農林7号」を育成し、また「農林9号」「アジヨシ(N15)」「フクワセ(N16)」の育成にも関与しています。昭和22年(1947)の一時期に九州農試(指宿)の主任を兼任していますが、昭和19年(1944)10月に農事試験場九州支場に帰任以来は主にさつまいもの栽培生理研究に従事し、昭和30年(1955)に「暖地甘しょの晩植による減収の機構に関する研究並びに暖地甘しょ作の改善進路に関する論考」で京都大学農学博士を取得しています。その後は昭和31年(1956)に京都大学農学部教授(作物学)、昭和47年(1972)同学名誉教授として退官後、近畿大学農学部教授を務めています。享年92才(1909生〜没2000)

さつまいもあなめてたさや飽くまでは
林 翔 


図2 かんしょ農林2号

各品種の解説(形態的特性や食味等の記載は「農研センター研究資料第23号 1992 樽本ら著」を引用)

サザンクイーン:中南米由来の米国の在来品種。日本には台湾経由で導入され、交配親(不和合群B)として多く利用された。皮色は白黄、肉色は黄白、加熱後はやや粉で、食味は中の下。

吉田:来歴不詳。東海地方に局在した在来品種で交配親(不和合群B)として多く利用された。皮色は淡紅、肉色は黄白、加熱後は中質で、食味は中の下。

農林3号:「吉田×7―539」の後代、鹿児島県育成で昭和19年に命名登録。皮色は帯紅白黄、肉色は白黄、加熱後はやや粘で、食味は中の下。原料用、食用の兼用品種。

農林7号:「吉田×沖縄100号」の後代、鹿児島県育成で昭和21年に命名登録。皮色は赤紫、肉色は黄白、登録時の記載で“加熱後は粘質で、食味は農林2号に優”とある。食用品種。

農林9号:「蔓無源氏×九州5号(吉田×沖縄100号)」の後代、鹿児島農改実験所育成で昭和23年に命名登録。皮色は淡紅、肉色は黄白、加熱後は中質で、食味は中。食用だが、主に飼料用。

アジヨシ(農林15号):「吉田×7―539」の後代、九州農試育成で昭和27年に命名登録。皮色は紅、肉色は黄白、加熱後はやや粘質で、食味は中の下。食用品種。

フクワセ(農林16号):「七福×沖縄104号」の後代、九州農試育成で昭和27年に命名登録。皮色は淡紅、肉色は白黄、加熱後はやや粘質で、食味は中の下。早堀食用品種。

 

 

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