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さつまいもでん粉人列伝

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最終更新日:2010年3月6日

さつまいもでん粉人列伝
〜3.坂井健吉とコガネセンガン〜

[2010年02月]

【でん粉のあれこれ】

元大阪府立大学大学院教授 樽本 勲

健吉やああ健吉や健吉や
丸山清明


1.三代目と二代目

 冒頭の川柳は、約30年前の全農林筑波地本川柳大会における優秀作品です。作者は丸山清明(現 農研機構・中央農業研究センター所長)、当時の代表交渉者であった農業研究所所長・坂井健吉を詠んだ句です。明朗闊達だが、強い意志と信念で運営や組織再編に当たっていた坂井健吉の人物を顕して妙と思っています。

 国立の農業試験場は、現在は独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(略称:農研機構)に移行しています。農業研究センターと九州農業試験場にあった甘しょ育種研究室も例外ではなく、それぞれ(独)農研機構・作物研究所と九州沖縄農業研究センターに移行し、存続しています。この両研究室の室長を歴任した人に坂井健吉がいます。坂井健吉の室長歴は、九州農業試験場(紫原と熊本)で長谷川浩、井浦徳に次いでの三代目(1956-67)、農事試験場/農業研究センター(千葉)では小野田正利に次いで二代目(1967-73)でした。なんとなく二代目、三代目には無難、凡庸という印象がありますが、坂井健吉に関してはその評は当たらなかったようです。


図1 坂井健吉(1986年)

2.坂井健吉と鹿児島・紫原試験地

 「新未知の群像〜科学者が語る自伝 坂井健吉 科学新聞」によると坂井は大正13年(1925)三重県伊賀市の生まれ。昭和19年に京都帝国大学に入学。時節柄応召し、陸軍少尉として終戦を迎えた後に京大に復学。育種学を修めて昭和23年(1948)に卒業、同年に農林省に採用されています。

 農林省では農事試験場、農業改良局、農業技術研究所統計研究室(畑村又好室長)を経て、昭和28年(1953)に九州農業試験場甘しょ育種研究室(紫原、井浦徳室長)に転任しています。そこは長谷川浩が初代主任であった鹿児島県農業試験場紫原試験地が組織換えしたところです。昭和26年に農林省九州農業試験場に組織換えはされていましたが、建物などは鹿児島県の所有物、試験地3ヘクタールはすべて借地、加えて紫原は台地の上にあり水は雨水以外になく、昭和12年来の連作でネコブ線虫などの病害虫が蔓延し、さらには地権者の返還要求もありました。

 したがって坂井健吉が昭和31年(1956)に三代目室長に任命されたのは、彼の英知と馬力に期待してのことだったのかもしれません。表1に“坂井健吉の九州農試における軌跡とコガネセンガン育成過程”をまとめていますが、昭和31〜33年は熊本への移転作業で費やされたようです。この間の経緯については「記念誌-紫原甘藷試験地を偲んで- 1978」に譲ります。


表1 坂井健吉の九州農試における軌跡およびコガネセンガンの育成経過

3.コガネセンガン育成のプロローグ

 昭和28年に農技研の畑村又好室長(のちに東京大学教授)の助言にしたがい東京から九州農試の育種現場に赴任しました。当時、「育種は経験と勘」だと相当に馬鹿にされたようです。この修業時代の“悟り”から、得意とした統計的手法や統計遺伝学をもとに未経験者でも育種が出来るように企画し、室長就任時に“甘藷における遺伝的特性の解明と優良品種選抜法の開発”の研究テーマを掲げています。立案当初は熊本への移転に係わる諸事があり、研究は若い研究員・広崎昭太(のち、国立環境研究所部長)に指示して進め、移転後には主に彼とともに研究に邁進し、昭和37年に“かんしょ育種における主要形質の変異の向上に関する統計遺伝学的研究ならびに高度変異体の選抜法に関する数理統計学的研究”で京都大学から農学博士を取得しています。

 また、昭和28〜31年の修業時代の直感から他殖性作物とうもろこしで開発された育種方法、すなわち①自殖や近交系統による優良遺伝子の集積②雑種強勢利用のために導入種など遠縁系統に高でん粉、高収量などの有用遺伝子の蓄積(gene pool)をさつまいもに導入すること-を立案しました。

 凄いところは、他殖性であるが“栄養性繁殖”である、他殖性ではあるが“交配不和合群”があり、自由交配は前提条件とならないという、さつまいものハンディキャップをほぼ無視して実行した点にあります。ひょっとして確信犯だったのかも知れません。坂井がもつ天性の明るさと気迫で、知らないふりをして事務当局を押し倒したのかもしれません。表1にある「甘藷の自殖に関する研究」「導入種利用による甘藷高でん粉遺伝子の集積に関する研究」などの農林省特別研究を立ち上げ、九州農試(熊本と指宿)、京都大学、鹿児島大学、名古屋大学などと昭和33〜41年(1958-1966)に共同研究を行っています。「コガネセンガン」の交配は昭和33年ですので、交配依頼はその前年、その年の坂井は紫原の地権者との交渉真っ直中にあり、交配組合せの選定に研究成果が反映されたとは思われません。しかし、研究成果は選抜には多少役立ち、また育成された「コガネセンガン」を修飾する結果論の構築には多いに役立ったと思え、坂井の自伝にそのような吐露がみられます。


