中国食糧生産目標7億トン、その新たな達成方向とは(中国)
中国政府は2026年2月3日、今年の中央一号文件
(注1)を発表し、コメ、小麦、トウモロコシのほか大豆、雑穀などの食糧について総生産量7億トンを堅持するとした。このことについて、中国農業農村部が管理する広報媒体は同月、食糧生産量7億トンを堅持するための今後の新たな取り組み方針や、同数量を堅持しなければならない理由などについて、政府が行った記者会見の内容を含む解説記事を複数回にわたって掲載した。
その主な内容をまとめて以下に紹介する。
(注1)中国政府が毎年公表する文書のことであり、その年に最も重視する政治課題が取り上げられるとされる。2026年の一号文件については、「海外情報」「中国、26年の中央一号文件を公表(中国)」(令和8年2月27日)をご参照ください。
「食糧生産量7億トン」の新たな達成方法
中国の食糧生産量は、24年以降7億トンを超えている。その上で26年も引き続き7億トン目標を堅持するとされた背景には、今後は「『生産量・生産能力、生態生産(環境保全)、増産・増収』の3つを一体的に把握する」(25年10月、中国共産党中央委員会全体会議(同党最高の意思決定機関))との新たな取り組み方向が示されたことが挙げられる。これは、単に生産量の確保を目指す段階から、生産量は堅持した上で、その増産効果、品質・安全の確保、環境保全、そして農家の収入増といった複数の目標達成をも同時に目指す段階に移行したことを示している。
生産能力と耕地面積
食糧生産目標のほか、耕地面積についても18億ムー(注2)(約1億2000万ヘクタール。)を最低限達成すべき基準として堅持するとの目標が掲げられてきた。生産能力の向上には、耕作面積のほか、耕作地の質と生態環境の保全も重要である。高標準水田の建設(注3)を引き続き計画的に進めることは元より、地力の増進も必要で、また、建設・整備された土地が有効に利用されることも重要である。今後は耕地利用の有効性に関するプロジェクトのほか、土壌の性質に応じたプロジェクト、すなわち黒土の維持、酸性化が進む耕地の保全管理、塩アルカリ土壌の総合利用などが系統的に実施される予定である。
(注2)1ムーは0.067ヘクタール。
(注3)中国における灌漑整備、土地改良を指す。
生産能力と技術利用
生産能力の向上を含む農業の発展は技術力なくして達成できない。農業技術、中でも種業振興
(注4)はその基盤であり、種子は農業の「チップ」である。種業振興プロジェクトの継続、農業新質生産力(各種新技術の利用とその成果)
(注5)による広範囲での単収の増加に加え、今年の一号文件は、初めて「デジタル技術などの現代科学により現代的な農業を発展させる」ことを明記し、デジタル農業・精緻農業
(注6)を全面的に実施し、耕運、播種、栽培管理、収穫の全工程で科学技術の利用を推進することを明確に示した。
(注4)中国政府の種業振興に関する取り組みについては、海外情報「中国農業農村部、優良な新品種の普及に向けて取り組みを振り返り(中国)』(令和7年12月9日)をご参照ください。
(注5)「農業新質生産力」は2025年の一号文件で初めて登場した政策用語で、主に生物育種技術、ドローン技術、AI技術、デジタル技術などを利用した農業生産、またその生産性・生産能力を指す。詳しくは海外情報「中国が今年の一号文件を発表、初めて肉牛に言及、養豚は安定化へ(中国)」(令和7年3月7日)をご参照ください。
(注6)「精緻農業」は「精確農業」とも言われ、GPS(全地球測位システム)などを利用して定位置、定時に最適な量の給水や施肥、給餌を行うことにより、無駄なく効率的で、生産コストも最小限に抑え、環境保全や持続的な農業にも資する農業や具体的な農作業のことを指す。
環境保全と持続的な農業
農業生産は、「科学技術農業」「緑色農業」(注7)「品質農業」「ブランド農業」といった総合的な取り組みによって成立する。中でも緑色農業はあらゆる農業生産に通底する核心的なもので、これを発展させるということは、生産量のみを追求するのではなく、土壌を良好な状態に保つこと、化学肥料・農薬の使用を最小限に抑えつつ最大の効果を得ること、農業資源を効率的に利用すること、生物の多様性を一定の水準に保つことなど総合的な要素を考慮して生産を行うということである。今後もこの取り組みを継続する。
(注7) 環境保全、持続可能な農業などの意味。
農家の収入の増加
近年、食糧の増産目標は達成されたものの、その伸びと食糧生産農家の収入の伸びが一致せず、後者の方が緩やかとなっていた。このため、今年の一号文件は農家収入の増加も重要な政策方向として位置付けた。
「食糧生産量7億トン」の堅持はなぜ必要か
需要に応えるため
中国の所得水準の向上に伴い、国民が直接的に消費する食糧の数量は減少したが、食肉、卵、水産物などの需要はまだ増加傾向にあり、かつ、栄養価が高い畜水産物ほど飼料要求量が多い傾向にある。23年の中国の食糧総消費量のうち、飼料用はおよそ53%と、直接食用に向けられる数量の33%を大きく上回った。農村住民と都市住民の間の消費傾向にも依然差異があり、食糧生産量を高水準で維持する必要性は高い。
資源に制約があるため
中国の一人当たり耕地面積は世界平均の40%しかなく、かつ、この耕地の「非農業」「非食糧」利用問題も存在したままである。同時に、中国は一人当たり水資源が世界の4分の1しかなく、かつ、淡水の分布が極めて不均衡で、南に偏り、北は南の4分の1しかない。国土の約半分は年間降水量が400ミリ以下である。このように、中国は人口が多い割に耕地は小さく、水資源にも限りがある。大規模農場で大型の機械化を進めることができる国とも輸入に依存して食料問題を解決できる国とも事情が異なる。
国家の安全保障のため
食糧の安全は国家の安全の重要な基礎である。「自分たちの茶碗をちゃんと握っておかなければ他人から制限を受けてしまう」「食糧安全の主導権を握ることで初めて国家として必要な主導権を握ることができる」のである。例えば、アメリカのコメ、小麦、トウモロコシの三大作物と大豆を合わせた合計生産量は5億6000万トンで、このうち輸出(注8)向けとなるのは1億3900万トンである。また、ロシアの三大作物の生産量と輸出量はそれぞれ9800万トンと3500万トンである。食糧の供給が保障されていることは、農業強国(注9)の重要な特徴の一つである。
(注8)ここで両国の食糧輸出に言及しているのは、アメリカとの間の貿易紛争、近年中国が農産物を含むあらゆる産業について国を挙げて輸出を推進していることなどと関連するものと思われる。
(注9)「農業強国」は2024年12月、中央農村工作会議(農政に関する最高の意思決定機関)で打ち出された概念。25年4月には中国共産党中央委員会と国務院の連名で「農業強国建設規画の加速について(2024年―2035年)」が発表された。35年は、中国の社会経済全般に共通する中長期の発展計画の節目の年である。
【調査情報部 令和8年3月10日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:調査情報部)
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