4.コガネセンガンの育成経過

 昭和41年(1966)に登録された「コガネセンガン(農林31号)」は、坂井が4番目に育成した品種でした。

 「コガネセンガン」は、昭和33年(1958)に交配された「鹿系7-120(A)×L-4-5(D)」に由来します。母親「鹿系7-120」の系譜は、(T-No.3×九州12号(紅皮×関東3号(元気×七福298))で、インドネシア・ジャワ島由来の導入種T-No.3の遺伝子が1/2含まれます。父親「L-4-5」は、のちに米国で登録名「ペリカン・プロセサー」とされるでん粉原料用品種です。直接交配の3/4が、導入種の遺伝子で占められています。翌34年に200粒播種、本ほ植付146本から17個体が選抜され、その一つにc95-2の系統番号が付されました。選抜された要点は、①両親ともに多収であったため、収量への雑種強勢効果は見られないが、「L-4-5」並みの多収で、農林2号より40%近い多収②切干歩合は、両親平均とほとんど変わらずに35.3%と農林2号と同等の高い値を示した−と記されています。その後の選抜経過は、表1の左列に記載しています。標準品種・農林2号よりでん粉歩留で2%高く、反当上藷重で55%多収、反当でん粉重で75%多収になる圧倒的な優秀性から、実生選抜6年目の昭和39年に「九州55号」、昭和41年に「コガネセンガン(農林31号)」と命名登録されています。その他の特性は、いも形状は紡、皮色は黄褐、肉色は淡黄、いも大小整否は整、いも形状整否はやや整、食味は農林2号並みの上と当時は判断されています。貯蔵性が「農林2号」にやや劣る中である以外は、調整加工上で問題のない望ましい特性といえます(図2)。


図2 コガネセンガン

 良い品種、普及する品種、生産者や消費者に愛される品種には、共通する特徴があります。それは命名登録されて普及したあとに優良特性が発見され、長所として付加される品種です。例えば水稲「コシヒカリ」、白米は美味しいが、稈が弱く、倒伏し易い欠点を持っています。しかし、刈取前に倒伏して穂が水に浸かっても穂発芽(立毛中に穂についた籾から発芽する)することはほとんどない穂発芽抵抗性を「コシヒカリ」が持っていることが発見されました。これは“種子(玄米)の休眠性が深い”ことによると解明されました。新米時に美味しい品種は沢山ありますが、収穫後いつまでも新米時の食味を保持できる水稲品種は多くありません。「コシヒカリ」が愛され、その食味が珍重される要因は、その深い休眠性に起因する品質の低劣化性です。ひるがえって「コガネセンガン」ではどうかというと、それは葉で光合成された炭水化物が転流し、塊根中にでん粉が蓄積されますが、その“でん粉貯蔵細胞が比較的に小さく揃っている”ことでした。これは細胞間隙への水分などの蓄積を最小限に止め、でん粉蓄積量を増やすのに好適な細胞形態であることが、後に理論として証明されました。この特性によって、高でん粉多収品種が完成したのです。また、高でん粉収量性には「コガネセンガン」の“立型の草姿”が光合成能力向上の観点から寄与するとの長所も指摘されています。


5.コガネセンガン、その後など

 昭和41年に育成されたあとは、その収量性、でん粉歩留、食味の卓越性から「農林2号」に替わり「コガネセンガン」が急速に普及しています。登録から5年後の昭和46年(1971)に3万2000ヘクタールまで作付が増えましたが、その後はでん粉生産調整の影響から減少し、昭和49年(1973)から5年間は1万2000ヘクタール前後を推移。昭和56年(1981)からは“いも焼酎”需要の増加から増加に転じ1万7000ヘクタールまで回復しています。しかし近年では、でん粉原料用にはより高でん粉多収の「シロユタカ」「シロサツマ」が当てられるため、平成4年(1992)から現在までは主に焼酎原料用として8000ヘクタール前後(全作付面積の15%)が作付けされています。「コガネセンガン」を原料に焼酎を造ると“甘く、コク“がある美味しい焼酎ができるといわれています。その要因はつまびらかでありませんが、食べて美味しいいもからは、発酵蒸留過程を経てもフレーバーや旨味成分が焼酎に伝わるからでしょうか。

 この10年ほどですが、9月頃に早堀青果用品種「黄金千貫」が東京、大阪などの大消費地に出回っています。これは「コガネセンガン」の青果用としての商品名です。登録時の長所として“早堀適性に優れる”“食味は「農林2号」並みで優れる”といえます。“早く掘ってもでん粉歩留が高く、収量も良い”に“良食味性”も加わり、他のさつまいも品種より早い時期に“ホクホクして美味しい藷”が出荷可能なのです。また“でん粉貯蔵細胞が比較的に小さく揃っている”ということは、舌触りがなめらかと感じさせ、さらに美味しいと判定される要因になっているのかもしれません。

 坂井は「コガネセンガン」の他に、「ベニワセ(N23)」「サツマアカ(N25)」「アリアケイモ(N26)」を九州農試で育成し、また農事試験場では「ベニコマチ(N33)」の育成にも関与しています。その後は農水省研究管理官、農技研所長、農業環境研究所長などを歴任して昭和59年に退職。同年(社法)農林水産技術情報協会専務理事、同協会研究顧問。最近では「さつまいも文庫」設立委員長をされ、本年85才、なお後進の指導などに活躍中です。

(文中 敬称を省略させて頂きました)

夢の中湯気の中より蒸かし藷
              中村草田男

 

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